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三、後継者の影武者
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「そうだ、我が息子よ。少しこれを被ってろ」
国人は突然そんなことを言うと、青年に麻袋を被せました。そのせいで青年には、あたりの景色が何も見えなくなってしまいました。青年は麻袋の中で口をへの字に曲げましたが、文句を口に出すことはありませんでした。
ゆっくりと走っていた馬が、やがて歩みを止めました。
「おい、刀鍛冶。そいつはなんだ?」
青年の耳には聞きなれない、野太い声が聞こえてきました。国人が「へへへ」と笑ったのも、耳に入ります。
「なぁに、こいつは俺の息子だよ。訳アリで顔は出せなくてね」
国人の言葉と同時に、銭の匂いを青年はかぎ取りました。野太い声は「仕方ないな、行け」と言いました。
青年は国人に腕を引っ張られて歩きます。匂いから、青年はどこかのお屋敷、それもずいぶんと身分の高い人のもののようだと推察します。
「はいはい、草履脱いでー」
青年は国人の言葉通りにします。そして再び国人に連れられながら、ひんやりとした廊下を歩きます。
ほどなくして、国人は足を止めました。
「吹雪様、国人です。白鬼を連れて来ました」
「入って」
早朝の雪山のようなしんとした声の後、襖の開く音が聞こえました。白粉と伽羅の香りが、青年の鼻腔をくすぐります。
国人に連れられ、青年はその香りがいっぱいに充満する部屋に入りました。背後の襖が、ぴっちりと絞められた気配を感じ取ります。
そしてやっと、青年は顔に被せられていた麻袋から解放されました。
青年の目の前には、妙齢の女性がひとり座っていました。先ほど吹雪と呼ばれていた人だろうと、青年は察しました。
吹雪は目を丸くして、穴が開くのではないかというほど青年を凝視していました。
青年は気まずい心地になりながらも、黙ってその場に腰を下ろしました。すると吹雪は、我に返ったかのように居住まいを正しました。
「私の名は吹雪。この山都の国主、真朗様の正室です。あなたに頼みがあり、そこの刀鍛冶に、内密にここへ連れてくるよう頼みました」
国人を吹雪が睨みました。国人はへらりと笑って、部屋の隅に腰を下ろしました。
そんなふたりを眺めた後、青年は吹雪に視線を戻しました。
「俺みたいな得体の知れない者……鬼に頼むことなんざ、まともなことじゃないと思うが?」
「確かに、まともな頼みじゃないかもしれない。だけど私にとっては必要なこと」
吹雪は一度言葉を切りました。小さく深呼吸をした彼女は、青年――もとい白鬼にとっては意外な言葉を放ちました。
「あなたに、息子の影武者をしてほしいの」
「影武者?」
白鬼は眉をひそめました。
「ええ。私の息子の真人は、この国の後継者。だけど数か月前、狩りに行ったきり戻ってこないの。このまま真人が見つからなければ、側室の子である陸朗に、後継者の座を奪われてしまう。そうなれば正妻といえども、私の地位が弱くなる」
「息子の心配より己の身の心配か?」
「もちろん、真人の安否も心配しているわ。けど、きっと生きて帰ってくるであろうと信じて待っている。その間に後継者の座が別の人の手に渡っていたら、真人はきっと大きく落ち込むでしょう」
白鬼は顔をしかめながら、頭を掻きました。
「国主の後継者の影武者なんてそんなこと、できるわけないだろ?」
「できるわ。『息子にそっくりなやつがいる』という刀鍛冶の言葉には、正直半信半疑だった。けれど、あなたの顔を見てそれはなくなった。あなたは息子に瓜ふたつ。髪を黒く染めれば、私が見ても間違えてしまうぐらいになるわ」
白鬼は迷惑そうな表情を浮かべて、国人を睨みました。国人はへらりと白鬼に笑顔を見せます。
白鬼は再び吹雪に向き直りました。
「だけどな、俺はお前の息子を知らないんだ。顔がそっくりでも、仕草とか喋り方とか、そういうのでバレるぜ」
「そこは私がみっちり指導する。それに、どこかで頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっているとでも言えば、大丈夫」
白鬼の眉間の皺が深くなりました。すると吹雪は、白鬼に向かって頭を下げました。
「お願い、真人が帰ってくるまででいいの。あの子が帰ってきて国主になった暁には、あなたのどんな願いでも叶えると約束するわ」
平身低頭する吹雪に、白鬼は戸惑う様子を見せました。
その時、部屋の隅から静かに笑う声が聞こえました。国人でした。
「我が息子よ、何を迷うことがある? うまくいけばお前は国主になれるのだ。そうなれば、富も名声も、すべてがお前の思いのままよ!」
「あのな国人、俺はそんなものには興味ない」
「本当か? ならお前は、どうしてあちこちの戦場を歩き回っていたんだ? 何かを成そうとしていたんじゃないのか?」
国人の問いに、白鬼は息を飲みました。それから、何かを考える素振りを見せます。
「……晴山真人が国主になったら、俺の願いをなんでも聞く。それは交換条件としては悪くない。いいだろう。晴山真人が帰って来るまで、影武者を勤める」
白鬼の返答に、吹雪がほっと息を吐きました。
「そうと決まれば早速、あなたが真人らしくなるよう練習しましょう」
「分かった」
白鬼は頷きました。
国人は突然そんなことを言うと、青年に麻袋を被せました。そのせいで青年には、あたりの景色が何も見えなくなってしまいました。青年は麻袋の中で口をへの字に曲げましたが、文句を口に出すことはありませんでした。
ゆっくりと走っていた馬が、やがて歩みを止めました。
「おい、刀鍛冶。そいつはなんだ?」
青年の耳には聞きなれない、野太い声が聞こえてきました。国人が「へへへ」と笑ったのも、耳に入ります。
「なぁに、こいつは俺の息子だよ。訳アリで顔は出せなくてね」
国人の言葉と同時に、銭の匂いを青年はかぎ取りました。野太い声は「仕方ないな、行け」と言いました。
青年は国人に腕を引っ張られて歩きます。匂いから、青年はどこかのお屋敷、それもずいぶんと身分の高い人のもののようだと推察します。
「はいはい、草履脱いでー」
青年は国人の言葉通りにします。そして再び国人に連れられながら、ひんやりとした廊下を歩きます。
ほどなくして、国人は足を止めました。
「吹雪様、国人です。白鬼を連れて来ました」
「入って」
早朝の雪山のようなしんとした声の後、襖の開く音が聞こえました。白粉と伽羅の香りが、青年の鼻腔をくすぐります。
国人に連れられ、青年はその香りがいっぱいに充満する部屋に入りました。背後の襖が、ぴっちりと絞められた気配を感じ取ります。
そしてやっと、青年は顔に被せられていた麻袋から解放されました。
青年の目の前には、妙齢の女性がひとり座っていました。先ほど吹雪と呼ばれていた人だろうと、青年は察しました。
吹雪は目を丸くして、穴が開くのではないかというほど青年を凝視していました。
青年は気まずい心地になりながらも、黙ってその場に腰を下ろしました。すると吹雪は、我に返ったかのように居住まいを正しました。
「私の名は吹雪。この山都の国主、真朗様の正室です。あなたに頼みがあり、そこの刀鍛冶に、内密にここへ連れてくるよう頼みました」
国人を吹雪が睨みました。国人はへらりと笑って、部屋の隅に腰を下ろしました。
そんなふたりを眺めた後、青年は吹雪に視線を戻しました。
「俺みたいな得体の知れない者……鬼に頼むことなんざ、まともなことじゃないと思うが?」
「確かに、まともな頼みじゃないかもしれない。だけど私にとっては必要なこと」
吹雪は一度言葉を切りました。小さく深呼吸をした彼女は、青年――もとい白鬼にとっては意外な言葉を放ちました。
「あなたに、息子の影武者をしてほしいの」
「影武者?」
白鬼は眉をひそめました。
「ええ。私の息子の真人は、この国の後継者。だけど数か月前、狩りに行ったきり戻ってこないの。このまま真人が見つからなければ、側室の子である陸朗に、後継者の座を奪われてしまう。そうなれば正妻といえども、私の地位が弱くなる」
「息子の心配より己の身の心配か?」
「もちろん、真人の安否も心配しているわ。けど、きっと生きて帰ってくるであろうと信じて待っている。その間に後継者の座が別の人の手に渡っていたら、真人はきっと大きく落ち込むでしょう」
白鬼は顔をしかめながら、頭を掻きました。
「国主の後継者の影武者なんてそんなこと、できるわけないだろ?」
「できるわ。『息子にそっくりなやつがいる』という刀鍛冶の言葉には、正直半信半疑だった。けれど、あなたの顔を見てそれはなくなった。あなたは息子に瓜ふたつ。髪を黒く染めれば、私が見ても間違えてしまうぐらいになるわ」
白鬼は迷惑そうな表情を浮かべて、国人を睨みました。国人はへらりと白鬼に笑顔を見せます。
白鬼は再び吹雪に向き直りました。
「だけどな、俺はお前の息子を知らないんだ。顔がそっくりでも、仕草とか喋り方とか、そういうのでバレるぜ」
「そこは私がみっちり指導する。それに、どこかで頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっているとでも言えば、大丈夫」
白鬼の眉間の皺が深くなりました。すると吹雪は、白鬼に向かって頭を下げました。
「お願い、真人が帰ってくるまででいいの。あの子が帰ってきて国主になった暁には、あなたのどんな願いでも叶えると約束するわ」
平身低頭する吹雪に、白鬼は戸惑う様子を見せました。
その時、部屋の隅から静かに笑う声が聞こえました。国人でした。
「我が息子よ、何を迷うことがある? うまくいけばお前は国主になれるのだ。そうなれば、富も名声も、すべてがお前の思いのままよ!」
「あのな国人、俺はそんなものには興味ない」
「本当か? ならお前は、どうしてあちこちの戦場を歩き回っていたんだ? 何かを成そうとしていたんじゃないのか?」
国人の問いに、白鬼は息を飲みました。それから、何かを考える素振りを見せます。
「……晴山真人が国主になったら、俺の願いをなんでも聞く。それは交換条件としては悪くない。いいだろう。晴山真人が帰って来るまで、影武者を勤める」
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白鬼は頷きました。
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