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七話『それぞれのノート』
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登校が早すぎた日の放課後。七津さん、夢国さんと一緒に空き教室で先生を待っていた。
教務員室に行くには人数が多く、いつもの教室では他の生徒に見られてしまうからだ。体裁上は悩み相談みたいなことになっているらしい。
気分的には、中学の進路相談と一緒だ。
今朝は勢いでオッケー出しちゃったけど、目の前で評価されるのはすごい恥ずかしい。それにーー
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
二人に相談するの忘れてたし。
「大丈夫ですわ。フィードバックは速さこそ正義ですもの」
「そうそう」
二人の優しい態度に、心の重りが軽くなる。付き合いはまだまだ短いけれど、昔からの友達のようにも感じている。
夢国さんはレポートに自信があるのか、そこはかとなく呼吸が深い。七津さんはいつも通りの笑顔を浮かべている。
二人とも緊張とは無縁の人種なのかな。いや、夢国さんは最初に話した時すごい緊張してたっけ。
「悪いな、遅れた」
教室に入ってから十分ほどで先生が入ってきた。私たちを確認すると、正面に座って一呼吸置いた。
「よし、さっとやるか」
先生の言葉に、待ってましたと言わんばかりに夢国さんがノートを開いて提出した。
「トップバッターは私ですわ」
ノートには小さく綺麗な文字と、細かい図説がびっしりと書かれていた。
綺麗な文字なので読めるには読めるが、虫眼鏡の使用が推奨されるほどには小さい。
文字のサイズ適正にしたら、一体何ページ埋めてたんだろう。読書感想文書く時と真逆の状態だよ。
「随分気合入ってんな」
文字稼ぎとは対極のギチギチ具合には、先生も驚いていた。
「ほら、残り二人もだせ」
そのまま評価が始まるかと思ったけれど、先生は私と七津さんの提出を優先した。
一人一人何か言われるわけじゃないのかな。そのほうが、私の精神的にはいいんだけど。
「は~い。どどん」
七津さんが提出するのに続いて、私も提出する。
当たり前のことなのだが、三人のノートは見事にバラバラの記載方法になった。
七津さんのノートは読みやすいサイズの可愛い文字で、デフォルメされた図説が載せられていた。
夢国さんのは専門書で、七津さんの児童図鑑みたい。
二人の独創的かつ見やすいノートに比べて、私のノートは文字だけ。華やかさもわかりやすさも劣っている。
私も少しくらい図説書いたほうが良かったなぁ。でも、デフォルメした犬とか猫くらいしか描けないんだよね。
「適当でも怒ったりしねえのに。……まあ、真面目に取り組めてるのはプラス評価だな」
先生は満足げに言うと、胸ポケットから赤ペンを取り出して、私たち三人のノート全てに花丸をつけた。
「成績には含んでやれないが、満点評価だ」
その評価に私は胸を撫で下ろした。
ダメとか言われてたら、ちょっとメンタル削れてた。
「やった~。花丸だよ、あーちゃん」
七津さんも嬉しいようで、夢国さんに思いっきり抱きついている。しかし、抱きつかれている夢国さんは不服そうな顔をしていた。
あれ? 一番喜ぶのは夢国さんだと思っていたのに。
夢国さんは静かに七津さんの腕を掴んだ。七津さんには何か伝わったのか、少し不安そうにしながら、夢国さんを離した。
「先生。もう少し、真面目な評価をお願いできますか」
夢国さんの真面目な声に、空気がピリッとした。
「評価内容に不満があるわけではないのですが……、その」
うまく言葉に変換できないのか、躊躇うような声で夢国さんは言葉を続けようとする。強気に見えて、机の下に隠れた手は震えていた。
私も七津さんも、その様子を黙って見守ることしかできない。
「…………そうだな」
言葉が出てこない夢国さん。沈黙の中で先生は深くため息を吐いて、頭を下げた。
「すまん。見てなかったわけじゃないんだが、誠実さに欠けてたな」
「……っっ! あ、頭をあげてください先生! 私、そこまでさせるつもりはありませんわ!」
その様子を見た夢国さんは、我に返ったように慌てていた。その声を聞いた先生はゆっくりと顔を上げた。
「俺がすべきだと思ったからしたんだ。真面目さに応えなかったからな」
そっか。私みたいに評価を怖がってなくて、真面目に取り組んだぶんしっかり見てほしかったんだ。普通に考えたらそうだよね。あれだけたくさん書いてまとめてるんだから。先生も、それに気がついたんだ。
先生は改めて夢国さんのノートを手に取って話し始めた。
「内容も濃いし、わかりやすくまとめてある。ただ、俺が指定した範囲に詰め込んでいるから文字が小さい。文字数指定のケースも考えて、次回は削れる所を削ろうな」
夢国さんの真面目さに応えるように、先生も誠実に真面目な評価を夢国さんに伝えた。
「最初に言ったが、内容はよく書けてる。だから評価は変えないぞ?」
「はい。ありがとうございます……はぁ」
詰め寄るように評価をお願いしていた夢国さんも、怖くないわけではなかったようで、大きく息をついた。
「次は七津だが」
「あーちゃんだけじゃないの!?」
想定外の出来事に、珍しく七津さんが狼狽えている。いつもの可愛らしい仕草をする余裕もないようだ。
「文章の言葉遣いが軽い。イラストも少し多いな。まあ、普段の課題は普通に書いてあるから、これに関してはいいか。夢国同様、内容はよくまとまってる」
「よかったぁ~」
評価に安心した七津さんは、離れていた夢国さんに抱きついて頬擦りした。夢国さんは小さめに抵抗はしているが、恥ずかしがりながら受け入れている。
やっぱり、不安だったのかな。大好きな人とくっついてると安心するよね。
「最後に古町」
「は、はい!?」
そうだ。人のことを心配している余裕なかったんだ。ていうか私が最後になっちゃったから、余計に緊張する。
二人と違って、工夫らしい工夫のない文字が並ぶだけのノートにダメ出しを覚悟する。
「正直、俺的には指摘するとこ無いんだよな」
予想外の反応に、一瞬だけ思考が止まった。
「ない、ですか?」
「ああ。字は綺麗だし、内容も前二人と一緒でしっかり書けてる。グラフならともかく、生き物のイラストなんてのは描ける奴が描けばいい」
先生はノートを閉じて、私たちから見て正位置になるように回して三冊重ねて差し出してきた。
「俺は文字だけのが見慣れているから、古町の課題が一番見やすかったな。生物担当なら、夢国だったかもしれないがな」
差し出されたノートを受け取り、人形を持つように、褒められた証を抱きしめる。
喜んでいいのかわからないけど。地味でも頑張って書いたから、一番よかったって、先生に認めてもらえたみたいで嬉しい。
「先生~、私は~?」
最後のコメントがもらえなかったことが不服だったのか、七津さんが夢国さんを抱きしめたままユラユラ揺れて訊いた。
「あー。美術とかか? 可愛いイラストだし、ポスターとか描いてみたらどうだ」
「やった~。帰ったら題材探してみま~す」
先ほどよりもさらに激しく揺れて体全体で喜びを表現している。
抱きしめられている夢国さんは苦しかったのが、腕を外そうとガッチリと掴んでいる。七津さんはそれに気がつき、抱きしめる力を緩めると離されてしまった。
「暑いし苦しかったですわ」
「ごめんなさい」
謝りながら擦り寄ってくる七津さんに呆れたように息を漏らしながら、夢国さんは、自分より高い位置にある頭に手を伸ばして優しく撫でていた。
「部活もないんだし、とっとと帰れよ。俺は仕事あるから戻る」
ゆっくりと立ち上がり、先生はそのまま教務員室に戻って行く。
「あ、ありがとうございました。さようなら」
手を引く勇気が出ない私は、急いで立ち上がり、お礼と挨拶をすることしか出来なかった。
「おう。気をつけて帰れよ」
先生は振り向いて、いつもの優しい笑顔で退室した。
触れられるほど近いはずなのに、途方もなく遠く感じる。私が求めている距離に辿り着ける日は来るのだろうか。
あの手を、ちゃんと握れるように。あの笑顔を、隣で見られるように。もっと頑張らなくちゃ。
教務員室に行くには人数が多く、いつもの教室では他の生徒に見られてしまうからだ。体裁上は悩み相談みたいなことになっているらしい。
気分的には、中学の進路相談と一緒だ。
今朝は勢いでオッケー出しちゃったけど、目の前で評価されるのはすごい恥ずかしい。それにーー
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
二人に相談するの忘れてたし。
「大丈夫ですわ。フィードバックは速さこそ正義ですもの」
「そうそう」
二人の優しい態度に、心の重りが軽くなる。付き合いはまだまだ短いけれど、昔からの友達のようにも感じている。
夢国さんはレポートに自信があるのか、そこはかとなく呼吸が深い。七津さんはいつも通りの笑顔を浮かべている。
二人とも緊張とは無縁の人種なのかな。いや、夢国さんは最初に話した時すごい緊張してたっけ。
「悪いな、遅れた」
教室に入ってから十分ほどで先生が入ってきた。私たちを確認すると、正面に座って一呼吸置いた。
「よし、さっとやるか」
先生の言葉に、待ってましたと言わんばかりに夢国さんがノートを開いて提出した。
「トップバッターは私ですわ」
ノートには小さく綺麗な文字と、細かい図説がびっしりと書かれていた。
綺麗な文字なので読めるには読めるが、虫眼鏡の使用が推奨されるほどには小さい。
文字のサイズ適正にしたら、一体何ページ埋めてたんだろう。読書感想文書く時と真逆の状態だよ。
「随分気合入ってんな」
文字稼ぎとは対極のギチギチ具合には、先生も驚いていた。
「ほら、残り二人もだせ」
そのまま評価が始まるかと思ったけれど、先生は私と七津さんの提出を優先した。
一人一人何か言われるわけじゃないのかな。そのほうが、私の精神的にはいいんだけど。
「は~い。どどん」
七津さんが提出するのに続いて、私も提出する。
当たり前のことなのだが、三人のノートは見事にバラバラの記載方法になった。
七津さんのノートは読みやすいサイズの可愛い文字で、デフォルメされた図説が載せられていた。
夢国さんのは専門書で、七津さんの児童図鑑みたい。
二人の独創的かつ見やすいノートに比べて、私のノートは文字だけ。華やかさもわかりやすさも劣っている。
私も少しくらい図説書いたほうが良かったなぁ。でも、デフォルメした犬とか猫くらいしか描けないんだよね。
「適当でも怒ったりしねえのに。……まあ、真面目に取り組めてるのはプラス評価だな」
先生は満足げに言うと、胸ポケットから赤ペンを取り出して、私たち三人のノート全てに花丸をつけた。
「成績には含んでやれないが、満点評価だ」
その評価に私は胸を撫で下ろした。
ダメとか言われてたら、ちょっとメンタル削れてた。
「やった~。花丸だよ、あーちゃん」
七津さんも嬉しいようで、夢国さんに思いっきり抱きついている。しかし、抱きつかれている夢国さんは不服そうな顔をしていた。
あれ? 一番喜ぶのは夢国さんだと思っていたのに。
夢国さんは静かに七津さんの腕を掴んだ。七津さんには何か伝わったのか、少し不安そうにしながら、夢国さんを離した。
「先生。もう少し、真面目な評価をお願いできますか」
夢国さんの真面目な声に、空気がピリッとした。
「評価内容に不満があるわけではないのですが……、その」
うまく言葉に変換できないのか、躊躇うような声で夢国さんは言葉を続けようとする。強気に見えて、机の下に隠れた手は震えていた。
私も七津さんも、その様子を黙って見守ることしかできない。
「…………そうだな」
言葉が出てこない夢国さん。沈黙の中で先生は深くため息を吐いて、頭を下げた。
「すまん。見てなかったわけじゃないんだが、誠実さに欠けてたな」
「……っっ! あ、頭をあげてください先生! 私、そこまでさせるつもりはありませんわ!」
その様子を見た夢国さんは、我に返ったように慌てていた。その声を聞いた先生はゆっくりと顔を上げた。
「俺がすべきだと思ったからしたんだ。真面目さに応えなかったからな」
そっか。私みたいに評価を怖がってなくて、真面目に取り組んだぶんしっかり見てほしかったんだ。普通に考えたらそうだよね。あれだけたくさん書いてまとめてるんだから。先生も、それに気がついたんだ。
先生は改めて夢国さんのノートを手に取って話し始めた。
「内容も濃いし、わかりやすくまとめてある。ただ、俺が指定した範囲に詰め込んでいるから文字が小さい。文字数指定のケースも考えて、次回は削れる所を削ろうな」
夢国さんの真面目さに応えるように、先生も誠実に真面目な評価を夢国さんに伝えた。
「最初に言ったが、内容はよく書けてる。だから評価は変えないぞ?」
「はい。ありがとうございます……はぁ」
詰め寄るように評価をお願いしていた夢国さんも、怖くないわけではなかったようで、大きく息をついた。
「次は七津だが」
「あーちゃんだけじゃないの!?」
想定外の出来事に、珍しく七津さんが狼狽えている。いつもの可愛らしい仕草をする余裕もないようだ。
「文章の言葉遣いが軽い。イラストも少し多いな。まあ、普段の課題は普通に書いてあるから、これに関してはいいか。夢国同様、内容はよくまとまってる」
「よかったぁ~」
評価に安心した七津さんは、離れていた夢国さんに抱きついて頬擦りした。夢国さんは小さめに抵抗はしているが、恥ずかしがりながら受け入れている。
やっぱり、不安だったのかな。大好きな人とくっついてると安心するよね。
「最後に古町」
「は、はい!?」
そうだ。人のことを心配している余裕なかったんだ。ていうか私が最後になっちゃったから、余計に緊張する。
二人と違って、工夫らしい工夫のない文字が並ぶだけのノートにダメ出しを覚悟する。
「正直、俺的には指摘するとこ無いんだよな」
予想外の反応に、一瞬だけ思考が止まった。
「ない、ですか?」
「ああ。字は綺麗だし、内容も前二人と一緒でしっかり書けてる。グラフならともかく、生き物のイラストなんてのは描ける奴が描けばいい」
先生はノートを閉じて、私たちから見て正位置になるように回して三冊重ねて差し出してきた。
「俺は文字だけのが見慣れているから、古町の課題が一番見やすかったな。生物担当なら、夢国だったかもしれないがな」
差し出されたノートを受け取り、人形を持つように、褒められた証を抱きしめる。
喜んでいいのかわからないけど。地味でも頑張って書いたから、一番よかったって、先生に認めてもらえたみたいで嬉しい。
「先生~、私は~?」
最後のコメントがもらえなかったことが不服だったのか、七津さんが夢国さんを抱きしめたままユラユラ揺れて訊いた。
「あー。美術とかか? 可愛いイラストだし、ポスターとか描いてみたらどうだ」
「やった~。帰ったら題材探してみま~す」
先ほどよりもさらに激しく揺れて体全体で喜びを表現している。
抱きしめられている夢国さんは苦しかったのが、腕を外そうとガッチリと掴んでいる。七津さんはそれに気がつき、抱きしめる力を緩めると離されてしまった。
「暑いし苦しかったですわ」
「ごめんなさい」
謝りながら擦り寄ってくる七津さんに呆れたように息を漏らしながら、夢国さんは、自分より高い位置にある頭に手を伸ばして優しく撫でていた。
「部活もないんだし、とっとと帰れよ。俺は仕事あるから戻る」
ゆっくりと立ち上がり、先生はそのまま教務員室に戻って行く。
「あ、ありがとうございました。さようなら」
手を引く勇気が出ない私は、急いで立ち上がり、お礼と挨拶をすることしか出来なかった。
「おう。気をつけて帰れよ」
先生は振り向いて、いつもの優しい笑顔で退室した。
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