大嫌いな漫画の悪役令嬢に転生したので、ヒロインの座を乗っ取ろうと思います!

月並

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▼義弟を籠絡します

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 竜退治から数日が経った。私は苛立ちと同時に焦りを覚えていた。
 朝、校門をくぐってすぐにミタマとアイテール・イェーゲルフェルトを見つけた。アイテール・イェーゲルフェルトは階段を上ろうとするミタマに手を差し出す。

「タマヨリ、手を」

 ミタマは困惑したような表情を浮かべた。

「いや、あの、ひとりで上れるんで」
「落ちたらどうするんだ」

 聞いてるこっちが吐きそうになるぐらい、アイテール・イェーゲルフェルトの声は甘ったるかった。彼女を見つめる彼の目は、完全に熱に浮かされていた。
 私の苛立ちと焦りの原因は彼らだ。あの日、私が頑張って主人公の言動をなぞったにも関わらず、アイテール・イェーゲルフェルトはミタマに恋をしてしまった。まるでそうなることが決まっているかのように。
 頭を振って、その考えを追い出した。運命なんてあり得ない。私はそれをぶっ潰してやると決めたのだ。


 授業が終わり、私は帰宅した。玄関で、義弟のプルートゥスに遭遇する。彼は私を見るなり、びくりと肩を震わせた。

「あ……すみません」

 そうごにょごにょ呟いて、プルートゥスは逃げるように去っていった。思わずため息が漏れる。
 原作のディアーナ・サンドストレームは、義弟であるプルートゥス・サンドストレームをいじめていた。彼がサンドストレーム家の傍系の出だからという理由で。
 そんな彼の心を救うのが主人公だ。我が家で行われたプルートゥス・サンドストレームの誕生日パーティの時、ディアーナ……つまり私は、彼が大事に育てていた花を燃やそうとするのを止めるのだ。

 モテを目指す私はまず、彼をいじめることをやめた。しかしそれだけでは、彼が私を好きになるには至らないようだ。

「何が必要かしら」

 部屋に戻り、私は脳内に残る原作の内容を遡る。ディアーナ・サンドストレームが燃やした花は、彼にとって大事なものだった。王子と結婚するディアーナに代わって公爵家を継ぐために我が家に引き取られた彼は、『決められた人生を送る』ことを憂いていた。そんなプルートゥスにとって、花を育てることは唯一自分で選んだ趣味だったとかそんな感じ。
 そこではたと気付く。そういえば今のプルートゥス・サンドストレームに、花を育てる趣味なんてあったっけ?


 翌日。ちょうど休日だったので、私はプルートゥス・サンドストレームの行動を観察することにした。
 プルートゥス・サンドストレームはまだ魔法学校に通っていない。なので家庭教師から、主に領地経営に関することを教わっている。午前中はそれに費やしていた。
 午後、ランチを終えた後、プルートゥス・サンドストレームは部屋に引っ込んでしまった。それからディナーまで出てこなかった。
 一体何をしているのか分からないが、少なくとも花壇に向かって土いじりをしていないことは確か。ぴたりと閉じられたプルートゥス・サンドストレームの部屋の扉を前に、私はうすくほくそ笑む。

「これは使えるわね。誕生日が来る前に、私が彼の悩みを解消させればいいのよ。そうすれば、彼は私の虜になるわ」

 そうと決まれば即行動。私は扉をノックした。返事がない。もう一度ノックをする。

「……なんですか」

 やっと返事がきた。

「私よ、ディアーナよ。ちょっと話があるの。開けなさい」

 しばらくの沈黙ののち、扉がゆっくり開いた。首だけを覗かせたプルートゥス・サンドストレームの青い長い髪がゆらりと揺れる。ピンクと緑のオッドアイが、訝し気に私を見ていた。

「なんですか」
「あなた、ずっと部屋の中にいるみたいだけど、何をしているの?」
「……何もしてませんよ」
「嘘おっしゃい。なら、何もせずに半日もボーっとしてるわけ?」
「そうです」

 私はプルートゥス・サンドストレームを押しのけて、部屋にむりやり入ってやった。
 部屋はかなり殺風景だった。書き物をする机と椅子、ベッド、小さな棚、鏡以外、何もない。驚いてしまった。

「あ、あなた、うちに来てからずっとこんな部屋で暮らしてるの!?」
「そうですけど」
「何か趣味はないわけ?」
「ありません。僕はどうせ公爵家を継ぐんです。領地を治めるのに忙しくなって、趣味なんかしてる暇なんてありませんよ。だったら最初からない方がいいです」

 その言葉に、なんだか無性に腹が立った。

「ちょっと待ってなさい」

 そう言って、私は自分の部屋に戻った。棚の中にしまっている紙の束を持って、プルートゥス・サンドストレームの部屋に引き返す。
 その紙束を、彼に突きつけてやった。プルートゥス・サンドストレームは紙に描かれたものを見て、首を傾げる。

「これは何ですか?」
「漫画よ」
「マンガ? 何ですか、それ」
「絵と小説をハイブリッドさせたものよ。読み物よ。読んでみなさい」
「……どうやって読むんですか?」
「右から左に読むのよ、こう! 常識じゃないこんなの!」
「分かりませんよ、番号でも振ってもらわないと」

 その言葉にカルチャーショックを受けた。漫画という文化がないと、こういうことになるのか。

「それで、これがどうしたのですか?」

 プルートゥス・サンドストレームは眉をひそめながら言った。そうだ、ここからが本題だ。私はこほんと咳払いをする。

「私はアイテール様の婚約者。将来はこの国の王妃になることが決まっている。けど、私は決められた人生だけを送るつもりはないわ。王妃になっても、趣味の漫画を続けるつもりよ。だってこれは、私がやりたいと思ってやってることなんだから。だからあなたも、公爵家を継ぐのは確かに決まっているけど、あなたのやりたいことを見つけてやりなさい。それがあなたの心の支えになるはずよ」

 プルートゥス・サンドストレームは、驚いたように私を見つめた。

「僕の、やりたいこと……」
「なんでもいいのよ。絵を描くでも、好きな本を読むでも、花を育てるでも、なんでも。私はそれを否定しないわ。むしろ応援してあげる」

 彼は私の漫画を見下ろした。そして言った。

「確かに、こんなへんてこりんなものを描く趣味以上に変な趣味は思いつかないですね」
「へ、へんてこりんって言った!? 失礼ね!」

 腹が立って漫画を奪い返した。するとプルートゥス・サンドストレームの表情がほころんだ。


 翌週の休日。プルートゥス・サンドストレームに呼ばれて、私は庭に来ていた。
 花壇の一角に、見慣れないピンク色の花が咲き誇っていた。

「義姉上の助言で、ここを借りて花を育てることにしました。サンドストレーム家に来る前までは、よく母上と花を植えたり水やりをしたりしていたんです」

 私はしゃがんで、プルートゥス・サンドストレームが植えた花をしげしげと眺めた。水滴に日光が反射して、きらきらと輝いている。とてもきれいだ。

「うん、いい趣味じゃない。紫色の花も植えてほしいところね」

 私がそう言うと、彼は口を尖らせた。

「紫ですか? 義姉上の色じゃないですか。嫌ですよ」
「まぁ、失礼しちゃう!」

 プルートゥス・サンドストレームは私の反応を見て笑った。それを見て私は確信した。こいつは私に恋に落ちたなと。
 私の心から、久々に焦りが消えた。
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