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椿の記憶
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アサザは彼に似ていた。だから推しになってしまった。
『カン花』のパッケージに描かれているアサザを指差す時、私は緊張した。すみれに気取られるかもしれない。いや、それとも気取られたかったのだろうか。
「ふーん」
でもすみれの反応は、それだけだった。興味を失ったように、その目はすぐにパッケージから離れてしまった。安心したけど、モヤモヤとした気持ちも残った。
すみれにとっては、彼とアサザは違って見えたのかもしれない。確かに目の色は全然違うけど、面立ちとか目つきとかはそっくりだと思うんだけどなあ。
そういうところで、私はすみれが彼に注いでいる愛情の大きさを知ってしまう。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、スマホを眺めていた。画面に反映されているのは、名前変換画面。『カン花』の世界にすっかりのめり込んでしまった私は、二次創作にまで手を出すようになっていた。
いつも使う名前を入力して、「名前を変換する」ボタンを押した。素早く画面が切り替わって、文字がずらりと並ぶ画面が出てくる。
「ほうほう、そうやって名前を変えて小説が読めんのか。面白い機能だな」
後頭部から聞こえた声に、思わずスマホを取り落とした。それをキャッチしたのはシロだった。相変わらず白い髪を跳ね散らかせている。
「なっなんなな見たな!?」
「見ちゃダメなもんなの?」
「ダメじゃないけど!」
でも恥ずかしい。顔に熱が集中する。穴があったら入りたい。普通の小説だったらこんなことはない。けどジャンルがジャンルだ。
「それよりさっきの小説は、『カンナの花が咲き誇る』だな? なんだ、ゲームだけじゃなくて小説にもなってんのか」
今さっきちょろっと画面を見ただけでそこまで把握したのか。恐ろしい。渡されたスマホを強く握りしめる。
「いや、その、今のは、公式じゃなくて非公式のもので……ファンの人が書いてて……」
「ゲームみたいに名前まで変えられるのに? そんな高度なもんを素人が作れんのか?」
「いや、そういう機能を無料で使えるサービスがあるんだよ」
「へぇぇ」
シロは心から感心しているらしい。紫色の目がそう言っている。
「で、お前はなんで自分の名前使わんの?」
「恥ずかしいからに決まってるだろ!」
「なんでカンナ?」
「デフォルト名がそうなの!」
いい加減、彼の質問攻めにうんざりしてきた。というかそろそろ羞恥心がもたない。爆発して、脱兎のごとくこの場から逃げ出してしまいそう。
「ところで! なんでシロがいるんだよ? 私はすみれと約束してたのに」
ぶった切るように会話を終わらせた。
でも私の疑問は最もだと思う。今日は土曜日で、すみれと買物に行く約束をしていたのだ。
「あ、そうそう。すみれが熱出して。40度」
「40度!? 大丈夫なの!?」
「今医者に行ってる。スマホ触る元気もないから、俺に言伝を頼んだってわけ」
納得すると同時に不安が広がった。かなりの高熱だ。きっと、とてもしんどいに違いない。
「お、お見舞いに……いや行かないほうがいいかな? 熱下がってからのほうが?」
「そのほうがいいかもな」
シロの同意に頷くと同時に、肩を落とす。
「渡辺椿はこれからどうすんの? 買物する?」
「いや、帰ろうかな。ソシャゲのイベントが今週までなんだよね。欲しいアイテム、まだゲットしきれてないし」
「お前どんだけゲームしてんの」
「じゃあねシロ。伝言ありがとう」
呆れる彼を無視して、手を振って帰路に着く。
その横を、シロが歩く。犬飼家は反対方向だ。
「なんでやねん」
「送る」
「別にいらない」
「お前が家に帰るまでちゃんと見てろってのが、すみれの命令だ。俺は犬飼家の賢いペットだからな。ご主人のいうことはちゃんと聞くんだぜ」
なんだ、すみれに言われたからか。足元の小石を蹴り飛ばす。
「そんなこと言って、全然鬼っぽくないくせに。鬼なら角の1本でも生やしてろよな。その刀が角とか言うんじゃないだろうな」
普段は気にならない、彼の腰に差してある日本刀を指さした。彼が鬼だなんて全然信じてないけど、本当の話だと言ってはばからないので、話を合わせることにしている。すみれもそうしてるし。
シロが驚いたように俺を見た。
「言い当てたのはお前が初めてだ」
まじで? そういう設定なの?
「すみれも知らない?」
「言ってないから知らないんじゃない?」
改めて刀を眺めた。柄に巻かれた布は、すっかり擦り切れている。下げ緒は紫色の紐を適当に縛っているだけ。
「本当は額にあったんだけどな。色々あって取れた。痕なら残ってるよ」
彼はちょっと顔をしかめながら、自分の額に軽く触れる。
「だからその刀、ずっと持ってるの?」
「こいつから一定距離と一定期間離れると、俺は鬼じゃなくなるからな」
シロはちょっとよく分からないことを言って、腰の物を大事そうに撫でる。
「鬼じゃないなら何になるのさ」
「何でもないものになるのさ」
「意味わかんない」
「そうやってすぐ思考放棄するのは良くない」
「意味わからん設定をいっぱい付けてるお前のほうが、良くない」
「まあ確かに、俺も理屈は分からん」
いやお前が考えたんだろ!とツッコミを入れようとして、やめた。こっちをからかっているような顔に見えない。
「あ、でも鬼じゃなくなったのは見てすぐ分かるんだ。目の色が変わるんだ」
「へー、目の色がねぇ。金色とか?」
アサザを思い浮かべながら言えば、シロは満足そうに頷いた。これも当たりかい。こいつ、その設定使って小説書いた方がいいんじゃないか? ちょっと読んでみたい気もする。
話し込んでいるうちに、家の前についた。
「送ってくれてありがとう。すみれに、早く良くなってねって言っといて」
「おう」
それだけの返事をすると、シロはさっさと来た道を戻っていってしまった。名残惜しいとかそういうのは、全くなさそうだ。むしろ早く帰りたかったんじゃないだろうか。シロもすみれが心配だろう。
そうだ。早く帰れ。そしてすみれの傍にいてやれ。ぼんやりとそんなことを思いながら、後姿を見送った。
私は彼に恋をしている。けど言わない。そんな想い以上に私は、彼とすみれが一緒にいるのを見ているのが、好きだから。
『カン花』のパッケージに描かれているアサザを指差す時、私は緊張した。すみれに気取られるかもしれない。いや、それとも気取られたかったのだろうか。
「ふーん」
でもすみれの反応は、それだけだった。興味を失ったように、その目はすぐにパッケージから離れてしまった。安心したけど、モヤモヤとした気持ちも残った。
すみれにとっては、彼とアサザは違って見えたのかもしれない。確かに目の色は全然違うけど、面立ちとか目つきとかはそっくりだと思うんだけどなあ。
そういうところで、私はすみれが彼に注いでいる愛情の大きさを知ってしまう。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、スマホを眺めていた。画面に反映されているのは、名前変換画面。『カン花』の世界にすっかりのめり込んでしまった私は、二次創作にまで手を出すようになっていた。
いつも使う名前を入力して、「名前を変換する」ボタンを押した。素早く画面が切り替わって、文字がずらりと並ぶ画面が出てくる。
「ほうほう、そうやって名前を変えて小説が読めんのか。面白い機能だな」
後頭部から聞こえた声に、思わずスマホを取り落とした。それをキャッチしたのはシロだった。相変わらず白い髪を跳ね散らかせている。
「なっなんなな見たな!?」
「見ちゃダメなもんなの?」
「ダメじゃないけど!」
でも恥ずかしい。顔に熱が集中する。穴があったら入りたい。普通の小説だったらこんなことはない。けどジャンルがジャンルだ。
「それよりさっきの小説は、『カンナの花が咲き誇る』だな? なんだ、ゲームだけじゃなくて小説にもなってんのか」
今さっきちょろっと画面を見ただけでそこまで把握したのか。恐ろしい。渡されたスマホを強く握りしめる。
「いや、その、今のは、公式じゃなくて非公式のもので……ファンの人が書いてて……」
「ゲームみたいに名前まで変えられるのに? そんな高度なもんを素人が作れんのか?」
「いや、そういう機能を無料で使えるサービスがあるんだよ」
「へぇぇ」
シロは心から感心しているらしい。紫色の目がそう言っている。
「で、お前はなんで自分の名前使わんの?」
「恥ずかしいからに決まってるだろ!」
「なんでカンナ?」
「デフォルト名がそうなの!」
いい加減、彼の質問攻めにうんざりしてきた。というかそろそろ羞恥心がもたない。爆発して、脱兎のごとくこの場から逃げ出してしまいそう。
「ところで! なんでシロがいるんだよ? 私はすみれと約束してたのに」
ぶった切るように会話を終わらせた。
でも私の疑問は最もだと思う。今日は土曜日で、すみれと買物に行く約束をしていたのだ。
「あ、そうそう。すみれが熱出して。40度」
「40度!? 大丈夫なの!?」
「今医者に行ってる。スマホ触る元気もないから、俺に言伝を頼んだってわけ」
納得すると同時に不安が広がった。かなりの高熱だ。きっと、とてもしんどいに違いない。
「お、お見舞いに……いや行かないほうがいいかな? 熱下がってからのほうが?」
「そのほうがいいかもな」
シロの同意に頷くと同時に、肩を落とす。
「渡辺椿はこれからどうすんの? 買物する?」
「いや、帰ろうかな。ソシャゲのイベントが今週までなんだよね。欲しいアイテム、まだゲットしきれてないし」
「お前どんだけゲームしてんの」
「じゃあねシロ。伝言ありがとう」
呆れる彼を無視して、手を振って帰路に着く。
その横を、シロが歩く。犬飼家は反対方向だ。
「なんでやねん」
「送る」
「別にいらない」
「お前が家に帰るまでちゃんと見てろってのが、すみれの命令だ。俺は犬飼家の賢いペットだからな。ご主人のいうことはちゃんと聞くんだぜ」
なんだ、すみれに言われたからか。足元の小石を蹴り飛ばす。
「そんなこと言って、全然鬼っぽくないくせに。鬼なら角の1本でも生やしてろよな。その刀が角とか言うんじゃないだろうな」
普段は気にならない、彼の腰に差してある日本刀を指さした。彼が鬼だなんて全然信じてないけど、本当の話だと言ってはばからないので、話を合わせることにしている。すみれもそうしてるし。
シロが驚いたように俺を見た。
「言い当てたのはお前が初めてだ」
まじで? そういう設定なの?
「すみれも知らない?」
「言ってないから知らないんじゃない?」
改めて刀を眺めた。柄に巻かれた布は、すっかり擦り切れている。下げ緒は紫色の紐を適当に縛っているだけ。
「本当は額にあったんだけどな。色々あって取れた。痕なら残ってるよ」
彼はちょっと顔をしかめながら、自分の額に軽く触れる。
「だからその刀、ずっと持ってるの?」
「こいつから一定距離と一定期間離れると、俺は鬼じゃなくなるからな」
シロはちょっとよく分からないことを言って、腰の物を大事そうに撫でる。
「鬼じゃないなら何になるのさ」
「何でもないものになるのさ」
「意味わかんない」
「そうやってすぐ思考放棄するのは良くない」
「意味わからん設定をいっぱい付けてるお前のほうが、良くない」
「まあ確かに、俺も理屈は分からん」
いやお前が考えたんだろ!とツッコミを入れようとして、やめた。こっちをからかっているような顔に見えない。
「あ、でも鬼じゃなくなったのは見てすぐ分かるんだ。目の色が変わるんだ」
「へー、目の色がねぇ。金色とか?」
アサザを思い浮かべながら言えば、シロは満足そうに頷いた。これも当たりかい。こいつ、その設定使って小説書いた方がいいんじゃないか? ちょっと読んでみたい気もする。
話し込んでいるうちに、家の前についた。
「送ってくれてありがとう。すみれに、早く良くなってねって言っといて」
「おう」
それだけの返事をすると、シロはさっさと来た道を戻っていってしまった。名残惜しいとかそういうのは、全くなさそうだ。むしろ早く帰りたかったんじゃないだろうか。シロもすみれが心配だろう。
そうだ。早く帰れ。そしてすみれの傍にいてやれ。ぼんやりとそんなことを思いながら、後姿を見送った。
私は彼に恋をしている。けど言わない。そんな想い以上に私は、彼とすみれが一緒にいるのを見ているのが、好きだから。
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