エナドリ転生 〜怠惰な暮らしが希望です〜

黒蓮

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第一章 幼少期

転生 2

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「なんだハルト。お前、字も読めないくせに、書庫で何してたんだ? まさか、貴重な本で遊んでたのか? それなら父上に言いつけないとな」

 嫌らしい笑みを浮かべながら私を咎めてくるのは、八歳になる二番目の兄、ケイル・フリューゲンだ。
 私は母似の黒髪だが、彼は父親譲りの赤い髪が特徴的で、身長も八歳にしては高く、私とは頭二つ分ほどの差がある。
 ケイルは五歳から次期領主の補佐となるべく、勉学や武術を学んでいるようだ。対して私は三男ということもあり、強く懇願すれば教育を受けさせてくれるかもしれないという、半ば見捨てられているような存在だ。
 将来的には自ら職を探す必要があり、良く言えば自由なのだが、悪く言えば辺境伯家にとって不要な存在だ。
 何故なら︙︙。

「お前が女だったら政略結婚の駒として使えたのに、父上は男が生まれたと聞いて、それは大層残念がっていたぞ。悪いと思うなら、成人するまで大人しくしていろ」

 そう、私の父親である辺境伯は、他家と縁を結ぶための娘を望んでいた。
 この世界の特徴なのか、人間種の男女比率は七対三で男性が多い。逆に獣人種は三対七で女性が多い。おそらく人間種は男性の方が強い権力を持ちやすく、獣人種は女性の方が強い権力を持ちやすいという傾向からだろう。
 そこで人間種では割合が少ない女性がいれば、どこぞの力のある貴族との政略結婚で、領地をさらに豊かにしたいという思惑があった。
 フリューゲン領は辺境ということもあり、魔物の被害も多い。強固な外壁などを建設する予算があればいいのだが、残念ながらそこまでこの領は裕福ではない。
 しかも母は私を産んだ後の肥立ちが悪く、これ以上の子供は望めない状況だ。その為、私に対する風当たりは強い。

「申し訳ありません。父上は私に教育を受ける機会を与えてくださらないようですので、自分でなんとかしようと考えましたが、独学では難しいですね」
「︙︙ふん! 薄気味悪い奴め」

 私が頭を下げながら謝罪の言葉を口にすると、ケイルは忌避感を浮かべてこの場を去った。
 この身体は五歳だが、中身は三十八年の人生経験を経た日本人だ。八歳の子供から嫌味を言われたところで、なんとも思わない。
 誰に対してもそんな対応をしていたためか、今のケイルを含めて、一番上の兄や父親までも私を気味悪がっている。
 正直、対応を間違えたと思いつつも、三十八歳の中年男性が、赤ちゃん言葉や子供っぽい仕草をするのは、あまりの羞恥心でできなかったので、今では諦めの境地だ。
 そんな私にも、母だけは愛情を持って接してくれている。ただ、そこには私を女性として産めなかったことに対する後ろめたさも見え隠れしているが、この屋敷の中で唯一、私が安心できる相手だ。 

(さて、将来どうやって就職先を見つけるか︙︙できれば社畜のように働くのはもう勘弁だ。辺境伯家の後ろ楯は使えないから、自分の得意分野を伸ばして売り込むしかないか︙︙)

 ケイルと別れて自室へと戻る。最近の心配事は就職だ。
 まだ私は五歳だが、この世界での成人年齢も十八歳だ。つまりあと十三年の内に働き口を見つけなければならない。私の立場を考えれば、父親からの援助は見込めない。
 そうなると必然、自らの能力を活かした職業に就かなければならないが、この世界に営業技術を必要とする職業は商人くらいしかない。私が得意だった交渉や調整を必要とする職業は、国の中枢に近しい職業だけで、そんな職に就けるのは、貴族の当主や次期当主だけだ。当然私には当てはまらない。

(既にマナを感じ取れる私なら、身体強化の深度を高めて騎士としての道もあるかもしれないが、わざわざ命の危険のある職業はちょっとなぁ︙︙)

 私が十代の頃なら、アニメの主人公のように強敵を倒す冒険を夢見て騎士を目指していたかもしれないが、四十も近くになると、楽して平穏に暮らしたいという欲望の方が勝る。
 しかし、この世界には株式投資や不動産の運用といったものがない。これはこの国が絶対王政を敷いているため、取り入れることが不可能に近い。
 株式の概念をもたらすことはできるかもしれないが、それを軌道に乗せようとするなら、数十年は馬車馬のごとく働く必要がある。

(引きこもりになりたい訳じゃない。適度に働きつつ、余裕のある暮らしがしたいだけだ。何かいい職業はないだろうか)

 そんな都合の良い職業など、どこの世界にも存在しないだろうが、せっかく異世界に転生したからには、自由気ままな生活を夢見ても良いだろう。

「ハルト? 今、大丈夫かしら?」

 将来について考えていると、ドアをノックする音と共に、母であるアマンダ・フリューゲンが声をかけてきた。

「すぐに開けます。少々お待ちください」

 母を出迎えると、扉の前には綺麗な黒髪をアップに纏め、整った顔立ちに優しい笑みを浮かべながら、水色のドレスにストールを羽織る母の姿があった。
 今年で三十歳になるが、見た目は二十歳そこそこにしか見えない。

「少し話せるかしら?」
「もちろんです。どうぞ、母上」

 母を部屋に招くが、私の部屋にはテーブルなどない。十畳ほどの広さの部屋に、机とベッドとクローゼットがあるだけだ。
 正直、元の世界で暮らしていたワンルームと同じような広さなので全く気にならないが、辺境伯家の子供として考えるなら、あまりにも粗末で狭い部屋らしい。

「こんな狭い部屋でゴメンね。もう少し良い部屋へ変えるように掛け合ったのだけど、あの人は頑として受け入れてくれなくて︙︙」

 母はベッドに腰かけると、私の頭を優しく撫でながら、申し訳なさそうな表情を浮かべて、私の待遇について謝罪の言葉を口にした。

「いえ、私は全く気にしていません。いつも言っていますが、母上も私のことについて気に病まないで下さい。どうせ十八歳になれば、この家を出る身ですから」
「あぁ、ハルト︙︙たった五歳の身でありながら、あなたはこんなに賢くて良い子なのに、どうしてあの人は分かってくれないのかしら︙︙」

 私の返答に、嘆く言葉と共に体を包み込むように抱きしめてくる。このようなやり取りは、ここ数ヶ月繰り返されている。私の置かれている境遇をなんとか改善しようと試みてくれるのだが、結局のところ当主である父親が否と言えば、なにもできないのが現状だ。

「本当にごめんなさいね、ハルト。前に剣術の稽古を受けたいとお願いしていたでしょう? あの人に伝えたのだけど、少し変なことになってしまって︙︙」
「変︙︙ですか?」

 この世界には魔物という明確な害敵が存在していることを知ってから、最低限自分の身を守る術を身に付けたかった私は、母に頼んで剣の稽古をつけてもらうことができないか相談していたのだ。
 ただ、母の様子を見るに、どうやら私の思惑とは違う状況になってしまったようだ。

「実はね、稽古をつけることはできないけど、見取り稽古なら良いという事になったの。ただ、その話を聞いたパトリックが、剣筋を見せてあげるから打ち込み稽古の相手にと︙︙」

 パトリックは、今年十歳になった一番上の兄だ。父親譲りの赤髪で、整った目鼻立ちをしている。既に五年以上剣術の稽古をしていることもあり、十歳にして体はよく鍛えられている。
 打ち込み稽古というのは、木剣を使用して剣筋を確認する稽古なのだが、体捌きなども総合的に確認するため、相手役が必要だ。
 基本的には、相手役が構えた木剣に打ち込んでいくのだが、そんな鍛えられてきた兄と、全く体を鍛えていない五歳の私が打ち込み稽古をすれば、よくて打撲、下手をすれば骨折の怪我だらけになるだろう。

(とはいえ、これはチャンスだな。剣を使った体の動きを見るなんて、テレビで剣道の試合を見たくらいだ。それを元に独学で稽古しても、大した力は付かないだろう。なら、多少の怪我は覚悟で学ぶべきだな)

 この世界を生き抜くための最低限の力を付けるため、私は母から聞かされた話に、笑みを浮かべて返答した。

「それで構いません。父上に交渉してくれてありがとうございます」
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