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月並

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十三、あなたの願いを

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 白鬼が国主となってから、ひと月が経とうとしていました。
 真朗の右腕であった猿田の助言を受けながら、白鬼はなんとか国の運営をこなしていました。おかげで、国内では大きな小競り合いもなく、平和な時を過ごしていました。
 白鬼はこっそり、真人の行方を探っていました。しかし、そちらの方はさっぱり手がかりも掴めませんでした。


 そんなある日のこと。猿田が切羽詰まった様子で白鬼の前に現れました。

「真人様。隣国の谷場たにばがこちらを攻める機会を伺っている様子です。どうしましょうか?」

 白鬼は顔をしかめて、窓の外を見上げました。高く青く広がる空の中を、1匹の鳥が気持ちよさそうに飛んでいました。

「戦はできれば避けたい。何か良い案はないだろうか」
「戦を避けるだなんて、それでは国を守れません! 真朗様のように、勇ましく戦う道をお選びくださいませ」

 猿田の言葉に、白鬼は困ったように眉尻を下げました。その時、ふたりの元に吹雪がやってきました。

「お待ちなさい。策ならひとつあるわ。魂美を嫁に出せば、こちらと谷場が親戚同士になる。そうしたら戦をする意義がなくなるわ」
「何!? 魂美様を!? それはいけません! それではまるで人質! そのようなこと、真朗様が目に入れても痛くないほど可愛がっていた魂美様にさせるわけにはいきません!」

 猿田が噛みつくように反論しました。そんな猿田を、吹雪がじろりと睨みます。

「口を慎みなさい、猿田。戦をしたくない、民の命を守りたい。真人の考えは、国主として立派なことでしょう? 何がいけないのかしら?」
「しかし」
「黙りなさい。あなたの本心は見え透いているわよ。自分の孫である魂美を敵国の嫁に出したくない、ただそれだけでしょう? そんな綺麗事で、国を守れると思って?」

 猿田は何も言い返せないようで、歯を食いしばっていました。吹雪は真人の隣に立ち、その手を握りました。

「真人、戦をしたくないのなら、これしか手はないわ。谷場は美しい女を嫁にしたいと、常々言っています。魂美はその条件にぴったりでしょう?」

 白鬼は戸惑った様子を見せながらも、ゆっくりと頷きました。吹雪はそれを見て微笑みます。

「では谷場への手紙は、私が書きましょう。猿田に任せては何を書かれるか分かったものではないからね。真人、あなたは魂美に命じてきなさい。谷場の元へ嫁ぐようにと」
「分かりました。行ってきます」

 そう言うと、白鬼はその場を後にしました。そして、魂美の部屋へと向かいます。その足取りは、どこか重たげでした。
 白鬼が来ると、魂美は仏頂面のまま中へと通しました。部屋の奥には刀掛けが置いてあり、そこには菊一文字が鎮座しています。

「何の用?」
「お前に頼みがある。隣国の谷場の元へ嫁いでくれ」

 魂美の表情が凍り付きました。菊一文字が、床にゴトリと音を立てて落ちます。

「どうして? 嫌よ。私、どこにも嫁がないわ。ずっとここで独り身で暮らすの」
「お前も領主の娘なら、いずれは政略結婚させられることぐらい分かってだだろ? その時が来たってだけの話だ」

 白鬼と魂美の間に、緊迫した空気が漂いました。菊一文字も、床に落ちたきりぴくりとも動こうとしません。まるで固唾を飲んで、ふたりの様子を窺っているようでした。
 魂美は唇を強く引き結んでいました。が、やがてゆるりとため息を吐いて、菫色の目を白鬼にまっすぐ向けます。

「谷場がうちを攻めようとしているのね。私がそこに嫁げば、戦が起きない。あなたはそう考えている。だから私を嫁がせようとしている」

 白鬼は何も答えませんでした。魂美の目が一瞬揺らぎました。

「いいわよ、谷場に嫁ぐわ。こんなところで、叶わない恋を夢見てひとりで燻っているよりも、国主の妻になった方が幸せだもの」
「ああ、そうだ。その通りだ」

 静かに笑った白鬼は、そのままゆっくりと立ち上がりました。そんな彼の裾を、魂美は掴もうと手を伸ばしかけました。が、すぐに止めて、何もないところを握りしめます。

「ひとつだけ教えて、ミタマ。あなたは、私が好き?」

 白鬼は魂美をじっと見ました。

「……いいや。お前のことは、何とも思ってないよ」

 冷たい目が、魂美を射貫きました。それを正面から受け止めた魂美は、唇を震わせながら「分かったわ」と笑顔で言いました。

 その時、菊一文字が勢いよく飛んできました。白鬼はそれを真顔で、難なく受け止めます。
 白鬼の手の中で、菊一文字は暴れていました。まるで白鬼を非難しているようでした。それを見て、白鬼は笑いを零します。

「はっ、お前そんなに動けるのか? それだけの元気があって、魂美のために怒ってやれるんなら、嫁ぐ魂美に付いて行ってやりな」

 まだ暴れている菊一文字を、白鬼は魂美の前に置きました。そしてさっさと部屋から出て行きました。
 暗い廊下の途中で白鬼は立ち止まると、鋭い牙が刺さるのも構わず、唇を強く噛みしめました。その背中に、場に似つかわしくない声が掛かります。

「おお、こんなところにいたのか。さっきお前の部屋に行ってきたところなんだぞ」

 その声に白鬼が振り向くと、国人がいました。国人は相変わらずへらへらとした笑いを浮かべています。
 白鬼は血を拭いました。その唇に傷はありませんでした。まるで最初から、そんなものはなかったかのように。
 国人は周囲をぐるりと見回します。

「ここは魂美の部屋に続く廊下か。なんだ? もしかして逢引きしてたのか?」
「俺と魂美はそんな仲じゃない。それにあいつは、谷場の元へ嫁ぐ。さっき、魂美に承諾をもらってきた」

 すると国人から表情が抜け落ちました。

「は? お前まさか、彼女が何者か、分かっていないのか?」
「何者って何だよ。あいつは晴山真朗と時雨の娘だろうが」
「違う! 分かっていないとは言わせんぞ。あいつは、俺の刀の材料になった女白鬼の生まれ変わりだろうが! あれを殺した俺に怒り、お前は俺を殺したんじゃないか。麓の村人にいくら嫌われようと、ひどい目に遭わされようとも、誰も憎もうとすら思わなかったお前が、それほどまでに入れ込んでいるものだったろう? それをなぜ簡単に手放そうとする!?」

 国人の言葉に、白鬼の眉間のしわが深くなりました。しばらく、両者のにらみ合いが続きます。
 白鬼の口元に笑みが浮かび上がりました。その表情のまま、彼は国人をじっと見ました。

「……国人、あれから何年経っていると思っているんだ? 前世のお前のおかげで、俺は白鬼になり、不老不死を得た。人類、それから地球が滅ぶのも経験した。そんな俺の価値観が変わっていないと、なぜそう思う?」

 国人は影武者をじっと見つめ返し、それから口角を吊り上げました。

「いいや、それは嘘だね。お前は何年生きようが、あの女白鬼を愛することをやめられない。俺が転生しても、刀作りを愛することをやめられないようにな」

 白鬼はただ黙って、国人を睨みつけるだけでした。
 国人は「しかし、そうか」と言って、顎に手を当てます。

「お前はそこまでして、戦を起こすのが嫌か。それならば舞台を整えるだけだ。幸いにも、もうすっかり準備はできているからな」

 国人は両手を広げて、深い笑みを浮かべました。そんな彼を、白鬼は睨みつけます。

「国人、今度は何を企んでいる?」
「俺の望みは、前世も今世も、何も変わらない。『最高の一振り』を作ることさ」

 そう言って、国人は笑いながら白鬼の横を通り過ぎました。白鬼はその背中を追いかけようとしました。しかし、後ろから声を掛けられました。

「真人。魂美と話はできたの?」

 吹雪にそう言われて、白鬼は国人を追いかけるのを諦めました。笑顔を作って、吹雪を振り返ります。

「はい、魂美は承諾してくれました」
「そう、なら良かった。さっさと部屋に帰りましょう」

 くるりと踵を返した吹雪を、白鬼は追いかけようとして、ふと外を見ました。西の空から、黒い雲がもくもくと立ち上がっていました。
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