神官にはなりたくないので幼馴染の公爵様と下剋上します

だるま

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一章

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 ーあの"洗礼"から6年。

 ユリウスは19歳になった。声は戻っていない。神官としての日々をひたすらにこなしていくだけの日々が続いていた。神官長はと言うと、この6年間、飽きもせずにユリウスを虐げている。

 神官長の鞭はものすごく痛い。なるべく打たれたくはないが、どれだけ慎ましく過ごしたとしても、打たれない日に恵まれる事はない。

 毎日が憂鬱だ。6年間、必死に足掻いてきたが、結局俺がこの教会で報われたことなんか、何もない。

 この6年でユリウスは随分眠りが浅くなっていた。昨日も夜遅くに寝たが、目が覚めても外はまだ薄暗かった。体を起こし、身支度を整える。

 とにかく、朝は掃除だ。皆が起きる2時間前に起きて、教会の掃除を済ませておかなければならない。ユリウスの最初の掃除場所はフラワーガーデン近くにあるテラスだった。さっさと済ませて、次の職場に移る。今日、ユリウスは珍しく上機嫌だ。

 理由は簡単、明日は月に一度の"祝福の1日"なのである。



 ーーーーーー



 教会での生活は、ユリウスが思った通りの堅苦しさだった。まず、いかなる理由があっても教会の外に出てはいけないし、決められた時間以外は、自分の部屋からも出てはならないのだ。娯楽もないので、楽しいことなど何一つない。他の神官と仲良くなろうにも、声が出せないユリウスが望めることではなかった。

 ユリウスはあまりの退屈な日々に耐えることができずに、常に誰かにイタズラをしては見つかって、神官長に鞭を打たれていた。神官長の鞭は死ぬほど痛いが、死にはしない事をユリウスはこの培った6年間で学んでいる。

 脱出は何回も試みたが、その度にまた見つかって鞭を打たれている。神官長のタチが悪いのは、ユリウスの胴体にのみ鞭を打ち込んで、周りに鞭の跡がバレないようにしているところだ。おかげさまで、教会にいる約数百の神官のほとんどは、ユリウスが鞭を打たれていることを知らない。

 ユリウスが鞭を打たれるのは、あの神官長の部屋だ。イタズラや脱出がバレるとすぐ連れ戻されて鞭を打たれる。今や、ユリウスの体は鞭の痕でいっぱいだった。

 痛ってえ…やっぱりあのクソジジイがいるうちは脱出なんか出来やしないか…。"祝福の1日"を待つしかない…。くそ、絶対脱出して、自由に生きてやる…!!

 ユリウスは、じっとしていることができない。人と遊べないなんてつまらないし、喋れないのでイタズラで気を引くことくらいしかできなかった。ユリウスにとって、教会での環境はまさに地獄と言えるだろう。
 イタズラが絶えないユリウスは神官達から嫌われていた。


「あいつのイタズラ好きはどうにかならないのか」

「俺はこの前靴に蜘蛛を入れられたぞ!!」

「いつか罪を認め、改心する時が訪れれば良いのですが…」

「あいつの声は聞いたこと無いけど、私たちを嘲笑う声が聞こえてくるようだわ!」


 神官はどうも陰口が苦手らしい。だが、ユリウスはいちいち周りの声を気にする事をしない。ユリウスのイタズラは、ここから出せというユリウスにできる最大限のアピールでもあったからだ。イタズラは好きだが、その度に鞭で打たれていてはたまったものじゃない。現にこの6年間、神官達が何度も何度も神官長に異議を申し立ててくれたが、ユリウスを教会から追い出すという意見は通ったことがなかった。

 それもそのはず、ユリウスの神聖力はとても重宝されており、この6年間、治せなかった怪我や病気は無かった。教会に通う人々は、口を揃えてユリウスを指名する。この優秀さも、彼が他の神官達から嫌われる要因の一つだった。

 ユリウスは周りの目は気にしないが、好きでは無い。神官達の目線はユリウスを窮屈にさせた。

 誰も知らないところで、自分の好きなように人生を生きてみたい。だが、現状ユリウスにその選択肢は与えられない。

 しかし、そんな窮屈な教会にも休みはある。それが"祝福の1日"だ。その日は月に一度だけ訪れ、ユリウスに束の間の自由を与えてくれる。この日は、誰も部屋から出ず、神官長もいないため、城下町に逃げ出す絶好のチャンスなのだ。ユリウスはこの日が大好きだった。

 さっさと掃除を済ませて部屋に戻る。今日も仕事は山ほどあるだろう。だがそれも、今日ばかりは些細なことだ。ユリウスはこの日をたいそう慎ましく過ごしたため、神官長からのお咎めも無かった。

 そして、その翌日。ついに祝福の1日が訪れた。いつものように外が明るくなる前に起きて、準備体操をする。脱出するといっても、ドアには外から鍵がかけられるため、ドアを使って脱出することはできない。そうなると、残された選択肢は窓に絞られる。ユリウスの部屋は3階だが、身軽なユリウスからすれば屁でも無い高さだ。

 ユリウスはこの6年間、この窓から教会の外の世界に飛び出していた。窓から外の様子を確かめ、人がいない事を確認する。すると、ユリウスは窓から勢いよく飛び出し、目の前の大木に飛び移った。大木の一番太い枝に登り、助走をつけて塀を飛び超えれば…


 ーそこはもう、教会の外だ!




 ◆◇◆◇◆◇◆




 教会の堀を飛び越えた先には、賑わった城下町が広がっている。ユリウスは、この街をとても気に入っていた。

 目の前には、沢山の屋台や行き交う人々。皆が自由で、皆が笑顔だ。神官のような貼り付けられた笑顔とは違う、心からの笑顔。


「オークウルフの串焼きはどうだ!ちとニオイはキツイが食うと美味いぞー!!」

「綺麗なお花はいかが?大切な人へのプレゼントに!」

「どうか、うちのアクセサリーを見ていってください!最高級の品を安く買えますよ!」


 オークウルフ…!!!

 ユリウスはオークウルフの串焼きが大好きだが、あいにく今は持ち合わせが無い。文房具を売って稼いだ金が底をついたようだった。

 だめだ…もう売れるような物が何もない。長かった髪はこの前売ってしまったし、服もこの一着しか街に来ていけるものがない。困ったな、オークウルフの串焼きだけは、絶対食べたいのに…!!


「ようボウズ!久しぶりだな。また串焼き食ってくか?」

「……っ!」


 答えたいが、声が出ない。食べたいが、金もない。
 ユリウスの困った顔を見て、店主はユリウスを手招いた。ユリウスは戸惑いながらも店主に駆け寄る。


「どうした?元気ねえな。今日は小遣い無いのか。」


 ユリウスが頷くと、店主は白い歯を見せてニカっと笑った。


「よしわかった。今日は俺の奢りだ。何本欲しい?たんと食えよ、ボウズ」


 ユリウスが目を輝かせると、店主はまた笑顔を見せた。この気前の良さも、ユリウスが城下町を気に入っている理由のひとつだ。

 ユリウスは19歳という歳だが、この6年間ろくな食事にありついていない。ユリウスの背は5つ下の女子と張り合う程低かった。顔も童顔の為、こうして子ども扱いをしてオマケしてくれるのだ。

 ユリウスは店主からオークウルフの串焼きを2本奢ってもらい、食べ歩いていた。街はいつも華やかで、自由だ。ユリウスは、できる事ならずっとこの街に住んでみたいと思っていたが、その願いも、もう叶わない。この街は、教会に近すぎる。もっともっと遠くへ行かなければ、ユリウスは神官長の持つ権力の全てを行使されて捕まってしまうだろう。ねん密に計画を練らなければ、脱出と逃亡は不可能だ。喋れないユリウスでは、取り引きもまともに出来ない。紙に書いては証拠が残ってしまうし、そもそも取り引きを持ちかけられる相手もいない。

ユリウスはとぼとぼと街を歩いていた。もうこの辺りの地理は全てと言っていいほど理解したし、図書館で地図を見つけて、世界には様々な国があるということも分かった。ここじゃないどこか…せめて隣国にでも逃げることが出来れば、解放されるだろうか。

ユリウスはそこまで考えて、やめた。叶わない夢だからだ。少なくとも、今は。それに、ユリウスは教会は嫌いでも、この国のことは好きだ。街の人はみんな優しいし、楽しい。15年前に王が代替わりしてから、皆が笑って過ごせるようになった。

ああ、皆元気にしてるだろうか。孤児院は苦労してないだろうか。ロンドベリー夫妻は息災だろうか。孤児院から引き取られてたった3年で出てきてしまったから、悲しんでないと良いんだが…

 神聖力があると見定められた者は神官になり、教会に勤めることが義務とされている。それほど、神の子は貴重な存在なのだ。国民は、13歳になると"洗礼"を受けなければならない。その洗礼で人々は初めて自分の神聖力の有無について知る。ユリウスを映した水晶玉は、他の神の子と比べても、一際輝いていた。

 ユリウスは、他の神官よりも優れた力を持っている。だが、ひとつだけ、他の神官達ができても彼には出来ないことがある。



 ーユリウスは、自分自身に治癒を行えないのだ。







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