私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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六話『お姉さんと頼り甲斐』

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 水族館のお出かけから二日。週明けの月曜日。軽い足取りで学校へと向かう。我世の春と言わんばかりに幸せな気持ちで満ちている。
 土曜日にも会ってるから、普段より早く会える気がして嬉しいな。ちょっと浮かれ過ぎてる気がするけど。
 自分でも何を考えてるのかわからないほど、自宅を早い時間に出て、しかも速足で歩いている。部活も始まっていないのに、七時に学校に着いても何もないというのに。
 流石に歩くペース落とそうかな。それか寄り道でもしようか。教室で話したことない人と二人きりとかなったら気まずいし。
「おーい、古町さーん」
 冷静になってゆっくり歩き始めた頃、快活な声が私を呼んだ。ただ、七津さんの声ではなく、夢国さんでもなかった。
 振り返ると、黒髪のポニーテールを左右に揺らして、朝の日差しのような笑顔で手を振る女子生徒がいた。
「さ、三条会長。おはようございます」
「うん、おはよう。早いね。部活の見学?」
 爽やかな笑顔を浮かべながら、三条会長はそのまま私の隣を歩き始めた。
「いえ、そうじゃなくて。なんとなく」
 浮かれ過ぎて早く家出たとか、小学生の遠足前みたいで恥ずかしくて言えない。
「へえー。でもあるよね、そういう日」
 明るい声音で話す三条会長は、所作を含めて人に好かれるのがなんとなくわかる。人と話すのに緊張しがちな私が、まるで緊張しない。そのくらい警戒心を抱かせないのだ。
 モテる理由もわかる気がするな。ただ、イケメンとは少し違うし、先生とは重ならないんだよね。志穂ちゃんへの伝え方が下手だったかな。それとも気を遣ってくれてた?
「三条会長は何でこんな時間に?」
「えっとね、生徒会室のお掃除。週明けと木曜日にね」
 生徒会長のお仕事ってわけでもないと思うけど。先生に頼まれたのか、自発的にやってるのか。どちらにしても、こんなに朝早くなんて真面目だな。
「お疲れ様です。大変ですよね」
「えへへ、ありがとう……」
 笑顔でお礼を言うと、三条会長は黙ってしまった。先程の会話から急に沈黙の時間になってしまった。周囲に別の生徒もいないため、車の音くらいしかしない。
 どうしよう、なんか気まずくなっちゃった。私の返しが下手だから会話が終わっちゃった? 自分はやってないくせに「大変ですね」はすごい痴がましかったとか……。
「さ、三条会長。え、えと」
「あのさ」
 謝罪の言葉を考えていると、三条会長も話し出した。大きな声に、私のボソボソ声は消えてしまった。
「な、何でしょうか」
「ん……」
 聞き返すと、三条会長はまた黙ってしまった。頬を少し赤く染めて、透き通るような白い手で掻いている。失礼があったわけではなく、話しづらい内容みたいだ。
 誤魔化し方が先生と似てる。ハキハキしてた挨拶の時と違って、先生とはまた違ったギャップがあって可愛いな。
「会長じゃなくて。せ、先輩って呼んでほしいな」
 目を逸らして、右手で左腕を抑えながら答えた。頬は変わらず赤く染まっている。
「か、かまいませんけど。理由を聞いてもいいですか? えっと、三条先輩」
「り、理由は内緒。まだ。あと、できれば名前……ううん! ありがとう、古町さん」
 もう一つあったらしい要望は、大きな否定の声に隠されてしまった。理由もなぜか言えないらしい。
 ちょっと気にはなるけど、気にしても仕方ないから一旦忘れよう。
 そんなことをしている間に、学校に着いた。時間が早すぎるせいか、誰も校門前には立っていなかった。
 もしかしたらって思ったけど、こんな時間から立ってないよね。
「じゃあ、私は生徒会室行くから」
 そっかここでお別れか。……教室に誰もいなかったら寂しいな。
「あ、三条先輩。お手伝いに行ってもいいですか?」
「それは嬉しいけど、いいの?」
「はい。その、することもないですから」
 誰かいても、一人だと話す自信もないし。
「そっか。じゃあ一緒に行こう」
 階段を上がって、いつもは通り過ぎる二階から生徒会室に向かう。人気のない廊下は、放課後と同じような空気を感じた。
 全然時間が違うのに、変な感覚。たくさん人がいることが当たり前だから余計に。
「ここが生徒会室だよ」
「失礼します」
 生徒会室は思っていたよりも質素なものだった。
 コの字に並べられた長机とパイプ椅子六つ。道具や書類が入っているであろう棚。その上に載せられたファイルがびっしり詰まった段ボール。年季の入ったホワイトボード。空調完備の特権はあるが、お金をかけている部屋ではなかった。
 豪華ではないけど、散らかってはいない。掃除の必要はなさそうだけど。
「さーっと、やっちゃっおっか」
「は、はい」
 余計なことを言ってしまう前に、掃除に取り掛かる。私は床をほうきで掃き、三条先輩は棚上の整頓と机拭き。
 目立つゴミとかはないけれど、塵や埃を見逃さないように。
 分担して作業したおかげで、七時半前には掃除が終わった。
「いやー、ありがと古町さん。おかげで早く終わったよ」
「お役に立ててよかったです」
 きた時と大きな変化はないものの、掃除が終わった生徒会室は気持ちのいいものだった。
 もう少ししたら夢国さんたちも教室にいるかな。
 ガタンっ!
「ゆっきなーん。あ手伝いきたよー」
 時計を見ていると、すごい音と勢いて扉が開き生徒が一人入ってきた。
 肩まで伸びた琥珀色のウェーブ髪。長いまつ毛にタレ目。大きな胸、少し気崩れた制服。マイルドギャルといった見た目をしている。
「あれ? ゆきなん座ってるし。知らん子もいる」
「掃除は終わったよ、みこと。この子は手伝ってくれた一年生」
「まー? あ、この子もしかして前言ってた子。後輩かわいいー」
 気の抜けた反応をしたと思ったら、テンション高めに抱きつかれた。事態が飲み込めず、名前もわからない先輩にくっつかれたまま固まった。
「うちは小都垣おとがき みこと。命先輩でいいよ。あなたは?」
 名前を訊かれたところで、頭が働き出した。
「古町 琉歌です」
「琉歌ちゃん! お手伝いして良い子~」
 褒められて頭を撫でられる。先生とは違い、かなりハッキリした愛情表現を感じる。気分はワンちゃんだ。
 話し方からして、三条先輩と同じ三年生だよね。生徒会長とはあまり接点を持たなそうだけど、昔からの友達なのかな?
「三条先輩とは、お付き合い長いんですか?」
「うーん、中学生から? ほぼ幼馴染だけどね~」
「判定緩すぎるんだよ、命は。あと離してあげなよ」
 これが夢国さんの感覚かぁ。ちょっと恥ずかしい。もしも七津さんが別の人に抱きついたら怒るのかな? 怒ったら「かわりに~」とか言って抱きつかれてそう。
「いや~、帰宅部は後輩成分が……ん? 琉歌ちゃん。さっき三条先輩って言った?」
「え? は、はい」
 質問に答えると、先ほどまでが嘘のようにあっさりと離してくれた。脱力したような感じで、ゆっくりフラフラしながら三条先輩に近づいていく。
 なんか空気が重たい。先輩呼び、本当はダメみたいなルールあったのかな……。
「ゆきなん……」
 そのまま近づいて、三条先輩の肩をがっちり掴んだ。
「な、何? 命」
「……夢、叶ってよかったねー!」
 命先輩は勢いよく抱きついてピョンピョン飛び跳ねた。三条先輩はバランスを取るのに必死で、抵抗している様子はない。
 抱きつかれた時より、訳がわからない。
「あ、あの、どういう?」
「ん? 説明しよっか」
 命先輩はぐるりと三条先輩の背後に回り、頬擦りしながら話し始めた。
「ゆきなんはね、一年生の時から会長になっちゃってね。先輩って呼ばれる機会がなくて憧れてたってわけ」
「生徒会長は二年からじゃ」
「普通はね。ゆきなんは頼り甲斐あるし、かっこいいから~」
 説明中も頬擦りをやめてもらえない三条先輩は、怒ってるような呆れているような表情をしている。抵抗しないのは、疲れているからかだろうか。
 そういう理由だったんだ。でも、先輩って呼んで欲しいなら、私に言ったみたいにすれば呼んでくれると思うんだけど。
「頼り甲斐あり過ぎて、先輩呼びが定着しないよね、ほんと。下の名前で呼ぶのもうちだけだし。社長みたい」
「命、うるさい。こいつの言ってることは気にしないでいいよ、古町さん」
 爽やかに答えながら、命の先輩の口を塞ぎながら引き剥がそうとしている。
 うざがっている風にも見えるけど、楽しそうというか、素っぽいというか。夢国さんと七津さんの関係みたい。あんまり人には見せない顔なのかな。
 仲良しな先輩を見ているうちに、時計の針が八時を示した。
「あ、もうこんな時間だ。私、教室に戻りますね」
「真面目じゃ~ん。まったね~、琉歌ちゃん」
「またね、古町さん。今日はありがと」
「えっと……、雪菜先輩、命先輩、失礼します」
 プロレスみたいになっている二人に一礼をして、早歩きで自分の教室に戻る。廊下を走ってはいけない。
 登校中に言いかけたお願いと、命先輩の口ぶりから想像して、下の名前で読んじゃったけれど失礼だったかな。次会った時に謝ろう。
「あははは。かわいい後輩見つけたじゃ~ん、ゆきなん」
「う、うん。そうだね」
(顔真っ赤じゃん。耐性なさ過ぎっしょ)


 教室に行く途中、灰色のシャツとうなじで揺れる髪が視界に入ってきた。
「八戸波先生!」
 あ、なんも考えないで呼びかけちゃった。
 学校にいるのに先生に会えていない時間が長かったせいか、反射的に先生を呼び止めてしまった。
「おう、古町。元気だな」
 先生は笑顔で私の方に振り返ってくれた。両手で小さめの段ボールを抱えている、
「は、はい。おはようございます」
 先生の反応に挨拶を返しながら、二言目を必死に考える。
 少しでも長く先生と話がしたい。
「先生は、なんでここに?」
「それは俺も言いたいんだが。俺はあれだ、備品を少し拝借しにな」
 抱えた段ボールを揺らして、先生は理由をアピールした。
「お前は」
「私は、えっと。三条先輩のお手伝い? です」
「手伝い?」
 理由を聞くと、先生は難しい顔をした。かと思うと、小さく笑った。感心しているような、呆れているような。どっちともつかない笑い。
「あいつ、まだ掃除続けてたのか」
「まだ?」
「ああ。三条が一年で生徒会長ってときに良い反応をしなかった先輩がいてな。あいつ、みんなに認めてもらえるようにって、雑務含めて一切合切抱え込んでた時期があったんだ」
 三条先輩にそんな時期があったんだ。最初から今みたいに認められてたわけじゃなくて。
 天然だけど、天才肌な人だって勝手に思ってたけど努力の人だったんだ。
「その甲斐あってか、二年になる頃にはみんな三条を慕ってたよ。無茶な仕事は小都垣が止めてくれたしな」
 命先輩、三条先輩のブレーキ役だったんだ。きっと、朝の掃除に来てたのもその名残なんだろうな。
「なんか、かっこいいですね」
「ああ、努力できるのはいいことだ」
 理由やきっかけはどうあれ、先輩の努力は褒められるべきだし、誇るべきだと思った。
 私も見習わないと。
「そうだ、先生。課題なんですけど」
「まじでやってきたのか……。悪いが、放課後にそのまま評価していいか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。それじゃ、さっさと行くぞ」
 先生と二人で並び、談笑しながら四階へと上がっていく。
 ささやかだけど、早起きに対する最高のご褒美だ。
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