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第三章 神樹の真実
神樹 2
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「いい加減にしないか!!あなた達は国が危機に瀕しているというのに仲違いするつもりか!?皇帝陛下の提供した情報を全て信じろとは言わないが、少なくともあなた方の国の神樹に今まで観測されなかった異変が生じているのは事実でしょう!?それを偶然の一言で済ますつもりか!あなた達には危機管理意識というものが無いのかっ!?」
怒気も露にして王国の為政者達を糾弾するエリーゼに、眼前に座っている皇帝が彼女を制するように口を開いた。
「止めなさい、エリーゼ」
「し、しかし・・・」
「仕方ありません。目の前の彼らはオギャーと産まれてから今まで、平和な世界しか知らないのです。いくら危険性を教えてあげたところで、それを現実のものとして実感できぬ者に理解してもらうのは、魔物に言葉を教えるよりも困難なようです」
あからさまに相手を侮辱する言葉を並べ立てた皇帝に、王国側の誰もが虚を突かれて静まり返った。
皇帝としてもそこまで言うつもりは無かったのだが、自身の持つ『可能性知覚』の能力が発動した結果だった。
「き、貴様!亡命してきた余所者の分際で、無礼であろう!!」
「そうですわ!誰かあの者達を摘まみ出しなさい!!」
最初に声を上げたのは、第二王子と第一王女だった。2人は額に青筋を浮かべながら、会議室の壁際に控えている騎士に向かって指示をした。
「待てっ!」
しかし、それを制したのはこの場の最高権力者である国王だった。
「父上?しかし・・・」
「最初に言ったはずだ、この会議は建設的な話をする場だと!これでは話が先に進まん!」
国王の怒気を含む言葉に、誰もが口を閉ざした。国王としても会議の場で闊達な意見が出るのは歓迎だが、先程までの話し合いで進んだ事といえば、これまでの報告書の確認でしかない。
最も重要な対策へ議論を移行したいにも関わらず、文官側と武官側の意見が対立し、話が進まないどころか後退しているのだ。もしも、帝国の情報通りに王国の神樹が代替りの時期に入ったとなれば、安全域消失の大問題にもかかわらずだ。
更に、とてつもない魔物の脅威も考えなければならないとなれば、立場を持ち出して言い争っている場合などではない。
「見苦しいものを見せたな、イシュカ皇帝」
「いえ、私も言い過ぎました。ですが、事は王国の皆様が思っている以上に深刻なのです!神樹の幹の皮が剥がれ落ち、葉が散ってきたということは、早ければ数ヵ月、遅くとも半年以内には神樹が実を付けます。それはつまり、王国の安全域が消滅するということです。この危機にあって何も手を打たないというのは、この国が滅亡するということ。私も帝国の民が僅かでも生き延びていると聞き、ここで死ぬわけにはまいりませんから」
苦笑を浮かべながら国王が謝意を口にすると、皇帝も頭を下げる。ただ、続く言葉にはこの国の為というよりも、自らが生き延び、帝国へ帰還するためという思惑を思わせるものだった。その様子に、国王は自らが議論を進めるべく話を続ける。
「ふむ。それなら聞きたいのだが、帝国は代替わりの際にはどのような対策を講じていたのかね?」
「帝国では国全体を強固な外壁で囲っており、魔物の侵入を防ぐようにしております。更に、代替わりの兆候が見受けられれば、騎士団の総力をあげて周辺の魔物を殲滅するようにしていたのです」
「なるほど。外壁で物理的に魔物の侵入を防ぎつつ、予めその数を減らして危険性をより低下させる・・・実に理に適っておるな。しかしイシュカ皇帝の話では、あと数ヵ月の内にも安全域が消失するのならば、外壁の建設は間に合わぬか・・・」
「現状でも取れ得る手段となれば、周辺魔物の掃討といったところでしょうが、神樹の実を取り込んだ魔物の動きも気掛かりです」
「その魔物・・・イシュカ皇帝は王国に襲来すると考えておるのかね?」
国王の問い掛けに、皇帝は難しい表情を浮かべて口を開く。
「それは私には分かりません。ただ、考えうる最悪は想定しておくべきでしょう。先に滅んでしまった我が国のようにならないためにも・・・」
「確かにな・・・」
皇帝の言葉に重い沈黙が部屋を支配する。実際に神樹の代替わりの際に、帝国は滅びの憂き目を見ている。しかも安全域が消滅したタイミングで内乱が発生し、神樹の実を取り込んだ強大な魔物の誕生のおまけ付きで。
誰がそんなことを想定できるかと、声を大にして叫びたいところだが、現実として起こった事象であり、そんな体験をした皇帝の言葉には妙な重みがあった。
「そこで、ヴェストニア王国国王陛下に提供したい情報がございます」
沈黙を破るようにして発言する皇帝の声音には、並々ならぬ決意が感じられるものだった。また、今まで見せたこともない真剣な眼差しに、国王は訝しげに口を開く。
「ほう?それは、今の王国の状況を打開するような情報か?」
「ええ。帝国内でも極限られた者しか知らぬ事ですが、その情報の使い方によっては、貴国でも内乱を誘発する可能性があるかもしれません」
皇帝の言葉に出席者達は驚きも露にざわついた。そして、その言葉は言外に人払いをして欲しいと告げている。それほど重要な情報なのかと国王は思案するが、答えはすぐに出た。
「良かろう。皆の者、少しの間部屋を退出せよ」
「っ!?へ、陛下!?危険です!」
「案ずるな宰相。この状況下、皇帝が我を害する事などありえん」
「し、しかし・・・」
「それに、情報なら我が真偽をよく熟考した上でお主達にも共有しよう」
「で、ですが・・・」
「ええい!こんな押し問答は時間の無駄だ!さっさと退出せんか!!」
国王の苛ついた声に、出席者たちはおずおずと退出していく。そして、部屋には国王と皇帝だけが残された。
護衛を務める騎士は残ろうとしたのだが、残らず退室させたのだ。国王自身もある程度腕に覚えがあるというのと、内乱を誘発しかねないという皇帝の言葉の重みを考慮した結果だ。
「それで、イシュカ皇帝。情報とは如何様な内容なのかな?」
国王は玉座から長机へと移動し、その対面に座る皇帝に問いかけた。促された皇帝は小さく息を吐くと、重々しい口調で語り出す。
「ヴェストニア王国国王陛下。私の提供する情報は『神樹の実』の正しい使い方です」
「・・・その実を使って、新たな神樹を育てるのではないのかね?」
皇帝の言葉に、先に提供された情報と何が違うのか、国王は疑問の言葉を発した。
「その話には続きがあります。そしてそれこそ、王国を長期間に渡って安定的に治めることが出来るかどうかの情報なのです」
国王の問い掛けに、中々本題を話始めようとしない皇帝の様子から、何かしらの交渉を求めているようだと察した国王は水を差し向ける。
「それで、貴国はその情報の対価として何を王国に求めているのかね?」
「お気遣いありがとうございます。帝国として、騎士学院に通うアル・ストラウス殿のお力を借りたいと望みます」
「アル・ストラウス、か・・・それは、戦力としてという意味かね?それとも、帝国に取り込みたいという意味かね?」
皇帝の言葉に、国王は鋭い視線を向けながら真意を追求する。
「王国にとって貴重な人材であるというのは百も承知です。ですが、かの少年は帝国再興の希望となる能力を有しているのです!」
それは腹心の部下であるエリーゼからの言葉だ。帝国から戻った彼女は必死の形相で、「絶対に彼を帝国へ引き入れなければならない」と熱弁していた。それは自身の『可能性知覚』の能力からも分かっていた事だが、彼女の熱意は明らかに常軌を逸しているほどだった。
彼とは最初に森で出会ってからエリーゼも接触はないはずで、そのあまりの様子に疑問を浮かべつつも、皇帝も彼の助力は必須であるということを理解していることから、王国の国王に対して大袈裟に頭を下げた格好でお願いをした。
そしてその返答は、国王の問いかけに対して後者であると言外に告げている。
「・・・顔を上げられよ」
「・・・・・・」
国王の言葉にゆっくりと顔をあげると、皇帝は真っ直ぐな視線を向ける。
「イシュカ皇帝がそこまで切望するのであれば、情報の内容によっては検討するのも吝かではない」
「ではっ!」
喜色を浮かべる皇帝を、国王は右手を上げながら制す。
「しかし、だ。アル・ストラウスは王家も一目置く人物。軽々に手放す事を決めることなどできぬ」
「それは当然でしょう。ですので、私からの情報がそれに見合うかをお聞き頂きたい」
「・・・聞こう」
自信を浮かべる皇帝の表情に、余程の情報なのだろうと国王は身体を乗り出すようにして耳を傾けた。
「実は・・・」
そして語られた情報は、確かにこの王国の行く末を左右するもので、使い方次第では国を未来永劫安定して繁栄させることが出来るが、その情報が野心を抱く者に知られれば、確実に内乱を誘発しかねないものだった。
怒気も露にして王国の為政者達を糾弾するエリーゼに、眼前に座っている皇帝が彼女を制するように口を開いた。
「止めなさい、エリーゼ」
「し、しかし・・・」
「仕方ありません。目の前の彼らはオギャーと産まれてから今まで、平和な世界しか知らないのです。いくら危険性を教えてあげたところで、それを現実のものとして実感できぬ者に理解してもらうのは、魔物に言葉を教えるよりも困難なようです」
あからさまに相手を侮辱する言葉を並べ立てた皇帝に、王国側の誰もが虚を突かれて静まり返った。
皇帝としてもそこまで言うつもりは無かったのだが、自身の持つ『可能性知覚』の能力が発動した結果だった。
「き、貴様!亡命してきた余所者の分際で、無礼であろう!!」
「そうですわ!誰かあの者達を摘まみ出しなさい!!」
最初に声を上げたのは、第二王子と第一王女だった。2人は額に青筋を浮かべながら、会議室の壁際に控えている騎士に向かって指示をした。
「待てっ!」
しかし、それを制したのはこの場の最高権力者である国王だった。
「父上?しかし・・・」
「最初に言ったはずだ、この会議は建設的な話をする場だと!これでは話が先に進まん!」
国王の怒気を含む言葉に、誰もが口を閉ざした。国王としても会議の場で闊達な意見が出るのは歓迎だが、先程までの話し合いで進んだ事といえば、これまでの報告書の確認でしかない。
最も重要な対策へ議論を移行したいにも関わらず、文官側と武官側の意見が対立し、話が進まないどころか後退しているのだ。もしも、帝国の情報通りに王国の神樹が代替りの時期に入ったとなれば、安全域消失の大問題にもかかわらずだ。
更に、とてつもない魔物の脅威も考えなければならないとなれば、立場を持ち出して言い争っている場合などではない。
「見苦しいものを見せたな、イシュカ皇帝」
「いえ、私も言い過ぎました。ですが、事は王国の皆様が思っている以上に深刻なのです!神樹の幹の皮が剥がれ落ち、葉が散ってきたということは、早ければ数ヵ月、遅くとも半年以内には神樹が実を付けます。それはつまり、王国の安全域が消滅するということです。この危機にあって何も手を打たないというのは、この国が滅亡するということ。私も帝国の民が僅かでも生き延びていると聞き、ここで死ぬわけにはまいりませんから」
苦笑を浮かべながら国王が謝意を口にすると、皇帝も頭を下げる。ただ、続く言葉にはこの国の為というよりも、自らが生き延び、帝国へ帰還するためという思惑を思わせるものだった。その様子に、国王は自らが議論を進めるべく話を続ける。
「ふむ。それなら聞きたいのだが、帝国は代替わりの際にはどのような対策を講じていたのかね?」
「帝国では国全体を強固な外壁で囲っており、魔物の侵入を防ぐようにしております。更に、代替わりの兆候が見受けられれば、騎士団の総力をあげて周辺の魔物を殲滅するようにしていたのです」
「なるほど。外壁で物理的に魔物の侵入を防ぎつつ、予めその数を減らして危険性をより低下させる・・・実に理に適っておるな。しかしイシュカ皇帝の話では、あと数ヵ月の内にも安全域が消失するのならば、外壁の建設は間に合わぬか・・・」
「現状でも取れ得る手段となれば、周辺魔物の掃討といったところでしょうが、神樹の実を取り込んだ魔物の動きも気掛かりです」
「その魔物・・・イシュカ皇帝は王国に襲来すると考えておるのかね?」
国王の問い掛けに、皇帝は難しい表情を浮かべて口を開く。
「それは私には分かりません。ただ、考えうる最悪は想定しておくべきでしょう。先に滅んでしまった我が国のようにならないためにも・・・」
「確かにな・・・」
皇帝の言葉に重い沈黙が部屋を支配する。実際に神樹の代替わりの際に、帝国は滅びの憂き目を見ている。しかも安全域が消滅したタイミングで内乱が発生し、神樹の実を取り込んだ強大な魔物の誕生のおまけ付きで。
誰がそんなことを想定できるかと、声を大にして叫びたいところだが、現実として起こった事象であり、そんな体験をした皇帝の言葉には妙な重みがあった。
「そこで、ヴェストニア王国国王陛下に提供したい情報がございます」
沈黙を破るようにして発言する皇帝の声音には、並々ならぬ決意が感じられるものだった。また、今まで見せたこともない真剣な眼差しに、国王は訝しげに口を開く。
「ほう?それは、今の王国の状況を打開するような情報か?」
「ええ。帝国内でも極限られた者しか知らぬ事ですが、その情報の使い方によっては、貴国でも内乱を誘発する可能性があるかもしれません」
皇帝の言葉に出席者達は驚きも露にざわついた。そして、その言葉は言外に人払いをして欲しいと告げている。それほど重要な情報なのかと国王は思案するが、答えはすぐに出た。
「良かろう。皆の者、少しの間部屋を退出せよ」
「っ!?へ、陛下!?危険です!」
「案ずるな宰相。この状況下、皇帝が我を害する事などありえん」
「し、しかし・・・」
「それに、情報なら我が真偽をよく熟考した上でお主達にも共有しよう」
「で、ですが・・・」
「ええい!こんな押し問答は時間の無駄だ!さっさと退出せんか!!」
国王の苛ついた声に、出席者たちはおずおずと退出していく。そして、部屋には国王と皇帝だけが残された。
護衛を務める騎士は残ろうとしたのだが、残らず退室させたのだ。国王自身もある程度腕に覚えがあるというのと、内乱を誘発しかねないという皇帝の言葉の重みを考慮した結果だ。
「それで、イシュカ皇帝。情報とは如何様な内容なのかな?」
国王は玉座から長机へと移動し、その対面に座る皇帝に問いかけた。促された皇帝は小さく息を吐くと、重々しい口調で語り出す。
「ヴェストニア王国国王陛下。私の提供する情報は『神樹の実』の正しい使い方です」
「・・・その実を使って、新たな神樹を育てるのではないのかね?」
皇帝の言葉に、先に提供された情報と何が違うのか、国王は疑問の言葉を発した。
「その話には続きがあります。そしてそれこそ、王国を長期間に渡って安定的に治めることが出来るかどうかの情報なのです」
国王の問い掛けに、中々本題を話始めようとしない皇帝の様子から、何かしらの交渉を求めているようだと察した国王は水を差し向ける。
「それで、貴国はその情報の対価として何を王国に求めているのかね?」
「お気遣いありがとうございます。帝国として、騎士学院に通うアル・ストラウス殿のお力を借りたいと望みます」
「アル・ストラウス、か・・・それは、戦力としてという意味かね?それとも、帝国に取り込みたいという意味かね?」
皇帝の言葉に、国王は鋭い視線を向けながら真意を追求する。
「王国にとって貴重な人材であるというのは百も承知です。ですが、かの少年は帝国再興の希望となる能力を有しているのです!」
それは腹心の部下であるエリーゼからの言葉だ。帝国から戻った彼女は必死の形相で、「絶対に彼を帝国へ引き入れなければならない」と熱弁していた。それは自身の『可能性知覚』の能力からも分かっていた事だが、彼女の熱意は明らかに常軌を逸しているほどだった。
彼とは最初に森で出会ってからエリーゼも接触はないはずで、そのあまりの様子に疑問を浮かべつつも、皇帝も彼の助力は必須であるということを理解していることから、王国の国王に対して大袈裟に頭を下げた格好でお願いをした。
そしてその返答は、国王の問いかけに対して後者であると言外に告げている。
「・・・顔を上げられよ」
「・・・・・・」
国王の言葉にゆっくりと顔をあげると、皇帝は真っ直ぐな視線を向ける。
「イシュカ皇帝がそこまで切望するのであれば、情報の内容によっては検討するのも吝かではない」
「ではっ!」
喜色を浮かべる皇帝を、国王は右手を上げながら制す。
「しかし、だ。アル・ストラウスは王家も一目置く人物。軽々に手放す事を決めることなどできぬ」
「それは当然でしょう。ですので、私からの情報がそれに見合うかをお聞き頂きたい」
「・・・聞こう」
自信を浮かべる皇帝の表情に、余程の情報なのだろうと国王は身体を乗り出すようにして耳を傾けた。
「実は・・・」
そして語られた情報は、確かにこの王国の行く末を左右するもので、使い方次第では国を未来永劫安定して繁栄させることが出来るが、その情報が野心を抱く者に知られれば、確実に内乱を誘発しかねないものだった。
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