不死王

月並

文字の大きさ
2 / 8

2 セツナ

しおりを挟む
 これはまだ、世界が黒雲に包まれていた頃の話です。

 この世界の最南に位置する〈炎の街〉に、セツナという少女が暮らしていました。〈炎の街〉はその名の通り、街全体を真っ赤な灯が煌々と照らしているところでした。
 セツナには弟がいました。名をナユタと言いました。

 その日、セツナとナユタは祖母の家に遊びに行き、そこで白鬼しろおにのお話を聞きました。

「街の外は危険だから出てはいけないということは、あなたたちも知っているでしょう? でもね、どうしても外に出たい、他の街に行きたいという人は必ず現れるの。そんな旅人たちを守ってくれるのが、白鬼。彼は死なない体を持っていて、人類の初めのふたり、『銀河と神世』の子孫である私たちを、見守り続けてくれているのよ」

 ナユタはその話を聞いて、目を輝かせました。対してセツナは、「そんな人いるわけないじゃない」と文句を言います。

 祖母の家からの帰り道を、ナユタは軽い足取りで、時折くるくると回転しながら進みます。

「そんなにはしゃいでいたら、転ぶわよ」
「だって姉さん、僕、白鬼に会いたいよ! それでね、僕たちを見守ってくれてありがとうって言うんだ」
「言わなくていいわよ。どうせそんな人、いないんだから」
「いいや、いるよ、きっと」

 ナユタはくるりと半回転し、セツナに笑顔を向けます。その背後に階段があることに気が付いたセツナが、あっと声をあげます。

「危ない、ナユタ!」

 しかし、ナユタはぐらりと体を傾けて、階段を頭から落ちていきました。

「ナユタ! ナユタ!!」

 悲鳴のような声をあげながら、セツナは急いでいちばん下まで落ちてしまったナユタの元へ駆け寄りました。
 階段下にある家の主人が、どうしたのかと顔を覗かせます。そして頭から血を流しているナユタを見て驚き、顔を青ざめさせました。

「医者を呼んでくる! 動かすんじゃないぞ!」

 そう言って、家の主人は慌てて駆け出していきました。そうしているうちにも、近くの家から人が出てきて、セツナとナユタの周りを取り囲みます。

「ナユタ、ナユタ」

 家の主人に言われたとおり、セツナはナユタを動かすことなく、彼の手を握って声をかけ続けました。けれどナユタは、ぴくりとも動きません。目の光はとっくに失われていました。


 翌日。ナユタのお葬式が行われました。
 教会の祭壇で眠るナユタは、眠っているだけみたいだとセツナは思いました。街中を煌々と照らす炎が、血色のなくなった頬を赤く染めています。

 ナユタを土に還したその夜、セツナは眠れませんでした。
 死んだらどうなるんだろう。死んだら、こうやって思考することはなくなるだろう。私という意識はなくなるだろう。それでも世界はまだ存在する。私がいなくなるのに。ナユタが死んでも、私がまだ居るように。そんな考えが、ぐるぐるとセツナの頭の中をめぐり続けます。
 ふいにセツナは、とても広大な真っ暗闇に放り出された気持ちに襲われました。胸の底から、恐怖がじわじわ這い上がってきます。
 私には、やらなければならないことがある。それをまだ済ませていない。何かは分からないけど、それを終わらせるまで、死ぬわけにはいかない。死にたくない。
 それは”切望”と呼ぶにはあまりにも弱すぎる”渇望”となって、セツナの魂の中心に、どっかりと腰を下ろしました。





 ナユタの死から数か月が経った頃、〈炎の街〉に、”〈夜の街〉からの使者”を名乗る男、キサクが現れました。
 そんな街は、みんな初耳でした。この世界にあるのは、今セツナたちが住んでいる〈炎の街〉と、この世界で唯一太陽の光が当たる〈の街〉、周囲を水に囲まれた〈水の街〉、街中がずっと霧に覆われている〈霧の街〉の4つだけだと教わっていたからです。

「〈夜の街〉は少々特殊ですから。皆さんも噂話として、聞いたことがあるのではないでしょうか? 不死者の街があることを」

 ”不死”という単語に、セツナは思わずピクリと反応しました。その反応を、キサクは目ざとく捉えたらしく、セツナに笑顔を向けました。セツナは慌てて視線を逸らします。

「〈夜の街〉は不死王が統治しております。我々を不死にしてくれる、唯一にして絶対の存在です。不死王は、寿命のあるあなたたちを哀れんでおり、〈夜の街〉に来れば不死を授けようと仰っております。しかし街の外が危険なのは、皆さんもご存じの通り。大地は渇いて食料はなく、飢えた獰猛な獣たちが我々を狙っておりますからね。それに〈夜の街〉は世界の端にある。そこで私が案内を仰せつかったという次第です」

 キサクの声は、広場全体に行き届いていました。広場にいる人、その近くを通る人みんなが、彼の話に耳を傾けています。
 キサクはそのことを目で確認すると、満足そうにひとり頷きました。

「5日後、私はこの街を出ます。不死を望むものは5日後、街の出口に来てください。旅に必要なものを知りたい方がおられましたら、私は2丁目の宿に滞在しておりますので、いつでも尋ねてきてください」

 キサクは会釈した後、広場を去っていきました。残された人たちは、お互いに顔を見合わせます。

「不死になれる? 本当だろうか」
「そんなわけないじゃない。だいたい、〈夜の街〉なんて本当にあるの?」
「でも確かに、不死者の街があるってのは聞いたことあるぜ」
「作り話だろ」

 口々に勝手なことを言う人たちを置いて、セツナは家に帰りました。すると母親が、心配そうに眉を下げてセツナの方に駆け寄ってきました。

「セツナ、ああよかった、無事に帰ってきて。さっき不審な人が公園にいたって聞いたのよ。なんでも不死になれるとか言ってたそうじゃない?」
「ええ、さっき通りかかったら聞こえたわ。ちゃんと聞いてないけど」

 セツナはちょっぴり嘘をつきました。そんな彼女を知ってか知らずか、父親が大きくため息を吐きます。

「怪しすぎるな、不死になれるだなんて。そんなものに釣られる奴は馬鹿だけだよ」

 そんな父親の言葉に、セツナも納得しました。けれど、頭ではそう思っているのに、その心は”不死”という言葉に強く惹かれていました。


 5日後、セツナはリュックの中に少しの着替えと、護身用の小さなナイフ、非常用の食糧と水、砂埃から目を守るためのゴーグル、応急手当ができる程度の小さな薬箱、ランプ、寝袋を詰め込みました。そしてこっそり家を出ました。両親は深い眠りの中にいたので、そのことに気づきませんでした。

 出口には〈夜の街〉の男の他に、5人の男女が集まっていました。

「お待ちしておりました、不死をお望みのお嬢さん。あなたのお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 セツナが近づくと、キサクはにっこり笑ってそう言いました。

「セツナよ」

 セツナが答えると、キサクは「いい名前ですね」とお世辞のような言葉を並べました。そしてセツナたちは〈炎の街〉を後にしました。
 街の住人が街を出るには手続きが必要なのですが、セツナが見ると、門番は気絶したように眠っていました。思わずキサクを見ると、彼は片目だけを閉じてみせました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

やっぱりあなたは無理でした

あや乃
恋愛
愛する婚約者とその恋人に嵌められ、断罪された挙句惨めに捨てられた侯爵令嬢フローリア・コーラル。 修道院に向かう途中で不遇の死を遂げた彼女は願った、もう一度人生をやり直したいと―― 目覚めた時彼女の時間は半年前に巻き戻っていた。 今度こそ第一王子ジュリアンの心を取り戻し「愛する人から愛される」というささやかな願いを叶えたいと奮闘するフローリアだが、半年後フローリアが断罪されたあの日が再び訪れてしまう。 同じ光景、同じ台詞、何もかもが同じ……でもたった一つだけ違っていることがあって!? ※「小説家になろう」さまにも掲載中

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

処理中です...