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第一章 幼少期
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「課長! こんな目標なんて無理ですよ! 本社は何を考えて営業目標を決めているんですか⁉ 異世界にでも住んでいるんですか⁉」
「池田君︙︙我々はサラリーマンだ。会社存続のため、決められた目標を達成しようと努力はしなければならない。ただ本社とて、この目標が無茶なのは承知しているはずだ。なにせ第一四半期の平均月伸の倍の目標だからな︙︙」
私に対して会社の方針に異議を唱えてきたのは、部下である池田君だ。部下といっても、彼は年上の先輩という気を遣う相手だ。三十八歳にして課長に昇進した私は、理想と現実のギャップに悩む毎日を送っている。
部下からは会社の方針に対する不平不満を聞きつつ、モチベーションが下がらないように気を遣わなければならない。一方で、不足する目標数値を達成するため、何軒も客先に出向いて、平社員同様に営業を行わなければならない。
その結果、目標未達となれば部長から呼び出され、私の部下育成・指導能力に問題があると、お小言を聞かなければならい。そんな時間があるなら一軒でも多く客先を回りたいのに、部長は営業をしないものだから、時間の許す限り私の能力が足りていないと叱責してくる。
正直、お前がやってみろよと毎回思うのだが、さすがにそれを言ってしまえば私の処遇がどうなるか、火を見るより明らかなため、歯を喰いしばって謝罪の言葉を吐く毎日だ。
「はぁ︙︙課長になるの、早まったかな︙︙」
今日も支店に最後まで残り、明日の客先の情報を確認し、資料を製作して、結局支店を出る頃には、二十二時を少し越えていた。
私は電車に揺られながら、課長になった時の経緯を思い出す。人並みに出世意欲があった私は、積極的に社内資格を取得し、研修に参加し、昇任試験を突破して順調に昇進を果たした。
責任は重くなるが給料も上がり、やり甲斐も今以上に持てると思っていたのだが、やっていることは平社員以上に客先を回りつつ、上司と部下の板挟み。しかも年若くして課長になったため、部下は大半が年上で、とにかく気を使うのだ。
「明日は、朝一で池田君の訪問先のロープレをして︙︙目標に対する進捗状況をエクセルでグラフ化して︙︙午後には三軒回らないと」
電車を降り、明日のやるべき事を歩きながら呟いて整理する。家に着くのは二十三時前になるだろう。途中のコンビニで弁当を買って、サブスクの動画を見て現実逃避するのが日課だ。
「あれ? 新しいコンビニができてる」
いつもの帰り道。空き地だったはずの場所に、いつの間にかコンビニがオープンしていた。よく見るチェーン店で、開店を祝う花輪が置いてある。
「開店記念で安くなってるかもな」
そんな事を考えながら入店する。案の定、全商品が二割引で、飲み物のプレゼントまであるようだ。
「︙︙新規開店セールしてるわりには、人気がないな。まぁ、ゆっくり選べるし、別にいいか」
私以外に客はおらず、商品も十分陳列されていて品切れは無い。私にとって悪いことではないので、弁当のコーナーで夕飯を吟味する。
「いつもの唐揚げ弁当でいいか。それから、サラダと胡麻ドレッシングと︙︙」
代わり映えしない、いつもの夕食メニュー。最近は何を食べるか考えるのも億劫になっている結果だ。
「っしゃせ~」
レジでは、帽子を目深に被った店員が対応してくれた。やる気の無い店員なのか、変な日本語の接客だが、精神的な疲れもあって、気にかける余裕もない。
「開店記念のドリンク。どぞッス」
「どうも」
会計を済ませると、店員がレジ下からドリンクを取り出して私に手渡してきた。見たこともない黒いパッケージの缶で、後ろの商品名にはエナジードリンク飲料と記載されていた。
「初めて見たな」
「なんか、スッゲー効くらしいッス」
私がパッケージを訝しんでいると、店員が親指を立てながら効果を伝えてきた。
「そうなんだ。ありがとう」
「お兄さん疲れてるっぽいッスからね。それを飲んだら元気になれますよ! まるで、別の世界に飛んだように!」
「ははは。それは凄いね」
誇大広告のような店員のセールストークに、苦笑いを浮かべながらコンビニを後にした。
「あざっした~」
そんな私の背中に、変な日本語ながらもお礼の言葉を述べる店員の声が聞こえた。
「いただきます」
誰も居ない部屋。レンジで温めた弁当を食べる。
三十八歳になるまで仕事を優先して生きていた私は、未だ独身だ。両親は既に他界しており、自由気ままな独り暮らしといえるが、その実は、ただの寂しい中年だ。
「はぁ︙︙働きたくない」
サブスクで異世界転生もののアニメを見ながら、そんなことを考えた。この物語の主人公は、主人公ならではの能力を神様から授かり、異世界で自由気ままに生きている。そんな話を見ていると、自分だったらどうやって過ごすかを考える。
「異世界で農業ライフ︙︙いや、農作業は大変だからな。天候次第で収入は不安定になる。どんなに努力して作物を育てても、自然災害で無に帰すこともある」
営業先のお客さんから聞いた話だが、農作業はそんなに簡単なものじゃない。肥料にしても水やりにしても、一つの判断ミスで作物が全滅することだってあるらしい。
「じゃあ、力をつけて騎士になる? いやいや、命を掛ける職業なんてまっぴらだ。そうなると商人とか職人か? って、異世界の醍醐味ゼロだな」
この歳になると、まず最初に考えるのは健康だ。誰が好き好んで怪我の絶えなさそうな騎士になるかと思うし、商人や職人だったら、結局この世界と同じ様な生活になりそうだ。
「やっぱ異世界転生するなら、なにか凄い能力で働かなくても、自堕落な生活ができるようになればいいな」
そんな内容がアニメ化したところで、おそらく誰も見ないだろうが、もし自分が異世界へ行ったとすれば、それが理想なのだ。
「まぁ、そんな事はあり得ないんだけどな」
一通り現実逃避を終えると、私は先程コンビニで貰ったエナジードリンクを開けた。『プシュッ!』という音と共に、嗅ぎ慣れたエナジードリンクの匂いがしてきた。
「なんだ。普通のエナジードリンクと一緒か」
パッケージに若干インパクトがあったので、ちょっと期待したのだが、味もよくあるものと一緒だった。
「さて、風呂に入ってさっさと寝るか」
エナジードリンクを飲みきり、立ち上がった瞬間だった。酷い目眩を覚えて倒れ込んでしまった。
「な、なんだ? そんなに疲れてたか?」
自身の状況に動揺しながらも、冷静に原因を考える。今月は結構残業をしてるといっても、過労死ラインには届いていない。確かに精神的な疲れも溜まっているが、倒れるほど心が磨耗していたとも思えなかった。
そんな私の目に、先程飲んだエナジードリンクの成分表が記載されているはずの場所が映った。
「な、なんだこれ?」
成分表なんて普段は見ないから気づかなかったが、本来ドリンクに使われている成分を記載する場所には、こう記されていた。
『あなたが夢見た異世界へご招待! あなたは異世界へ渡る資格を得ました! 尚、数多ある異世界のご指定は出来ませんので、ご了承ください』
「あの店員のイタズラ書きか? 味も匂いも普通のエナジードリンクだったし︙︙まぁいい。きっと疲れてるだけだ。しっかり寝て明日になれば、身体も元通りになるだろう」
救急車を呼ぶという選択肢は無かった。明日も予定が詰まっているので、会社を休むわけにはいかない。
寝るのが一番の治療と考え、なんとかベッドまで這いつくばって移動すると、そのまま目を閉じた。
これがこの世界での、最後の記憶だった。
「っしゃせ~」
「︙︙︙︙」
帰宅途中に見つけたコンビニのやる気ゼロ店員が、なぜか私に向かって満面の笑みを浮かべながら声をかけてきた。理解できない状況に、私は無言で店員を見つめる。
「あれ? 意識ありますよね?」
「︙︙意識はある。ただ状況が飲み込めないだけだ」
訝しむような店員の様子に、私は苛立ちながら返答する。
私の最後の記憶は、部屋で夕食を食べ、そのままベッドに横になろうとしたところまでだ。こんな真っ白の何もない空間で、コンビニ店員と二人でいるなど意味がわからない。
夢だと思うが、あまりに意識がはっきりし過ぎているため、現実であると本能的に理解している。
「えぇ? 缶に書いてあったでしょ? 異世界へご招待って」
「君があんなイタズラ書きをしたのか?」
「イタズラだなんてやだなぁ。真実ですよ」
「︙︙」
店員の言葉に、私は不満を露にした表情を向けると、彼は苦笑しながら口を開いた。
「ここは世界と世界の狭間にある場所。あなたは別の世界の管理者から必要とされ、こちらの世界の管理者が承認して転生することになります。もちろん、あなたの意思を尊重して」
「私の意思? 何も聞かれてないぞ」
意味のわからない店員の言葉に抗議する。
「あなたの家庭環境や人間関係、この世界における未練等々を調査し、最後にあなたの魂に聞きました。異世界での生活を望んでいると」
「︙︙それは現実的にあり得ないから望むんであって、本当に実現されてしまうと︙︙こっちも混乱する」
「ふふふ。ね? 混乱しているだけで、拒絶しているわけではない。あなたは既に、現状を受け入れつつある。異世界で生きることにね」
「︙︙まぁ、否定はしないが。それで、私は何を必要とされて異世界へ行くんだ?」
全てを見透かしているような店員の態度に辟易するが、今すべきことは情報収集だろう。
「では語りましょう。あなたが向かう異世界の現状について」
そう前置きして、店員は意気揚々と語り出した。
その世界は、『オド』という力をエネルギーとした社会を構築しているらしい。『オド』というのは、人間や動物の肉体に宿るもので、アニメ的に表現すると魔力みたいなものだ。
ただ、残念ながらその世界に魔法というものは存在しない。人々は体に宿る『オド』を利用し、肉体を強化して農作業を行ったり、建築作業を行ったり、時には敵と戦うらしい。
文明レベルは、少し前の現代日本相当のようで、生活するのに不便さを感じることは少ないだろうと言われた。
異世界ファンタジー定番の中世ヨーロッパレベルを想像していたが、たしか実際の中世の生活様式は、今と比べるとかなり前時代的というか、はっきり言って現代人では我慢できない生活環境だ。
トイレ事情一つとってみても、「窓から排泄物を棄てていた」なんて書物を読んだときには、絶対に建物近くは歩けないと感じたほどだ。
また、この世界の特徴として、二つの人種が存在しているようだ。
一つはこちらの世界と同じ人間種。もう一つは獣人種だ。猿から人は進化したと考えれば、獣人種は犬や猫が進化した存在のようだ。
問題なのは、この二つの人種は非常に仲が悪い。度々戦争を起こすほどに、仲が拗れているとのことだ。
「まぁ、ここまで言えば、こちらの言いたいことは分かりますかね?」
「︙︙まさか、私に平和の使者にでもなれと?」
そんな責任重大な立場になりたくなかった私は、嫌みを込めて尋ねた。
「そこまではお願いしませんが︙︙たしかあなた、動物が好きですよね? 休日はペットカフェに入り浸るくらい」
「なんでそんなことを︙︙?」
店員が言う通り、私の癒しは動物だ。住んでいるアパートはペット禁止ということもあり、休日はペットカフェで過ごしている。おかげでメンバーズカードは最高ランクのプラチナで、複数の動物たちと戯れる『天国プラン』を選ぶことができる。
「いえね、人間種と獣人種︙︙他種族間でも愛を育むことができれば、世界が少しは良い方向へ変わるのではないかと考えまして」
「いやいや、それならもっと適任がいるだろう。私はこの歳まで結婚していないんだぞ。つまり、恋愛ごとにおいての能力は皆無だ」
自分で言うのもなんだが、私の今までの恋愛経験は散々なものだ。「優しすぎる」、「真面目すぎる」、「面白味がない」と、大体いつも私は女性から振られている。どうも女性を大切にするあまり、壊れ物を扱うような態度が悪かったようだ。
それ以降私は、従順に懐いてくれるワンちゃんや、気分屋だけど甘えたがりなネコちゃん、見ているだけで格好いい姿の爬虫類に癒しを求めるようになった。
「さすがに、ナンパの能力だけを優先して選んでいるわけではないですよ(笑) 肉体や精神の適合率や、一応その人物の性格など、多岐にわたる項目を合格して初めて選定されるのですから」
「なるほど。結局、私の使命は、獣人種のお嬢さんの誰かと婚姻するということですか?」
私が転生する目的を確認しようとしたが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「いえ、そこまで強制するものではありません。自由に生き、自由に婚姻して構いません」
「︙︙それでは、私を転生させる意味が分かりません」
「世界への過剰な干渉は禁止されていましてね。使命を持たせて送り込むことは、禁則事項に該当します。あなたという一人の存在が、バタフライ効果のように世界に影響を波及させることを願っています」
消極的な干渉でなければならない、ということのだろう。私が選ばれたという理由はわかったが、何をしてもいいと言われると、逆に困ってしまう。人生がリセットされてやり直すということなら、何をどうしたいのかを明確に考えてから行動に移すべきだろう。
(どんな人生を送りたい、か︙︙)
いろいろと考え込んでいると、店員が柏手を鳴らした。
「さて、説明は以上です。新たな人生、楽しんでくださいね」
「楽しめるかどうか、転生先の状況次第だと思うが︙︙命が軽い世界ではなんだな?」
「︙︙行ってらっしゃいませ!」
「おい! なんで何も言わないんだ! なんだ、その不穏な沈黙︙︙は︙︙」
店員の言動に声を荒げるが、私の意識は段々と薄れていった。最後に見たのは、やたら満面の笑みを浮かべて手を振っている、店員の姿だった。
「池田君︙︙我々はサラリーマンだ。会社存続のため、決められた目標を達成しようと努力はしなければならない。ただ本社とて、この目標が無茶なのは承知しているはずだ。なにせ第一四半期の平均月伸の倍の目標だからな︙︙」
私に対して会社の方針に異議を唱えてきたのは、部下である池田君だ。部下といっても、彼は年上の先輩という気を遣う相手だ。三十八歳にして課長に昇進した私は、理想と現実のギャップに悩む毎日を送っている。
部下からは会社の方針に対する不平不満を聞きつつ、モチベーションが下がらないように気を遣わなければならない。一方で、不足する目標数値を達成するため、何軒も客先に出向いて、平社員同様に営業を行わなければならない。
その結果、目標未達となれば部長から呼び出され、私の部下育成・指導能力に問題があると、お小言を聞かなければならい。そんな時間があるなら一軒でも多く客先を回りたいのに、部長は営業をしないものだから、時間の許す限り私の能力が足りていないと叱責してくる。
正直、お前がやってみろよと毎回思うのだが、さすがにそれを言ってしまえば私の処遇がどうなるか、火を見るより明らかなため、歯を喰いしばって謝罪の言葉を吐く毎日だ。
「はぁ︙︙課長になるの、早まったかな︙︙」
今日も支店に最後まで残り、明日の客先の情報を確認し、資料を製作して、結局支店を出る頃には、二十二時を少し越えていた。
私は電車に揺られながら、課長になった時の経緯を思い出す。人並みに出世意欲があった私は、積極的に社内資格を取得し、研修に参加し、昇任試験を突破して順調に昇進を果たした。
責任は重くなるが給料も上がり、やり甲斐も今以上に持てると思っていたのだが、やっていることは平社員以上に客先を回りつつ、上司と部下の板挟み。しかも年若くして課長になったため、部下は大半が年上で、とにかく気を使うのだ。
「明日は、朝一で池田君の訪問先のロープレをして︙︙目標に対する進捗状況をエクセルでグラフ化して︙︙午後には三軒回らないと」
電車を降り、明日のやるべき事を歩きながら呟いて整理する。家に着くのは二十三時前になるだろう。途中のコンビニで弁当を買って、サブスクの動画を見て現実逃避するのが日課だ。
「あれ? 新しいコンビニができてる」
いつもの帰り道。空き地だったはずの場所に、いつの間にかコンビニがオープンしていた。よく見るチェーン店で、開店を祝う花輪が置いてある。
「開店記念で安くなってるかもな」
そんな事を考えながら入店する。案の定、全商品が二割引で、飲み物のプレゼントまであるようだ。
「︙︙新規開店セールしてるわりには、人気がないな。まぁ、ゆっくり選べるし、別にいいか」
私以外に客はおらず、商品も十分陳列されていて品切れは無い。私にとって悪いことではないので、弁当のコーナーで夕飯を吟味する。
「いつもの唐揚げ弁当でいいか。それから、サラダと胡麻ドレッシングと︙︙」
代わり映えしない、いつもの夕食メニュー。最近は何を食べるか考えるのも億劫になっている結果だ。
「っしゃせ~」
レジでは、帽子を目深に被った店員が対応してくれた。やる気の無い店員なのか、変な日本語の接客だが、精神的な疲れもあって、気にかける余裕もない。
「開店記念のドリンク。どぞッス」
「どうも」
会計を済ませると、店員がレジ下からドリンクを取り出して私に手渡してきた。見たこともない黒いパッケージの缶で、後ろの商品名にはエナジードリンク飲料と記載されていた。
「初めて見たな」
「なんか、スッゲー効くらしいッス」
私がパッケージを訝しんでいると、店員が親指を立てながら効果を伝えてきた。
「そうなんだ。ありがとう」
「お兄さん疲れてるっぽいッスからね。それを飲んだら元気になれますよ! まるで、別の世界に飛んだように!」
「ははは。それは凄いね」
誇大広告のような店員のセールストークに、苦笑いを浮かべながらコンビニを後にした。
「あざっした~」
そんな私の背中に、変な日本語ながらもお礼の言葉を述べる店員の声が聞こえた。
「いただきます」
誰も居ない部屋。レンジで温めた弁当を食べる。
三十八歳になるまで仕事を優先して生きていた私は、未だ独身だ。両親は既に他界しており、自由気ままな独り暮らしといえるが、その実は、ただの寂しい中年だ。
「はぁ︙︙働きたくない」
サブスクで異世界転生もののアニメを見ながら、そんなことを考えた。この物語の主人公は、主人公ならではの能力を神様から授かり、異世界で自由気ままに生きている。そんな話を見ていると、自分だったらどうやって過ごすかを考える。
「異世界で農業ライフ︙︙いや、農作業は大変だからな。天候次第で収入は不安定になる。どんなに努力して作物を育てても、自然災害で無に帰すこともある」
営業先のお客さんから聞いた話だが、農作業はそんなに簡単なものじゃない。肥料にしても水やりにしても、一つの判断ミスで作物が全滅することだってあるらしい。
「じゃあ、力をつけて騎士になる? いやいや、命を掛ける職業なんてまっぴらだ。そうなると商人とか職人か? って、異世界の醍醐味ゼロだな」
この歳になると、まず最初に考えるのは健康だ。誰が好き好んで怪我の絶えなさそうな騎士になるかと思うし、商人や職人だったら、結局この世界と同じ様な生活になりそうだ。
「やっぱ異世界転生するなら、なにか凄い能力で働かなくても、自堕落な生活ができるようになればいいな」
そんな内容がアニメ化したところで、おそらく誰も見ないだろうが、もし自分が異世界へ行ったとすれば、それが理想なのだ。
「まぁ、そんな事はあり得ないんだけどな」
一通り現実逃避を終えると、私は先程コンビニで貰ったエナジードリンクを開けた。『プシュッ!』という音と共に、嗅ぎ慣れたエナジードリンクの匂いがしてきた。
「なんだ。普通のエナジードリンクと一緒か」
パッケージに若干インパクトがあったので、ちょっと期待したのだが、味もよくあるものと一緒だった。
「さて、風呂に入ってさっさと寝るか」
エナジードリンクを飲みきり、立ち上がった瞬間だった。酷い目眩を覚えて倒れ込んでしまった。
「な、なんだ? そんなに疲れてたか?」
自身の状況に動揺しながらも、冷静に原因を考える。今月は結構残業をしてるといっても、過労死ラインには届いていない。確かに精神的な疲れも溜まっているが、倒れるほど心が磨耗していたとも思えなかった。
そんな私の目に、先程飲んだエナジードリンクの成分表が記載されているはずの場所が映った。
「な、なんだこれ?」
成分表なんて普段は見ないから気づかなかったが、本来ドリンクに使われている成分を記載する場所には、こう記されていた。
『あなたが夢見た異世界へご招待! あなたは異世界へ渡る資格を得ました! 尚、数多ある異世界のご指定は出来ませんので、ご了承ください』
「あの店員のイタズラ書きか? 味も匂いも普通のエナジードリンクだったし︙︙まぁいい。きっと疲れてるだけだ。しっかり寝て明日になれば、身体も元通りになるだろう」
救急車を呼ぶという選択肢は無かった。明日も予定が詰まっているので、会社を休むわけにはいかない。
寝るのが一番の治療と考え、なんとかベッドまで這いつくばって移動すると、そのまま目を閉じた。
これがこの世界での、最後の記憶だった。
「っしゃせ~」
「︙︙︙︙」
帰宅途中に見つけたコンビニのやる気ゼロ店員が、なぜか私に向かって満面の笑みを浮かべながら声をかけてきた。理解できない状況に、私は無言で店員を見つめる。
「あれ? 意識ありますよね?」
「︙︙意識はある。ただ状況が飲み込めないだけだ」
訝しむような店員の様子に、私は苛立ちながら返答する。
私の最後の記憶は、部屋で夕食を食べ、そのままベッドに横になろうとしたところまでだ。こんな真っ白の何もない空間で、コンビニ店員と二人でいるなど意味がわからない。
夢だと思うが、あまりに意識がはっきりし過ぎているため、現実であると本能的に理解している。
「えぇ? 缶に書いてあったでしょ? 異世界へご招待って」
「君があんなイタズラ書きをしたのか?」
「イタズラだなんてやだなぁ。真実ですよ」
「︙︙」
店員の言葉に、私は不満を露にした表情を向けると、彼は苦笑しながら口を開いた。
「ここは世界と世界の狭間にある場所。あなたは別の世界の管理者から必要とされ、こちらの世界の管理者が承認して転生することになります。もちろん、あなたの意思を尊重して」
「私の意思? 何も聞かれてないぞ」
意味のわからない店員の言葉に抗議する。
「あなたの家庭環境や人間関係、この世界における未練等々を調査し、最後にあなたの魂に聞きました。異世界での生活を望んでいると」
「︙︙それは現実的にあり得ないから望むんであって、本当に実現されてしまうと︙︙こっちも混乱する」
「ふふふ。ね? 混乱しているだけで、拒絶しているわけではない。あなたは既に、現状を受け入れつつある。異世界で生きることにね」
「︙︙まぁ、否定はしないが。それで、私は何を必要とされて異世界へ行くんだ?」
全てを見透かしているような店員の態度に辟易するが、今すべきことは情報収集だろう。
「では語りましょう。あなたが向かう異世界の現状について」
そう前置きして、店員は意気揚々と語り出した。
その世界は、『オド』という力をエネルギーとした社会を構築しているらしい。『オド』というのは、人間や動物の肉体に宿るもので、アニメ的に表現すると魔力みたいなものだ。
ただ、残念ながらその世界に魔法というものは存在しない。人々は体に宿る『オド』を利用し、肉体を強化して農作業を行ったり、建築作業を行ったり、時には敵と戦うらしい。
文明レベルは、少し前の現代日本相当のようで、生活するのに不便さを感じることは少ないだろうと言われた。
異世界ファンタジー定番の中世ヨーロッパレベルを想像していたが、たしか実際の中世の生活様式は、今と比べるとかなり前時代的というか、はっきり言って現代人では我慢できない生活環境だ。
トイレ事情一つとってみても、「窓から排泄物を棄てていた」なんて書物を読んだときには、絶対に建物近くは歩けないと感じたほどだ。
また、この世界の特徴として、二つの人種が存在しているようだ。
一つはこちらの世界と同じ人間種。もう一つは獣人種だ。猿から人は進化したと考えれば、獣人種は犬や猫が進化した存在のようだ。
問題なのは、この二つの人種は非常に仲が悪い。度々戦争を起こすほどに、仲が拗れているとのことだ。
「まぁ、ここまで言えば、こちらの言いたいことは分かりますかね?」
「︙︙まさか、私に平和の使者にでもなれと?」
そんな責任重大な立場になりたくなかった私は、嫌みを込めて尋ねた。
「そこまではお願いしませんが︙︙たしかあなた、動物が好きですよね? 休日はペットカフェに入り浸るくらい」
「なんでそんなことを︙︙?」
店員が言う通り、私の癒しは動物だ。住んでいるアパートはペット禁止ということもあり、休日はペットカフェで過ごしている。おかげでメンバーズカードは最高ランクのプラチナで、複数の動物たちと戯れる『天国プラン』を選ぶことができる。
「いえね、人間種と獣人種︙︙他種族間でも愛を育むことができれば、世界が少しは良い方向へ変わるのではないかと考えまして」
「いやいや、それならもっと適任がいるだろう。私はこの歳まで結婚していないんだぞ。つまり、恋愛ごとにおいての能力は皆無だ」
自分で言うのもなんだが、私の今までの恋愛経験は散々なものだ。「優しすぎる」、「真面目すぎる」、「面白味がない」と、大体いつも私は女性から振られている。どうも女性を大切にするあまり、壊れ物を扱うような態度が悪かったようだ。
それ以降私は、従順に懐いてくれるワンちゃんや、気分屋だけど甘えたがりなネコちゃん、見ているだけで格好いい姿の爬虫類に癒しを求めるようになった。
「さすがに、ナンパの能力だけを優先して選んでいるわけではないですよ(笑) 肉体や精神の適合率や、一応その人物の性格など、多岐にわたる項目を合格して初めて選定されるのですから」
「なるほど。結局、私の使命は、獣人種のお嬢さんの誰かと婚姻するということですか?」
私が転生する目的を確認しようとしたが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「いえ、そこまで強制するものではありません。自由に生き、自由に婚姻して構いません」
「︙︙それでは、私を転生させる意味が分かりません」
「世界への過剰な干渉は禁止されていましてね。使命を持たせて送り込むことは、禁則事項に該当します。あなたという一人の存在が、バタフライ効果のように世界に影響を波及させることを願っています」
消極的な干渉でなければならない、ということのだろう。私が選ばれたという理由はわかったが、何をしてもいいと言われると、逆に困ってしまう。人生がリセットされてやり直すということなら、何をどうしたいのかを明確に考えてから行動に移すべきだろう。
(どんな人生を送りたい、か︙︙)
いろいろと考え込んでいると、店員が柏手を鳴らした。
「さて、説明は以上です。新たな人生、楽しんでくださいね」
「楽しめるかどうか、転生先の状況次第だと思うが︙︙命が軽い世界ではなんだな?」
「︙︙行ってらっしゃいませ!」
「おい! なんで何も言わないんだ! なんだ、その不穏な沈黙︙︙は︙︙」
店員の言動に声を荒げるが、私の意識は段々と薄れていった。最後に見たのは、やたら満面の笑みを浮かべて手を振っている、店員の姿だった。
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