私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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七十五話『じゃれたいお年頃』

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 空が雲に覆われ、僅かな隙間から日差しが差し込む土曜日。ルンルンな気分と少し心配な気持ちを抱えて七津さんのお家に向かっている。
 予定より三十分くらい早く着いちゃいそうだなぁ。夢国さんはもう来ているだろうけれど、先輩たちはまだ来てないと思うし。……ウルフィたちに遊んでもらお。
「古町さんいらっしゃ~い。早いね~」
「ちょっと調理器具の確認したくて。……ていうのは建前なんだけどね」
 肉球柄のセーター姿の七津さんの後ろから、ひょっこりとウルフィが顔を出している。その姿にはにかみながら手を差し出すと、匂いを嗅いで笑ってくれたように見えた。
「ウルフィは古町さん大好きだね~」
 相変わらずかわいいなぁ。手洗いしてからたくさん触らせてもらおう。無性にモフモフしたい。
 挨拶もほどほどにお邪魔して洗面所をお借りする。ウルフィたちに触れるので念入りに手洗いをしてからリビングに向かう。
 手洗いついでに鏡で髪が崩れていないか、服にゴミがついていないかなどをチェックしておく。
「身だしなみも大丈夫っと」
 洗面所をあとにして、ゆっくりと音を立てないようにしながらリビングの扉を開ける。ウルフィたちに気づかれないように。というわけではない。
 少しの期待をこめて覗き込むようにソファの方を見ると、前回前々回同様に夢国さんがローベと愛介。ゴールデンレトリーバー二匹に囲まれていた。
 しかし相違点として、今回は夢国さんの幸せそうな寝顔を見ることは叶わなかった。
「今日は寝てないんだね?」
「いつもいつも寝てるみたいに言われると、少し心外ですわね。まぁ、否定できない前科があるので反論できませんが」
 夢国さんは少し頬を膨らまして私のことを可愛く睨んだかと思うと、自嘲気味にはにかんだ。
 はにかむ夢国さんは、七津さんが着ているセーターの色違いを着ていた。普段はペアルック姿をなかなか見せてくれないので、少し徳をした気分になる。
「あら? 今日は志穂さんはいらっしゃいませんの?」
「うん。テストの点数が大分悪かったらしくて……。土日はお母さんに絞られてるんだって」
「そうでしたの……。噂の沙穂さんにも会えるのではと期待していたのですが、少々残念ですわ」
 夢国さんは苦笑すると、その気を感じだったのか、ローベと愛介の二人がかりで夢国さんにやや激しめのスリスリをし始めた。
 その好意に応えるように、夢国さんも二人の首らへんワシャワシャと撫でた。
「あら、琉歌ちゃん。いらっしゃ~い」
 夢国さんに意識を取られていると、キッチンの方からエプロン姿のカトリさんがゆったりとした足取りで出てきた。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「ええ、琉歌ちゃんが教えてくれたスープで毎日元気なの。あ、そうそう。この前は羊羹ありがとうね。とっても美味しかったわ~」
 軽い挨拶を交わすと、カトリさんは私の手を取って穏やかな笑顔で握手をしてきた。以前作った羊羹は、とても気に入ってもらえたようだ。
 七津さんから感想は聞いていたけれど、改めて本人に言ってもらえるとやっぱり嬉しいな。
「まだ少し時間あるから、お茶でも淹れましょうか」
「お構いなく」
 カトリさんはニッコリ笑うと、ゆったりとした足取りでまたキッチンの方に戻っていた。
 水の流れる音を聞きながら、どう動こうか考えていると、右手がグイッと力強く押される。何度も繰り返されるモフモフに視線を向けると、ウルフィがどこか抜けた表情で撫でろと催促していた。
 このためにしっかり手を洗ったんだし、しばらくウルフィのモフモフを堪能させてもらお。
 ダイニングよりだったポジションから、夢国さんが愛介とローベに挟まれているソファの近くに移動して座ると、ウルフィは頭と前足をどっしりと乗せてきた。
 頭と首周りをさすってあげると、大きく尻尾を振りながらさらに頭を擦り付け、それに合わせて体もグルングルン動き、最終的にヘソ天状態。完全に仰向けになってお腹を見せていた。
 いつも思うけど、これでオオカミに近い種類ってなんか不思議な感じがするなぁ。野性的な要素ほとんど感じないし。
「警戒心とかないの? ウルフィ」
「くぅん?」
 私の質問に、ウルフィはおとぼけ顔で首をかしげる。言葉の詳細まではさすがに伝わらないか。と、苦笑するとウルフィは私の手を前足とお腹で器用に挟んだ。
 とぼけてるだけで私の言葉の意味完全に理解してるんじゃ……。それはそれとして警戒心はないんだね。堂々とお腹触らせてくれるし。
 だらしなくお腹を見せるウルフィを、キャットタワーの上から丸くなった麦丸が見下ろしている。
「麦丸も一緒に遊ぼ~?」
 一匹狼ならぬ一匹猫ちゃんモードの麦丸に七津さんは低姿勢で近づいて、キャットタワーの柱から沿うように指でなぞって台の端から指先をチラつかせる。
 後ろ姿でソワソワとワクワクで落ち着かない七津さんに対して、チラつく指を見る麦丸の表情はとても冷ややかなものだった。
「わっぷ……」
 二十秒ほどの格闘のすえ、七津さんの顔を麦丸のモフモフ尻尾が優しくはたいた。毛が鼻と口元についたようで、鼻と口のあたりをつまむようにしている。
「もう。全く、何をしてますの」
 夢国さんは呆れたように言うとため息を吐き、愛介とローベの頭を二回、ポンポンと優しく撫でた。
 するとその意図を察したか。そもそもそういう合図なのか。愛介とローべは夢国さんから離れて私の方にきた。そして夢国さんは立ち上がり七津さん近づいていった。
「こっちむいてください」
 夢国さんに促されて振り向いた七津さんは少しくしゃっとした表情をして、顔の近くで手をもどかしそうに動かしている。
「はぁ……。そのまま動かないでください」
 呆れたようなため息。しかし、どこか嬉しそうに笑っているような声色で言葉を続けると、夢国さんは七津さんの顔についている毛を取った。念入りにチェックしてもう毛がついてないことを確認すると、取った毛をくるくるとまとめながらゴミ箱に近づいてそのまま捨てた。
「麦丸が気分屋なのは、以前から変わらないでしょう。飼い主の楓さんがそれを考慮してなくてどうしますの」
「わかってるんだけど~、私だけなんか仲間はずれみたいで寂しかったんだも~ん」
 夢国さんに取ってもらったあともまだムズムズするのか、顔を拭いなから七津は答えた。
 確かに、私の相手はウルフィがしてくれてるし、愛介とローベは夢国さんにつきっきり。七津さんが少しムキになってもおかしくないか。
 ウルフィのお腹をボンと叩いてほんの少し見つめると、私の意思が伝わったのか、起き上がった。爪をチャッチャッと鳴らしながら、七津さんに近づいて足に擦り寄った。
「あんまり寂しそうにしてると、ウルフィたちも心配しちゃうよ?」
「古町さん……。うん、そうだね。ありがとう~ウルフィ~。よしよし~、ここがええんか~?」
 七津さんが首回りをウルフィの首回りをワシャワシャとすると、ウルフィは身を任せるようにそのまま倒れ込んで七津さんとじゃれあいはじめた。
 撫でて、舐められ、撫でて、舐められ、その繰り返し。
「これでは、顔も服も毛まみれですわね」
 呆れたように言いながらと、夢国さんの表情は嬉しそうだ。かくいう夢国さんの服にも、愛介とローベとキラキラとした毛がかなりくっついている。
 調理前には二人ともしっかりコロコロ掛けてもらわないと。……私もか。
 気まぐれで七津さんと遊んでくれなかった麦丸は、下ではしゃいでいる飼い主と同居犬を迷惑そうな目で見ている。しかし、大欠伸をすると、仕方がないと言いたげに体勢をくるりと買えて丸くなった。
「お茶がはいったわ~。三人共ちゃんとコロコロするのよ?」
「は~い。ウルフィ、また後で遊んであげるからね~」
 七津さん最後にウルフィをギュッと抱きしめてから立ち上がり、リビングのテーブルに置かれているコロコロに手を伸ばした。
「はい、あーちゃん」
 自分でやるのかと思えば、ノータイムで夢国さんにパス。そして夢国さんもツッコミを入れることなくそのままコロコロをかけはじめた。
「もう一つあるから、古町さんのもやっちゃうね~」
「あ、ありがとう」
 うちはそこまでコロコロ使わないし、まして人にやってもらうことなんてないから、ちょっとだけ変な感覚。
 前、左右、後ろと念入りにコロコロをしてもらい、最後に夢国さんさんの番。
「なんといいますか。洗車機に入った気分ですわね」
 両方向からコロコロが走るのが、洗車機のブラシを連想させたらしい。言われてみると、似ていなくもないかもしれない。
「あ、電話だ。ちょっとごめんね~。……もしもし、みこみこ先輩?」
 七津さんは一瞬手を止めて、電話に出るとコロコロを再開した。時間にして三十秒未満。ほぼ相槌だけで通話は終わった。
「なんだって?」
「先輩たちあと十分くらいでつくって。向こうの人数は三人みたい」
 ってことは、先輩たちと礼ちゃんか。礼ちゃんにあうの、久しぶりな気がするなぁ。急成長して身長抜かれてたり……は、ないか。そんなに時間経ってないし。
 いらない心配をしながら、カトリさんが淹れてくれた紅茶をご馳走になった。
 ただ、のんびりティータイムとはいかずに、さっと飲み終えると道具と材料の最終確認をすませることにした。

 ピンポーン

 あれやこれやと取り出しているうちにチャイムが鳴った。電話が来てからちょうど十分くらいだ。
「こんにちは、三条です」
「は~い、少し待っててね~」
「私が行ってきます」
 そのタイミングでたまたま手が空いていた私が先輩たちのお出迎えをすることにした。インターホン越しに、ダジャレを言って怒られている命先輩の声が聞こえたような気がしたけれど、気のせいだろう。
「こんにちは、雪菜先輩、命先ぱ……」
 扉を開けて外を確認すると、私は一瞬だけ思考がフリーズした。礼ちゃんにしては大きく、やけに大人びている人影が見えたからだ。

「おひさー。でもないかな?」
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