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2 セツナ
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これはまだ、世界が黒雲に包まれていた頃の話です。
この世界の最南に位置する〈炎の街〉に、セツナという少女が暮らしていました。〈炎の街〉はその名の通り、街全体を真っ赤な灯が煌々と照らしているところでした。
セツナには弟がいました。名をナユタと言いました。
その日、セツナとナユタは祖母の家に遊びに行き、そこで白鬼のお話を聞きました。
「街の外は危険だから出てはいけないということは、あなたたちも知っているでしょう? でもね、どうしても外に出たい、他の街に行きたいという人は必ず現れるの。そんな旅人たちを守ってくれるのが、白鬼。彼は死なない体を持っていて、人類の初めのふたり、『銀河と神世』の子孫である私たちを、見守り続けてくれているのよ」
ナユタはその話を聞いて、目を輝かせました。対してセツナは、「そんな人いるわけないじゃない」と文句を言います。
祖母の家からの帰り道を、ナユタは軽い足取りで、時折くるくると回転しながら進みます。
「そんなにはしゃいでいたら、転ぶわよ」
「だって姉さん、僕、白鬼に会いたいよ! それでね、僕たちを見守ってくれてありがとうって言うんだ」
「言わなくていいわよ。どうせそんな人、いないんだから」
「いいや、いるよ、きっと」
ナユタはくるりと半回転し、セツナに笑顔を向けます。その背後に階段があることに気が付いたセツナが、あっと声をあげます。
「危ない、ナユタ!」
しかし、ナユタはぐらりと体を傾けて、階段を頭から落ちていきました。
「ナユタ! ナユタ!!」
悲鳴のような声をあげながら、セツナは急いでいちばん下まで落ちてしまったナユタの元へ駆け寄りました。
階段下にある家の主人が、どうしたのかと顔を覗かせます。そして頭から血を流しているナユタを見て驚き、顔を青ざめさせました。
「医者を呼んでくる! 動かすんじゃないぞ!」
そう言って、家の主人は慌てて駆け出していきました。そうしているうちにも、近くの家から人が出てきて、セツナとナユタの周りを取り囲みます。
「ナユタ、ナユタ」
家の主人に言われたとおり、セツナはナユタを動かすことなく、彼の手を握って声をかけ続けました。けれどナユタは、ぴくりとも動きません。目の光はとっくに失われていました。
翌日。ナユタのお葬式が行われました。
教会の祭壇で眠るナユタは、眠っているだけみたいだとセツナは思いました。街中を煌々と照らす炎が、血色のなくなった頬を赤く染めています。
ナユタを土に還したその夜、セツナは眠れませんでした。
死んだらどうなるんだろう。死んだら、こうやって思考することはなくなるだろう。私という意識はなくなるだろう。それでも世界はまだ存在する。私がいなくなるのに。ナユタが死んでも、私がまだ居るように。そんな考えが、ぐるぐるとセツナの頭の中をめぐり続けます。
ふいにセツナは、とても広大な真っ暗闇に放り出された気持ちに襲われました。胸の底から、恐怖がじわじわ這い上がってきます。
私には、やらなければならないことがある。それをまだ済ませていない。何かは分からないけど、それを終わらせるまで、死ぬわけにはいかない。死にたくない。
それは”切望”と呼ぶにはあまりにも弱すぎる”渇望”となって、セツナの魂の中心に、どっかりと腰を下ろしました。
▽
ナユタの死から数か月が経った頃、〈炎の街〉に、”〈夜の街〉からの使者”を名乗る男、キサクが現れました。
そんな街は、みんな初耳でした。この世界にあるのは、今セツナたちが住んでいる〈炎の街〉と、この世界で唯一太陽の光が当たる〈陽の街〉、周囲を水に囲まれた〈水の街〉、街中がずっと霧に覆われている〈霧の街〉の4つだけだと教わっていたからです。
「〈夜の街〉は少々特殊ですから。皆さんも噂話として、聞いたことがあるのではないでしょうか? 不死者の街があることを」
”不死”という単語に、セツナは思わずピクリと反応しました。その反応を、キサクは目ざとく捉えたらしく、セツナに笑顔を向けました。セツナは慌てて視線を逸らします。
「〈夜の街〉は不死王が統治しております。我々を不死にしてくれる、唯一にして絶対の存在です。不死王は、寿命のあるあなたたちを哀れんでおり、〈夜の街〉に来れば不死を授けようと仰っております。しかし街の外が危険なのは、皆さんもご存じの通り。大地は渇いて食料はなく、飢えた獰猛な獣たちが我々を狙っておりますからね。それに〈夜の街〉は世界の端にある。そこで私が案内を仰せつかったという次第です」
キサクの声は、広場全体に行き届いていました。広場にいる人、その近くを通る人みんなが、彼の話に耳を傾けています。
キサクはそのことを目で確認すると、満足そうにひとり頷きました。
「5日後、私はこの街を出ます。不死を望むものは5日後、街の出口に来てください。旅に必要なものを知りたい方がおられましたら、私は2丁目の宿に滞在しておりますので、いつでも尋ねてきてください」
キサクは会釈した後、広場を去っていきました。残された人たちは、お互いに顔を見合わせます。
「不死になれる? 本当だろうか」
「そんなわけないじゃない。だいたい、〈夜の街〉なんて本当にあるの?」
「でも確かに、不死者の街があるってのは聞いたことあるぜ」
「作り話だろ」
口々に勝手なことを言う人たちを置いて、セツナは家に帰りました。すると母親が、心配そうに眉を下げてセツナの方に駆け寄ってきました。
「セツナ、ああよかった、無事に帰ってきて。さっき不審な人が公園にいたって聞いたのよ。なんでも不死になれるとか言ってたそうじゃない?」
「ええ、さっき通りかかったら聞こえたわ。ちゃんと聞いてないけど」
セツナはちょっぴり嘘をつきました。そんな彼女を知ってか知らずか、父親が大きくため息を吐きます。
「怪しすぎるな、不死になれるだなんて。そんなものに釣られる奴は馬鹿だけだよ」
そんな父親の言葉に、セツナも納得しました。けれど、頭ではそう思っているのに、その心は”不死”という言葉に強く惹かれていました。
5日後、セツナはリュックの中に少しの着替えと、護身用の小さなナイフ、非常用の食糧と水、砂埃から目を守るためのゴーグル、応急手当ができる程度の小さな薬箱、ランプ、寝袋を詰め込みました。そしてこっそり家を出ました。両親は深い眠りの中にいたので、そのことに気づきませんでした。
出口には〈夜の街〉の男の他に、5人の男女が集まっていました。
「お待ちしておりました、不死をお望みのお嬢さん。あなたのお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
セツナが近づくと、キサクはにっこり笑ってそう言いました。
「セツナよ」
セツナが答えると、キサクは「いい名前ですね」とお世辞のような言葉を並べました。そしてセツナたちは〈炎の街〉を後にしました。
街の住人が街を出るには手続きが必要なのですが、セツナが見ると、門番は気絶したように眠っていました。思わずキサクを見ると、彼は片目だけを閉じてみせました。
この世界の最南に位置する〈炎の街〉に、セツナという少女が暮らしていました。〈炎の街〉はその名の通り、街全体を真っ赤な灯が煌々と照らしているところでした。
セツナには弟がいました。名をナユタと言いました。
その日、セツナとナユタは祖母の家に遊びに行き、そこで白鬼のお話を聞きました。
「街の外は危険だから出てはいけないということは、あなたたちも知っているでしょう? でもね、どうしても外に出たい、他の街に行きたいという人は必ず現れるの。そんな旅人たちを守ってくれるのが、白鬼。彼は死なない体を持っていて、人類の初めのふたり、『銀河と神世』の子孫である私たちを、見守り続けてくれているのよ」
ナユタはその話を聞いて、目を輝かせました。対してセツナは、「そんな人いるわけないじゃない」と文句を言います。
祖母の家からの帰り道を、ナユタは軽い足取りで、時折くるくると回転しながら進みます。
「そんなにはしゃいでいたら、転ぶわよ」
「だって姉さん、僕、白鬼に会いたいよ! それでね、僕たちを見守ってくれてありがとうって言うんだ」
「言わなくていいわよ。どうせそんな人、いないんだから」
「いいや、いるよ、きっと」
ナユタはくるりと半回転し、セツナに笑顔を向けます。その背後に階段があることに気が付いたセツナが、あっと声をあげます。
「危ない、ナユタ!」
しかし、ナユタはぐらりと体を傾けて、階段を頭から落ちていきました。
「ナユタ! ナユタ!!」
悲鳴のような声をあげながら、セツナは急いでいちばん下まで落ちてしまったナユタの元へ駆け寄りました。
階段下にある家の主人が、どうしたのかと顔を覗かせます。そして頭から血を流しているナユタを見て驚き、顔を青ざめさせました。
「医者を呼んでくる! 動かすんじゃないぞ!」
そう言って、家の主人は慌てて駆け出していきました。そうしているうちにも、近くの家から人が出てきて、セツナとナユタの周りを取り囲みます。
「ナユタ、ナユタ」
家の主人に言われたとおり、セツナはナユタを動かすことなく、彼の手を握って声をかけ続けました。けれどナユタは、ぴくりとも動きません。目の光はとっくに失われていました。
翌日。ナユタのお葬式が行われました。
教会の祭壇で眠るナユタは、眠っているだけみたいだとセツナは思いました。街中を煌々と照らす炎が、血色のなくなった頬を赤く染めています。
ナユタを土に還したその夜、セツナは眠れませんでした。
死んだらどうなるんだろう。死んだら、こうやって思考することはなくなるだろう。私という意識はなくなるだろう。それでも世界はまだ存在する。私がいなくなるのに。ナユタが死んでも、私がまだ居るように。そんな考えが、ぐるぐるとセツナの頭の中をめぐり続けます。
ふいにセツナは、とても広大な真っ暗闇に放り出された気持ちに襲われました。胸の底から、恐怖がじわじわ這い上がってきます。
私には、やらなければならないことがある。それをまだ済ませていない。何かは分からないけど、それを終わらせるまで、死ぬわけにはいかない。死にたくない。
それは”切望”と呼ぶにはあまりにも弱すぎる”渇望”となって、セツナの魂の中心に、どっかりと腰を下ろしました。
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ナユタの死から数か月が経った頃、〈炎の街〉に、”〈夜の街〉からの使者”を名乗る男、キサクが現れました。
そんな街は、みんな初耳でした。この世界にあるのは、今セツナたちが住んでいる〈炎の街〉と、この世界で唯一太陽の光が当たる〈陽の街〉、周囲を水に囲まれた〈水の街〉、街中がずっと霧に覆われている〈霧の街〉の4つだけだと教わっていたからです。
「〈夜の街〉は少々特殊ですから。皆さんも噂話として、聞いたことがあるのではないでしょうか? 不死者の街があることを」
”不死”という単語に、セツナは思わずピクリと反応しました。その反応を、キサクは目ざとく捉えたらしく、セツナに笑顔を向けました。セツナは慌てて視線を逸らします。
「〈夜の街〉は不死王が統治しております。我々を不死にしてくれる、唯一にして絶対の存在です。不死王は、寿命のあるあなたたちを哀れんでおり、〈夜の街〉に来れば不死を授けようと仰っております。しかし街の外が危険なのは、皆さんもご存じの通り。大地は渇いて食料はなく、飢えた獰猛な獣たちが我々を狙っておりますからね。それに〈夜の街〉は世界の端にある。そこで私が案内を仰せつかったという次第です」
キサクの声は、広場全体に行き届いていました。広場にいる人、その近くを通る人みんなが、彼の話に耳を傾けています。
キサクはそのことを目で確認すると、満足そうにひとり頷きました。
「5日後、私はこの街を出ます。不死を望むものは5日後、街の出口に来てください。旅に必要なものを知りたい方がおられましたら、私は2丁目の宿に滞在しておりますので、いつでも尋ねてきてください」
キサクは会釈した後、広場を去っていきました。残された人たちは、お互いに顔を見合わせます。
「不死になれる? 本当だろうか」
「そんなわけないじゃない。だいたい、〈夜の街〉なんて本当にあるの?」
「でも確かに、不死者の街があるってのは聞いたことあるぜ」
「作り話だろ」
口々に勝手なことを言う人たちを置いて、セツナは家に帰りました。すると母親が、心配そうに眉を下げてセツナの方に駆け寄ってきました。
「セツナ、ああよかった、無事に帰ってきて。さっき不審な人が公園にいたって聞いたのよ。なんでも不死になれるとか言ってたそうじゃない?」
「ええ、さっき通りかかったら聞こえたわ。ちゃんと聞いてないけど」
セツナはちょっぴり嘘をつきました。そんな彼女を知ってか知らずか、父親が大きくため息を吐きます。
「怪しすぎるな、不死になれるだなんて。そんなものに釣られる奴は馬鹿だけだよ」
そんな父親の言葉に、セツナも納得しました。けれど、頭ではそう思っているのに、その心は”不死”という言葉に強く惹かれていました。
5日後、セツナはリュックの中に少しの着替えと、護身用の小さなナイフ、非常用の食糧と水、砂埃から目を守るためのゴーグル、応急手当ができる程度の小さな薬箱、ランプ、寝袋を詰め込みました。そしてこっそり家を出ました。両親は深い眠りの中にいたので、そのことに気づきませんでした。
出口には〈夜の街〉の男の他に、5人の男女が集まっていました。
「お待ちしておりました、不死をお望みのお嬢さん。あなたのお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
セツナが近づくと、キサクはにっこり笑ってそう言いました。
「セツナよ」
セツナが答えると、キサクは「いい名前ですね」とお世辞のような言葉を並べました。そしてセツナたちは〈炎の街〉を後にしました。
街の住人が街を出るには手続きが必要なのですが、セツナが見ると、門番は気絶したように眠っていました。思わずキサクを見ると、彼は片目だけを閉じてみせました。
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