騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第三章 神樹の真実

滅国の皇帝 5

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~~~ 王国評議会 ~~~

「さて、どうしたものか・・・」

 ヴェストニア王国王城内にある一室。20人ほどが座っても尚余裕のある巨大な長机が備えられており、そこには左右の席に10人づつが腰かけている。

更に奥、一つ段差を上がったところには、金細工を施された豪華な椅子が複数置かれ、国王の子供である4人の殿下が座っている。長机から向かって左端から第一王子・第二王子・第一王女・第二王女の順だ。

そして最上段には、一際贅を凝らした豪奢な玉座が備え付けられており、そこにはこのヴェストニア王国の現国王、ダモクレス・レイル・ヴェストニアが鎮座していた。

よわい50を超える年齢で、外見は恰幅の良い体型をしているが、王族特有の翡翠色の髪は、側頭部に申し訳程度に生えている状態だ。冒頭の言葉は、この国王のため息と共に吐き出されたものだった。

「まったく、兄上が森で余計な拾い物さえしなければ、こんな会議などする必要も無かったというのに・・・」

隣に座る第一王子に向かって、不満げな表情を隠すこと無く悪態をついたのは第二王子、ロズウェル・ストーク・ヴェストニアだった。整った顔立ちに、サラサラの長い髪を指で弾く癖があり、取り巻きの女性からは黄色い声がよく上がる。

「本当に。私、今日は友人達とお茶会の予定だったのよ?それなのに、こんなつまらない事で呼び出されて・・・」

第二王子に同調するように不満を口にしたのは、第一王女、メリンダ・ストーク・ヴェストニアだった。兄同様に整った綺麗な顔をしているが、常に何か企んでいるような表情をしている。妖艶な雰囲気で、胸元を惜し気もなく晒している緑色のドレスに、艶やかな長い髪を胸元に垂らし、豊満な胸を隠すようにしているが、それがかえって会議に参加している男性の目を奪っている。


 

そんな2人の王族特有の翡翠色の髪だが、第一王子や第二王女と比べて発色が薄いのがコンプレックスとなっていた。
 
「そうか、お前達には今回の事の重大性が理解できんか・・・王位継承権順位が低い者はお気楽で良いな。最も、我が妹はちゃんと事の重さを理解しているがな」

第一王子は不敵な笑みを浮かべながら、不満の声を上げた2人を見下すように声を掛けた。当然、溺愛する自身の妹である第二王女を除外する文句は忘れない。

「仕方ありませんよ、お兄様。お二人はあまり政務に積極的で無い様子。物事の判断基準がわたくし達と異なるのでしょう」

第二王女は無表情でありながら兄同様、辛辣な言葉を二人にぶつける。

こうした光景は今に始まったことではなく、4人が物心ついた頃から日常的に繰り広げられていた。異母兄妹であるということが影響してか、4人は兄と妹という2人づつの陣営に分かれるように競い合っている。

周囲の評価としては、国の将来を見据え、政務に長けているのが第一王子と第二王女の陣営で、社交性が高く、高位貴族達の支持を集めることに長けているのが第二王子と第一王女の陣営だった。

正直に言えば、この2つの陣営が互いに協力し合えば王家の力は揺るぎないものとなるのだろうが、残念ながら致命的なまでに相容れない。

「よさぬか!」

「「「・・・」」」

そのまま放っておけば言い争いに発展しかねない状況に、国王は怒気を含んだ声音で制止した。国王としての威厳が感じられる声に萎縮するように、4人は閉口して押し黙る。

「内務大臣。今回もたらされた情報について、改めて問題点を整理してくれ。その後、我が国としての方針を決めようではないか」

「はっ!畏まりました!」

国王の指示に、一番王家の席に近い人物が恭しく頷いて立ち上がった。白髪のオールバックで細身の内務大臣は、今年で55歳を迎える。彼は懐からモノクルを取り出して右目に掛けると、手元の資料を見つめながら神経質そうな表情で口を開いた。

「先ず、今回もたらされた情報は大きく3つあります。一つはイーサルネント帝国と言う国が滅んだということ。次にその原因は、神樹の持つ特性に起因したものであるということ。そして最後に、帝国内において強大な力を有する進化した魔物が誕生した、ということです」

内務大臣の言葉に、この会議の出席者達は手元にある資料を見つめながら眉間にシワを寄せ、難しい表情を浮かべていた。そんな出席者達の様子を気にすること無く、内務大臣は話を続ける。

「この情報から生じる問題点ですが、これも大きく3つございます。一つ、隣国にあったという帝国が、魔物の領域となってしまったことで、この大陸におる魔物の勢力が一層強くなることから、我が王国にもその影響が波及する恐れがあるということ」

「「「・・・・・・」」」

内務大臣の言葉に、皆一様に深刻な表情を浮かべるが、暗鬱とした雰囲気が更に深刻になるような言葉は続く。

「二つ、進化した魔物が我が国を襲う可能性があるということ。三つ、我が国に異国の王族という異分子が加わることで、政情不安を招きかねないか、ということです」

発言を終えた内務大臣は静かに着席すると、室内はしばらく沈黙に包まれた。出席者達は皆、初めての状況に何をどう発言して良いか分からないといった様子だ。その状況で最初に口を開いたのは、やはり国王だった。

「帝国の皇帝なる人物からもたらされた情報が、全て真実だったとするならば、だがな」

「・・・陛下は我々が保護した人物が、皇帝を謀っているとお考えなのでしょうか?」

国王の言葉に、第一王子は父親の考えを探るように問いかける。それは、自らの選択に対して国王が落胆していないか確かめるようだった。

「常に最悪を想定するのは為政者の務めだ。王国として彼らを帝国の皇帝一行と認めてしまえば、事実がどうあれ、彼らは皇帝とその近衛騎士ということになる。そうして出来上がった肩書きを利用し、良からぬ事を企むものが近づいてくるかも知れんし、彼ら自身が何か事を起こすやもしれん」

「内乱・・・いえ、暴動の可能性ですか。確かにそれは最悪の事態ですね。ただ陛下、もう一つの最悪の事態も考えねばなりませんね?」

国王の言葉に同意しつつも、第二王女が別の懸念も考えるように促す。

「うむ。情報が全て事実だった場合、先程内務大臣が羅列した問題が全て我が王国に降り掛かってくる可能性がある。その場合、我が国も帝国同様、滅亡の憂き目を見ることになるやもしれん」

厳しい表情を浮かべながら口にした国王の可能性に、一人の人物が異論を唱えた。

「しかし陛下、我が国の神樹はこれまでずっと魔物の侵入を許しておりません。たとえ他国が滅んで魔物の生息域が拡大し、強大な魔物が生まれたところで、我が国は関係無いのではありませんか?ともすれば、それほど深刻に捉えること無く、保護した人物の処遇だけ考えればよろしいのではないでしょうか?」

声を上げたのは、主に学院の運営を行う文部大臣だった。そんな彼の言葉に追随するように、財務大臣も口を開く。

「文部大臣の言う通りですな。現状、我が国にこれ以上対魔物予算を増額できる余力はありません。であれば、何もせずともよろしいかと。帝国の皇帝を名乗る者共は、国内の混乱を考慮し、幽閉しておけば良いでしょう」

「左様ですな。下手に動けば、王国内に要らぬ混乱を招くだけ。ここは静観すべきでは?」

「ですな」

次々と賛同の声をあげるのは、文官職の大臣達だ。その中でも、どちらかというと能力は低いが、家柄だけは立派な者達が多い。本来であれば、彼らでは就けない役職のはずなのだが、現に彼らは今ここに大臣として居座っている。

それというのも、彼らは人を使うことには長けており、実務は部下に押し付け、そこから得られる成果だけ自分の手柄として報告していることや、家柄から得られるコネを最大限利用し、時に賄賂でもって今の地位を得ているのだ。この歪な構造は文官職に多く見られ、国王を悩ます一つの要因になっている。

本来であれば早々に彼らを罷免するべきなのだが、仮に彼らを今クビにしたところで、同じような人種が次の頭に座るだけと言うことは目に見えている為、意味がないことだと分かった上での放置となっている。
 
「文部大臣、一つ重要な事を忘れておいでではないですか?」

話の流れを断ち切るようにして、軍務大臣が口を開いた。

「・・・何をでしょうか?軍務大臣?」

そんな軍務大臣に対し、文部大臣は苛立ったような表情を浮かべながら返答する。己の実力でもって今の地位を得ている者が多い武官職の大臣達は、口先だけで実力の伴わない文官職達とは決定的に仲が悪いのだ。
 
「報告にあった神樹の特性です。もたらされた情報では、神樹は1000年の周期で成長と衰退を繰り返すとある。その情報の中には、我が国の保有する歴史書と一致する部分も多く、信頼性の高いものだと判断せざるを得ない。そして問題は、衰退期のピークには神樹の魔物を寄せ付けないという効力が消える事だ」

この会議に先だって、王子と王女は皇帝からもたらされた情報をそのまま国王に伝えている。しかし、危険な情報とも言える神樹の代替わりについては、その詳細な情報を伏せることにした。そのため、報告書の内容は共有が必要な情報だけを記すように改竄されている。
 
「確かに酷似している部分もありましょうが、仮に情報が真実だったとしても、我が王国に危険が生じるのは1000年周期の衰退のピークと、進化した魔物が襲ってくるということが同時に発生した場合です。そんな奇跡的にタイミングが合わさるなど考えるだけ無駄でしょう?」

「最悪の事態にならなかったとしても、魔物の勢力範囲が増加することで起こる個体数の増加は影響する!今は騎士団が安定的に周辺の魔物の討伐が出来ているが、森の勢力図が変われば、今の王国国民を支えるだけの食料や素材の調達が困難になるかもしれないのだぞ!?」

「それは騎士団の方でしっかりと対応して欲しいものですな。我々力を持たぬ文官は、そういった事には疎いですから」

「なっ!?言うに事欠いて・・・」

議論は段々と白熱していく。実際に神樹の安全圏の外で活動する武官達は、事の重要性をよく認識している。魔物蔓延る森で安全に活動が出来ているのは、あくまでも周辺の魔物の分布等の詳細な情報を有しているからだ。

それが崩れるとなれば、一から情報を収集し直さなければならない。それによって安定した食料の提供が困難になるのは元より、騎士達にも被害が出ることが想定されるというのに、そういった部分について文官達は我関せずの態度をとっている。その事が余計武官と文官達の間に溝を作り出していった。

国王としても国の安全を考えるなら、武官達の意見を重視すべきなのだが、文官達の意見を丸っと無視してしまえば、それに反発した文官達が仕事を放棄する可能性があり、国の運営に支障が生じてしまう。

王家に権力が集中していれば、そんな勝手な行動など許されないのだが、平和な時代が長く続いてしまった結果、権力がある程度分散され、想定外の事態が起こった際の意見の集約が出来ず、国としての動きが鈍くなってしまっていたのだった。


 そうして最終的に王国としての方向性が決まったのは、帝国の皇帝が王城に滞在してから7日目の事だった。
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