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一章

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 どうしても、抗えない運命がある。


 ユリウス・ロンドベリーはその逃れられない運命に打ちひしがれていた。

 目の前にいる神官長はゆっくりと瞬きをして、その目でユリウスをしっかりと捉えて言った。



 ーユリウス・ロンドベリーは神の子であるとー



 ◇◆◇◆◇◆◇



 よく磨かれた大理石の床。キラキラと光り輝くゴージャスなシャンデリア。そして、目の前に見えるのは、水晶玉を手にした神官長と、とてつもなく大きなステンドグラス。描かれているのは、最高神ルピアだ。

 この広く神聖的な教会では、年に一度、13歳になった者のみに行なわれる"洗礼の儀"が行なわれていた。


「俺が神の子だって!?信じられるかそんなこと!何かの間違いだ!!!」

「神はあなたを示し、力を与えてくださっています。それはこの水晶玉を見ればあなたもわかるでしょう。」


 神官長が指した水晶玉は、神々しい金色に光り輝いている。これは、神がユリウスを認め、神聖力を持たせた、正に神の子であることの紛れもない証明だった。ユリウスは神官長をキッと睨みつけ、溢れ出る敵意を隠さずに言い返す。


「わかってたまるか!!俺はこんな水晶玉如きのせいで神官にならなきゃいけないなんてごめんだ!!!」

「我々のみならず、神より預かったこの水晶玉をも蔑むとは、なんて罰当たりな…!あなたは神に選ばれたのですよ?その役割を全うできることを喜ばしく思わないのですか?」

「神官なんて退屈で窮屈で胡散臭い奴らなんかになりたいわけないだろ!!?!」


 その言葉が、神官長の逆鱗に触れたようだった。

 ユリウスのあまりに酷い侮辱を聞いた神官長や、周りで聞いていた人々、順番待ちをしていた同い年の子供まで…

 顔から血の気がどんどんと引いている。


「この者を、私の部屋に連れて行きなさい。」

「はっ!?おい、なにするんだ!!離せよ!!離せって…!!痛っ!」


 神官長が冷たい声で他の神官に命令すると、ユリウスはすぐさま2人の神官に捕えられた。ずるずると引きずられて、2人がかりで押さえつけられているため抵抗できない。強い力で押さえ込まれたユリウスはその美しい顔を歪めた。しかし、誰も彼を助けようとはしない。ただ、皆は連れて行かれるユリウスを呆然と眺めていた。


「あの子が悪いのよ。神官長様に楯突くなんて…」

「可哀想だけど、どうにもできやしないな。俺たちまで罪に問われたらたまったもんじゃない」


 皆顔を見合わせている。ユリウスは、その様子をぼんやりと眺めていた。

 今でも、自分に神聖力が宿っていることが信じられない。みんなに愛される神官。自分が神の子である事を望む人々はごまんと居る。でも俺は、神官として皆に愛されることも、ましてや神官としてこの先一生を過ごすことも望んじゃいない。

 ユリウスはいつも、自由でありたかったのだ。だが神官になれば、自由とはかけ離れた環境で過ごさなければならない。
 
 いつも、教会で神官を見かけるたびに神官をあわれんでいた。自由を奪われる職業。教会から外に出ることは許されず、娯楽もない。さらには、神官は恋愛を禁止されている。…もちろん、性行為も禁止。

 そんな職業になりたいと願う友が信じられなかった。だが、そう願うのが当然とでも言うように、周りの人間は皆口先を揃えて同じ事を望んでいる。

 ユリウスは、3年前孤児院からロンドベリー夫妻に引き取られてから、自分の住んでいる環境が窮屈で仕方なかった。



 ーーーーーー



 ユリウスが連れて行かれたのは、教会の奥も奥の部屋だった。何回も角を曲がり、何回も扉の鍵を開けて入って行った先に、神官長の部屋がある。中に入ると、部屋の中には机と書類、ベッドといったものしか置かれていない。簡素な部屋だった。

 ユリウスはその床に叩きつけられ、腕と脚を縛られた。


「離せ!!おい、これ解けよ!!!神官がこんなことして許されるのか!!?!聞けったら!!」


 ユリウスの言葉に揺さぶられる者はいなかった。皆静かに神官長がくるのを待っている。ユリウスは、なんとか逃げる方法はないかと辺りを見回したが、窓や扉の前には神官が1人ずつ立っており、逃げられそうにない。ようやくそこで逃げるのを諦め、ほかの神官達と一緒に神官長がくるのを待った。

 待って、待って、夜も更けた頃。ようやく神官長が現れた。


「俺をどうするつもりだ。」


 神官長は縛られたユリウスを見てニヤリと笑ったように見えた。ゆっくりとユリウスに近づき、問いかける。


「あなたは、本当に神官になるつもりは無いのですね?」

「ないと言ってるだろ!!俺をここに連れてきて何をするつもりだ!あんたら神官が俺を拉致していいのかよ!?神官は、全ての人の罪を許さなければならないんじゃなかったのか!!?」


 ユリウスの煽りに神官長が動じることは無く、そばに居た神官に目で合図を送った。合図を送られた神官は浅くお辞儀をすると、ユリウスの手を掴み、指に針を刺した。


「…っ!!拷問でもするつもりか!!」

「いいえ、拷問をするのではありません。私たちは神官です。私刑は慎まなければならない。」

「だったらなんだよ!!」


 神官長は答えない。ただただ、待っていた。

 部下の神官が、ユリウスの血で魔法陣を描き終える事を。

 ユリウスの額から冷や汗が出る。体は小刻みに震えていた。


「準備が整ったようですね。では、始めるとしましょうか。」


 冷たい声で神官長は号令をかけた。すると、魔法陣を描いた神官が跪き、手を合わせ、何かを唱え始めた。


「شح خا ذهول ذد هم ذسسثعخك」


 聞き取れない、知らない言語だった。すると、魔法陣が光り始め、その光がユリウスを包み込む。

 呪文を唱えている神官は、目から血を流していた。驚いたユリウスは、叫ぼうにも、声が出ない。

 やめろ

 やめろ

 そいつ、目から血が出てるんだぞ

 なんで誰も止めないんだ

 やめろよ

 ユリウスの叫びが、声となって誰かに届くことは無かった。呪文を唱えた神官はその場に倒れ込み、目からは涙と血が浮かんでいる。控えていた神官が倒れた神官を担ぎ、部屋の外に連れ出して行った。

 そこで、ユリウスは自分の違和感に気づいた。何度も何度も試しても、その絶望的な結果が変わることはない。ユリウスは涙を流して嘆いた。


 運命からは逃れられないのだと。その時を以てして悟ったのだ。




 ーユリウスは、声が奪われていた


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