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つづきの話
05 あいのうた
しおりを挟むむずむずする。
指の腹が繰り返し俺の尻の谷間をなぞって、穴をくすぐるみたいに撫でていく。
はじめはただこそばゆくて恥ずかしいだけだったのに、くすぐったさはだんだんと淡い快感に変わってきて、俺は小さく頭(かぶり)を振った。
ふ、ふぅ、と荒くなった自分の息遣いが耳につく。
伸び上がったりもぞもぞと身体を捻ったりして逃れようとしてみたけど、雪にぃちゃんの指はずっと俺の皮膚や粘膜の上を緩慢に撫でている。
「んっ」
とうとう声を漏らしてしまって、直後、俺は息を詰めた。
こんなところで、声なんか出せない。
じわりと冷や汗が出て、それでほんの少し気が紛れた。
でも、状況は少しも変わらない。
早く着いて。
ただそれだけを願った。
「まーくん、次で降りるよ。」
背後からの声に、襟足がザワザワする。何か熱い感覚が体の中を中心から上へ向かって走って行く。
ドア横の手摺を握る手にじわりと汗が出た。
ガタンガタン、と規則的な音から、キー、という車輪がレールを擦るブレーキの音。
駅名のアナウンスが繰り返されていたけど、ちっとも頭に入って来ない。
歩けない。
こんな状態じゃ……。
「まーくん、ほら、降りるよ。」
勃ち上がってしまったものを宥める暇も与えられず、雪にぃちゃんが俺の腕を引く。
電車が完全に止まると、プシュと音がしてドアが左右に開いた。車内から降りようとする人の波にも押される。
蹲ってしまいたかった。
でも俺の抵抗は、腰を屈めてノロノロと電車を降りるだけに終わった。膝が震えて、嫌な汗がいっぱい出て、目の前を掠めるように小学生くらいの女の子が通り過ぎざま、俺の顔を不思議そうに見上げていく。
咄嗟に俺は雪にぃちゃんの蔭にかくれた。
といっても、俺の方が10センチは背が高いし、肩幅も大きいからあんまり意味は成さないんだけど。
雪にぃちゃんは俺の腕を引いて、改札口に向かおうとしたけど、俺はホームのベンチの後ろにある大きな黄色い案内板のところで立ち止まって動かなかった。
「まーくん、まだ?早く行こうよ。」
少しイラついた声が、俺を追い詰める。
「だって、雪にぃちゃんが……」
声が震えて、それで自分が泣きそうになっていることを知った。
「……こんなところで泣かないでよ?」
そんなこと、わかってる。
でも……。
車内が混んでいて座れなかったから終点まで開かない方のドア側に立った。
2駅目にさらに人が増えて満員状態になった。
雪にぃちゃんが押しつぶされないか心配して時折振り返る俺に、雪にぃちゃんは大丈夫とにっこり笑って、その直後、俺の下着の中に手を……。
電車の中で結局、30分以上触られ続けた。
なんであんなこと。
じわりと目に涙が溜まって溢れそうになった。何か言われる前にそれを手の甲で乱暴に拭って隠す。
「早くうちに行こうよ。」
雪にぃちゃんの声に、俺は首を横に振った。
燻り続けた熱は、なかなか収まらなくて。
「もう。しょうがないな。」
ため息の後、背中に手を当てられてぐいぐい押された。
まるでどこかに連行される犯人みたいに無理矢理歩かされる。
改札口へ向かう階段を通り過ぎ、着いたのはトイレだった。
「あ、俺、待ってるから」
雪にぃちゃんが用を足したいんだと思ってそう言う俺を、雪にぃちゃんは凄い力でトイレの身体障害者用の個室に連れて入った。
「え、あ、見ないからっ」
俺は自分の目元を手で覆って、ドアの方を向く。
「まーくん、絶対声出しちゃダメだよ。」
「え……?」
ずる、とズボンと下着のボクサーパンツが膝まで下ろされて、まだ固さを失っていない俺の性器がぷるんと飛び出した。
それでやっと、雪にぃちゃんの考えている事がわかって、俺は青冷めた。
ドアの外では、次の電車が間もなく到着するというアナウンスが流れ、たくさんの人が行き交うざわめきが聞こえる。
「やだ、雪にぃちゃん、やだよぉっ」
「僕『早くうちに行こ』ってさっき言ったよね?それを嫌だって首振ったのはまーくんだよ。」
違う。
そんな意味じゃ……。
「雪にぃちゃんち、行くからっ」
慌ててずらされたズボンと下着を引き上げようとして、でもその両手は雪にぃちゃんに掴まれ、後ろ手に捻り上げられた。
「いたっ、痛いよっ?!」
俺のズボンのウエストに通っていたベルトが引き抜かれる。
「やだっ!!」
何をされるのかわかったから、そう叫んだ。背中の方で雪にぃちゃんがチッと舌打ちする。
「声出しちゃダメって言わなかったっけ?」
不機嫌な声に、俺は怯んでしまった。
固いベルトが手首を締め付ける。厚い生地のそれが無理矢理くくられて、手首に食い込んで痛かった。
むき出しになった下半身が寒い。
もう10月も半ば。早朝の空気はひどく冷たかった。
俺の腕を後ろ手に縛り終えると、ドアの反対側の壁に引っ張られる。
冷たいブルーのタイルの壁に背中を押し付けるように立たされた。
「雪にぃちゃん、手、ほどいて。俺行くから、雪にぃちゃんち、行くからっ。行ってからにして」
「……なんだ。萎えちゃったの。」
「や、やだっやだっ」
寒さと、こんなところで縛られたこと、手首の痛み、外を行き交う人達の気配、俺の性器はそんなものにすっかり怯えて、縮んでしまっていた。
やわやわと触られて、ビクビク身体が揺れる。爪先立ちになって逃げようとすると叱られた。
「雪にぃちゃん、やめて。やだ、やめてよぉ」
涙声の訴えは、つい声が大きくなって、雪にぃちゃんの眉間に深い縦皺が刻まれたのが見える。
「ぁ、ごめんなさ…っ…ふぐんっ?!」
「何回言わせるの?声我慢できないなら、これでもくわえてて。」
口の中に黒い布が押し込まれた。ごわごわしたそれは、俺の唾液を吸って口腔を占拠している。
雪にぃちゃんのタオルハンカチだ。
「僕の言うこと、ちゃんときけるよね?」
責めるように睨まれて、もう耐えられなかった。
俺悪いことしてないのに。
こんなところでしたくないだけなのに。
恥ずかしいのに。
寒いのに。
「ー――――っ」
嗚咽は、声にならない。
舌の上のタオル地が、唾液でずっしり重くなる。
「あんまり泣くと鼻が詰まって息できなくなっちゃうよ?」
声は急に優しくなって、俺の頭を綺麗な指がゆっくりと撫でる。
でも、どうしようもなく、辛かった。
「まーくん……可愛い。ほっぺ真っ赤。鼻の頭も……。恥ずかしい?……でも、僕に痴漢されて気持ち良くなっちゃってたんだよね?さっきまで、勃ってたもの」
耳にぬるぬるとした感触がして、熱の籠った息が吹き込まれた。
悲鳴を上げることも出来ずに、俺は小さく背中を跳ね上げるだけ。
「もう限界。ここ、慣らさずに入れちゃおうかな。」
楽しそうに言うから、肛門を指が撫でても意味がわからなかった。肩を掴まれたと思ったらひっくり返されて、目の前にブルーのタイル。
「……んっ……んんん!!」
熱い塊が、尻に押し付けられた。
みし、と肉が軋む。
痛みに、脂汗が出る。
……そん…な……。
混乱して、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
可能な限り後ろを振り返ってふぐふぐ言った。
入るわけ、無い!
俺の手首より太い、雪にぃちゃんの……。
尻肉を掴まれて無理矢理に左右に押し拡げられた中心に、ぐりぐりと押し付けられたもの。
それがどれだけ巨きいのか、俺は知っている。じっくり時間をかけて準備されていても苦しくて痛くて涙が出る。
今まで、一度だって解さずに入れられたことなんて無いんだ。ちゃんと濡らされて指で丁寧に拡げられていても、行為の最中に奥の方が切れて出血してしまった事が何度かある。
ずたずたにされる。
かつて味わった痛みが、俺を恐怖させた。
ぴしゃ。
じゃ、じゃ。
液体が固いものに当たって飛び散る音がする。
もあと湯気がたって、独特な臭い。
「あーあ、まーくん……。来年高校生になるような大きな子が……おもらしするなんて。」
「…………」
雪にぃちゃんは俺の耳の後ろを舐めながら、「恥ずかしい子」と言った。
俺はただ、ガクガクと震えている。
何も考えられなくて。
「どうするの?今日持ってきた着替えに、ズボンもある?」
こくん、と頷く。
「でもさすがに靴は無いよね。まぁいいや。後で洗ってあげるから。」
雪にぃちゃん。
もうやめよう。
俺、うちに帰りたい。帰らせて。
うっ、うっ、と嗚咽する時、吐き気がした。食道を胃液がせり上げて、でも口の中に詰まった黒いタオルハンカチがそれを塞き止める。
喉まで出かかったものをどうにか飲み下して、鼻を抜ける胃液の臭いと自分が漏らした尿の臭いにまたえづいた。
濡れたズボンと下着と靴下、靴も脱がされて、足は俺の持ってきたリュックに入れていたタオルを濡らして拭ってくれた。
頭がぼうっとする。
何がどうなってるのかもう考えたくなかった。
また壁のタイルが目の前にある。
雪にぃちゃんの指が、俺の後ろをぐにぐに拡げていた。
さっきまで舌でねぶられ、たくさんの唾液を中に注ぎ込まれた穴は、閉ざされた空間の中でくちゅくちゅ音をたてている。
大好きな人と、二人でいる。こんなに近くに。
でもどうしてなんだろう。
俺はなんだかひとりぼっちだ。
「まーくん、まーくん、すごく可愛いかった……ね、綺麗になったよ。もう泣かないで。」
瞼、頬、唇、額、顎、首にも、雪にぃちゃんの柔らかくてかたちの綺麗な紅い唇が優しく触れては離れる。
繰り返し繰り返し。
温かいシャワーで身体中洗われ、たっぷりのお湯の中でそこらじゅうを優しく撫でられた。
「何が食べたい?まーくんが食べたいもの、何でも作ってあげる。」
ふんわり微笑んでくれる顔は、きっと綺麗だと思う。
でも涙で歪んでよく見えなかった。
「か、えりたい」
俺はまたそう言った。
駅のホームにある身体障害者用のトイレで雪にぃちゃんは俺の中に2回射精して、それからいつもは二人で歩く道をタクシーで、雪にぃちゃんの一人暮らしするアパートに連れて来られた。
トイレを出てすぐと、タクシーの中と、アパートの下の駐車場と、この部屋の玄関と、風呂に入る前の脱衣場と、そしていま浴槽の中と。
俺は一体何度「帰りたい」と言っただろう。
「……まーくん…」
雪にぃちゃんはとうとう深いため息を吐いた。
そんなに嫌ならもう帰ればいい。そう言われるのかと思った。
でも。
「あっやだっ」
後退さろうにも、二人入った浴槽はぎゅうぎゅうでばちゃん、と湯が跳ねただけだった。
「帰さないよ。」
笑顔の消えた顔で、俺の腕を掴む。
俺は暴れて浴槽を飛び出した。でも腕を取られているせいで派手にこける。膝を強く打って蹲まると、背中を押され前に倒れた。腰を引き上げられる。
「ひぃー――っっ」
「僕のものって言われて喜んでたくせに。誰が手離すか。逃してなんかやるもんか。お前は僕のものなんだよ!」
ズブズブと潜り込んでくる大きな固いものが、俺の内臓を不自然に押し上げた。苦しくて息ができなくてゲホゲホ咳き込む。
膝の痛みの方が強くて、後ろの痛みはさほどわからなかった。ただ、息苦しくて悲しくて涙が止まらない。
「 ゅきにぃちゃ、…めて、やめてぇっ……」
「じゃあ、もう『帰りたい』なんて言わない?明日の夕方まで……ちゃんと僕の傍にいて、僕が満足出来るまで抱かせてくれる?」
「…き、にぃちゃ……いたいよぉ」
「……ん、ベッドでしてほしい?」
「ちが」
「止めないから無駄だよ。この穴、何のためにあるか知ってる?僕のおちんちん入れるためにあるんだ。まーくんがちゃんとわかってないみたいだから、きちんと教えてあげようね。」
どこかウットリしたような声が聞こえて、信じられない思いで、俺はぎこちなく空気を吸い込み、しゃくりあげた。
湧き出るような涙で目が熱い。
「まーくん、愛してる。」
その言葉の意味が、わからなくなってしまったような気がした。
まだ雪にぃちゃんの精液が体内に残っていたのか、ズルズルと抜き差しされるうちに湿った音がしてきて、狭い浴室内に響く。
萎れた性器の先端を剥かれ、先をぐりぐりと指で捏ねられて、それに合わせるみたいに最奥を突いていたものが少し引き出され、ある一点を執拗に擦り出す。
俺の性器が半勃ちのまま射精してしまうまで、あっという間だった。
「ひぁ、あっ、あ」
苦痛に近いほど、乱暴に引き出された快感で目眩がする。
「まだ出るでしょ?」
無邪気な感じすらする声が、俺を揺さぶる。達したばかりの敏感な体内をゆるゆると動いたり、時折その硬さを思い知らせるみたいに俺の内側を抉ったり。
胸に腕を回されてぐいっと抱きおこされると、俺は雪にぃちゃんの上に座るような格好になった。
視界の端に、鏡がある。
湯気で曇ったそれに瞼を腫らして顔や全身を真っ赤にした自分が、下から突き上げられるたび揺さぶられているのが、ぼんやりと映っていた。
いたたまれなくなって目を閉じる。
「ゆきにぃちゃん……おねっがぃ、し……ます、ベッドで……」
泣きじゃくりながら言う俺の頭を、雪にぃちゃんは優しく撫でた。
雪にぃちゃんはふかふかのタオルで俺の全身を拭い、178センチある身体をベッドまで抱き上げて運び、寝かせるなり覆い被さってきて、また俺の中に挿入した。
膝はひどく打ち身になっていたけど、もう痛みなんてわからなくなっていた。
今まで何度となく雪にぃちゃんに抱かれたベッドの上は、不思議と身体の力が抜け、緊張が解ける。
やっと、快感が全身を支配する感覚に辿り着いて、俺は嬌声を放った。
「んやっあ、ああああっ」
「まーくん、僕に抱かれるのイヤ?嫌いなの?」
わからない。
それが、正直な気持ちだった。
俺は雪にぃちゃんの望みを叶えたくて、ただ喜んでくれる顔が見たくて。
俺は男だし、抱かれたいと思っているわけじゃない。
でも、俺を必要としてもらうための何かがずっと欲しかったから。もう二度とこの人と離れたくなくて、そのために俺を欲しがってもらうための何かが必要だったから、欲しがってくれるものは何だって差し出そうと思った。
それが、受け入れるかたちでの、セックスだっただけ。
俺はこの人にとって一体何なんだろう。
今日みたいなことがあるとよくわからなくなる。
恋人、だと、俺は思いたかった。
でも、本当は?
嫌な単語が脳裏を寄切った。
『おもちゃ』だ。
いくら中で射精したところで妊娠することもない。
俺は健康だし、身体も大きいし、少々無茶をしても壊れない。
なんだろう。どうしよう。納得がいってしまいそうだ。
俺は何?
俺は、あなたの、なに?
「ゅきにぃちゃん……おれは、ゆきにぃちゃんにとってなに?」
口から出た言葉を、回収したくなった。
俺は馬鹿だ。
そんなことを聞いて、もし一番嫌な答えが返ってきたら。
そのあと、どうやって生きていけばいいんだろう。
「あっ、ちが、間違い、まちがえた、答えないでっ言わなくていいっから。」
このままでいい。
たとえおもちゃでもいい。
ほったらかしで棄てられるより、遊んで使ってもらえるほうが、ずっと。
「言わないでっ!わ、わかってるからほんとはっ」
「……まーくん?」
「何でもするから、なにしてもいいっから……も……嫌がらないから……」
「ちょっと、どうしたの?」
「何でもない、平気。だいじょぶ、つづ、けてい……っ」
「…………」
雪にぃちゃんは真顔になって、まだ固いままのものをずるん、と俺から引き抜いてしまった。
「やだ、やめないでっ」
くっついてないと、中にいてくれないと、不安で不安で。
俺は涙で前が見えなくなりながら雪にぃちゃんに取り縋った。
「どこいくのっ、置いていかないでっ、ここにいて、こ、ここに、ここにっ」
「……まーくん、落ち着いて。ね、もう酷いことしない。もう虐めないよ。」
ひっ、ひっとしゃくりあげつづけて息が詰まる。呼吸できなくなってもがく俺の背中を、雪にぃちゃんは軽く叩いてくれた。
空気が肺に流れ込んできて、慌てて息をすると気管に唾が入った。ゲホゲホ咳き込んで、ベッドのシーツに突っ伏す。
「大丈夫?お水汲んできてあげるね」
「や、行かないでっ」
「……まーくん、落ち着いて。 ゆっくり息を吸って、ほら、ちゃんと吸って……今度は吐いて、深呼吸だよ。わかるよね?」
雪にぃちゃんに言われるまま、息を吸ったり吐いたりを繰り返していたら、ちゃんと呼吸ができるようになった。
涙も治まって、気分が落ち着いてくる。
「…………」
俺、何やって……。
せっかく、雪にぃちゃんが楽しそうにしてたのに、ぶち壊した。
「ごめんなさい……つづき、してくださぃ」
語尾が消えそうになったけど、なんとかそう言って顔を上げた。
「…………」
雪にぃちゃんが驚いたような表情をする。
俺はそれがどうしてなのかわからなかった。
頭がガンガンして、目の奥が痺れたような感じがする。
自分で自分の両足を抱えて、ぐちゃぐちゃに濡れた尻を差し出した。
雪にぃちゃんが入れやすいように。
「そんなこと、しなくていいっ」
怒鳴るような声に俺はすくみ上がった。
じゃあ、もう、俺は、どうしたらいいのかわからない。
「………ひっ…ひぃんっ」
喉が変な音を立てる。あんなに泣いたのに、まだ涙が出るんだ。
「もう、違うよ。まーくんが悪いんじゃないから。泣かないで。」
雪にぃちゃんは泣きそうな顔をして、俺の身体に毛布をかけて、その上から抱き締めてくれた。
「まーくんは僕にとって何なのか。訊きたかったんでしょう?」
俺は慌てて首を横に振った。
「まちがい、ききたくないっ」
嗚咽混じりの情けない声で言った俺の耳の穴に注ぎ込むように、
「たからものだよ」
と聞こえた。
でも、頭がクラクラして、よくわからなかった。
「何回でも聞かせてあげる。わかるまで、何度でも。まーくんは、僕の宝物。大切で、好きすぎて酷いことしちゃうくらい、抱いても抱いても足りないくらい、僕を夢中にさせる可愛い可愛いたからものだよ。」
瞼に溜まった涙を吸われ、薄く目を開けたら眼球を舌で舐められた。
驚いて「ひゃっ」と声をあげると、クスクス笑われる。
「小さな頃から何度も言ってきたはずだよ?『まーくんは僕のたからもの。悲しい気持ちになんて、ならなくていいんだよ』って。」
どきん、とした。
「雪、にぃちゃん……っ」
「思い出した?……僕の気持ちは、変わらないよ。ずっとまーくんが欲しくてたまらなかった。どうしようもないくらい、愛しているんだよ。」
「……」
またじわりと涙が出た。今度は、安心したのと、嬉しいのと……。
ずずっと鼻をすすったけど、ちょっと鼻水が垂れて手の甲で拭おうとしたら、その前に鼻にティッシュが当てられていた。
「はい、ちーんして。」
笑いながら言われて、恥ずかしいけど嬉しくて俺は素直にハナをかむ。
小さな子供じゃないのに、でも甘やかされるのが心地よくて。
「ん。よくできました。」
ぐりぐり撫でられた頭から、全身がぽかぽか温かくなった。
頬も火照ってきて、ふかふかの毛布が熱いくらい。
覚えてる。うんと小さかったころから、俺が拗ねたり泣いたりするたび、雪にぃちゃんがくれた言葉。
ぴかぴか光るみたいな、聴いただけで心が満たされる、特別なすごい言葉なんだ。
「雪にぃちゃん……」
俺が『欲しくてたまらない』?
俺は雪にぃちゃんの『たからもの』?
身体中の痛みも、辛かった拘束も、あんなところでされた行為もぜんぶ、俺に対する、執着の証だったのか。
……なんだ。
それなら、もう俺は悲しくなんてない。
嬉しくなって頬擦りすると、
「まーくんは?まーくんにとって、僕はなあに?」
そう訊かれて、俺は迷わずはっきりと答えた。
「雪にぃちゃんは俺の大好きな、いちばん大切な人!」
そう言うと、雪にぃちゃんはほっとした穏やかな表情になった。
「やっといつものまーくんだね。」
甘い声に心臓が喚く。
自分から抱きついて肩に額を擦り寄せたり、サラサラの髪をなでたりしていると、俺の『大切な人』は、優しい笑顔を俺に向ける。
その表情(かお)があんまり綺麗で、ぼうっと見惚れてしまった俺に、とろとろと蕩けてしまいそうな、キスをくれた。
end.
おまけ↓
おまけ(雪也視点)
お昼というよりおやつの時間になったけれど、まーくんのリクエストでシチューを作った。
岩塩とハーブで味付けした、皮がパリパリになるまで焼いた若鶏のモモ肉をまるまる一枚分シチューの上にのせて出すと、感嘆の声を上げる。
お昼ご飯が遅くなってしまったからお腹が空いていたんだろう。
見ていて気持ちの良い食べっぷりだった。
食べ終わるのを見計らって、生クリームを添えた褐色のケーキを出すと、目をくりくりさせている。
「まーくんのために、昨日自分で焼いたんだ。」
チョコが大好きなまーくんのための、クラシックショコラ。
まーくんは小さなフォークを握りしめ、鼻をすすった。
見れば、また瞳に涙が盛り上がっている。
ああ、もう今日は泣かせてばかりだ。
「ぁ…りがとぉ」
ふにゃ、と泣き笑いされて、また欲望が頭を擡(もた)げそうになる。
ついさっき手当てしてあげたばかりの包帯を巻いた膝も痛々しいこの子を、また犯してしまいたい、なんて。
「まーくん、好きだよ。先週、帰らせてからもずっとまーくんのことばっかり考えてた。何を作って食べさせようかとか、こんなことしたら喜ぶかなとか。」
ぱくん、とひとくち、ケーキを含んで口をもぐもぐさせる。
すぐにはちきれそうな笑顔が、僕の努力を労ってくれた。
「美味しい!すごいすごい雪にぃちゃんっ!ケーキも作れるんだっ」
「……本見て作ったんだ。何回か試作したけど、昨日焼いたのがいちばん上手くいったかな。」
「……雪にぃちゃん、甘いモノ苦手なのに……俺のために?」
「うん。大好きな子を喜ばせるためにね。」
まーくんは15歳。まだ義務教育の終わっていない中学三年生だ。
当然、普段はご両親や弟妹と一緒に生活している。
まーくんの家の最寄り駅から僕のうちまで鈍行で7駅あるし、いくら幼なじみで仲が良いといっても、あんまり頻繁に会うわけにもいかなくて。
僕たちは恋人同士だけれど、男同士で、まーくんの真面目なご両親は、それを許容してくれるとは思えない。
まーくんはまだ自分の携帯電話も持っていないから、連絡するにもかなりの気を遣う。
従って、週末しか、まーくんの傍にいられない状況だ。
僕はいつも、この子に渇えている。
傍に居られない時間が、まるで砂を噛むように味気なく、苦痛に近いものに思えるほど。
今日会えるとわかっていても待ちきれなくて、今朝はまーくんの実家まで迎えに行ったし、満員電車の中でギュウギュウにくっついてたら我慢できなくなって、痴漢して挙句駅のトイレに連れ込んで、強姦した。
冷静になってみれば、自分のしたことの残酷さに青冷めるような、思いやりのかけらもないやり方だった。
嫌がって悲鳴を上げる口に布を詰めて塞ぎ、まーくんが僕に従順なのを利用して両手を後ろで縛った。
固い合成皮革のベルトで縛られた手首は擦りきれて血が滲み、みみず腫れになっている。
まーくんが泣けば泣くほど、僕は楽しいと思った。あまりにも興奮し過ぎて目の前が真っ赤になった。
わざと前戯なしで挿入しようとする振りをしたら、よほど怖かったのか、失禁してしまった。
僕はそれを嘲笑って、失態を詰り、すっかり気概を無くして呆然となったこの子の身体をじっくりと、楽しんだんだ。
あれを愛情ゆえの行為だと言って、一体誰が信じるだろうか。
まーくんが僕のうちに泊まるために持って来ていた新しい衣服を、散々犯された下半身に着せてあげる頃には、いつも僕をキラキラした瞳で見てくれるまーくんの瞳は、ひどく虚ろなものになってしまっていた。
家に帰りたいと泣かれて、それでようやく僕は自分のしでかした事を後悔した。
解放して帰してやるのが正しいとわかっていても、それすらしてやることができなかった。
すべては、僕のわがままだ。
無理矢理アパートまで連れて来て、風呂場でなんとかご機嫌を取ろうとしたけど当然上手くいかなくて、つい僕の方がキレてしまって、また……。
膝に怪我をさせて、瞼がパンパンに腫れるほど泣かせて、この子の気持ちを無視してばかり。
さすがに、まずいと思った。
どう考えても、やり過ぎだ。
浴室の床のタイルに膝の傷から鮮血が流れていくのを見ても、尚止まらない衝動。
もうほとんど、ただの暴力だった。
腫れ上がった穴から、奥にまだ残っていた僕の欲望の名残が、まーくんの腿を伝って垂れ落ちていくのを見て、頭がクラクラした。
こんなことをされて、それでも僕から逃げられないこの子が、憐れで、可愛いくて……。
抽挿を繰り返すうち、淡く芽生えた罪悪感も忘れ、僕は狭い肉穴の感触と、気が狂いそうなほどの強烈な快感とに夢中になった。
愛していると何度も口走ったけれど、それをどうやってこの子に信じろと言うんだろう。
僕の気持ちを疑ったまーくんが壊れそうになるのを見て、それでやっと我に返った。
信頼している相手にされた、非道な行い。
それを怒ることも責めることも、彼の選択肢には無いんだ。
ただ哀しんで、何の非もない自分を貶(おとし)め、それでも僕の気持ちを探ろうとしかけ、すぐにそれすらも諦めてしまった。
最後には感情の色を無くした瞳で、僕に自分の身体をただ差し出そうとした。
僕は一体何をやっているんだろう。
可愛くて、愛しくて、大切にしたいはずなのに。
この子は今日半日だけで、僕にズタズタにされてしまった。
目に見える傷は膝の打撲と擦り傷だけでも、まっすぐな心が、崩れてしまいそうになるほど、傷つけたんだ。
『愛している。』
それだけで許されることなんて、本当は無いのに。
この子が許してくれることに、僕が甘えていただけだ。
「まーくん、ごめんね、酷いこと、いっぱいしたね。……それ食べたら、家まで送るよ。」
駅のトイレでの行為で汚れた衣服はまだ洗濯機の中だけど、それは乾いてから届ければいい。
いくら反省しても、僕の身体が、心が、まだこの子を貪りたがっている。
とても傍には置いておけない。
せめて今日は、ちょっと早いけど帰らせてあげよう。
そう思って伏せていた顔を上げると、
「え、どうして?」
と不思議そうに言われた。
「雪にぃちゃん、もう食べちゃった。コレすごく美味しい!まだある?」
あっけらかんとした表情に、拍子抜けする。
「あるよ。お土産に持たせてあげるから、おうちで、可奈子ちゃんや大地くんにも分けてあげて。」
そう言うと、ぶんぶんと首を横に振る。
「やだ、雪にぃちゃんが、俺のために作ってくれたんだ。俺がぜんぶ食べる。」
「うん。じゃあぜんぶ食べていいから、食べたら」
「まだ帰んない。まだ傍にいる。」
「まーくん……」
つい嬉しさを顔に出してしまってから、いけないと思い直した。
この子を『僕』から守れる人間は、僕しかいないんだ。
「俺のこと、そんなに好き?俺が泣いても止まんないくらい、好きなの?」
弾んだ声で訊かれて、涙が出そうになった。
輝きを取り戻した瞳が、真っ直ぐに僕を射ぬく。
「俺、もう大丈夫。雪にぃちゃんのきもち、やっとわかったから。俺のためにケーキ焼いてくれたのも、俺にえっちなことしたのも、みんな同じ気持ちからだったんだよね?……好きな気持ちがちょっと、強すぎたから、ああなっただけなんだ。」
「……っ!」
「泣かないで、俺がもっとちゃんとわかってれば良かったのに、ごめん、雪にぃちゃん。」
「っ……」
まーくん。
まーくん。
どうしよう。
僕は……。
君に、救われてばかりだ。
「俺、いつもどおり、明日の夕方までいるから。雪にぃちゃん、大好き。俺も、あ……と……あい、してる、から。」
真っ赤になって、照れながらのしどろもどろな後半は、まーくんから僕へのはじめての、『愛してる』の言葉だった。
おしまい。
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遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
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