平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス

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つづきの話

07 まーくんはチョコが好き

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2月14日。

中1までは毎年、もらい過ぎて食べ切れないチョコをまーくんにあげていた。
僕はもともと、甘いものがあまり得意じゃなかったし、まーくんはチョコレートが大好きで、3歳の頃から永久歯が生えるまでの間前歯が無かったのも、おそらくはチョコ好きのせい。

今年は、僕とまーくんが恋人同士になって初めてのバレンタイン。
 
いつも人からもらったチョコをあげてばかりだったけど、今年は自分で用意した。
ダイニングキッチンのガラスのテーブルの上にちょこんと乗っている赤いマグカップの中には、ゆるめに作った生チョコとココアのババロアが3層になっている。一番上にホワイトクランチを乗せて、スライスした苺も飾り付けた。

男子校だった高校時代はまぁともかく、大学生になった今では、小中学生の頃のようにバレンタインデーに袋いっぱいチョコレートをもらうということは無いけれど、それでも何人かは断わった。同じサークルの子に『義理だから』と言われた分も含めて。

ピンポーン、とドアチャイムの音がした。てっきりまーくんだと思って玄関に向かうと、専攻が同じ建築設計の更級(さらしな)さんだった。
覗き窓から彼女の姿を見て、一瞬驚いて固まったけれど、はーいと返事して玄関まで来てしまった以上、無視する訳にもいかない。
部屋のドアを開けると、泣きそうな顔の更級さんがいた。

「……こんばんは。……どうしたの?」

もう辺りは夕方で薄暗く、かなり冷たい風が吹いているのに、彼女の服装は大きく胸元が開いたミニ丈のキャミソールワンピの上に短いボアのボレロ、スウェードのロングブーツ、襟と袖にファーのついたピンクのコート。

うわ。寒そう。

「かじなみ、くん……あ、あたしね、あの、急に来てごめんね、あの……っ」
「ごめん。更級さん。今から、彼女来るんだ。」

可哀相だとは思ったけれど、彼女の思いを告げられる前に遮るように言った。

「……っ!」

いっぱいに見開かれた瞳に、みるみる涙が盛り上がる。

「そ……なんだ。ごめんね……。」

普段はシンプルなジーンズに、体の線があまり出ないユニセックスな服を好む彼女が、どんな想いで今ここにいるのかは簡単に想像出来たけど、僕には、応えてあげることは出来ない。

「何か急な用なの?」
「ううん。大丈夫っ。近くまで来たから、寄っただけ…っ…」

ポロッと零れた涙を、そのままに出来なくて彼女の頬を指で拭った。

「ごめんね……。」
「ううんっ。大丈夫、大丈夫っ。も、帰るから……っ」

その時、視界の端で何かが動いた。

「……ま」
「え?」
「ごめん、更級さん、送ってあげられないけど!」

すごい勢いで階段を駆け降りる音。
僕は慌ててそれを追いかけた。
まずい所を見られた。絶対誤解してる。

「まーくん、まーくん!待って!!」

階段を降り切ったところでやっと追いついて彼の着ているトレーナーの裾を掴んだ。3階の僕の部屋から1階の駐車場までの全力疾走。
僕はこれくらいで息が切れることは無いけど、まーくんは肩で息をしていた。
僕から顔を背け、グスグスと鼻を啜っている。

「もう、ちゃんと話し聞いて。ほら、上がろう。」
「……っ。」

ブンブンと首を横に振り、僕の方を見ようとしない。

「まーくんっ!」

思わず声が大きくなって、まーくんがビクッと身体を震わせたのがわかった。

「梶並くん……?」

うわ。
いつの間に降りて来ていたんだろう。更級さんには申し訳無いけど、面倒だと思った。
放って置いて欲しかったのに。

「弟さん……?あ、あの、誤解しないでね、私ただのお友だちだから。この後彼女さん来るんでしょ?お兄さん困っちゃうから、告げ口しないであげてね。」

さっきまで泣いていたのが嘘のようなサッパリとした表情で言うと、更級さんは僕たちに背を向けて帰って行った。

「………」
「かの……じょ?」
「まーくんのことだよ。」
「おれ、女の子じゃない……っ。」
「うん。わかってる。ちゃんと説明するから、上あがろ。」

のろのろと足取りの重いまーくんの背中を後ろから押し上げるようにして階段を登った。部屋の前まで来て、ドアの把手にかかっている可愛らしい花柄の袋を見て、ガクッときた。

あ~あ。
更級さん……。

ひっ、ひっと小さな嗚咽が聞こえて、僕は思わず溜め息を吐いた。
こんな筈じゃ無かったんだけどな。

ドアを開け、動かないまーくんを玄関に押し込んだ。

更級さんは可愛いのに気取った所がなくて話し易い娘で、女女してない化粧っ気のないところとかが気に入ってよく話したりしてた。賢い彼女は、今までそんな素振りを見せたことも無かったから……。男友達に彼女と仲良くなりたいから協力して欲しいと頼まれて僕の部屋で飲み会をしたことがあった。

彼女が僕が住んでいる部屋を知っていたのはそのせいだ。
……後悔ばかりしても仕方がない。この子をなんとかしないと。

「まーくん、更級さんが言ってた通り、誤解だからね?」
「ウソつきっ」
「は?」
「だって、キスしてた……っ」
「してないよ。」
「俺見たもんっ!ほっぺたも触ってたっ」

角度のせいでそう見えただけだろうけど、いくら誤解だと言っても、今のこの子にはわかってもらえそうもない。

「まーくん、駅まで送って行くから、今日は帰る?」

言い終わらないうちに、まーくんの喉がヒーッと鳴った。
数回えづくようにしゃくりあげ、またヒーッと鳴る。

……困ったな。

仕方がないので、泣きじゃくるまーくんを前に無言でじっと待つことにした。
感情の爆発は、ある程度放出すれば治まるはずだから。
ひとしきり泣き終えると、まーくんは少し冷静になったようで落ち着いてきた。

「もう泣きやんだ?」

優しく声をかけると、コクンと頷く。

「泣くほど辛かったの?」
「……」

まーくんは何も言わず、ふるふると首を横に振った。
ひと呼吸おいて、

「女の人が、あいてじゃ、俺……敵わないっ……から」

絞り出すように言った。

「かなわないって、何が?」
「……いろいろ。」
「ふぅん。じゃあ敵わないからってそれで、僕のこと諦めてしまえるの?」

意地悪だと承知でそう言ったのは、確かめておきたかったから。

「……っひ、ひんっ……っ」

また泣き出したまーくんに、ハンカチを出してやった。何度も涙を拭った手はぐしょぐしょで、瞼ももうすっかり腫れ上がっている。もともとは両目一重なのに、涙でふやけて右目だけ二重になっていた。

「……そんなに好きなの?僕のこと。」

壁に凭れて体操座りしているまーくんに額がくっつきそうなくらいまで近付いて訊くと、真っ赤になった目が、やっと僕を見てくれた。

「うん。」

首を縦に振ったまーくんを抱き締める。

「男とか、女とか、そんな問題じゃないんだ。僕が安心して息ができる場所は、まーくんの傍しかないんだよ。」

まーくんが愛しくて、可愛くて、抱きたくて……その気持ちは恋と呼んでいいものだろう。でもそれよりももっと、根本的な理由で、僕にはこの子が必要なんだ。
この子と出会うことで覚えた『安らぎ』という感覚は、どんな快楽よりも甘美で、切実な願い。そばに置いておくためなら、どんなことだってしてしまいそうなほど。

「僕にはまーくんだけだよ。」

彼の着ているグレーのトレーナーを脱がし、フリースのカットソーを脱がし、カーキ色のズボンを寛げたところで、まーくんが僕に小さな包みを差し出した。

「あの、これ……買ったやつだけど……あんまり甘くなさそうなの、選んだから……。」

180近い身長のまーくんが、それも中3の思春期の男の子が、どんな気持ちでレジに並んだんだろうと思うと、いたたまれない。
でも単純に、嬉しかった。

早速包みを開け、ビターチョコを包んでいるホイルを剥すと、まーくんの口に押し込む。

「んゃっ、雪にぃちゃんにっ」

驚いて声を上げるまーくんの唇に吸い付いた。喋っている途中で開いていた歯列から舌を滑り込ませる。
フワッと、チョコレートのいい香りがした。

「ほんとだ。甘さ控え目で美味しいね。」

にっこり、笑いかけると、まーくんは目を伏せた。一旦僕に手渡した箱に手を伸ばすと、中の一つを取ってホイルを剥き、自分の口に入れ、僕を見る。

「もっかい……。」

消えそうに小さな、控え目な声に、身体の中の何かが、燃え上がったような気がした。





「これ、雪にぃちゃんが作ったのっっ?」

目をキラキラさせたまーくんが僕を見るのが、なんだかくすぐったい。

「すごいすごいっこのサクサクしたの何?うわっ中からも苺出てきたっ!」

これだけ喜んでもらえたら、作った甲斐もあるな。

「まーくんはチョコ好きだね。」
「うんっ。」

昨日あんなに泣いたのがウソみたいに嬉しそうなまーくんを見て、頬が弛む。

「今日は帰っちゃうの?」
「え……?」
「もう中学校行くの、あと卒業式だけだよね?」
「うん。」
「来月から一緒に住めるから、今はなるべく実家に居させてあげたかったけど……。あと1日、お泊まり出来ないかな?」
「出来るっ。今、電話するっ。ケータイ、貸してくれる?」

携帯電話の待ち受け画面にまーくんの実家の電話番号を出してから渡した。
電話が終わったら、昨日我慢した分の相手をしてもらう。

まーくんが泣きやんでから口移しでチョコレートを食べて、お風呂に入ってベッドに来て、さあこれから……と思ったらまーくんが寝てしまった。寝た子に悪戯も悪く無いとは思ったけど、つい先日泊めた時に酷い抱き方をしたばかりだったから諦めた。

まーくんが起きてすぐに簡単な朝食と、昨日渡しそこねた僕からのチョコを出すと、もうそれはそれは嬉しそうにパクパク食べた。

「今度は、僕が食べる番だよね」

聞こえないように、小さく呟く。
今上機嫌で電話中のまーくんには、ちょっと散惨だったバレンタインデーの埋め合わせをしてもらおう。





end

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