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十、白鬼の刀

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 翌日の朝早く、白鬼は庭に出ました。誰もいないことを確認すると、腰に差す刀を抜いて素振りを始めました。まだ謹慎中の身ではありますが、自分の部屋の庭になら出ても大丈夫だろうと判断したのです。
 刀を振りながら、彼の頭に浮かぶのは自ら命を絶った鬢櫛の姿でした。白鬼は強く歯を食いしばります。

「その刀、変わってるわね。あなたの魂と同じ色」

 その声に白鬼が振り向くと、縁側に魂美が立っていました。魂美はいつもの人を見下したような態度とは違って、少ししょんぼりしている様子でした。
 白鬼が刀を振るのをやめると、魂美は彼の元にゆっくりと近づいてきました。彼女は刀を一振り持っていました。それは菊一文字でした。

「……ごめんなさい」

 魂美は菊一文字を抱きしめながら、そう言葉を零しました。白鬼は驚いた様子で「えっ!?」と声を上げます。

「お前、謝罪とかできたの!? 何に謝ってるのか知らないけど」
「失礼じゃない!? せっかくこうしてわざわざ昨日のことを謝りに来たのに! 昨日、帰る前、あなたがすごく傷ついた顔をしていたから!」

 魂美は声を荒げた後、視線を地面に落としました。

「あの時、私、あなたのことを怖がっていた。それが顔に出ていたのよね? だからあなたは、あんな顔をした。その顔を見て、私、どうしようもなく悲しくなったの。自分に怒りたいような気持ちになった。……本当に、ごめんなさい。あなたのことを怖がってしまって」

 魂美は自分の胸のあたりで、拳をぎゅっと握りしめました。
 白鬼は刀を仕舞うと、魂美の隣に腰を下ろしました。そして、立ったままの魂美を見上げます。

「未知のものや正体の分からないものを怖がるのは、普通だ。だから気にするな」

 朝日の柔らかい光が、ふたりを優しく包み込みました。魂美はそっと、強張らせていた肩を落としました。

「それよりお前、なんでまた急に、こんな朝早くに俺に謝ろうなんざ殊勝なことを考えたんだ?」
「あなた、さっきから本当に失礼じゃない? 私だって、悪いと思ったことは謝る……なんて、確かにあんまりあり得ないわね」
「やっぱりそうなのかよ」

 白鬼は肩を竦めました。そんな彼の隣に、魂美は腰を下ろします。そして菊一文字を膝の上に置きました。

「昨日部屋に戻った後ね、この刀に一部始終を話したの。そしたらあなたに謝って来いってうるさく言ってきてね。彼の心を傷つけたんだとかなんとか言って」
「お前、物の言ってることが分かるのか?」
「付喪神って分かる? 100年経った器物に魂が宿るっていうあれ。本当なのよ。長いこと大切にされた物には魂が宿るの。それが見えるからか分からないけど、彼らの声も聞こえるのよ。霊力が強いものほどはっきりとね」
「へぇ、そりゃすごいな。その菊一文字もそうだが、魂美もな」

 白鬼が素直に感心すると、魂美の頬が少しだけ赤く染まりました。しかしすぐに、魂美は視線を菊一文字に落として目を丸くしました。それから白鬼を見ます。

「この刀、次の戦の時は自分を連れて行けって言ってるわ」
「はぁ。けど俺、そいつみたいな長くて反った刀使ったことないからな。うまく扱えないと思う」
「自分で動くから大丈夫だって。試しに一度持って欲しいって」

 どういうことかと首を傾げ、白鬼は菊一文字を手に取り、鞘から抜きました。すると、強い力で引っ張られたかのように、白鬼は菊一文字を上から下に振り抜きました。
 白鬼は目をぱちくりとさせました。

「はぁ~、付喪神ってこんなこともできるのか。すごいな」
「あら菊一文字、嬉しそう」

 白鬼は繁々と菊一文字の刃を眺めますが、嬉しそうかどうかはさっぱり分かりません。
 そっと菊一文字を納刀した白鬼は、そのままそれを、魂美の膝の上に乗せました。

「悪いが、俺はお前を持つことはできない。国人に持たないって言ったしな」

 すると魂美が頬をむくれさせました。

「あんな男に言ったことなんか、守らなくていいじゃない。あの刀鍛冶、あなたをまるで自分の都合のいい道具にしか思ってないみたいだったし。ほら、菊一文字もその通りだって言ってるわよ」

 白鬼は空を仰ぎました。鉛色が、白鬼の視界いっぱいに広がります。

「確かに、あいつは俺のことをそう思ってるのかもしれない。俺は国人に……正確に言えばあいつの前世に、何度煮湯を飲まされたか分からない」
「前世?」

 白鬼は首を傾げる魂美に視線を戻しました。そしてゆっくり頷きます。

「魂が見えるお前なら、理解しやすいかもしれないな。俺は長いこと生きてきた。そこで時々、生まれ変わりっていうのに遭遇してきた。国人もそのひとり。生まれ変わったやつにはたいてい前世の記憶がないが、国人にはあるようだ。だから俺のことを息子と呼び、俺の刀に執着する」

 腰の刀を、白鬼はぎゅっと握りました。魂美は一瞬菊一文字を見て、それからまた視線を戻します。

「俺はあいつに大事なものを奪われた。だから俺は、あいつが嫌いだよ。でも、あいつは結局のところ俺のたったひとりの肉親で、ほとんど放置してたとは言え俺を育ててくれた父親だ。そのせいか、俺にはとてもあいつを憎みきれない。それに、前世の記憶があって名前も同じとは言え、今のあいつは俺の親父じゃない。だから、あいつの願いはできれば叶えてやりたいんだ。人の命を奪うのは無理だから、せめて他の刀は使わないっていう願いだけでも」

 魂美は口をへの字に曲げて、白鬼の話を聞いていました。
 その時、真人の部屋に続く廊下から、足音が聞こえてきました。魂美がはっとして腰を上げます。そして菊一文字を持って、庭に飛び出し、木陰に身を潜めます。

「吹雪の足音だわ。あの人、私のこと嫌いだから、ここにいるのが分かったらものすごく怒るわ。だから黙ってなさい」

 白鬼が頷いたその時、襖が2度叩かれました。白鬼は一度息を吸い、真人の笑みを浮かべて「どうぞ」と促しました。

「おはよう、真人。朝ごはんを持ってきたわ」

 吹雪が部屋に入ると、その後ろから女性がふたり現れ、朝ご飯を置いていきました。

「母上もこちらで食べるのですか?」
「ええ。ずっとひとりで部屋に籠っていては暇でしょう? ご飯の時は私が一緒に食べます」
「ありがとうございます、母上」

 白鬼は吹雪にバレないよう、ちらりと魂美が潜んでいるところを見ました。そこはしんと静まり返っていて、まるで誰もいないようでした。が、白鬼はそこに彼女がまだいるのを感じ取っていました。

 食事を終え、膳と共に吹雪が部屋から出ると、魂美が姿を現しました。

「まったくいい匂いさせてくれちゃって! お腹の虫が鳴るのを堪えるのに必死だったわ!」

 頬を膨らませながら部屋に上がった魂美は、菊一文字を抱えて白鬼を睨みます。

「私もご飯、食べに行かないとね。部屋に私がいなくて、今頃母上と兄上が探し回ってるかもしれないわ」

 慌てふためくふたりを想像したのか、魂美は意地悪く笑いました。
 襖に手を掛けた魂美は、くるりと白鬼を振り返りました。

「また来るわね、菊一文字と一緒に」

 満面の笑みでそう言った魂美は、さっさと部屋を後にしました。
 部屋の中にわずかに残るスミレに似た香りに、白鬼の頬が自然と緩んでいました。
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