3 / 17
三、後継者の影武者
しおりを挟む
「そうだ、我が息子よ。少しこれを被ってろ」
国人は突然そんなことを言うと、青年に麻袋を被せました。そのせいで青年には、あたりの景色が何も見えなくなってしまいました。青年は麻袋の中で口をへの字に曲げましたが、文句を口に出すことはありませんでした。
ゆっくりと走っていた馬が、やがて歩みを止めました。
「おい、刀鍛冶。そいつはなんだ?」
青年の耳には聞きなれない、野太い声が聞こえてきました。国人が「へへへ」と笑ったのも、耳に入ります。
「なぁに、こいつは俺の息子だよ。訳アリで顔は出せなくてね」
国人の言葉と同時に、銭の匂いを青年はかぎ取りました。野太い声は「仕方ないな、行け」と言いました。
青年は国人に腕を引っ張られて歩きます。匂いから、青年はどこかのお屋敷、それもずいぶんと身分の高い人のもののようだと推察します。
「はいはい、草履脱いでー」
青年は国人の言葉通りにします。そして再び国人に連れられながら、ひんやりとした廊下を歩きます。
ほどなくして、国人は足を止めました。
「吹雪様、国人です。白鬼を連れて来ました」
「入って」
早朝の雪山のようなしんとした声の後、襖の開く音が聞こえました。白粉と伽羅の香りが、青年の鼻腔をくすぐります。
国人に連れられ、青年はその香りがいっぱいに充満する部屋に入りました。背後の襖が、ぴっちりと絞められた気配を感じ取ります。
そしてやっと、青年は顔に被せられていた麻袋から解放されました。
青年の目の前には、妙齢の女性がひとり座っていました。先ほど吹雪と呼ばれていた人だろうと、青年は察しました。
吹雪は目を丸くして、穴が開くのではないかというほど青年を凝視していました。
青年は気まずい心地になりながらも、黙ってその場に腰を下ろしました。すると吹雪は、我に返ったかのように居住まいを正しました。
「私の名は吹雪。この山都の国主、真朗様の正室です。あなたに頼みがあり、そこの刀鍛冶に、内密にここへ連れてくるよう頼みました」
国人を吹雪が睨みました。国人はへらりと笑って、部屋の隅に腰を下ろしました。
そんなふたりを眺めた後、青年は吹雪に視線を戻しました。
「俺みたいな得体の知れない者……鬼に頼むことなんざ、まともなことじゃないと思うが?」
「確かに、まともな頼みじゃないかもしれない。だけど私にとっては必要なこと」
吹雪は一度言葉を切りました。小さく深呼吸をした彼女は、青年――もとい白鬼にとっては意外な言葉を放ちました。
「あなたに、息子の影武者をしてほしいの」
「影武者?」
白鬼は眉をひそめました。
「ええ。私の息子の真人は、この国の後継者。だけど数か月前、狩りに行ったきり戻ってこないの。このまま真人が見つからなければ、側室の子である陸朗に、後継者の座を奪われてしまう。そうなれば正妻といえども、私の地位が弱くなる」
「息子の心配より己の身の心配か?」
「もちろん、真人の安否も心配しているわ。けど、きっと生きて帰ってくるであろうと信じて待っている。その間に後継者の座が別の人の手に渡っていたら、真人はきっと大きく落ち込むでしょう」
白鬼は顔をしかめながら、頭を掻きました。
「国主の後継者の影武者なんてそんなこと、できるわけないだろ?」
「できるわ。『息子にそっくりなやつがいる』という刀鍛冶の言葉には、正直半信半疑だった。けれど、あなたの顔を見てそれはなくなった。あなたは息子に瓜ふたつ。髪を黒く染めれば、私が見ても間違えてしまうぐらいになるわ」
白鬼は迷惑そうな表情を浮かべて、国人を睨みました。国人はへらりと白鬼に笑顔を見せます。
白鬼は再び吹雪に向き直りました。
「だけどな、俺はお前の息子を知らないんだ。顔がそっくりでも、仕草とか喋り方とか、そういうのでバレるぜ」
「そこは私がみっちり指導する。それに、どこかで頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっているとでも言えば、大丈夫」
白鬼の眉間の皺が深くなりました。すると吹雪は、白鬼に向かって頭を下げました。
「お願い、真人が帰ってくるまででいいの。あの子が帰ってきて国主になった暁には、あなたのどんな願いでも叶えると約束するわ」
平身低頭する吹雪に、白鬼は戸惑う様子を見せました。
その時、部屋の隅から静かに笑う声が聞こえました。国人でした。
「我が息子よ、何を迷うことがある? うまくいけばお前は国主になれるのだ。そうなれば、富も名声も、すべてがお前の思いのままよ!」
「あのな国人、俺はそんなものには興味ない」
「本当か? ならお前は、どうしてあちこちの戦場を歩き回っていたんだ? 何かを成そうとしていたんじゃないのか?」
国人の問いに、白鬼は息を飲みました。それから、何かを考える素振りを見せます。
「……晴山真人が国主になったら、俺の願いをなんでも聞く。それは交換条件としては悪くない。いいだろう。晴山真人が帰って来るまで、影武者を勤める」
白鬼の返答に、吹雪がほっと息を吐きました。
「そうと決まれば早速、あなたが真人らしくなるよう練習しましょう」
「分かった」
白鬼は頷きました。
国人は突然そんなことを言うと、青年に麻袋を被せました。そのせいで青年には、あたりの景色が何も見えなくなってしまいました。青年は麻袋の中で口をへの字に曲げましたが、文句を口に出すことはありませんでした。
ゆっくりと走っていた馬が、やがて歩みを止めました。
「おい、刀鍛冶。そいつはなんだ?」
青年の耳には聞きなれない、野太い声が聞こえてきました。国人が「へへへ」と笑ったのも、耳に入ります。
「なぁに、こいつは俺の息子だよ。訳アリで顔は出せなくてね」
国人の言葉と同時に、銭の匂いを青年はかぎ取りました。野太い声は「仕方ないな、行け」と言いました。
青年は国人に腕を引っ張られて歩きます。匂いから、青年はどこかのお屋敷、それもずいぶんと身分の高い人のもののようだと推察します。
「はいはい、草履脱いでー」
青年は国人の言葉通りにします。そして再び国人に連れられながら、ひんやりとした廊下を歩きます。
ほどなくして、国人は足を止めました。
「吹雪様、国人です。白鬼を連れて来ました」
「入って」
早朝の雪山のようなしんとした声の後、襖の開く音が聞こえました。白粉と伽羅の香りが、青年の鼻腔をくすぐります。
国人に連れられ、青年はその香りがいっぱいに充満する部屋に入りました。背後の襖が、ぴっちりと絞められた気配を感じ取ります。
そしてやっと、青年は顔に被せられていた麻袋から解放されました。
青年の目の前には、妙齢の女性がひとり座っていました。先ほど吹雪と呼ばれていた人だろうと、青年は察しました。
吹雪は目を丸くして、穴が開くのではないかというほど青年を凝視していました。
青年は気まずい心地になりながらも、黙ってその場に腰を下ろしました。すると吹雪は、我に返ったかのように居住まいを正しました。
「私の名は吹雪。この山都の国主、真朗様の正室です。あなたに頼みがあり、そこの刀鍛冶に、内密にここへ連れてくるよう頼みました」
国人を吹雪が睨みました。国人はへらりと笑って、部屋の隅に腰を下ろしました。
そんなふたりを眺めた後、青年は吹雪に視線を戻しました。
「俺みたいな得体の知れない者……鬼に頼むことなんざ、まともなことじゃないと思うが?」
「確かに、まともな頼みじゃないかもしれない。だけど私にとっては必要なこと」
吹雪は一度言葉を切りました。小さく深呼吸をした彼女は、青年――もとい白鬼にとっては意外な言葉を放ちました。
「あなたに、息子の影武者をしてほしいの」
「影武者?」
白鬼は眉をひそめました。
「ええ。私の息子の真人は、この国の後継者。だけど数か月前、狩りに行ったきり戻ってこないの。このまま真人が見つからなければ、側室の子である陸朗に、後継者の座を奪われてしまう。そうなれば正妻といえども、私の地位が弱くなる」
「息子の心配より己の身の心配か?」
「もちろん、真人の安否も心配しているわ。けど、きっと生きて帰ってくるであろうと信じて待っている。その間に後継者の座が別の人の手に渡っていたら、真人はきっと大きく落ち込むでしょう」
白鬼は顔をしかめながら、頭を掻きました。
「国主の後継者の影武者なんてそんなこと、できるわけないだろ?」
「できるわ。『息子にそっくりなやつがいる』という刀鍛冶の言葉には、正直半信半疑だった。けれど、あなたの顔を見てそれはなくなった。あなたは息子に瓜ふたつ。髪を黒く染めれば、私が見ても間違えてしまうぐらいになるわ」
白鬼は迷惑そうな表情を浮かべて、国人を睨みました。国人はへらりと白鬼に笑顔を見せます。
白鬼は再び吹雪に向き直りました。
「だけどな、俺はお前の息子を知らないんだ。顔がそっくりでも、仕草とか喋り方とか、そういうのでバレるぜ」
「そこは私がみっちり指導する。それに、どこかで頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっているとでも言えば、大丈夫」
白鬼の眉間の皺が深くなりました。すると吹雪は、白鬼に向かって頭を下げました。
「お願い、真人が帰ってくるまででいいの。あの子が帰ってきて国主になった暁には、あなたのどんな願いでも叶えると約束するわ」
平身低頭する吹雪に、白鬼は戸惑う様子を見せました。
その時、部屋の隅から静かに笑う声が聞こえました。国人でした。
「我が息子よ、何を迷うことがある? うまくいけばお前は国主になれるのだ。そうなれば、富も名声も、すべてがお前の思いのままよ!」
「あのな国人、俺はそんなものには興味ない」
「本当か? ならお前は、どうしてあちこちの戦場を歩き回っていたんだ? 何かを成そうとしていたんじゃないのか?」
国人の問いに、白鬼は息を飲みました。それから、何かを考える素振りを見せます。
「……晴山真人が国主になったら、俺の願いをなんでも聞く。それは交換条件としては悪くない。いいだろう。晴山真人が帰って来るまで、影武者を勤める」
白鬼の返答に、吹雪がほっと息を吐きました。
「そうと決まれば早速、あなたが真人らしくなるよう練習しましょう」
「分かった」
白鬼は頷きました。
10
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる