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第三章 神樹の真実
神樹 10
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「皆さん、国家の運営には莫大な予算が必要であるということは言わずと知れたことでしょう。そしてその金銭は、ここに居られる貴族の皆様のみならず、このヴェストニア王国に住まう全ての民達の労力の結晶です!」
文部大臣は、この大会に似つかわしくない国家の予算につて語り出した。それは語り部が聞く者の注意を強制的に向けさせるよう、腕を広げて大仰な仕草でもって語っている。
舞台には副学院長と文部大臣しかいないという状況下もあり、観客の貴族達はその言葉に惹き付けられるように集中している。中には今の状況に似つかわしくない金銭の話に首を傾げる者も居るが、その言葉に頷いている人の方が多い。
「本来であれば予算はこの王国のため、国民達の生活をより豊かにするために使用されることが当然でしょう。私の管轄である学院の運営費についても毎年予算が割り振られ、適切な配分の元、学院に通う生徒達の学習環境向上のため、また、生徒を導く立場である教師の意欲啓発の為にも予算を使っております!」
文部大臣の言葉に、その背後に居る副学院長は真剣な表情を浮かべながら何度も頷いていた。それは予め何が始まるのか分かっているようで、どうやらこれから2人の茶番が始まるようだ。
(わざわざこの場を利用したということは、学院長や第一王子の横槍を防いだのは文部大臣だったってことか?となると、第二王子派閥の強化の為に大会を開催した?)
神樹の対応のために武官系の貴族達が忙しくしていた事もあり、これほどスムーズにこんな滅茶苦茶な大会が開催できたのだろう。
単なる派閥争い目的かと、俺は少し落胆した。
「しかし、残念ながらその予算を国民のためではなく、あろうことか何の繋がりもない外の者に第一王子殿下は使用しているのです!」
その言葉に、観客席の貴族はざわざわとし出した。帝国の皇帝が亡命していることはある程度高位の貴族達には周知されているが、この中には下級貴族の当主も居る。そういった情報に携わる立場にいない者達ほど騒いでいるようだが、第二王子派閥の者達が中心となって動揺を煽っているようにも見えた。
「皆さんのそのご不満・・・痛いほど分かります!困った者へ手を差し伸べるのは、人として当然の事かもしれませんが、本来その手はこの王国に住む国民であればこそ!しかし、あろうことか外から来た者の身分を鵜呑みにし、学院の年間予算に迫る勢いで金銭を使用している現状は、大臣職を担うものの一人として看過できません!!」
文部大臣は言葉巧みに人々の感情を操作しているようだった。観客席のざわめきを第一王子への不満と表現し、具体的な金額を明示すること無く、あたかも学院の年間予算並みの金額を既に使っているかのような印象を抱かせる言い回しをしている。
(食費や警備に金が掛かっているとはいえ、貴族連中から見たら端金くらいのはずだぞ?それをまぁ、大袈裟なことだ・・・)
嘘は言っていない。学院の予算を100として、帝国の連中にその分の1でも2でも使えば、表現上は迫る勢いだと言うことも出来る。
普通ならこの程度の話で派閥の強化など出来るはずがない。しかし、この会場に集められた第一王子派閥の貴族は、子爵以下の下位貴族の者達が中心だ。近くに座る第二王子派閥の伯爵以上の高位貴族連中に諭されれば、それは異常なことだと納得してしまうかもしれない。
(力の弱い貴族家の連中を離反させる気か?元々第一王子派閥は勢力が少ないからな、周りから勢力を崩していき、最終的に第二王子を立太子させる魂胆か?)
目的は何となく見えてきたが、さすがに文部大臣の言葉だけで派閥の鞍替えが起こるとは思えない。本当に勢力を切り崩すならば、決定的な証拠の提示をしなければ意味がないように思えた。
が、そんな俺の考えを見透かすようにして文部大臣の演説は続いた。
「勿論、私一人の言葉を鵜呑みにすることは出来ないでしょう!そこで、本日は真実をご存じでいらっしゃるヴェストニア王国第二王子、ロズウェル・ストーク・ヴェストニア殿下と、メリンダ・ストーク・ヴェストニア第一王女にお越しいただいております!!」
その紹介と共に観客席からの拍手の中、4人の護衛騎士に護られた第二王子と第一王女が姿を現した。王子は大会の趣旨に合わせてか、白を基調とし、金糸の刺繍をふんだんに施した軍服調の服を着ており、王女も同様のデザインの服で、スラックスに黒皮のロングブーツを身に着けていた。
舞台中央に着くと、第二王子は両手を少し広げながら、真剣な眼差しを観客席に向けて口を開いた。
「お集まりの各貴族家の当主諸君!ヴェストニア王国第二王子として、私の知りうる限りの情報を皆に共有しよう!」
そう言うと、観客席の貴族達は一様に王子に対して注目の視線を向けた。それを確認すると、王子は一呼吸置いて語りだした。
「大変残念な事であるが、第一王子である我が兄上は、他国の要人を名乗る人物に便宜を図った。その行為自体は、困難に嘆く者を助けるための尊いものだろう・・・しかし!その人物のもたらした情報をあたかも真実と捉え、国民からの血税を使用してしまったのだ!!耳にした者もいるだろう、遥か太古から我が国をずっと護ってくれている神樹が枯れるという虚言を真に受けて!!」
「「「ーーーーー」」」
驚愕・戸惑い・不安・憤怒。様々な感情が載せられた声が会場を埋め尽くし、言葉として頭に入ってこないほどだった。それは観客席にいる貴族家の当主達よりも、学院生達からの方が動揺の声が大きかった。
(神樹の件については、国王が箝口令を敷いたはず。それを王子とはいえ、こんな場で暴露するとは・・・あの第二王子何を・・・いや、独断のはずがないな。予めこの茶番の内容を示し合わせているはずだ)
どんな思惑があるかは分からないが、どう考えても面倒事が起こる予感しかしないのは気のせいではないだろう。
王国における神樹の安全域消失までのリミットも気になる上、帝国に残してきたレックとダニエルも気がかりなのだ。その上で権力闘争まで始められては、実力行使で黙らせたくなってしまう。
(国のゴタゴタに便乗して動き出したって事か?まったく、勘弁してくれ!)
現状、手薄になりつつある内政の隙きを突く格好で事を起こそうとしているのか、彼らの表情は自信に満ちていた。
「皆が驚くのも無理はないだろう!長い王国の歴史の中で、神樹の安全域が消える事など無かった。にも関わらず、何故そんな突拍子もない話を兄上が信じて行動しているのか・・・それは、自身が確実に次期国王となる為に利用しようとしているのだ!」
王子の言葉に、会場の皆は固唾を飲んで見守っていた。こちらから見えるその表情は、王子の言葉を信じているように感じた。
(真実の中に一摘まみの嘘を混ぜる・・・詐欺師の常套手段だな・・・)
安全域についてや第一王子の行動云々については真実だが、最後の目的の部分だけは第二王子の勝手な妄想だ。あの王子は最悪を想定した行動を取っているだけで、そこまでは考えていない。野心について言うなら、どちらかというと第二王女の方が強かだ。
「知っての通り、この国では実力が全てだ!劣勢に追いやられている兄上が、奇策に打って出たのだ!私には分かる!この後兄上は安全域消失の可能性について国民に周知するだろう!しかし、その時既に対策は終えたから安心してくれと宣言するつもりだ!つまり!兄上が今回の件で積極的だったのは、消失が起ころうが起こるまいが、自分はこれほどまでに国家を想っているとアピールする為なのだ!!」
王子は表情豊かに力説しており、その隣の王女は妖艶な表情を浮かべながら観客席を注視していた。その視線の先には第一王子派閥の貴族達がおり、その反応を見ながら何やら王子に手で指示を出していた。
「しかしだ!いくら自らの支持が少ないといっても、実績欲しさに国の予算を湯水のように使うことを許して良いのだろうか!?いや、そんな事は許されない!!」
「「「そうだ!その通りだ!!」」」
王子の言葉に呼応するように観客席から次々に声が上がる。更にその声が会場全体に波及していくように第一王子に対する不満の声が高まっていく。そうしていつの間にか第一王子は金遣いの荒い人物扱いされていた。
予めサクラを忍ばしていたのだろうが、目論み通りに事が進んでいるのだろう、舞台の王子はニヤケ顔だ。
「私はこの国を導くものの一人として、国民のために兄上の暴走を止め!国民の生活を豊かにするために予算を適切に使用する事を誓う!!」
「「「おぉぉぉ!!!」」」
完全に会場の雰囲気は政治闘争の場と化してしまった。そうして目的を達成したのだろう、王子達は笑顔で手を振りながら舞台を去り、副学院長から武術大会の開幕が宣言されたのだった。
文部大臣は、この大会に似つかわしくない国家の予算につて語り出した。それは語り部が聞く者の注意を強制的に向けさせるよう、腕を広げて大仰な仕草でもって語っている。
舞台には副学院長と文部大臣しかいないという状況下もあり、観客の貴族達はその言葉に惹き付けられるように集中している。中には今の状況に似つかわしくない金銭の話に首を傾げる者も居るが、その言葉に頷いている人の方が多い。
「本来であれば予算はこの王国のため、国民達の生活をより豊かにするために使用されることが当然でしょう。私の管轄である学院の運営費についても毎年予算が割り振られ、適切な配分の元、学院に通う生徒達の学習環境向上のため、また、生徒を導く立場である教師の意欲啓発の為にも予算を使っております!」
文部大臣の言葉に、その背後に居る副学院長は真剣な表情を浮かべながら何度も頷いていた。それは予め何が始まるのか分かっているようで、どうやらこれから2人の茶番が始まるようだ。
(わざわざこの場を利用したということは、学院長や第一王子の横槍を防いだのは文部大臣だったってことか?となると、第二王子派閥の強化の為に大会を開催した?)
神樹の対応のために武官系の貴族達が忙しくしていた事もあり、これほどスムーズにこんな滅茶苦茶な大会が開催できたのだろう。
単なる派閥争い目的かと、俺は少し落胆した。
「しかし、残念ながらその予算を国民のためではなく、あろうことか何の繋がりもない外の者に第一王子殿下は使用しているのです!」
その言葉に、観客席の貴族はざわざわとし出した。帝国の皇帝が亡命していることはある程度高位の貴族達には周知されているが、この中には下級貴族の当主も居る。そういった情報に携わる立場にいない者達ほど騒いでいるようだが、第二王子派閥の者達が中心となって動揺を煽っているようにも見えた。
「皆さんのそのご不満・・・痛いほど分かります!困った者へ手を差し伸べるのは、人として当然の事かもしれませんが、本来その手はこの王国に住む国民であればこそ!しかし、あろうことか外から来た者の身分を鵜呑みにし、学院の年間予算に迫る勢いで金銭を使用している現状は、大臣職を担うものの一人として看過できません!!」
文部大臣は言葉巧みに人々の感情を操作しているようだった。観客席のざわめきを第一王子への不満と表現し、具体的な金額を明示すること無く、あたかも学院の年間予算並みの金額を既に使っているかのような印象を抱かせる言い回しをしている。
(食費や警備に金が掛かっているとはいえ、貴族連中から見たら端金くらいのはずだぞ?それをまぁ、大袈裟なことだ・・・)
嘘は言っていない。学院の予算を100として、帝国の連中にその分の1でも2でも使えば、表現上は迫る勢いだと言うことも出来る。
普通ならこの程度の話で派閥の強化など出来るはずがない。しかし、この会場に集められた第一王子派閥の貴族は、子爵以下の下位貴族の者達が中心だ。近くに座る第二王子派閥の伯爵以上の高位貴族連中に諭されれば、それは異常なことだと納得してしまうかもしれない。
(力の弱い貴族家の連中を離反させる気か?元々第一王子派閥は勢力が少ないからな、周りから勢力を崩していき、最終的に第二王子を立太子させる魂胆か?)
目的は何となく見えてきたが、さすがに文部大臣の言葉だけで派閥の鞍替えが起こるとは思えない。本当に勢力を切り崩すならば、決定的な証拠の提示をしなければ意味がないように思えた。
が、そんな俺の考えを見透かすようにして文部大臣の演説は続いた。
「勿論、私一人の言葉を鵜呑みにすることは出来ないでしょう!そこで、本日は真実をご存じでいらっしゃるヴェストニア王国第二王子、ロズウェル・ストーク・ヴェストニア殿下と、メリンダ・ストーク・ヴェストニア第一王女にお越しいただいております!!」
その紹介と共に観客席からの拍手の中、4人の護衛騎士に護られた第二王子と第一王女が姿を現した。王子は大会の趣旨に合わせてか、白を基調とし、金糸の刺繍をふんだんに施した軍服調の服を着ており、王女も同様のデザインの服で、スラックスに黒皮のロングブーツを身に着けていた。
舞台中央に着くと、第二王子は両手を少し広げながら、真剣な眼差しを観客席に向けて口を開いた。
「お集まりの各貴族家の当主諸君!ヴェストニア王国第二王子として、私の知りうる限りの情報を皆に共有しよう!」
そう言うと、観客席の貴族達は一様に王子に対して注目の視線を向けた。それを確認すると、王子は一呼吸置いて語りだした。
「大変残念な事であるが、第一王子である我が兄上は、他国の要人を名乗る人物に便宜を図った。その行為自体は、困難に嘆く者を助けるための尊いものだろう・・・しかし!その人物のもたらした情報をあたかも真実と捉え、国民からの血税を使用してしまったのだ!!耳にした者もいるだろう、遥か太古から我が国をずっと護ってくれている神樹が枯れるという虚言を真に受けて!!」
「「「ーーーーー」」」
驚愕・戸惑い・不安・憤怒。様々な感情が載せられた声が会場を埋め尽くし、言葉として頭に入ってこないほどだった。それは観客席にいる貴族家の当主達よりも、学院生達からの方が動揺の声が大きかった。
(神樹の件については、国王が箝口令を敷いたはず。それを王子とはいえ、こんな場で暴露するとは・・・あの第二王子何を・・・いや、独断のはずがないな。予めこの茶番の内容を示し合わせているはずだ)
どんな思惑があるかは分からないが、どう考えても面倒事が起こる予感しかしないのは気のせいではないだろう。
王国における神樹の安全域消失までのリミットも気になる上、帝国に残してきたレックとダニエルも気がかりなのだ。その上で権力闘争まで始められては、実力行使で黙らせたくなってしまう。
(国のゴタゴタに便乗して動き出したって事か?まったく、勘弁してくれ!)
現状、手薄になりつつある内政の隙きを突く格好で事を起こそうとしているのか、彼らの表情は自信に満ちていた。
「皆が驚くのも無理はないだろう!長い王国の歴史の中で、神樹の安全域が消える事など無かった。にも関わらず、何故そんな突拍子もない話を兄上が信じて行動しているのか・・・それは、自身が確実に次期国王となる為に利用しようとしているのだ!」
王子の言葉に、会場の皆は固唾を飲んで見守っていた。こちらから見えるその表情は、王子の言葉を信じているように感じた。
(真実の中に一摘まみの嘘を混ぜる・・・詐欺師の常套手段だな・・・)
安全域についてや第一王子の行動云々については真実だが、最後の目的の部分だけは第二王子の勝手な妄想だ。あの王子は最悪を想定した行動を取っているだけで、そこまでは考えていない。野心について言うなら、どちらかというと第二王女の方が強かだ。
「知っての通り、この国では実力が全てだ!劣勢に追いやられている兄上が、奇策に打って出たのだ!私には分かる!この後兄上は安全域消失の可能性について国民に周知するだろう!しかし、その時既に対策は終えたから安心してくれと宣言するつもりだ!つまり!兄上が今回の件で積極的だったのは、消失が起ころうが起こるまいが、自分はこれほどまでに国家を想っているとアピールする為なのだ!!」
王子は表情豊かに力説しており、その隣の王女は妖艶な表情を浮かべながら観客席を注視していた。その視線の先には第一王子派閥の貴族達がおり、その反応を見ながら何やら王子に手で指示を出していた。
「しかしだ!いくら自らの支持が少ないといっても、実績欲しさに国の予算を湯水のように使うことを許して良いのだろうか!?いや、そんな事は許されない!!」
「「「そうだ!その通りだ!!」」」
王子の言葉に呼応するように観客席から次々に声が上がる。更にその声が会場全体に波及していくように第一王子に対する不満の声が高まっていく。そうしていつの間にか第一王子は金遣いの荒い人物扱いされていた。
予めサクラを忍ばしていたのだろうが、目論み通りに事が進んでいるのだろう、舞台の王子はニヤケ顔だ。
「私はこの国を導くものの一人として、国民のために兄上の暴走を止め!国民の生活を豊かにするために予算を適切に使用する事を誓う!!」
「「「おぉぉぉ!!!」」」
完全に会場の雰囲気は政治闘争の場と化してしまった。そうして目的を達成したのだろう、王子達は笑顔で手を振りながら舞台を去り、副学院長から武術大会の開幕が宣言されたのだった。
応援ありがとうございます!
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