騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第一章 革新の始まり

第一章 エピローグ

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(子供は感情の制御が拙いと思ってはいたが、大衆の面前で決闘の不正を指摘されて、こんな馬鹿な行動をとるのか・・・)

 俺に向かってナイフを構える少年が、身体強化特有の薄い赤色の輝きを身体に纏うと、そのままナイフを振り回すようにして攻撃を仕掛けてきた。そんな彼の行動に焦りの表情を浮かべたマーガレット嬢が声を上げる。

「や、止めーーー」

「お前が悪いんだ~!!」

しかし彼女の声に少年は反応すること無く、追い詰められた人間特有の、奇妙な笑みを浮かべながらナイフを振り抜いてくるのだが・・・

「そんな振り回しただけの攻撃じゃ、獣一匹殺せないな」

俺は僅かに上半身を反らし、少年のナイフをあっさり躱してみせた。

「なっ!バカな!!身体強化した僕の一撃を、何で躱せる!?」

「何でって・・・そんな踏み込みの甘い、腰も入っていない腕の振りだけの攻撃なんて、避けられて当然だろ?」

少年はナイフを振り切った姿勢のまま、驚愕の表情を俺に向けていた。そんな彼に俺は、呆れを隠すことなく今の一撃を批評した。

「う、うるさい!!魔術師のお前なんかに、剣術が分かってたまるか!!」

少年は顔を真っ赤にしながら、再びナイフを振り回してきた。ただしそれは技術の無い、激情に任せただけの大振りの攻撃で、目を瞑っていても避けられるほど単調なものだった。

「武器の使い方がなってないな。親が雇ってくれた家庭教師からは、ナイフの使い方一つも教わらなかったのか?」

少年のめちゃくちゃな攻撃を完璧に見切って躱しながら軽口を叩くと、彼は更に顔を赤くしながらナイフをブン回してきた。

「くそっ!くそ~!!当たれ!当たれ~!!!」

「・・・やれやれ、接近戦ってのはーーー」

「なっ!」

瞬き一つの瞬間、今まで左右に後ろに躱していた体捌きを一転し、一歩踏み込んでナイフの距離を潰すと、超密着状態となるように懐に入った。

少年は俺の動きに全く反応出来ていないようで、腕を振り切ったまま無防備に固まっている。俺は隙だらけのその腕を掴むと、即座に後ろに回り込み、関節を極めつつ少年の体勢を崩し、そのまま地面に押し倒す。

「ーーーこうやるんだよ」

「ぐあっ!!」

顔面から地面に激突して苦悶の声を上げる少年を、体重を掛けて押さえ付けるように拘束し、俺は小さくため息を吐いた。

(ふぅ、少年が身体強化していたから、大した怪我をさせずに済んだな。さて、落とし所はどうするかね・・・)

暴れようとする少年を押さえつつ、この後の展開についてどうしたものかと頭を悩ませるのだった。




~~~ マーガレット・ゼファー 視点 ~~~

 その人物の第一印象は、世間知らずで礼儀皆無の生意気な少年というものだった。背も低く、その顔立ちからも、正直年下なのではないかと思うほどだった。

その後、何の落ち度もない生徒に暴力を振るおうとしたという話を聞き、彼に対する感情は更に悪化した。

しかも、貴族の私に対して平民の彼が決闘を申し込んでくるという、前代未聞な行動もあった。私は彼の増長した意識にお灸を据えるという思いで受けたのだが、結果として、私の平民や魔術師に対する認識に、大きな衝撃を与えられる事となった。

(ありえない・・・平民が幼い頃から鍛錬を積んだ貴族を超える実力を有しているだと?魔術師が剣士を接近戦で凌駕するだと?そんなこと、あるはずがない!)

自分自身の目で見た事実だったのだが、今までの常識に真っ向から喧嘩を売るような光景に理解が追いつかなかった。いや、頭が理解することを拒んだ。彼の見せた体捌きは、私が思い描く理想そのものだったからだ。

結局私は、彼が同級生を押さえている間中、呆然と立ち尽くしていた。本来なら彼を襲った同級生を実力で止めるべきだった。しかし、私は動かなかった。動けなかったのではない、動かなかったのだ。生意気な彼の言動に思うところもあり、痛い目を見ればいいと少なからず考えたからだ。

しかし結果、彼を襲おうとした同級生はあっさりと組み伏せられた。身体強化をした貴族の剣士が、生身の平民の魔術師にだ。

(彼はいったい何者なんだ?本当に平民なのか?本当に魔術師なのか?どうやってあんなに洗練された無駄の無い体捌きを身に付けたのだ?)

答えの出ない問答が私の頭を駆け巡っていると、騒動を聞きつけた教師が現れ、同級生を取り押さえる彼に青筋を浮かべながら詰問していた。

私は決闘の際にこちら側の人間が不正をしていたという後ろめたさもあり、事の次第をその教師に説明したのだが、あれやこれやと理由を探しながら彼に罪があるよう結論に持っていこうとされてしまった。

(何なんだこの教師は!?私がこれほどはっきりこちらに落ち度があったと認めているのに、何故彼を罪人に仕立て上げようとするんだ!!)

その教師の対応に疑問を感じると同時、平民の彼が今まで同じ様な境遇に晒されてきていたとすれば、あのような性格になるのも納得できる。

(そうか、こういった積み重ねで彼は貴族に対して素直な態度が取れないのかもしれないな。なら私は侯爵家の令嬢として、彼の貴族に対する印象を払拭しなければ!)

何故か妙な使命感が湧き上がり、彼の貴族に対する不信感や悪感情を取り除いてあげたいと感じた。それにあの実力なのだ、彼の言動が世間一般程度の礼儀になれば、平民だとしても騎士に叙爵されるだろうし、もしかすればより上位の爵位に昇爵される可能性もある。

(彼はヴェストニア王国にとっても貴重な戦力となるはず。こんなところで冤罪をでっち上げられ、その力を腐らせるのは国の損失だ)

そう考え、私は教師に対して家名を強調しながら彼に罪を着せるかのような発言の真意を問い詰める。教師も侯爵家の令嬢に対して分が悪いと判断したのか、様々な言い訳を並べ立てていくが、結局双方に対して要注意ということで話は纏まった。

取り押さえられてい同級生は不満げな表情をしていたが、彼については全く興味無さそうな表情を浮かべていた。貴族である生徒の感情については分からないでもないが、さすがに一方的に彼に非があるとしてしまえば、私自身の正義に反することになるので、異論は許さなかった。

しかし・・・

(アル・ストラウス!何でお前は興味が無いような表情をしているんだ!侯爵家の令嬢である私がこれほど苦心したんだぞ!確かにこちらに不正があったかもしれないが、私の預かり知らぬ事にまで頭を下げたんだぞ!少しは感謝の言葉くらいあっても良いではないか!!)

彼の様子に、地団駄を踏みたくなる気持ちをなんとか抑え、平然と対応しているが、心中穏やかではいられなかった。

(私がこの男を教育せねば!幸いすぐに実技の授業も始まる。そうなれば魔術コース首席のコイツとは、何度も顔を合わすことになるだろう。いや、いっそ昼食時にも掴まえるべきか・・・)


 今後の彼への対応について様々な検討をしている内に今回の騒動は収束し、演習場に集まっていた生徒達も三々五々散っていった。私に助けを求めてきた同級生たちも、バツの悪そうな表情を浮かべながら寮に帰っていった。

そうして残った私の元に、彼がゆっくり近づいてきた。

「で、決闘の勝敗はどうする?」

「・・・私の負けだ。不正云々を抜きにしても、私には魔溜石にあそこまで魔力を貯めることは出来ないからな」

決闘の勝敗を確認してくる彼に対し、私は敗北の悔しさを感じながら返答した。

「へぇ、潔いな。無かったことにするかと思ってたよ」

意外そうな表情を浮かべる彼に、私は少し苛ついた。

「私の事をどう思っていたのか伺い知れる言葉だが、これでも自分の信じる信念がある。・・・約束通り、お前の言うことを聞いてやろう。何が望みだ?」

一瞬言い淀んだが、今更無かったことにしてくれと言うことは出来なかった。しかし脳裏に、両親から同い年の男の子は、に興味が出てくる年齢だから気を付けるように言われていた事を思い出す。

(平民にとって貴族の令嬢は高嶺の花だと考えれば、いかがわしい事を命令してくるかもしれない・・・しかし条件を飲んで決闘を受けたのは私自身だ。今更それを覆すのは私の信念に反する・・・くっ、どうすれば・・・)

不安に駆られながら彼の言葉を待っていたのだが、実際の命令は私の想像の埒外のものだった。

「なら、そこに居るライトがこれからも虐められないように気を配ってくれ」

「・・・は?」

予想外の言葉に、私は言われたことが一瞬理解できなかった。

「聞こえなかったか?ライトが虐められないように見張ってくれって言ったんだ」

「いや、聞こえてはいるが・・・お前はそれで良いのか?」

「何が?」

私の疑問の言葉に、彼は意味が分からないというような呆けた表情を浮かべていた。

「私は侯爵家の者だぞ?例えば私を利用して家に取り入ろうとか考えないのか?」

「はぁ?そんな事しねぇよ」

心底理解出来ないという彼の返答に、私は少し苛ついた。

「・・・こう言ってはなんだが、君も年頃の男の子だろう?その・・・私はこれでも周囲から容姿を褒められるくらいの女性であると思っているのだが・・・」

「???何が言いたいんだ?」

「なっ!」

全く私の言葉が理解できないという彼の態度に、私の事よりも、そこの平民の女性の方が大事だと言われたようで、女性としてのプライドが傷つけられた気がした。しかし、それを正直に指摘してしまえば、まるで私が彼を誘惑してしているようになってしまうと考え、グッと堪えて口を開いた。

「分かった、もう良い!とにかく、そこの平民の女の子が虐められないように面倒を見ろと言うのがお前の望みなのだな!」

「何怒ってるんだよ?俺の望みが気に入らないのか?」

感情が表情に出てしまっていたのか、彼の指摘に私は心を落ち着かせるように努めるが、どうしても苛つきが隠せなかったので、別の理由に置き換えた。

「別に怒ってなどいない!お前に負けたことが悔しいだけだ!」

「なら良いが・・・あっ、言っておくがライトは男だぞ?そこを考慮して面倒見てくれ」

「・・・はぁ?」

今日一番の驚きの言葉に、男性だと言われたライトをしばらく凝視したのだった。


 その後、ライトが本当に男性だと分かり、何故か私は安心したような、ホッとしたような、奇妙な感情に囚われたのだが、その理由は分からなかった。

そして彼らと別れて寮に戻る際、彼が決闘に使った魔溜石を偶然にも見つけたので、そのまま持ち帰ることにした。彼の魔力で虹色に輝くそれはとても美しく、見つめていると心が少しざわついてくるその魔溜石を、私は宝石箱の中に大事に仕舞った。

「・・・ふぅ」

私は胸の大きさを抑えるためにしていた補正下着を外すと、大きく息を吐き出す。年々大きくなる胸は、剣士として動きにくいというのが悩みだ。

「しかし男性は、大きな胸の女性を好むと聞く・・・」

ボソッとそんな事を呟きながら宝石箱の方を見ていた私は、不意に正気に返った。

「な、何を考えてるんだ私は!あんな奴のことが気になるわけがない!!」

私は今考えていたことを忘れるように激しく頭を振ると、心を落ち着けるために再度大きく息を吐いた。

とにもかくにも、今後はライトの面倒を見つつ、彼、アル・ストラウスの教育に闘志を燃やすのだった。
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