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第一章 疲労回復のポーション
第5話 就活始めて良いですか?
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午前6時。
電話としての役目を果たせなくなったスマートフォンが、目覚ましとしての機能を発揮する。
アラーム3回でマツモトは完全覚醒し、素早くスマホを止める。
そして起き上がり、いつものように支度をしようとして……
「……そうか。仕事は行けないんだったな……」
全身の力が抜けるように感じ、マツモトは煎餅布団に再び身を横たえた。
異世界『アナザー』での生活、2日目。
生活を安定させ、日本人共済の掛金を納めなければならない。猶予はたったの1ヶ月半。
悠長なことはしていられないのだが、しかし状況は深刻であった。
初日に夕食を取った後、明日からの方針を立てようとして、就職先の糸口を探してみた。
と言っても受付の男性に相談してみただけなのだが、返ってきた答えは端的に言えば「ありません」だった。
「貴方が取得した初級ライセンスというのは、単に貴方の適性を示しているに過ぎません。いくら適性があっても、素性の知れない実績もない人間を雇いたがる物好きは、まずお目にかかれませんね」
「そ、それじゃあどうすれば良いんですか?」
「まずは実績を積むことです。早く言えば中級ライセンスを取得すること。中級ライセンスの取得要件を満たしながら、地道に金策するしかないでしょう」
「それは……つまり」
つまり、就職して安定した収入を得る前に、自ら対価を得られるような仕事を引っ張ってこなければならない、ということ。
それは大学卒業後すぐに企業に就職し、与えられた仕事を黙々とこなしてきたマツモトにとっては、完全に未知の領域だった。
戦士や銃士など、戦闘技能の中級ライセンスを取得する場合、ほとんどは規定の『ダンジョン』を攻略することが要件となっている。
ダンジョン攻略をする仲間を集め、パーティを組んでモンスターと戦い、戦利品を売却することで金銭を得る……というのが基本的な流れらしい。
実際、戦闘技能の適性を認められた日本人は、殆どがそのようにしてアナザーでの生活を安定させていくのだとか。
しかし、マツモトのように戦闘技能は全滅、という日本人も決して少ないわけではない。
その場合はフリーランスとして営業を行い、日銭を稼ぎながらそれぞれの中級ライセンスを目指すのが安定路線だそうだ。
*
もっとも、この部屋で悶々と考え込んだところで、名案が思いつく気はしなかった。
とりあえず外出して、この街のこと、この世界のことをより深く知った方が良い。知識は武器になる。
マツモトは昨日のうちに買っておいた朝食をさっさと食べ終え、宿舎を後にした。
#備考
・エピタン
エトール地域で親しまれている、パン状の食べ物。具材を練り込んで焼き上げており、手軽に栄養補給を行えるのが特徴。根菜類と魚介類を煮込んだものを具材にしたエピタンが一般的。価格帯に幅はあるが、150レナスから。
*
「やあ、いらっしゃい……お、誰かと思えば昨日のお兄さんか」
「どうも」
特に行く当てもなく、マツモトはふらりと『嗤うヒツジ亭』に立ち寄った。
店は開いており、数人の客はいるものの、やはり早朝なので活気はない。
酒場のマスター、ミシュアはニコニコと笑っている。マツモトはカウンターの席に腰かけた。
「どしたの? 朝っぱらから酒でも呑みたくなった?」
「いや、酒は苦手なんだ。……どうやって金を稼ごうかと思ってさ。話を聞かせてもらえると助かるんだけど」
「あぁー、最初はやっぱりそこで躓くよねぇ。特にお兄さんみたいな適性だと、苦労するでしょ」
マツモトの目の前に、スッとお通しが出された。
こんなことに金を使っている余裕は無いのだが、かと言って何も払わずに居座るのは社会常識に反する。
そう考え、渋々お通しを口に運ぶ。新鮮な野菜のシャキシャキした歯応えが心地いい。
「どうにか、知恵を貸してもらえんでしょうか」
「んー、そう言われてもねぇ。自分がやりたいことをやるのが一番じゃない? 皆、大体そうしてると思うけど」
「やりたいことね……」
やりたいことと言われても、すぐには思い浮かばないのが悲しいところ。
早く生活を安定させたい。就職して収入を得たい。そういう願望ばかりが浮かんできて、『何をしたいか』の部分は空白のままだった。
「そうだ、ウチで働きたくない? 酒類取り扱いの中級ライセンス取ってよ~」
揶揄うような口調でそう言うと、ミシュアはいきなりマツモトの腕を取る。
そしてそのまま自分の胸元へ持っていき、マツモトに熱い視線を向けた。
Q4:ミシュアに揶揄われて、マツモトはどう反応したか。
「ちょっと、やめ……」
振り払おうとするマツモト。しかし、身体が不意に強張った。
服越しに伝わる柔らかな感触。それはマツモトが、これまでに遭遇したことのない未知の感触だった。
TPOには人一倍厳しいマツモトであったが、逆にビジネスが絡まない場では、マツモトもただの男性に過ぎない。
「あれあれ? お兄さん、意外にむっつり? 昨日は全然そんな風じゃなかったのに」
「はっ……離してもらえます……?」
「やーだー。お兄さんの反応面白いんだもーん」
急速に顔が紅潮するのを感じる。既にマツモトは冷静な思考を失いつつあった。
Q4:ミシュアに揶揄われて、マツモトはどう反応したか。
A4:人並みに興奮した。
電話としての役目を果たせなくなったスマートフォンが、目覚ましとしての機能を発揮する。
アラーム3回でマツモトは完全覚醒し、素早くスマホを止める。
そして起き上がり、いつものように支度をしようとして……
「……そうか。仕事は行けないんだったな……」
全身の力が抜けるように感じ、マツモトは煎餅布団に再び身を横たえた。
異世界『アナザー』での生活、2日目。
生活を安定させ、日本人共済の掛金を納めなければならない。猶予はたったの1ヶ月半。
悠長なことはしていられないのだが、しかし状況は深刻であった。
初日に夕食を取った後、明日からの方針を立てようとして、就職先の糸口を探してみた。
と言っても受付の男性に相談してみただけなのだが、返ってきた答えは端的に言えば「ありません」だった。
「貴方が取得した初級ライセンスというのは、単に貴方の適性を示しているに過ぎません。いくら適性があっても、素性の知れない実績もない人間を雇いたがる物好きは、まずお目にかかれませんね」
「そ、それじゃあどうすれば良いんですか?」
「まずは実績を積むことです。早く言えば中級ライセンスを取得すること。中級ライセンスの取得要件を満たしながら、地道に金策するしかないでしょう」
「それは……つまり」
つまり、就職して安定した収入を得る前に、自ら対価を得られるような仕事を引っ張ってこなければならない、ということ。
それは大学卒業後すぐに企業に就職し、与えられた仕事を黙々とこなしてきたマツモトにとっては、完全に未知の領域だった。
戦士や銃士など、戦闘技能の中級ライセンスを取得する場合、ほとんどは規定の『ダンジョン』を攻略することが要件となっている。
ダンジョン攻略をする仲間を集め、パーティを組んでモンスターと戦い、戦利品を売却することで金銭を得る……というのが基本的な流れらしい。
実際、戦闘技能の適性を認められた日本人は、殆どがそのようにしてアナザーでの生活を安定させていくのだとか。
しかし、マツモトのように戦闘技能は全滅、という日本人も決して少ないわけではない。
その場合はフリーランスとして営業を行い、日銭を稼ぎながらそれぞれの中級ライセンスを目指すのが安定路線だそうだ。
*
もっとも、この部屋で悶々と考え込んだところで、名案が思いつく気はしなかった。
とりあえず外出して、この街のこと、この世界のことをより深く知った方が良い。知識は武器になる。
マツモトは昨日のうちに買っておいた朝食をさっさと食べ終え、宿舎を後にした。
#備考
・エピタン
エトール地域で親しまれている、パン状の食べ物。具材を練り込んで焼き上げており、手軽に栄養補給を行えるのが特徴。根菜類と魚介類を煮込んだものを具材にしたエピタンが一般的。価格帯に幅はあるが、150レナスから。
*
「やあ、いらっしゃい……お、誰かと思えば昨日のお兄さんか」
「どうも」
特に行く当てもなく、マツモトはふらりと『嗤うヒツジ亭』に立ち寄った。
店は開いており、数人の客はいるものの、やはり早朝なので活気はない。
酒場のマスター、ミシュアはニコニコと笑っている。マツモトはカウンターの席に腰かけた。
「どしたの? 朝っぱらから酒でも呑みたくなった?」
「いや、酒は苦手なんだ。……どうやって金を稼ごうかと思ってさ。話を聞かせてもらえると助かるんだけど」
「あぁー、最初はやっぱりそこで躓くよねぇ。特にお兄さんみたいな適性だと、苦労するでしょ」
マツモトの目の前に、スッとお通しが出された。
こんなことに金を使っている余裕は無いのだが、かと言って何も払わずに居座るのは社会常識に反する。
そう考え、渋々お通しを口に運ぶ。新鮮な野菜のシャキシャキした歯応えが心地いい。
「どうにか、知恵を貸してもらえんでしょうか」
「んー、そう言われてもねぇ。自分がやりたいことをやるのが一番じゃない? 皆、大体そうしてると思うけど」
「やりたいことね……」
やりたいことと言われても、すぐには思い浮かばないのが悲しいところ。
早く生活を安定させたい。就職して収入を得たい。そういう願望ばかりが浮かんできて、『何をしたいか』の部分は空白のままだった。
「そうだ、ウチで働きたくない? 酒類取り扱いの中級ライセンス取ってよ~」
揶揄うような口調でそう言うと、ミシュアはいきなりマツモトの腕を取る。
そしてそのまま自分の胸元へ持っていき、マツモトに熱い視線を向けた。
Q4:ミシュアに揶揄われて、マツモトはどう反応したか。
「ちょっと、やめ……」
振り払おうとするマツモト。しかし、身体が不意に強張った。
服越しに伝わる柔らかな感触。それはマツモトが、これまでに遭遇したことのない未知の感触だった。
TPOには人一倍厳しいマツモトであったが、逆にビジネスが絡まない場では、マツモトもただの男性に過ぎない。
「あれあれ? お兄さん、意外にむっつり? 昨日は全然そんな風じゃなかったのに」
「はっ……離してもらえます……?」
「やーだー。お兄さんの反応面白いんだもーん」
急速に顔が紅潮するのを感じる。既にマツモトは冷静な思考を失いつつあった。
Q4:ミシュアに揶揄われて、マツモトはどう反応したか。
A4:人並みに興奮した。
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