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月並

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十二、傍に置いて

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 その翌日から、白鬼が国主となりました。真朗は生前から「真人に後を継がせる」と言っていたため、彼が領主となることに、表立っては誰も反対しませんでした。

 その夜、城勤めの部下たち全員を集めて、真人が国主となったことを祝う盛大な宴会が行われました。

「今日は無礼講です。たんと飲んで騒いでください」

 そんな白鬼の言葉通り、誰もがたくさんの豪華な料理に舌鼓をうち、そしてたらふくお酒を飲んでいました。ある者は顔を真っ赤にして踊り始め、ある者は吹雪を相手に真朗の武勇伝を朗々と語っています。

 そんな彼らを、白鬼は笑顔で見つめていました。すると突然、膝の上に重みを感じて視線を落としました。そこには菊一文字がありました。
 周囲を見回しましたが、魂美の姿は見当たりません。

「お前、ひとりで来たのか?」

 白鬼が尋ねると、菊一文字は頷くように、鞘を小さく縦に動かしました。そして白鬼の膝の上から、ころりと廊下の方向に転がり落ちました。
 まるで部屋を出るように言われていると思い、白鬼は菊一文字を拾って廊下に出ました。

 どんちゃん騒ぎで賑わう大広間とは打って変わって、廊下はひんやりと冷たく冴えわたっていました。
 菊一文字が鞘を動かす方向に、白鬼は歩いて行きました。足を向ける先に、スミレに似た香りを感じました。魂美の匂いだと気づきましたが、白鬼は足を止めませんでした。

 大広間の喧騒が聞こえないぐらい離れた小さな部屋に、魂美はいました。近くには大きなお酒の瓶が置いてあり、月を見上げながらそれをお猪口でぐいぐいと飲んでいます。

「そんなに飲んで大丈夫なのか」

 白鬼が声を掛けると、魂美がはっとした様子で彼を見上げました。その目が、みるみるうちに吊り上がっていきます。
 そして彼女は、手に持っていたお猪口を白鬼に投げつけました。とっさに、白鬼は菊一文字を後ろに隠します。

「よくもまぁ、今まで私を避けていたくせに、こんなところにのこのこと来れたものね! 鬼畜! スケコマシ!」
「俺は確かに鬼だが、スケコマシではないぞ」

 白鬼は、菊一文字にお酒が一滴もかかっていないことを確認しながら、平然とそう答えました。
 魂美は床に転がり落ちたお猪口を拾います。そして酒瓶からお酒を並々と注ぎ、一気に飲み干しました。
 ふぅと息を零した魂美の目から、ぽろぽろと涙が落ちました。

「寂しかったんだから! 全然会ってくれなくなったし、私を避けるように行動してるのも分かってたし。時々顔を合わせることがあっても、あなたは『晴山真人』としてしか対応してくれないし。私はずっとあなたに会いたかったのに。会いたくって、胸が千切れてどうにかなってしまいそうだったわ。あなたに会えない間は、呼吸をするのもつらかったぐらいよ」

 魂美は涙に濡れた目を白鬼に向けました。その頬は、酔いのせいかはたまた別の要因なのか、真っ赤に染まっています。
 何も言えずにただ魂美を見下ろしている白鬼に向かって、魂美は自嘲気味に笑いました。

「知ってる? 私のこの状態、恋っていうのよ。あなたに会いたくて、あなたと喋りたくて、あなたに触れたくて、あなたの傍にずっといたくて……あなたの全部を、私のものにしたくて」

 魂美は立ち上がり、ふらつく足取りで白鬼に近づきました。そして彼の手を握ります。その手は火傷しそうなほどに熱いと、白鬼は感じました。

「お願い、ミタマ。私をあなたの傍に置いて。私をあなたの妻にして」

 白鬼は握られた手を、じっと見つめていました。やがてゆっくり首を横に振ります。

「無理だ。兄妹は結婚できない」
「あなたは真人兄上じゃないわ。だったら結婚できるでしょ?」
「俺が晴山真人じゃないなら、俺はこの国から出て行かなきゃならない。そしたらどのみちお前とは結婚できない」
「できるわ! 一緒に出ていけばいいのよ。そうよ、それがいいわ! ミタマ、真人兄上の影武者なんかやめて、私と一緒にこの国を出ましょう!」

 きらきらと目を輝かせる魂美を、白鬼は黙って見つめていました。それからそっと、魂美から手を離しました。

「それもできない。想像してみろ。雨風を十分にしのげる家もなく、その日の食料は命がけで自分で取りにいかなきゃいけない。風呂なんて毎日入れない、いいとこ川の冷たい水だ。服だって何着も持てない、化粧道具や装身具なんてもってのほか。暑くても寒くても、我慢しなきゃならない。そんな生活、お前にできるか? この城で、国主の娘としてのうのうと生きてきたお前に」

 白鬼の冷たい目に、魂美は一歩後ずさりました。そんな彼女を見て、白鬼は小さく口角を吊り上げました。

「お前は俺について来たって、幸せになれないんだ。俺はそれを身をもって知っている。前に言ったろ? 俺は、生まれ変わりとやらに何度か遭遇してきたって。あれはお前の前世たちのことだ。俺はお前の生まれ変わりに、何度も出会った。お前はいつも、俺のことを『ミタマ』って呼ぶから分かるんだ。そんなお前は、俺に会った後、すぐに命を落とす。お前はきっと、俺の傍にいない方が幸せになれるんだ」

 魂美の頬を、涙が滝のように流れていきます。嗚咽が零れるのを堪えるように、魂美は必死で唇を引き結びます。
 白鬼は魂美の手に、菊一文字を握らせました。

「菊一文字、お前もだ。この家の家宝になるぐらいのお前になら、もっとふさわしい主がいるよ」

 魂美と菊一文字から手を離した白鬼は、酒瓶とお猪口を持って部屋を出て行きました。魂美の鳴き声が耳に入ってきましたが、白鬼は振り返ることも、足を止めることもしませんでした。
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