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四、国主を騙す

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「まずは見た目を整えないといけないわ。真人は黒髪だったから」

 吹雪は白髪染めを用意し、白鬼の白髪に塗りたくります。塗りたくられながら、白鬼は吹雪に問います。

「目の色はどうするんだ? 流石に変えられないぞ?」
「あの子の目も少し紫がかっていたから、問題ないわ。晴山家の直系には、紫の目の人が出る時があるのよ」
「ああそう。全く都合が良くて助かるね」

 白鬼がため息を吐いたところで、髪が染まり終わりました。鏡に映ったその姿を見て、白鬼はしかめっ面を浮かべました。
 それから白鬼は、吹雪に連れられて真人の部屋にやってきました。部屋に残る微かな匂いが真人のものだろうかと、白鬼は部屋の中をぐるりと見回します。
 吹雪は箪笥から、着物と袴を取り出しました。

「これに着替えてちょうだい。着方は分かる?」

 白鬼は袴を広げて、首を傾げました。吹雪が少し呆れたような顔をします。

「教えるわ。着せてあげるから、覚えなさい」
「えっ、いいよ。国人に聞くから」
「刀鍛冶ならさっき帰ったわ。刀を作るとか言って」

 白鬼は周囲を見回しました。確かに国人はいません。匂いも全く嗅ぎ取れませんでした。
 仕方なく、白鬼は吹雪に教えを乞うことにしました。近くなる白粉の匂いに、白鬼はドギマギしてしまいます。しかし着方を覚えねばと、必死になって吹雪の手元を眺めます。
 すると吹雪が、くすりと小さく笑いました。白鬼はドギマギしているのがバレたのかと、びくりと体を強張らせます。

「な、何で笑った?」
「いえ、真人にもこのようにして、袴の着方を教えてあげたことを思い出したのよ。あの子も『覚えなきゃ』って必死になっていたのか、体を固くして私の手をじっと見ていたわ」

 その言葉を聞いて、白鬼は少しだけ体を緩めました。

 着替え終わった白鬼は、部屋の真ん中に正座しました。その正面には、吹雪が同じように姿勢を正して正座しています。

「真人はあなたのように乱暴な言葉遣いじゃなかったわ。まずはそれを矯正しないと。あの子は自分のことを『俺』と呼んでいたから、そこはそのままでいいわ。けど相手のことを呼ぶときは『あなた』だった。私のことは『母上』、真朗様のことは『父上』と呼んで、敬語を使っていたわ。だからそうしなさい」
「分かった」
「敬語」
「……分かりました、母上」
「仏頂面にならない。真人はそんな顔を人前で見せたことはありません。いつも明るく、笑顔で皆に対応していたわ。それは私たちだけでなく、部下にも同じ」

 ピシリと注意されたので、白鬼は柔和に微笑んでみせました。すると吹雪が目を丸くします。

「ああ、そうしていると真人にそっくりだわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「そう、その調子よ。素晴らしいわ。あなた、影武者の才能があるわね!」

 興奮した様子を見せた吹雪は、白鬼に次々と真人の癖や趣味嗜好なんかを叩き込みました。
 気が付くと、あたりはすっかり暗くなっていました。その頃には、白鬼の顔に疲労の色が浮かんでいました。

「今日はここまでにしましょう。明日は今日の復習と、武士として必要な所作などを教えます」

 白鬼はふぅと大きな息を漏らしました。それから、「そういえば」と前置きして、吹雪にひとつ質問をしました。

「父上には側室がいるのですよね? その側室には息子がいると、母上は仰いました。彼女たちのことを教えてください」
「そうね。それも必要なことだわ」

 帰ろうと腰を上げかけていた吹雪は、その場に座り直しました。

「側室の名は時雨しぐれ。真朗様が最も信用する重臣の猿田さるたの娘よ。時雨には息子と娘がそれぞれひとりずついるわ。名前は陸朗と魂美たまみ。陸朗は、後継者の座を狙っている。だから時雨一家には気を付けなさい。絶対にあなたが影武者だとバレないように」
「はい。そういえば、俺には兄弟はいるのですか?」
「いいえ、私の子どもはあなた……いえ、真人ひとりよ」

 まっすぐに白鬼を見て話をしていた吹雪は、その時白鬼から視線を逸らしました。白鬼は首を小さく傾げましたが、吹雪には見えていないようです。

「帰るわ。また明日来る」
「はい、おやすみなさい、母上」

 白鬼は笑顔で、少し急いだ様子で部屋を出ていく吹雪を見送りました。
 彼女の姿が見えなくなり、襖を閉めると、その笑顔と態度を途端に崩しました。 



 白鬼の影武者特訓は、順調に進みました。
 5日後には、彼は誰が見ても騙されるほど完璧に真人を演じることができるようになっていました。これは吹雪のお墨付きでした。


 そしてついに、父親の真朗と対面する日が来ました。吹雪が「真人が帰ってきた」と彼に報告したため、宴会が開かれる運びになったのです。

 吹雪と一緒に部屋を出た影武者は、彼女の後ろについて大きな広間へとやってきました。
 襖を開けると、向かって左側の席に、男がひとりと女がふたり座っていました。吹雪は彼女たちを一瞥した後、何も言わずにその対面の席に腰を下ろしました。白鬼もそれに倣います。
 座った真人に、吹雪がこっそり耳打ちをしました。

「あれが時雨たちよ」

 白鬼は彼女たちをじっと観察しました。時雨は美人と呼ばれる部類に入りそうなほど、容姿の整った女性でした。ただ、白粉の匂いがきつすぎるなと白鬼は思いました。
 彼女の向かって右隣、上座に近い位置に座る男――六朗は、そんな時雨にそっくりの顔をしていました。品定めをするように、白鬼のことを見ています。
 白鬼はそんな彼からはすぐに視線を外し、時雨の向かって左隣に座る女――魂美に移しました。
 彼女は少しだけ目を丸くして、白鬼を見ていました。しかし白鬼と目が合うや否や、ぷいと顔を背けてしまいました。

 なんだろうと白鬼が首をひねったところで、ひとりの男が入ってきました。筋肉ががっしりとついた巨躯でのしのしと畳の上を歩き、上座に座ります。
 あれが国主の晴山真朗かと、白鬼はその立派な顎髭を蓄えた精悍な顔つきを眺めました。吹雪たちが頭を下げたので、慌てて同じようにします。

「真人、顔を上げよ」

 いきなりそう声を掛けられ、白鬼の心臓がドキリと跳ねました。が、なんでもないような笑顔を作り、ゆっくりと真朗に顔を向けます。
 真朗は、じろりと白鬼を見下ろします。白鬼の心臓はずっと早鐘を打っていました。

「これまでどこへ行方をくらませていた?」

 白鬼は緊張しながらも、吹雪とふたりで用意していた答えを言います。

「申し訳ございません、父上。狩りに出かけ、崖から転落したらしいのですが、その時の記憶がほとんどないのです。助けてくれた人の所に身を寄せていたとしか……」
「ふうむ。まあ良い。こうして無事に帰ってきたのだからな」

 白鬼は、目の前の真朗の目をじっと見つめました。彼の目の中には、疑いの色はひとつもありません。
 なんとか父親は騙せたようで、白鬼はそっと安堵の息を吐きました。それは隣で、まだ頭を下げたままの吹雪も同じようでした。
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