私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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五話『もう少し近づいて』

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 「あ。先生~、古町さ~ん」
 ペンギンショーのステージに着くと、後ろの席で七津さんが大きく手を振っていた。夢国さんは隣で静かに座ってる。意図せず二人と合流できた。
 やっぱり親子連れのお客さん多いな。あの位置なら子供達の邪魔にならなそう。
「イルカショーどうだった?」
「楓さんが時間を間違えていて。やっていませんでしたわ」
 ため息まじりに、夢国さんは言った。
 巻き込まれてる感じだったけど、夢国さんも楽しみだったんだ。
「代わりに、あーちゃんの見たがってた深海魚見てきたよ。蟹さ~ん」
 七津さんは両手をチョキにして動かしている。
「お二人はどちらに?」
 質問交代で今度はこちらが答える番。
 どうしよう、さっきのことで頭が回らない。どこから話せばいいのか全然わからないよ。
「いろいろだ、いろいろ」
 そんな私の隣で先生がさらりと答えた。
「そ、そう。カクレクマノミとかクリオネとか」
 アシストにしっかり乗っかって、答えた。 
 そうだよ。こんな風に返せばいいのに、なんで難しく考えちゃってるんだろう。
「で、お前ら二人。学びはあったか?」
「もちろん。学習に余念はありませんわ」
 夢国さんは楽しそうに、ショーが始まるまでの間、見てきた生き物の生態や雑学を語った。
 途中途中で張り合うように、先生も調べてきた雑学をまた話してくれた。二人きりの時とは違い、夢国さんと七津さんがいるおかげで、少しは緊張せずに話せる。
「クリオネには驚いたよ。な、古町」
「は、はい。こう頭が、ガバって」
 とは言っても物理的に距離がずっと近いので、完全に緊張しないわけではなかった。
「そろそろ始まりそうだよ~」
 ステージに飼育員のお兄さんが一人、バケツを持って上がってきた。ペンギンたちもヨチヨチとお兄さんに向かって行く。
「みなさーん。こんにちはー」
「こんにちは~」
 お兄さんの挨拶に、子供達と親御さん。七津さんが元気に挨拶を返した。
「こ、こんにちは」
 夢国さんは少し恥ずかしそうに、小さな声で返した。
「今日はペンギンさんたちのすごいところ、たくさんお見せしまーす」
 ショーの趣旨を説明するお兄さん。ペンギンたちはお兄さんがバケツから取り出した魚を奪い合うよに首を伸ばしている。
 まだ芸の披露とかしてないけれど、お腹空いてるのかな?
 少し不安を感じながら始まったペンギンショー。飛び込み台の前にお兄さんが移動すると、ペンギンさんたちはその後ろを追いかける。
「まずは飛び込みから」
 台に上がって魚をもらうペンギンさん。一斉に押しかけていくせいで、ぎゅうぎゅうになっている。お兄さんはその間もペンギンさんの種類や生態を説明している。
「あんな風に興味持ってくれたら……はぁ」
 その光景を見た先生がぼやいた。
 教師とショーのお兄さんとじゃ全然違うけれど、「教える」ってところに思うところがあるのかな。学校の授業を真面目に聞かない生徒だって、今までいたんだろうし。……ペンギンショーで何を考えてるんだろう、私。
「それでは、いち、に、ジャンプ!」
 先生のボヤキに気を取られていると、お兄さんの飛び込みの合図。急いで視線をショーに戻したけれど、ペンギンたちは動いていなかった。頭に「?」すら見える。
「あれ? 気を取り直して……。いち、に、ジャンプ!」
 数回追加で魚をもらっても、ペンギンさんたちは動こうとしなかった。練習を重ねても、本番で完璧にできるとは限らない。ペンギンショーで人生の教えを聞いている気分だ。

パシャン!

 さらに数回の合図を経てペンギンが水中に入った。しかし、指示に従って入ったわけではなく、勝手に飛び込んだわけでもなかった。
「ぐだぐだな上に、容赦ないですわね」
 ぎゅうぎゅうになっていた台の上で、最前列にペンギンさんが押し出される形でプールに落ちてしまった。野生の枠組みから外れても、ご飯は魅力的なようだ。
 落ちた子は気にしていないのかな。普通に泳いでるけど。
 ぐだぐだでスタートしたショーは、終始そのまま続いた。魚は我先に食べに行く、指示は無視する。最後はお腹が膨れたのか、反応すらしなくなってしまった。
「個性マシマシやる気なし。トークショーだな、これは。面白いが」
 そんな二郎系ラーメンみたいな。可愛いから飽きないけど。
 ペンギンさんの自由奔放さに癒される人。先生のようにトークショーを楽しむ人。二つの楽しみ方があることが今日分かった。
 飼育員さんトーク、芸人さんの前説とかテーマパークの案内みたい。
「それでは今回はここまで。次回はペンギンさんたちの芸にご期待ください。……彼らも個性が強くて、気まぐれですが」
 締めの挨拶が終わると、拍手が巻き起こり、お兄さんは戻って行った。数十秒経過すると拍手も鳴り止んだ。お客さんもまばらに席を離れていき。私たちは波に飲み込まれないように、しばらく座ってショーの感想を話し合っていた。
「ペンギンショーとは名ばかり……。いえ、嘘というわけではありませんが。でも、面白かったですわ」
 夢国さんは腑に落ちないという表情をしたものの、すぐに満足そうに笑った。
 確かに、ペンギンがいたらペンギンショーなのかな。その定義だと世の中のショーの基準甘くなっちゃうけど。第一、期待する楽しみ方とはまた違うよね。
「友達押しちゃったり~、いうこと聞かなかったり~」
「まあ、なんとかペンギンはーー」
 何か言わないほうがいいことだったのか、直前で先生は言葉を止めた。
「悪い、忘れた。人もはけたし行くか」
 誤魔化せる時間を過ぎても、誤魔化すように立ち上がる先生。少し速い足取りは、失敗を隠す子供みたいだ。
(安全確認のために意図的に突き落とすとか、余計な雑学だよな)
「はぁ……」
 ため息つくなんて、そんなに言いづらい内容なのかな。直前で引っ込められると気になっちゃう。……臆病な自覚はあるけど、怖いもの見たさもあるんだよね。
 興味よりも羞恥心が勝つ私は、その話題を掘り返すことができなかった。
「言いかけて止めるのは、ずるいですわよ」
「あーちゃんの言う通り。先生のずっこずっこ~」
 聞き返すことさえしなかった私とは違い、二人は捕まえて離さないと言わんばかりに追求する。七津さんに関しては比喩ではなく、先生の右腕を掴んでブンブン振り回している。
「ガキかお前ら」
 私も今日は大胆なことをしてきた自覚があるけれど、あそこまで無遠慮なことはできないな。さすが七津さん・……もしかして一番の障害になったり、はしないよね。夢国さんがいるし。
 脅威を抱いた友人を見ていると、口パクで何かを言っている。右手で先生の腕を振り回しながら、左手をこちらに向けて手招きしていた。
 手招きってことは、私のことを呼んでる? 口の動きは……「あ」「ん」「う」。どういう意味だろう。
 言葉はピンとこないものの、とりあえず手招きに従って近づいてみる。七津さん私の腕をそっと掴み先生の左腕を指差した。
 もしかして、さっきは「チャンス」って言ってたのかな。先生の左腕が空いてるから、七津さんみたいにやれ、ってこと!? いやいやいや、いくらなんでも急にハードルが上がりすぎだよ。
 でも確かにチャンスだし……でも……。ええい、ここまできたら勢いで!
 覚悟を決めるとそれが伝わったのか、七津さんがまた口パクをしてきた。今度は何かすぐに理解できた。「頑張れ」
「私も気になります。教えてください」
 先生の左側に回り込んで、そのまま左腕を思いっきり抱き寄せた。七津さんより大胆のことをしてしまっている。
「古町まで……。後悔すんなよ。あと放せ。とくに七津、疲れるから振り回すな」
 呆れた先生に軽く叱られて、抱き締めていた左腕を解放した。
 その後先生から語られた雑学に
「エグいですわ」
「厳しいよ~、自然界」
 と、聞かないほうが幸せだったとしっかり後悔していた、
 先生に密着できたことを考えればプラス……。でもやっぱり聞かないほうが良かった。
「はぁ……。だからやめたのに」
 ため息を吐き、あからさまに呆れている先生。夢国さんはそれを見て縮こまっている。七津さんは気にしていないのか「えへへ」と笑顔を浮かべていた。
(調子に乗り過ぎましたわ)
(作戦成功したからいっか)

 トラブルまみれだった水族館も終了の時間。楽しい時間はいつもあっという間に過ぎて行ってしまう。同時に、今日は永遠のように長く感じていた。不思議な感覚がある。
 ただ緊張してた場面が頭に焼き付いているだけかもだけど。
「今日は楽しかったですわね。知識を深め、友情を育み、綺麗なお魚さんたちに癒され」
「ペンギン社会の厳しさを知って~」
 夢国さんの一日の感想に茶々を入れる七津さん。ポカポカと夢国さんに叩かれているが、楽しそうに笑っている。
「一日通して元気だなお前ら。若さかね」
 ため息を吐きながら、先生は小さく笑っていた。元気な生徒の姿は、教師として嬉しものなのだろうか。
「先生。今日一日、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「俺も楽しかったぜ。息抜きになるくらいにな」
 良かった。先生も楽しんでくれていたみたいで。
 時間は夕暮れ時。大きな夕日の光が、周囲を優しい光で包み込み、私の頬を誤魔化してくれる。
「気をつけて帰れよ」
 先生が大きめの声で解散の挨拶をすると、イチャイチャしていた二人がこちらに駆け寄ってきた。
「さよ~なら~、先生」
「今日は勉強になりましたわ」
 二人の挨拶を聞いた先生はまた小さく笑った。それを誤魔化すように、右手で順番にポンと頭を撫でた。
 最後は私。……あ、少しだけグリグリって。
 視線を上げると、優しい笑顔で笑っていた。
「今日のことを二ページ以内にまとめて提出するように。じゃあな」
 そう言うと先生は、きた時の方向に足早に帰って行った。
「え~。先生の後出し~! ずっこずっこ~!」
 七津さんが急な課題に抗議している声を聞きながら、先生の姿が見えなくなるまで、じっと見ていた。
 あの隣に、いつか。……遅くなる前に帰らないと。
「今日は何点かな? 古町さん」
「ふぇい!? あ、七津さん。ごめん、ぼーっとしてたみたい」
 あれ、さっきまで課題に抗議してると思ったのに、ケロッとしてる。もしかして結構な時間固まってた?
「平気平気。大好きな人とのお別れ、ずっと見ちゃうのわかるから」
 そこまで言うと、七津さんは私の後ろに視線を移した。
「それに、あーちゃんも止まってたから」
 振り向くと、段差に座り込んで俯いている夢国さんがいた。
「さっきの古町さん見て、目的忘れて楽しんじゃってたこと後悔してるみたい」
 そういうことで責任感じるの、真面目なら夢国さんらしい。でも、今日一日すごく楽しかったし、夢国さんが楽しかったって聞いて、私は。
「夢国さん、あのね」
 話しかけると、ビクッとし、潤んだ瞳で私を見上げた。そして強く口を結び、勢いよく立ち上がるとそのまま頭を下げた。
「ごめんなさい! 助力するなどと大口を叩いておきながら、目的を忘れてしまって」
 そんなに謝らなくても……。ううん、夢国さんにとってそれくらい大きなことなんだよね。私の気持ちもちゃんと伝えないと。
 呼吸を整えて、夢国さんの肩に触れた。
「夢国さん。私、今日一日、すっごく楽しかった。先生とデート……ごっこかもしれないけど、できたし」
「古町さん……。ですが私は、楓さんのようには」
「そんなことないよ。夢国さんがいてくれたから、先生といっぱい話せたから。それに、夢国さんが楽しかったって聞いて嬉しかったの」
「え?」
 二人を巻き込んでいる、付き合わせているという罪悪感。心に引っかかっていた重い針。七津さんに言われて、それが外れた気がした。
 そう伝えたいんだけど、うまく言葉にできない。こういう時はどうしたら。こんな時、志穂ちゃんなら……。あ。
 素直な親友を思い出して、答えに辿り着く。私はすでに、その答えを使い方は違くとも実践していた。
 困った時は、ボディランゲージ!
 嬉しさと安心で暴走気味な心に任せて夢国さんを抱き締めた。
「ありがとう、夢国さん。うまく伝える方法わかんなくて、こうなっちゃったけど。……助けてくれて、ありがとう」
「古町さん……。良かったですわ」
 夢国さんは抱き締め返してきた。私の気持ちが伝わってくれたらしい。
 言葉で信じられない時は行動で示す。志穂ちゃんが前にそんなこと言ってたけど、結構勇気がいるなぁ。強がってみたけど、心臓ドキドキしてるの気づかれちゃいそう。
 そんな心配をしてると、体に別の手が触れて更に強く抱き締められた。
「仲良しが一番だね」
 犯人は七津さん。夢国さんに覆い被さるようにして私も抱き締めている。結果として夢国さんを挟み込む形になった。
 この思い切りの良さと正直さ、羨ましいな。
「それで、今日は何点かな~?」
「……うん。満点」
 夕日に包まれながら笑って終わる。最高の思い出ができたのだから、それ以外ないだろう。
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