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十五、国盗り

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 じんじんと痛む頬に、白鬼は一瞬何が起きたのか分からず、開いた口が塞がらないまま吹雪を見ました。彼女の髪は乱れていました。歯を食いしばって眉を吊り上げ、白鬼を睨んでいます。

「真人は私のことを、吹雪なんて呼ばない! あなたは真人でしょう! だったら真人らしくしてちょうだい!」

 すると今度は、吹雪の頬に平手が入りました。叩いたのは、魂美でした。

「この期に及んで馬鹿なことを言わないで! この子は真人義兄上じゃない、あなたの息子じゃない! 自分の息子が死んだからって、ミタマに真人義兄上を押し付けないでちょうだい! あなたが愛するべきはミタマじゃなくて、あなたの息子の真人なのよ!」

 赤くなる頬を抑える吹雪は、涙をぼろぼろと零し始めました。

「真人……どうして……。私は、あなたが生きて帰ってくると、そう信じていたのに、どうして……」

 泣きじゃくる吹雪に、白鬼はそっと近づきました。そして、その背中を優しく撫でます。

 ふいに遠くから、法螺貝の音が聞こえました。かと思うと、火のついた矢が大量に飛んできました。
 矢はほとんどが、城の屋根へと刺さりました。火は屋根に燃え移り、あっという間に広がっていきます。
 白鬼は矢の飛んできた方を見ました。城を取り囲むようにして、アゲハ蝶を象った家紋を掲げた旗が何本も立ち並んでいるのが見えます。

「あれは谷場の? なんでだ? 戦はしないと約束したのに。今日が魂美の輿入れの日だっていうのに?」

 白鬼がそう零すと、魂美が顔をしかめました。

「谷場はきっと、元々約束を守る気なんてなかったんだわ。最初から、私の輿入れで浮かれているところを攻めて、国を乗っ取る気だったのよ」

 そう話をしている間にも、火は燃え広がっていきます。魂美は吹雪を振り返りました。

「ねぇ、私の部屋にあったみたいに、このお城から抜けられる道があるはずよ。正妻のあなたなら、知ってるんじゃない?」

 そう問いかけられた吹雪は、涙を拭って立ち上がりました。

「こっちよ、着いてきなさい」

 そう言って走り出す吹雪を、白鬼と魂美は追いかけました。


 吹雪が向かっているのは本丸の中心、国主の部屋でした。本丸にも火が広がっていますが、白鬼が刀で払いながらなんとか進みます。

 国主の部屋には、まだ火が回っていませんでした。胸を小さく撫で下ろした白鬼が襖を開けると、部屋の真ん中に国人がいました。
 足を止めた3人に向かって、国人はにやにやと笑いを浮かべます。

「やあ、どこに行くんだ? 愛の逃避行ってやつか?」
「軽口叩いてる場合じゃないわ! ミタマが偽物だってバレたのよ!」
「ああ、だろうな。じゃなきゃ、本物の晴山真人の首を、晴山陸朗に渡した意味がない」
「は?」

 魂美が険しい声を出しました。国人は相変わらず、ニタニタと笑うだけです。
 吹雪がひゅっと息を飲む音が、白鬼の耳に入りました。瞬間、白鬼の腹の底から、怒りがぐわりと湧いてきました。

「国人、お前が晴山真人を殺したんだな?」

 白鬼は刀を携えたまま、一歩前に出ました。すると国人は、嬉しそうに目を細くします。

「正解だ。正解ついでに、どうしてそんなことをしたのか、分かるか?」
「どこからお前が関与してるのかは知らん。が、晴山真人の首を晴山陸朗に渡したのは、この領内で争いを起こすためだ。俺が偽物だと分かれば、晴山陸朗は必ず俺に戦を仕掛けると踏んだ。お前は戦を起こしたかったんだ。俺にこの刀を抜かせるために」
「うんうん、寸分違わずその通り。さすが俺の息子、俺の理解者」

 国人は満足そうに頷きました。

「ついでに言うと、谷場の軍勢が攻めて来てただろ? あれも俺の計らいだ。山都は魂美の輿入れの当日に浮足立つだろうから、そこを狙えば簡単に城が落ちると谷場に教えてやったんだ。いやぁこの戦況、混沌としていて止めようがないな!」

 愉快そうに笑う国人を、白鬼は睨みます。が、国人は構わず言葉を続けました。

「さぁ刀を抜け、我が息子よ! 俺の作った最高の一振りを、この世に生きるありとあらゆるものどもに見せつけてやるんだ! 延寿も来も、一文字も宗近も兼元も之定も正宗も村正も信国も吉光も安綱も長船も、誰もがたどり着けなかった境地にたどり着いた俺の刀を、生きとし生ける者全てに知らしめろ!」

 国人が叫び終わると、辺りはしんと静まり返りました。炎が爆ぜ、何かが崩れ落ちる音が、時折遠くから聞こえてきます。
 白鬼は国人を、冷たい紫色の目でじっと見据えます。

「嫌だ。俺はそんな理由で、他の命を奪いたくない。この刀で命を斬りたくない」

 白鬼の返しに、国人の笑顔が固くなりました。

「なぜだ? お前は俺の理解者だろ? ずっと、俺の願い通りに動いてくれたじゃないか。お前は俺の刀を見て喜んでくれた。お前は俺の親父や兄弟、妻のように俺に愛想を尽かすことはなかった。俺がどれだけ長く家を空けても、お前はずっと俺を待っていて、笑って俺を迎え入れてくれた。俺の欠落を、お前だけはそれが普通だと言わんばかりに接してくれた。お前だけは俺の野望を笑わなかった!」
「うるさい!」

 一気にまくし立てる国人の言葉を止めたのは、魂美の叫び声でした。白鬼も国人も、驚いた様子で彼女を見ます。
 魂美は白鬼を押しのけて、国人に詰め寄りました。

「何が『俺の理解者』よ! ミタマがあなたを理解できてるわけないじゃない! あなたとミタマは、全然違う人なんだから! あなたはミタマに理想を押し付けてるだけ。そんなのは愛じゃない。あなたはミタマの父親失格よ。だからあなたが、ミタマのことを『俺の息子』と呼ぶ権利なんてない!」

 魂美の言葉に、国人の顔がみるみる間に真っ赤になっていきました。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! ただの俺の刀の材料だったくせに、俺に口ごたえするな!!」

 国人は激昂したかと思うと、懐から短刀を取り出し、素早く抜刀しました。
 白鬼はそれに気づき、床を蹴りました。が、白鬼の刀が届くよりも早く、国人の刀が魂美の胸を貫いていました。
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