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つづきの話
08 幸福論(side-正宏)
しおりを挟むこの扉を開ける時は、いつもドキドキする。
今日も部活で帰るのが遅くなった。日の沈んだ空に星が出てきていて、腕時計を見ると19時を回っていた。
ディープグレーの扉の右脇の表札には『梶並雪也』と書かれている。
俺は居候なので名前は表記していないけど、上月正宏。雪にぃちゃんの4歳年下の幼馴染み。
俺が峰南工業高校の建築科に入学してからだから、約半年くらい一緒に暮らしている。
ドアチャイムを押すと、中から雪にぃちゃんの声が聞こえた。
「ただいまー。」
と俺が言うと、ガチャ、と鍵の開く音。本当は俺も合鍵を持っているんだから、自分で開けて入ればいいんだけど。
アパートの小さな玄関に入ってからもう一度、
「ただいま」
雪にぃちゃんの顔を見て言う。
「おかえり。」
にっこり、笑顔で迎えられて、心臓が跳ね上がった。
うぅわっ……かわいいっ。
絶対声に出して言えないけど、素直にそう思う。
ダボダボに大きい白の長袖のTシャツが、雪にぃちゃんの男らしい筋肉質な身体の線を隠してしまっているせいで、なんだか……。
サラサラの綺麗な黒髪も、少し色素の薄いブラウンの瞳も、つやつやしたほっぺたや唇も、俺より頭半分小さな背も、小柄な肩幅も……。
ぎゅうっと胸が苦しくなって、俺は目を伏せた。
……抱き締めたい。
自分の頬から耳にかけて強烈に熱くなってきた。多分、赤くなってる。
昔から綺麗な人だと思って来たけれど、最近の雪にぃちゃんはなんだかあんまり綺麗すぎて、可愛く見えて、どうしたらいいのかわからなくなる。
見てるだけで、眩しいくらい。
「あ……」
手を伸ばして触れたくて、でも気恥ずかしくて躊躇していると、頭を撫でられた。
形の良い長爪の指が、俺の後頭部を抱えるように回される。
ほんの少し背伸びするために爪先立ちになった足元が見えて、また可愛い、と思った。
触れるだけのキスは、あんまり唇が柔らかくて頭の奥がじぃんと痺れる。2度目は、無意識のうちに口を開けて待っていた。濡れた感触といっしょにとろけそうな舌が滑り込んで来て、ほんのすこし葡萄の匂い。
昨日、俺の実家からピオーネが届いたのを思い出した。
つまみ食いしたのかな。
昨夜自分から『明日デザートにしようね』って言っていた雪にぃちゃんが、美味しそうな葡萄にガマン出来ずに食べてしまった場面を想像して……、たまらなくなって強く抱き締めた。
可愛い。
俺の、大好きな雪にぃちゃん。
ぬるぬると口の中を舐められたり、舌でつつかれたり、俺が自分からもしようとするといつも必ず『ダメ。じっとしてて』って言われるので、雪にぃちゃんのTシャツの背中の生地を掴んで大人しく目を閉じていた。
…………。
…………。
……ぅわ。
………だ、
「……んぁ…っ」
…だめだ。もう。
「まーくん、ダメ。逃げちゃ。もう一回、キス……」
足が、フワフワする。腰から背筋がゾクゾクして、身体が熱い。
雪にぃちゃんのキスは、優しくて柔らかくて……でも、気持ち良過ぎて困る。
いつも、キス一つでフラフラにさせられてしまう俺。
恥ずかしい。
雪にぃちゃんが大好きで、触れたいと思う。触れて欲しい、とも思う。でも。感じてしまうのは恥ずかしい。
自分の上げる息遣いの荒さや、我慢出来ずに洩らしてしまう声を、雪にぃちゃんに、好きな人に聞かれてしまうのが恥ずかしくてたまらない。
「まーくん、おいで。」
俺のガクガクする腰を雪にぃちゃんが抱えるようにして歩く。1DKのアパートの寝室に連れて来られて、ぽすん、とベッドに腰掛けるのと殆ど同時に、押し倒された。
「あ、雪にぃちゃ、待って…っ!」
今日、部活が終わってからシャワー室で体を洗って帰って来た。
でも、学校からアパートまでは15分くらい自転車をこいで来たし、夜とはいえまだ9月に入ったばかりで蒸し暑い。汗だってかいてる。
「俺、汗かいてるしっ。きたないよ…っ」
「んー。まーくんの匂いがする……。」
雪にぃちゃんの言葉に、カァっと顔が熱くなった。
「ダメっ!ヤダヤダっ!!」
すーっ、すーっと、わざと大袈裟に雪にぃちゃんが俺の胸元や脇の下に鼻を押しつけてニオイを嗅ごうとするのがもうどうにもこうにも恥ずかしくて、じたばた暴れてしまった。
「おフロ、入ってからにしてっ」
「ん?石鹸の匂いもするよ。シャワー浴びて来たんでしょう?」
「ヤダよう、恥ずかしいってば……」
「イイ匂い。まーくんのニオイ好きだよ。すごく落ち着く。ほっとする匂い。懐かしくて……変わんない、僕のカワイイちゃんの匂い。」
雪にぃちゃんの指が、俺の尻の谷間から袋までを学ランのズボンの上から何度も撫で上げた。
うわぁ、ダメ……、俺これ……弱いんだ……。
じわぁ、と性器が充血してきて、少し痛い。
「まーくん、舐めてもいい?」
「ダ、ダメッ!」
だめって言ったのに、雪にぃちゃんは俺のズボンと下着のボクサーパンツを剥ぎ取ってしまった。
「…っ…!!」
性器が、ぬめった熱いものに包まれる。
雪にぃちゃんが俺のを、口の中に入れてしまったから。
喉の奥の粘膜が先端に擦りつけられて、裏筋をジグザグに舐めあげられて、絞り上げるみたいに吸われて……、
「や、うわ、わぁあっヤダってばっ……」
ソロソロと蟻の戸渡りを指でくすぐられ、背骨の辺りが熱を持ってじんじんしてきた。
ジュッと音を立てて、片方ずつ睾丸を吸われた。これも苦手。勝手に声が出るから……。
「イ、ひぁっうあぁ、待って……やぁ……っ」
持たない。そんなことされたら。
いつの間にか自分で腰を動かしていたことに気付いて、恥ずかしくて。
でも、とめられない。
…も、だめ……。
「やだ~っっ」
泣き声に近いような情けない声を上げて、雪にぃちゃんの口の中に果ててしまった。
涙が出てきて、手のひらで拭く。
こんな時はいつも、逃げ出してしまいたくなる。
雪にぃちゃんとのセックスは、いつも雪にぃちゃんが一方的に俺の体をいじって、開いて、俺を抱く。
付き合いだしてからもう一年経った。初めての時からずっと、俺は何もさせてもらえない。
俺も好きな人を気持ち良くさせたい。
自分からも、雪にぃちゃんに触りたい。でもそれをしようとすると、雪にぃちゃんは機嫌が悪くなるし、不意打ちでどこか舐めたりとかしようものなら、すぐに両手を使えないように縛られてしまう。
こんなに、こんなに、好きだから、触りたいのに。
「ゆき、にぃちゃん……俺もしたい。舐めてみた」
「ダメ。」
間髪入れずに返ってきた返答に、納得がいかなくて、
「ずるいっ。いっつも雪にぃちゃんばっかりして。俺だって……」
「違うよ。まーくんだって、いつも『ここ』で僕のおちんちん、ちゅうちゅう吸ってくれてるじゃない。」
「っ……!?」
ぐぐっと指が入ってきた。おまけに中でくいくい指を曲げ伸ばしされる。
ゆ…ゆ…ゆゆゆ、雪にぃちゃん……。
「まーくん…ほら。力抜いて。」
あんまり綺麗な顔で、清純そうな唇で、物凄くいやらしいことを言われると、どうしてか分からないけど軽く頭がクラクラする。
「熱い。まーくんの中。」
「ふ……うぅ……。」
耳に口付けられ、吐息ごと吹き込むように言われて、下顎がむず痒くなった。中に入れられた指がゆっくりと直腸内で蠢く。全身に鳥肌が立ってぞわぞわしたけど、2本目が入ってくると鳥肌は消え、替わりに体の奥がムズムズジンジンする。
もう片方の手に射精したばかりの性器の先の皮を引き上げられ、引き下ろされるたび、クチクチと小さく濡れた音がするのが恥ずかしくて、目の前が涙でぼやけた。
「やだ……、触っちゃ、やっ……」
俺のは雪にぃちゃんと違って仮性包茎だから皮が余ってて、こんなふうに触られるとまるでそれを確かめられてるみたいで、いたたまれなくなる。
何度か身を捩ってみたけど、雪にぃちゃんの手はそのたびに角度を変えて、優しくて執拗な愛撫で俺を追い詰めた。
「まーくん、さっきから『ヤダ』ばっかり。」
クスクスと声を出さずに笑う雪にぃちゃんを、少しだけ恨めしく思う。
でも。
「可愛いな。またおちんちん硬くなってきたよ。お尻もすごいね、もうぐちゃぐちゃ。」
わずかに掠れた声が熱を持っているのがわかると、全身が甘く痺れた。
「あ……もぅ……」
入れて。
ぼんやり考えてから、慌てて自分の口を両手で覆った。ぱっと雪にぃちゃんの顔を見る。
ほっとした。……良かった。考えただけだ。言ったりしてない。
雪にぃちゃんの指が、俺の柔らかくなった排泄口をこじあけて抜き差しされるたび、体がおかしいくらいビクビクと震えて、頭の中がどんどん真っ白になってきた。
喉の奥がくすぐったいような、腹の奥が燻るような、もどかしい熱が溜まって、苦しい。もっと奥の方に触れて欲しくて、自分から腰を浮かせた。
入れて。して。もうガマン、出来ない……っ。
「ゆきに…ちゃあ…、…っ」
「なんてカオしてるの。」
「あうぅっ!はぁっ……」
「ほら。力抜いて。挿入てあげるから……。」
深呼吸した。ゆっくり、目を閉じる。
「……くぅ……っ」
入って、くる。
熱い。
熱い熱い熱い。
「うあー―――――!」
「こら。声大きいよっ。」
雪にぃちゃんの手が、俺の口を塞いだ。
あぁ……。頭が、ボーっとする。
「恥ずかしがる割りにはいっつも大きな声出すよね。ここ、どこかわかってる?壁薄いんだよ?安いアパートだもの。」
雪にぃちゃんの目が、俺を睨む。まるで怒ってるみたいに余裕のない表情。俺を抱く時の雪にぃちゃんはいつも、すごく真剣なカオをする。
普段の優しくふわふわ微笑う雪にぃちゃんとは別人のようで、ドキドキしてしまう。
「ご、めんな、…ぁ…さぃ……ぃ……っ」
手のひらで強く口を押さえられてるせいで声はくぐもったようになってハッキリ言えなかった。
制服の半袖シャツのボタンも外さずに中に着たランニングごと乱暴に首まで捲りあげられて、素肌に雪にぃちゃんの唇が触れただけで、頭の芯がグラグラしてきて……、
「まーくん。声、ガマンできる?」
「ん…ひっ……!」
ぐぅっと深く沈み込んだところで動きを止めて、雪にぃちゃんが訊いてくれた。
俺は首を横に振る。
「……もう。悪い子。」
溜め息混じりにそう言った雪にぃちゃんの顔は、ちょっと困ったみたいに、笑ってた。
「雪にぃちゃん雪にぃちゃんっっ」
「んー?」
俺は自分から雪にぃちゃんにぎゅうぎゅう抱き付いて、雪にぃちゃんの胸元に白のTシャツの上からスリスリ頬ずりした。
「どうしたの?そんなに甘えて。」
「だって……」
嬉しかったから。
今日はお腹の上に出してくれた。
それに、口は指で舌を押さえられて声が出せないようにされたけど、それ以外は縛ったりとかもナシ。
久しぶりの、ホントに久しぶりの普通の恋人同士がするみたいなセックスで、大事にされてる感じがして嬉しかった。
「…………だいすきっ」
思わず呟いて雪にぃちゃんを見上げると、
「もう~。」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。両手で髪の毛を掻き回すみたいに。
「わっ、わぁ、ボサボサになるっ!」
言うと、雪にぃちゃんはピタ、と手を止めてすぐにプッと噴き出した。
「すごいすごい。ハリモグラみたいっ。」
俺の髪はかなり硬めの直毛で、雪にぃちゃんみたいなサラサラの良い髪質とは違う。洗った後ただ乾かすだけだとゴワゴワに膨れて爆発状態になるから、いつも整髪料が欠かせない。今日だって学校でシャワー浴びた後、ちゃんとセットしてから帰って来たのに……。
「遊ばれた……」
『ハリモグラみたい』にされた髪を手グシで直しながら言うと、
「違うよ。遊びで男の子抱いたりするようなシュミ無いもの。何回も『愛してる』って言ってあげてるし、愛情込めて抱いてあげてるのにそういうこと言うの?」
「かっ髪の毛のコトだよっ!」
「そんなコト言う子にはちゃんとわからせてあげなきゃいけないね?」
「かみの毛のコト……っ」
あわあわと後退りしながらベッドの端まで来てしまって、俺は観念して目を閉じた。
雪にぃちゃんはふふ、と笑うと、ついさっきまで怖いくらいに色っぽい目と声で俺に詰め寄っていたのに、
「ウソウソ。ご飯食べよ。お腹空いてるでしょ?」
それだけ言うと身構えた俺を尻目にスッとベッドから立ち上がってキッチンに行ってしまった。
「あ……」
ちょっとガッカリしている自分に、恥ずかしさが込み上げてくる。
もう一回、抱いてくれるのかと思った。
「…………とりあえず、布団直そう。」
モゾモゾのろのろと起き上がって、乱れたシーツを整え、ずれた敷布団とマットを直して、いつの間にか床に落ちていたタオルケットを拾いあげた。
「…俺、かっこわる…。」
綺麗になったベッドの上にもう一度でーんと寝そべりたい気持ちになったけど、止めた。
俺、なんでこんなになっちゃったのかな。
いつから、こんなになっちゃったのかな。
俺、男なのに。
雪にぃちゃんに触られただけで、頭が働かなくなって、まるで。
まるで抱かれるのが当たり前みたいだ。
好きで。
好きで。
もうどうしたらいいのかわからない。
俺は変じゃ無いだろうか。今でも……これから先も、俺のことを欲しがってくれるだろうか。
体はもうとっくに、あの人のためのものにつくり変えられてしまった。
心だって、うんと小さな頃からあの人に恋をしている。
ずっと焦がれてきたから、一緒に暮らせて、抱いてもらえる今がどうしようもなく幸福で。
だから不安になるんだろうか。
どうか飽きられてしまいませんように。
雪にぃちゃんが他の人を好きになったりしませんように。
……俺だけを、見ていてくれますように。
きっと、俺にはもう……。
あなたしか、愛せないから。
end.
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