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二十八話『文化祭本番』
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学校行事の中でも「一、二」を争う大きなイベント。文化祭が始まった。学校全体が特有の活気に包まれている。私のクラスも例外ではなく、私自身もテンションが上がっていた。
とは言っても。今のところ調理室で提供するお菓子焼いているだけだから、普段の休日とあまり変わらないけれど。
「前半のみんなお疲れー。後半組と交代の時間だよ」
「はい。あとはお願いします」
調理のために身につけていたエプロン、三角巾、マスクを外して巾着にしまう。一緒に調理を担当していた子たちと互いを労いあってその場で解散。私は七津さんと夢国さんを迎えに教室に戻った。
こうして見ると、本当にいろんな出し物があるなあ。うどん、パスタ、タピオカ、カジノ、お化け屋敷に、ジェットコースター? 教室の規模で作れるものなのかな。あとで二人と行ってみよう。
教室に戻ると、夢国さんはまだ接客中だった。七津さんは裏にいるようだ。
「七津さん。交代の時間だよ」
仕切りを掻き分けると、コーヒーと紅茶のいい匂いが香った。
「古町さん、ありがと~。あーちゃんも今の接客が終わったらこっち来るから」
七津さんはこちらを見て笑った。紅茶をカップに注ぎ終わったタイミングで夢国さんが取りに来た。長い髪綺麗な黒髪を低い位置でまとめている。完全に仕事モードのスイッチが入っているようで、自信に満ちた表情ではなく、一歩後ろに引いたようなお淑やかな表情をしている。
「楓さん。紅茶を……。あら、古町さん。交代を知らせに来てくれたんですね、ありがとうございます」
普段のお嬢様言葉じゃなくなってる。比較的普通なはずなのに、違和感がすごい。慣れってすごいなぁ。
最後のお茶だしが終わると、夢国さんと更衣室に向かう。メイド服のまま見て回るのも楽しそうだとは思ったのだが、夢国さんからの反対でそれは無しになった。
そうじゃなくても借り物だし、汚れたり破れたりしたら危ないよね。
「そういえば、雪菜先輩たちは来たの?」
「礼ちゃんも来てたよ~。あーちゃん死ぬほど写真撮られてた」
そう言うと、七津さんはスマホを取り出して写真を見せてくれた。照れている礼ちゃんの隣で、夢国さんは付き人のように立っている。スライドすると写真は続き、一貫して夢国さんが必ず被写体として収められている。
撮られていた。というか七津さんもちゃんと撮ってる。しかも結構な枚数。
「お待たせいたしました。動きやすいとはいえ、着慣れない服は疲れますわね」
話していると、制服姿に戻った夢国さんが出てきた。いつもの自信に満ちた表情をしている。手首には、先ほどつけていた白いリボンが巻かれていた。
あのリボンは私物なんだ。
出てきて早々、後ろから七津さんにハグされる夢国さん。メイド服の時は華麗に避けていたのに、今回はあっさりと捕まった。
メイド服を着ると、スイッチが入るのかな。
「まずはフード制覇しよ~!」
「夏祭りでお小遣いほとんど使い切ったでしょう。自重すべきですわ」
グゥの音が出ないほどの図星を突かれた七津さんは無言で固まった。実際、見ている側が心配になる勢いで夏祭りで散財していたので、無理はない。
「とりあえず、雪菜先輩のクラス行く? ライブは終盤みたいだし」
「そうですわね。来ていただいたのですから、こちらも伺うのが道理ですわ」
文化祭のパンフレットに書かれている体育館ステージの予定表。雪菜先輩たちは最後の枠。しかし、その後ろの閉式時間が不自然に空いていた。
「ほら。行きますわよ、楓さん」
思う存分食事ができないことが辛いのか、七津さんはまだ固まっていた。
夢国さんはため息を吐くと。お腹に回されている七津さんの腕をガッチリと掴み、そのまま歩き出した。遊園地で、下の子が迷子にならないように上の子が捕まえているあれだ。
今回は捕えられている人が引っ張っているけれど。
引っ張られてフラフラとした足取りの七津さんを引き連れた夢国と一緒に、雪菜先輩たちのお化け屋敷に向かった。和風テイストな昔ながらのお化け屋敷。想像通り評判なようで、ちょっとした列ができていた。大行列でないのは、お化け屋敷だからかもしれない。
苦手な人は結構多いもんなぁ。私もそうだけれど。でも、文化祭クオリティならなんとかなる。かも。
「あ、琉歌ちゃ~ん、亜里沙ちゃ~ん。と、なんか元気ない楓ちゃん。どうしたの?」
命先輩は普段となんら変わらない制服姿で受付をしていた。
「食欲とお金の釣り合いが取れないみたいで。雪菜先輩は?」
「使徒会のお仕事。来校者捌いたり、ステージの手伝い? ライブ前までほぼフル稼働だってさ~」
もしも雪菜先輩いたら、それ目当ての人がたくさん来て人の回りが悪くなってただろうから、仕方ないか。でも、そんなに忙しい中で私たちのクラスにわざわざ来てくれたんだ。嬉しいなぁ。
命先輩と話していると、なぜか夢国さんが遠い目をしていた。
「亜里沙ちゃんどうした~?」
「命先輩がお化け役だと思えば怖くないという算段だったので、それが崩れただけですわ」
「結構失礼だぞ~。そもそもお化け役取れなかったけどさ~」
そんな会話をしている間に、七津さんは現実を受け止めることができたようで、夢国さんをしっかし抱きしめていた。
「お、お客さん出てきた。……それでは三名さま、いってらっしゃ~い」
私たちの前に入っていたお客さんと入れ替わりで中に入った。外からの光は遮断され、頼みは手に持った懐中電灯のみ。おどろおどろしいBGMと、チラリチラリと視界に映る赤い液体。いかにも何か出てきそうな雰囲気だ。
待っている間に悲鳴が聞こえたりはしなかったから、そこまで怖くないって信じたいけれど。すでにちょっと怖い。
見えてはいないけれど、夢国さんが怖がってるのはなんとなくわかる。おかげで落ち着いてるかも。
進んで行っていると『開けるな』と激しい字体で書かれたロッカーが置かれていた。
「あ、「開けるな」なら。む、無視すべきですわ」
(ドッキリトラップだと思うけれど、黙ってよ~)
私も無視に賛成して通り過ぎようと思っていると、生首(精巧なマネキン)が落下してきた。全身が普段より五センチ上に跳ね上がるように体が震えた。
「きゃ……」
「きゃーー!! なんですの! なんですの! 嫌です! やだやだー!」
悲鳴をあげそうになったが、私の三倍くらいの声量で発せられた夢国さんの悲鳴に掻き消された。夢国さんには申し訳ないが、おかげで怖いという感覚は遠くに過ぎ去っていった。
出口の扉を開けると、外からの光が眩しく感じた。暗闇からの脱出は、寝起きの太陽と同じものを感じる。
夢国さんのおかげで冷静にはなったけれど、やっと完全に安心できた気がする。
「夢国さん大丈……夫ではないよね」
振り向くと、夢国さんは七津さんの胸に顔を埋めて、ピッタリとくっついたままブルブルと震えていた。七津さんは震える夢国さんの頭を優しく撫でている。その表情は清々しいまでに嬉しそうだ。
「楽しんでもらえたようで何よりだよ~」
受付で次のお客さんを中に入れた命先輩は、揶揄うようにこちらに手を振っていった。ニヤニヤとした命先輩の笑顔。言い返す言葉が思いつかなかったのか、夢国さんはキッと睨みつけると七津さんから一度離れて背を預けた。入っていった時と同じ形だ。
「甘いものでも。食べる?」
「……そうさせていただきますわ。教室に戻って、古町さんのお菓子を買いましょう。一番美味しいですから」
みんなで作ったか厳密には私のじゃないけれど。褒めてもらえるのはとても嬉しい。なんか照れくさいなぁ。
とは言っても。今のところ調理室で提供するお菓子焼いているだけだから、普段の休日とあまり変わらないけれど。
「前半のみんなお疲れー。後半組と交代の時間だよ」
「はい。あとはお願いします」
調理のために身につけていたエプロン、三角巾、マスクを外して巾着にしまう。一緒に調理を担当していた子たちと互いを労いあってその場で解散。私は七津さんと夢国さんを迎えに教室に戻った。
こうして見ると、本当にいろんな出し物があるなあ。うどん、パスタ、タピオカ、カジノ、お化け屋敷に、ジェットコースター? 教室の規模で作れるものなのかな。あとで二人と行ってみよう。
教室に戻ると、夢国さんはまだ接客中だった。七津さんは裏にいるようだ。
「七津さん。交代の時間だよ」
仕切りを掻き分けると、コーヒーと紅茶のいい匂いが香った。
「古町さん、ありがと~。あーちゃんも今の接客が終わったらこっち来るから」
七津さんはこちらを見て笑った。紅茶をカップに注ぎ終わったタイミングで夢国さんが取りに来た。長い髪綺麗な黒髪を低い位置でまとめている。完全に仕事モードのスイッチが入っているようで、自信に満ちた表情ではなく、一歩後ろに引いたようなお淑やかな表情をしている。
「楓さん。紅茶を……。あら、古町さん。交代を知らせに来てくれたんですね、ありがとうございます」
普段のお嬢様言葉じゃなくなってる。比較的普通なはずなのに、違和感がすごい。慣れってすごいなぁ。
最後のお茶だしが終わると、夢国さんと更衣室に向かう。メイド服のまま見て回るのも楽しそうだとは思ったのだが、夢国さんからの反対でそれは無しになった。
そうじゃなくても借り物だし、汚れたり破れたりしたら危ないよね。
「そういえば、雪菜先輩たちは来たの?」
「礼ちゃんも来てたよ~。あーちゃん死ぬほど写真撮られてた」
そう言うと、七津さんはスマホを取り出して写真を見せてくれた。照れている礼ちゃんの隣で、夢国さんは付き人のように立っている。スライドすると写真は続き、一貫して夢国さんが必ず被写体として収められている。
撮られていた。というか七津さんもちゃんと撮ってる。しかも結構な枚数。
「お待たせいたしました。動きやすいとはいえ、着慣れない服は疲れますわね」
話していると、制服姿に戻った夢国さんが出てきた。いつもの自信に満ちた表情をしている。手首には、先ほどつけていた白いリボンが巻かれていた。
あのリボンは私物なんだ。
出てきて早々、後ろから七津さんにハグされる夢国さん。メイド服の時は華麗に避けていたのに、今回はあっさりと捕まった。
メイド服を着ると、スイッチが入るのかな。
「まずはフード制覇しよ~!」
「夏祭りでお小遣いほとんど使い切ったでしょう。自重すべきですわ」
グゥの音が出ないほどの図星を突かれた七津さんは無言で固まった。実際、見ている側が心配になる勢いで夏祭りで散財していたので、無理はない。
「とりあえず、雪菜先輩のクラス行く? ライブは終盤みたいだし」
「そうですわね。来ていただいたのですから、こちらも伺うのが道理ですわ」
文化祭のパンフレットに書かれている体育館ステージの予定表。雪菜先輩たちは最後の枠。しかし、その後ろの閉式時間が不自然に空いていた。
「ほら。行きますわよ、楓さん」
思う存分食事ができないことが辛いのか、七津さんはまだ固まっていた。
夢国さんはため息を吐くと。お腹に回されている七津さんの腕をガッチリと掴み、そのまま歩き出した。遊園地で、下の子が迷子にならないように上の子が捕まえているあれだ。
今回は捕えられている人が引っ張っているけれど。
引っ張られてフラフラとした足取りの七津さんを引き連れた夢国と一緒に、雪菜先輩たちのお化け屋敷に向かった。和風テイストな昔ながらのお化け屋敷。想像通り評判なようで、ちょっとした列ができていた。大行列でないのは、お化け屋敷だからかもしれない。
苦手な人は結構多いもんなぁ。私もそうだけれど。でも、文化祭クオリティならなんとかなる。かも。
「あ、琉歌ちゃ~ん、亜里沙ちゃ~ん。と、なんか元気ない楓ちゃん。どうしたの?」
命先輩は普段となんら変わらない制服姿で受付をしていた。
「食欲とお金の釣り合いが取れないみたいで。雪菜先輩は?」
「使徒会のお仕事。来校者捌いたり、ステージの手伝い? ライブ前までほぼフル稼働だってさ~」
もしも雪菜先輩いたら、それ目当ての人がたくさん来て人の回りが悪くなってただろうから、仕方ないか。でも、そんなに忙しい中で私たちのクラスにわざわざ来てくれたんだ。嬉しいなぁ。
命先輩と話していると、なぜか夢国さんが遠い目をしていた。
「亜里沙ちゃんどうした~?」
「命先輩がお化け役だと思えば怖くないという算段だったので、それが崩れただけですわ」
「結構失礼だぞ~。そもそもお化け役取れなかったけどさ~」
そんな会話をしている間に、七津さんは現実を受け止めることができたようで、夢国さんをしっかし抱きしめていた。
「お、お客さん出てきた。……それでは三名さま、いってらっしゃ~い」
私たちの前に入っていたお客さんと入れ替わりで中に入った。外からの光は遮断され、頼みは手に持った懐中電灯のみ。おどろおどろしいBGMと、チラリチラリと視界に映る赤い液体。いかにも何か出てきそうな雰囲気だ。
待っている間に悲鳴が聞こえたりはしなかったから、そこまで怖くないって信じたいけれど。すでにちょっと怖い。
見えてはいないけれど、夢国さんが怖がってるのはなんとなくわかる。おかげで落ち着いてるかも。
進んで行っていると『開けるな』と激しい字体で書かれたロッカーが置かれていた。
「あ、「開けるな」なら。む、無視すべきですわ」
(ドッキリトラップだと思うけれど、黙ってよ~)
私も無視に賛成して通り過ぎようと思っていると、生首(精巧なマネキン)が落下してきた。全身が普段より五センチ上に跳ね上がるように体が震えた。
「きゃ……」
「きゃーー!! なんですの! なんですの! 嫌です! やだやだー!」
悲鳴をあげそうになったが、私の三倍くらいの声量で発せられた夢国さんの悲鳴に掻き消された。夢国さんには申し訳ないが、おかげで怖いという感覚は遠くに過ぎ去っていった。
出口の扉を開けると、外からの光が眩しく感じた。暗闇からの脱出は、寝起きの太陽と同じものを感じる。
夢国さんのおかげで冷静にはなったけれど、やっと完全に安心できた気がする。
「夢国さん大丈……夫ではないよね」
振り向くと、夢国さんは七津さんの胸に顔を埋めて、ピッタリとくっついたままブルブルと震えていた。七津さんは震える夢国さんの頭を優しく撫でている。その表情は清々しいまでに嬉しそうだ。
「楽しんでもらえたようで何よりだよ~」
受付で次のお客さんを中に入れた命先輩は、揶揄うようにこちらに手を振っていった。ニヤニヤとした命先輩の笑顔。言い返す言葉が思いつかなかったのか、夢国さんはキッと睨みつけると七津さんから一度離れて背を預けた。入っていった時と同じ形だ。
「甘いものでも。食べる?」
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