騎士学院のイノベーション

黒蓮

文字の大きさ
上 下
46 / 87
第三章 神樹の真実

帝国への誘い 9

しおりを挟む
 帝城付近の探索は、あまり気分の良いものではなかった。

かつては多くの住民達で栄えていたのであろう街は、見る影もなく倒壊した建物で埋め尽くされていた。瓦礫を退かせば、そこには人々の生活感が色濃く感じられるような生活用品が埋まっていた。

当然、埋まっていたのは物だけではなく、逃げ切れずに建物の下敷きになってしまった住人達も多数いた。ほとんどの遺体は腐敗し始めていたが、表情が読み取れる遺体の中には、苦しみと絶望の中で息絶えたような凄惨な顔をしているものが大抵だった。

弔いの為、発見した遺体は火魔術で火葬して冥福を捧げる。その間、この帝国の住民であったエリーゼさんは、終始悲しみを耐えているような表情を浮かべながら作業を行っており、俺たちは彼女にどんな言葉を掛けていいか分からず、遠巻きに見守るしかなかった。


 事態が動いたのは、捜索から3日目の事だ。

この日は、神樹に押し潰される形となった帝城の調査を行なっていた。可能であれば帝国の歴史書や魔術に関する書物、そして神樹について記載されていた書物を見つけたかったが、帝城が崩壊している現場でそれのみを探し出すのは、相当の時間を要する状態だったため、見つけられたら幸運だという思いで捜索をしていたときの事だ。

(ん?人の気配?)

地面の方からだろうか、数十人程度の気配が近づいてきているのを感じる。その動きからして、地下通路のようなものがあるのではないかと推測できるが、問題はその気配の正体だ。

「エリーゼさん」

「おそらくは我が国の生き残りでしょう。帝城の地下には有事の際の脱出路が用意されています。魔物の襲撃を地下でやり過ごし、これまで過ごしてきたのでしょうが・・・」

「問題はどの勢力が生き残っているか、か・・・」

エリーゼさんに小声で確認すると、彼女も気づいているようだった。帝国の滅亡までの事情は、ある程度報告書に目を通して理解している。

その上で考えられる生き残りの勢力は2通りだ。皇族の勢力か神樹教の勢力か、だ。そこに民衆が加わる訳だが、面倒になりそうなのは神樹教の勢力の場合だ。もし帝国の滅亡の引き金となる反乱を起こした組織だった場合、相応の対処が必要だろう。

(状況次第では・・・)

最悪の場合の覚悟を決め、近づいてくる気配に息を呑む。俺以外の面々には無用な衝突を避けるため、武器が見えないように隠し、少し離れて待機してもらっている。ちなみに俺はそもそも武器を所持する必要もないことから、対応は俺がすることになった。

そして・・・

「なっ!?何者だ!?」

瓦礫が積み重なった隙間から、一人の人物が出てきた。どうやら瓦礫は地下通路への出入り口を隠す役割もしているようだ。

「答えろ!何者だ!?」

帝国の特徴なのか、赤い軽鎧を装備した騎士風の人物は腰の剣を抜き放つと、こちらに剣先を向けてきた。相手を見極めるために無言で観察していた為、警戒心を煽ってしまったようだ。

「私は隣国、ヴェストニア王国から派遣された調査員、アルバート・フィグラムだ!」

「っ!?隣国の調査員?こんな子供が?」

俺の言葉に、相手は怪訝な表情を浮かべていた。自分の外見のことはよく理解しているので、今更気にしてもしょうがない。それに、こういった場合は外見上子供に見えた方が相手の警戒心を解きやすいだろう。

「事実です。イーサルネント帝国が魔物の大群に呑み込まれたという情報を受け、その真偽を確かめに来たのです」

「・・・どうやってここまで来たと?魔獣蔓延る森の中・・・お前達たった5人でか?」

少し落ち着いてきた彼は、俺に向けている剣の切っ先はそのまま、周辺に視線を向け、後方にいるミッシェル達の存在を確認したようだ。瓦礫の下からは複数人の気配がしているが、動く様子はない。どうやらことの成り行きを見守っているようだ。

「案内してくれた人がこの帝国屈指の実力者のようで、私達は無事に辿り着いたんです」

「帝国の実力者?」

「ええ、あちらの女性です」

そう言いながら俺は少し身体をズラすと、後方にいるエリーゼさんを指し示した。

「あの鎧・・・確かに我が帝国の騎士のもののようーーーっ!」

遠目からエリーゼさんをまじまじと見つめていた彼は、急に顔色を変えて固まった。その様子に、悪い方の懸念が的中してしまった気がする。

「顔色が悪いようですが、彼女がどうかされましたか?」

「い、いえ。その、彼女からは何と説明を受けてこの帝国に?」

「帝国で神樹教なる組織が反乱を起こし、その騒動の末にこの国は魔物に呑み込まれて滅んだと」

「・・・どうやらあなた方は、彼女にとって都合の良い作り話を聞かされているようだ。可哀想に・・・」

俺の言葉に彼は少し考える素振りを見せながら、哀れみを含んだ表情を浮かべてきた。これで確定したのは、どうやら彼らはエリーゼさん達の敵対者ということだ。そうなれば、もう少し彼から情報を聞き出した方が良いだろう。

「作り話ですか?では、本当はこの帝国で何があったのでしょう?」

「とても恐ろしいことだよ。当時の皇帝が神樹の力を我が身に取り込もうとし、そのせいで神樹の安全域が消滅して、帝国は魔物に・・・」

彼はやるせない表情を浮かべながら、悔しそうに帝国が滅亡した顛末を語った。その言葉に、後方にいるエリーゼさんから苛立ちの雰囲気を感じるが、今は彼の主張を聞きたいので押さえて欲しい。

「そうなのですか?私どもが聞いた話とは随分異なりますね」

「うんうん、そうだろうとも。ところで、彼女の他に帝国の者はいるのかね?」

こちらを探るような視線で問いかけてくる彼に、どのような反応を示すか考えながら口を開く。

「ええ。今は別行動をしていますが、前皇帝の娘さんというイシュカさんと、その近衛騎士の方々が十数人」

「っ!!ほぅ。イシュカ皇女が・・・」

俺の言葉に彼は目を丸くすると、嫌らしい笑みを浮かべてその名前を呟いた。そして次の瞬間、素早く俺の背後に回り込むと、持っていた剣を俺の首筋に当てて声を荒げた。

「エリーゼ!!この子供の命惜しくば、イシュカ皇女を連れてこい!!」

「あの~、これはいったい?」

俺は人質にされながらも、緊張感のない声で彼に確認した。理由など分かってはいるが、一応確認のためだ。

「すまないな、少年。これは帝国復興の為、やむを得ない事情があるのだ!私を恨んでくれて構わない!」

彼の言動からは、祖国の為という忠誠心がそうさせているというより、欲望のようなものが感じられた。

そして、瓦礫の下から様子を伺っていた者達がワラワラと現れ、あっという間にこちらを包囲した。皆一様に赤い軽鎧を装備しており、同一の組織であるということが瞭然だ。

「イシュカ様は最後の皇族として、今は皇女ではなく皇帝陛下となられました。イシュカ皇帝陛下に恭順するのであれば、陛下の元へと案内しましょう」

エリーゼさんは包囲している連中に向かい、毅然とした態度でそう言い放った。すると、包囲している彼らからは、殺気混じりの視線が飛んできた。

「馬鹿なことを言うな!!この国を崩壊させたのは皇族連中だろうが!!そんな者に恭順するなど正気の沙汰ではない!!」

「そうだ!皇帝が神樹の力を独占しようとした結果、こんな状況になったのではないか!!」

「皇族は処刑すべき害悪だ!この帝国のために!!」

彼らは一様に帝国の皇族を罵っていた。その目はギラつき、狂気に囚われているようで、まるで自分達の考え以外を受け付けない、受け付けたくないとしているようでもあった。

「憐れな・・・神樹教の犬に成り果てたか。お前達はその目で何を見てきたんだ!この国で起こった事、その顛末をここで見たのではないのか!!」

エリーゼさんは真剣な表情で彼らに問い掛けたが、返ってきたのは言葉だけではなかった。

「何も知らぬ小娘が!もはや我らは後戻り出来んのだ!あの方の目指す先に進むしかない!!」

「っ!」

こちらを取り囲んでいた中で、最もエリーゼさんに近い騎士が叫びながら身体強化を行い、抜剣して彼女へと斬り込んだ。それに対処する為、彼女も身体強化して剣を抜き放ち、下段に剣を構えると、軽く息を吐いた。

「であぁぁぁぁ!!!」

「シッ!」

『ギィィン!』

横薙ぎに振るわれた剣に合わせるように、彼女は素早く斜め上に斬り上げると、辺りに硬質な金属音が響き、次いで地面に剣が突き刺さる。彼女が相手の剣を弾き飛ばしたのだ。

「これでも私は、先代の剣聖様から実力を認められた騎士です。あなた如きに遅れを取るわけがない!」

「くっ!貴様!あの子供がどうなっても良いのだな!?騎士のくせに、子供の命よりも自分の安全を優先するとは!!」

男は手を負傷したのか、右手を庇いながら憎々しげに彼女に怒声を浴びせていた。そんな男の主張に、彼女は憤怒の表情で口を開く。

「どの口が言う!騎士でありながら宗教に心酔し、守るべき我等が主君を裏切った、お前等だけは騎士道を語るな!!」

激高する彼女の気迫に、男は怯むように一歩後ずさった。その様子に、どちらの言が正しいか、どちらに正義があるのか何となく理解した気がした。

「威勢のいいところ悪いが、私は本気だ。剣を捨てよ!エリーゼ!この子供の首を刎ねるぞ!!」

俺を捕まえた気でいる騎士が、唾を飛ばしながらエリーゼさんに命令する。彼女は俺と視線を合わせると、剣を傍らへ置き、恭しく片膝を折って頭を垂れた。

その様子はまるで、俺の好きなように動いて構わないと言っているような気がした。

(どの様な結果でも受け入れますって感じだな。自分を信じるも、コイツらを信じるも、その判断に従うつもりか・・・)

どうしてそこまで俺に心酔しているのか分からないが、これまでの状況から、エリーゼさん達が俺達に嘘を言っていないだろうと察せられた。

ただ、全てを話しているかといえばそうでもないだろう。本当に重要な情報は、まだ隠している可能性の方が高い。そしてそれは、この帝国復興の鍵となるものなのだろうと考えられた。

(それは追々分かるだろう。取り敢えず俺の方針は決まった)

そうして俺はミッシェル達に目配せすると、反転攻勢を開始するのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

主役達の物語の裏側で(+α)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,753pt お気に入り:43

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,561pt お気に入り:23,938

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:130,284pt お気に入り:2,376

転生したらスキル転生って・・・!?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:312

【完結】契約妻の小さな復讐

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,707pt お気に入り:5,879

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,629pt お気に入り:2,919

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,706pt お気に入り:5,595

処理中です...