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黒蓮

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第七章 神人 編

オーガンド王国脱出 3

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 王城から少し離れた場所で、動きを窺っていると、城門から多数の騎士達が出ていくのが見えた。どうやら今、城の目は外に向いているようで、ちょうど良いと感じた。

(よし、今のうちに行こう)

 僕の持っている通行証は、魔力感知を兼ねているので、気を付けて魔法を制御しないとばれてしまう。注意しながら第四位階光魔法〈不視化インビジブル〉を発動する。〈幻影ミラージュ〉と違って、気配まで隠蔽可能なこの魔法なら、ちょっとやそっとでは、見つかる事はないだろう。


 そのままの状態で正面から堂々と侵入したのだが、やはり〈不視化インビジブル〉を見破られるだけの技量を持ったものは居ないのか、誰に止められることもなく、順調に目的の地下牢まで進んでいく。

(魔法を使っているのに、魔力感知が反応していないんだから、相手にして見れば、想定外なんだろうな)

 やがて地下牢へと進む先に、重厚な扉に閉ざされた場所が見えてきた。そこには警備兵が2人おり、サボること無く周囲を警戒していた。

(さすがに扉を開けたら気付かれるからな・・・よし、ここは覚えたての〈空間転移テレポートを使って、扉の向こう側へ移動しよう)

 扉一枚を隔てているだけなので簡単だとは思うが、実戦で使用するのは初めてとなるので、慎重に空間を認識して発動した。

(・・・よしっ!)

 一瞬で景色が変わり、扉の向こう側の牢が立ち並ぶ区画へと侵入することが出来た。 空間認識では、メグは最奥のもう一つ扉を隔てた場所に居るようだ。

(でも、どうしようかな・・・メグの牢には見張りが居るし、さすがに目の前でメグが消えたら直ぐに気付かれるよな・・・)

 僕の姿が見えていないといっても、目の前に居た人物がいきなり消えるとなると、直ぐに報告が上がって騒ぎになるだろう。となると・・・

(見張りは全員気絶させるしかないか)

 ある程度時間が稼げれば良いだろうということで、殺してしまうよりは気絶させることを選んだ。何故なら、認識している見張りの中に一人知った人物が居たからだ。

(何でこんな地下牢にメイドのシエスタさんが?あっ、もしかしてメグの世話をしているのかな?)

 仮にも相手は一国の王女であるので、いくら捕まえているといっても、それなりの待遇なのかもしれない。それに、シエスタさんは王城に就職したばかりの下っ端と言っていたので、こういった嫌な仕事を任せられているのかもしれない。

(彼女には恨みもないし、命令されてやらされているだけだろう)

 そう考えて近づいていくと、メグの見張りが妙な動きを見せたのを認識した。

(ん?2人共メグの牢を離れてこっちに来る?見張りが2人共持ち場を離れるなんてどう言うことだ?)

こちらに向かってくる見張りにぶつからないよう、通路の端に寄っておく。すると、すれ違いざまに2人に会話が聞こえてきた。


「しかし、宰相から呼び出しなんて何だろうな?」

「ああ、しかも見張りを新人のメイドに任すなんてどう言うことだ?」

「あっ、もしかして、さっきの聖女様の演説のせいかもな」

「ああ~、その関係で動くから配置換えの命令かもしれないな」

「そりゃ助かったぜ!正直あの状態の女の子を見ているのは気が引けてたからな」

「お前な、女の子って相手はエルフだぞ。俺らの何十倍も年上なんだぜ?」

「分かってるよ。でも、見た目は子供だからな・・・後味悪いぜ」

「また、戦争が始まるのかもな・・・」

「「はぁ・・・」」


 どうやら彼らは宰相に呼び出されたらしい。しかも、2人の会話から、王国は公国との戦争の再開も辞さないようだ。ただ、それよりも・・・

(もしかしてメグは拷問を受けているのか?急がないと!)

 急ぎメグの牢へと向かう。最後の扉は直ぐに交代の見張りが戻ってくるからなのか、鍵がされておらず、見張りも居ないのでそのまま素通りさせてもらった。そして、メグの牢に到着すると、認識した通りシエスタさんが居たので、彼女を気絶させるべく近付いたのだが、彼女の言動に気付き寸前で手を止めた。


「マーガレット殿下、ご無事でしょうか?」

「ぐ・・・ごめんなさい、さすがに自分で動くとはいかないようです」

「くそっ!奴らめ!殿下にこんな重傷を負わせるなんて!」

「し、仕方ないでしょう。我が国が王国の内乱を幇助していたのは違いありませんから。」

「ですが、そもそも500年前の王国の所業のせいです!あの事を謝罪もせずに、あまつさえ我が国を吸収しようとしたのです。たかが幇助したところで、奴らに非難する資格なんて・・・」

「私もそうは思いますが、それをここで言っても仕方ありません」

「も、申し訳ありません。しかし、ここまで殿下が重傷だとは・・・なんとか私が背負って行きますので、痛いとは思いますが殿下は少々辛抱下さい」

「しかし、それでは見張りが戻ってくるまでに脱出は難しいでしょう?最初の門にも見張りは居るのだから・・・」

「申し訳ありません。牢から救出すれば、殿下一人で脱出できるだけの経路は用意したのですが・・・」

 どうやらシエスタさんはメグの仲間のようだ。ただ、彼女の耳は普通の人間のものだったので、エルフではないと思うのだが、どんな関係なのか気になった。とはいえ、今はその疑問は後回しにして、メグの救出を優先するため魔法を解除し、2人に姿を見せる。


「っ!!?何者!!」

 いち早く反応したのはシエスタさんだった。彼女は懐からナイフを取り出し、威嚇するようにこちらに向けている。しかし、相手が僕だと分かると彼女は驚愕していた。

「あ、あなたは・・・」

「ダ、ダリア!どうしてここに!?」

シエスタさんの言葉を遮って、メグが驚きの声をあげる。

「久しぶりだねメグ。説明は後で、まずは治療しよう」

 そう言うと僕は光魔法を発動する。どうやら逃げられないように、メグの両手両足を完全に粉砕骨折しているようだ。これでは最低、第四位階は使えないと治療できない。特に、粉状になるまで粉砕された骨を直すには、大事を取って第五位階の方が安心だろう。

「〈完全回復フルキュア〉」

「す、凄い、第五位階光魔法を使えるなんて・・・」

「あ、ありがとうダリア。怪我は治りました」

「って、魔法使ったら魔力感知が!・・・鳴らない?」

 シエスタさんは周りを警戒しながら、鳴らない魔力感知に驚く。メグはというと、僕の姿を見てから妙によそよそしい態度だった。学園では僕を見るといつも親しげに話し掛けてきてくれていたので、違和感がある。

「ダリア、シルヴィアさんの事ですが・・・」

「彼女は無事助けたよ。心の方も大丈夫」

「そうですか、良かった・・・。ダリア、私の言葉など信じられないかもしれませんが、シルヴィアさんの事は私も公国も感知していないことだったの。重要人物を公国の領土で保護したいという申し出だったのですが、まさか目的がそんなことだとは・・・本当にごめんなさい」

「で、殿下!!」

 メグは土下座をしながら僕に謝罪してきた。その様子にシエスタさんが慌てて止めるように手を差し出すが、メグはその手を払って土下座し続けている。さすがに、一国の王女がここまでしているので、彼女の言葉は真実のなのだろうと信じたい。

「謝罪は受けとるよ。ただ、本来は彼女にすべきなんだろうと思うけど、実は詳しい記憶は無いので、言わない方が言いかもしれないね」

「そうですか・・・記憶が無いと言うことは、やはり彼女は一度心を壊してしまったのですね?」

「そうだね、でも既に心も治っているから大丈夫だよ」

「さすが、ダリアですね。私は彼女にどう謝罪したら良いと思いますか?」

「そうだね・・・今まで通り友人として接するのがいいんじゃないかな?」

「・・・そんな事で?」

「変に態度を変えられる方が嫌だと思うし、何となくだけど、メグとシルヴィアは仲が良さそうだったから」

「そ、それは・・・そうですね。私と彼女は良き友で、ライバルですから」

「えっ?ライバル?」

「ふふふ、ええ、ライバルです」

 ようやく見せたメグの笑顔だった。ただ、彼女が言う、他国の王女と平民のシルヴィアがライバルなんてピンと来ないが、今はそれを気にしている時間もない。見張りがこちらに凄い勢いで近付いて来ているのを認識したからだ。


「っと、あまり時間がないからとりあえず脱出しよう。他の護衛の方達は?」

「私を守るため、おそらくもう・・・」

彼女の悲壮な表情から、護衛がどうなったのかは想像できた。

「分かった。シエスタさんはどうしますか?メグの味方のようですが、一緒に脱出しますか?」

「えっ?しかし、どうやって?殿下一人なら可能な方法は用意しましたが、この人数となると・・・」

「大丈夫ですよ。というか、シエスタさんはどうするつもりだったんですか?」

「私はどうなっても構いませんでしたから。殿下さえ救出できれば自害するつもりでした」

彼女のとんでも発言に驚いてしまうが、よほど忠誠心に厚い人なのだろう。

「そ、そうだったんですか。問題ないのでみんなで行きましょう」


 そうして話が決まると、僕の周りに集まってもらい、手を握った。ただ、走って戻ってくる見張りの足音が聞こえるくらいに迫ってきていた。

「っ!?不味いですダリア様。足音が聞こえてきます。おそらく私の嘘がバレたんだと思います」

 さすがにこの狭い牢に見張り2人が雪崩れ込んで捜索すると、いくら姿を消していても3人も居たらぶつかってしまう。そこで、一気に外に出ることにした。ただ、100mの移動では、まず地上に出ることしか出来ないので、第三位階光魔法〈幻影ミラージュ〉をみんなに掛ける。〈不視化インビジブル〉でないのは、後者は個人にしか掛けることが出来ないからだ。

「では、行きますよ」

「えっ?行くってどこにですか?もう敵は迫ってきていますよ?」

シエスタさんはあたふたと取り乱しているが、メグは逆に落ち着いて事の推移を見守っているようだった。まるで僕の事を心から信頼しているように。

「〈空間転移テレポート〉」

 瞬間、僕たち3人は城門から少し出た場所に転移することが出来た。

「はっ?えっ?ここは・・・外?」

「静かに。城門からそんなに離れていませんから、気付かれてしまいます。移動しましょう」

「は、はい。すみません」

 そうして僕は無事、メグの救出を果たしたのだった。 
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