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▽パーティにて
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ディアーナの家はとても広かった。門から玄関まで行くのに馬車が必要なほどだった。当たり前だ。なんたって彼女の家は公爵家なのだから。
道中の花壇には色々な花が植えてあった。俺はそれを、窓越しにしげしげと眺める。
「気に入る花でもあったか?」
俺の隣に座るアイテール・イェーゲルフェルトが尋ねてきた。俺はとっさに首を横に振った。あるとでも言えば、こいつはその花を溢れんばかりに俺の部屋に置くに決まっている。
そうこうしているうちに、サンドストレーム公爵家の玄関に着いた。アイテール・イェーゲルフェルトが先に降りて、俺に手を差し出す。仕方なしにその手を借りて、俺は馬車から降りた。そうでもしないと、慣れないドレスにつんのめって転げ落ちてしまうからだ。
「うんうん、やはりそのドレスはよく似合っているな」
白いスーツを纏うアイテール・イェーゲルフェルトが、目を細くしてそう言った。
今日はディアーナの弟である、プルートゥス・サンドストレームの誕生日パーティの日だ。俺は『青天の愛を受け止めて』の筋書きどおり、アイテール・イェーゲルフェルトに誘われて、このパーティに参加することになった。だいぶ参加拒否したのだが、聞き入れてもらえなかった。「お前のために用意した」とドレスや宝飾品を見せられては、断り続けるわけにもいかなかった。
別の馬車から降りてきた黒いスーツを纏ったオグマ・カウッピネンが、俺を頭からつま先まで眺めて言った。
「彼女には白が似合うと思いますけどね。黄色のドレスに宝飾が青だなんて、まるで王子の色に染まってるみたいじゃないですか」
本物の南大林玉依ならここでときめきを覚えるのかもしれないが、俺は全くだ。そんな独占欲丸出しされても困る。俺はお前のものではないのである。どうせ染められるなら紫がいい。ていうか婚約者どうしたよ。
アイテール・イェーゲルフェルトに連れられて、屋内に入った。大きな広間に通されて、思わず目を見張る。どこを見ても煌びやかしかない。
「義弟の誕生日パーティにおいでくださりありがとうございます、アイテール様、ミタマ、オグマ」
ぼけらったとしていたせいで、ディアーナが来ていたことに気が付かなかった。
彼女を見れば、いつもは長く垂らしている髪をひとつにお団子状に結い上げて、夜を落とし込んだかのような深い紫色のドレスを身にまとっていた。大きく開いた首元やドレスの裾を飾るのは、彼女の目と同じ銀色の宝飾。まるで月の女王のような佇まいに、呆然と見惚れてしまう。
「ああ、招待ありがとう、ディアーナ」
アイテール・イェーゲルフェルトは愛想笑いを浮かべた。いやもっと言うことあるだろ、ドレスがとてもよく似合っているねとかさ!
と内心で憤慨していると、ディアーナの後ろから青色の髪の男が現れた。見覚えがある。ディアーナの義弟、プルートゥス・サンドストレームだ。桃色のスーツを着ている。
彼はアイテール・イェーゲルフェルトに向かって恭しく頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、アイテール殿下」
「ああ、誕生日おめでとう、プルートゥス。お前は来年、魔法学校に入学するんだったかな?」
「はい」
「お前と勉学に励めることを楽しみにしているよ」
「もったいないお言葉をありがとうございます。次期公爵として、アイテール殿下を支えられるよう粉骨砕身するつもりです」
その言葉を聞いて、オグマ・カウッピネンが意地悪げな笑みを浮かべた。
「おや、プルートゥス様は公爵家を継ぐことを嫌がっていると記憶しておりましたが、今の態度を見る限りそうではなくなったようですね?」
プルートゥス・サンドストレームはにっこりと笑顔を返した。
「ええ、もうそんな気はありませんとも。これも全て、義姉上のおかげです」
それを聞いた俺は、拍手喝采したくなるのを堪えた。プルートゥス・サンドストレームのディアーナへの好感度は、とても高い様子だ。きっとディアーナが俺の見ていないところで頑張ったのだろう。
「義姉上、もしよければ彼らにも、あのマンガとやらを見せては?」
続けて出されたプルートゥス・サンドストレームの言葉に、俺は息が止まった。ディアーナが漫画を描いている? え、見たい。ぜひ見たい。何が何でも見たい。
「うーん、そうね……」
ディアーナが迷う素振りを見せたその時、短い音楽が広間に響いた。ディアーナとプルートゥス・サンドストレームがぱっと正面を見る。
「失礼、パーティの始まりの挨拶に行かなければ。アイテール殿下、失礼します」
そう言って、プルートゥス・サンドストレームはディアーナを連れて行ってしまった。
三日尻月の最新作を読む機会を失ってしまい、俺は非常に残念な気持ちになる。それはプルートゥス・サンドストレームの挨拶中も、アイテール・イェーゲルフェルトとのダンス中もずっとそうだった。
アイテール・イェーゲルフェルトとのダンスが終わった後、彼の周りに人、主に女たちがわっと集まった。
「殿下、次は私と!」
「いえ、私とぜひ!」
恐らく婚約者であるディアーナと踊らず俺と踊ったせいで、女たちは「自分にもチャンスが!」と思ったのだろう。自然と、俺は端の方にはじかれた。女の勢い怖い。
しかしこれはチャンスだと、すぐに気付いた。ディアーナの書いた漫画は、恐らく彼女の部屋にあるはずだ。こっそり忍び込めば読める。仮にディアーナの部屋に忍び込んだことがバレても、「ディアーナに嫌がらせをしようとした」という悪役っぽい理由をつければいい。
そうと決めた俺は人目を盗んで、パーティ会場を抜け出した。ディアーナからいつも香る、スミレのような匂いが濃い方へと足を運ぶ。いちばん濃く匂う部屋がディアーナの部屋に違いないと推測しながら。
「どこに行くんだ?」
誰もいないと思っていた廊下で声をかけられ、俺はびっくりして飛び上がった。声を出さなかったのは自分でも偉いと思う。
恐る恐る振り返ると、そこにはオグマ・カウッピネンがいた。
「なななななんでここに?」
「俺はお前の護衛だし。で、何しに行くつもりだ?」
俺は悩んだ。さすがにここで「ディアーナに嫌がらせをしようとした」なんて言えば、会場に連れ戻されるのは火を見るよりも明らかだ。正直に言うのがいちばんだろう。
「ディアーナ様が描いたという漫画が読みたくて……」
「へぇ、聖女はマンガとやらを知ってるのか? 気になってたんだよな、そのマンガってのがどんなのか。よし、行くか」
「は?」
「ほら、見つかる前に」
なぜかオグマ・カウッピネンは乗り気だった。都合がいいしまあいっかと、前を歩き出した彼に深く考えずついていく。
「ところで、ディアーナ様の部屋がどこにあるのか知ってるのか? 迷いなく進んでいたようだが」
「いえ、スミレみたいな匂いがする方に行けば、そこがディアーナ様の部屋かと」
「スミレみたいな匂い?」
オグマ・カウッピネンは鼻をひくつかせた。そして眉をひそめる。
「炭みたいな匂いはするが」
「炭じゃなくてスミレですよ。……って炭?」
俺も改めて周囲の匂いを嗅いだ。確かに何かが焼けている匂いがする。
嫌な予感がして、俺はその匂いが濃い方に向かった。
「ん? おいあそこ、もう日も暮れたっていうのに明るくないか?」
オグマ・カウッピネンが指さした先は、窓の外だった。駆け寄って覗き見れば、公爵邸の傍にある小屋が燃えていた。その炎は、公爵邸に飛び火している。息を呑んだ。
「オグマさん! 消防車を呼んでください!」
「何だそれ知らん! 水魔法が得意なやつを呼んでくる!」
そう言ってオグマ・カウッピネンは駆け出して行った。魔法って便利だなと思った。
俺は飛び火している部屋へ向かった。万が一誰かいてはまずいと思ったのだ。
扉を開くと、誰もいなかった。ほっと安堵すると同時に、その部屋からスミレの匂いを濃く感じた。ここがディアーナの部屋らしい。
ディアーナの部屋が焼けてしまえば、ここに置いてあるであろう漫画原稿も燃えてしまう。そのことに瞬時に気が付いた俺は、慌てて原稿を探した。
しまうなら書き物机の引き出しだろうと開けると、案の定そこに原稿があった。
「三日尻月の生原稿……」
間近で見ると、線が生き生きとしているのを感じた。それが輝いて見えて、熱いものが喉からぐっとこみ上げてくる。
その時、部屋の端の柱が燃え落ちる音が響いた。気付けば部屋の半分が焼けている。俺は原稿を抱えると、急いで部屋を出た。
「こっちだ! 水を!」
外からオグマ・カウッピネンの声が聞こえた。廊下の窓から見ると、彼がパーティの招待客を数名連れて、燃える小屋を指さしているのが見えた。招待客たちは銘々に魔法で水を出し、消火活動に励む。
これで火は消えるだろうと安堵していると、廊下の向こうから足音が聞こえた。そちらに顔を向けると、ディアーナを先頭にプルートゥス・サンドストレームとアイテール・イェーゲルフェルトが走ってきていた。
「私の部屋が!」
さっと顔を青くしたディアーナが、燃えている自室に飛び込もうとした。慌てて彼女の体にしがみついて止める。ディアーナは俺の腕の中で激しく暴れた。
「離しなさい! あそこには描きかけの原稿が!」
「原稿ならここにあります!」
俺はディアーナに、持っていた原稿を見せた。ディアーナの動きが止まった。呆然とした表情でそれを見下ろす。それから、大粒の涙を落とし始めた。原稿を大事そうに抱え、嗚咽を零しながら泣く。
ディアーナに手を伸ばしかけて、やめた。アイテール・イェーゲルフェルトが俺の傍に立った。
「タマヨリは無事か? 怪我は?」
「ありません」
「それはよかった」
アイテール・イェーゲルフェルトは大きな息を吐いた。そこに、プルートゥス・サンドストレームが近寄ってくる。
「僕たちは、オグマから小屋が火事だと聞いてここに来たんです。義姉上の部屋に近いところと聞いたら、義姉上が飛び出して行ったもので……。もしかして貴方は、義姉上のマンガを守ってくれたのですか?」
「え、ええっと、あのですね」
「きっとそうだろう。タマヨリは誰よりも心が美しいからな」
ここでさっき考えていた「ディアーナに意地悪しようとしていた」という理由を出すのは不自然かと思い、どう言い訳をすべきか迷いあぐねていたら、アイテール・イェーゲルフェルトがしれっと口をはさんできた。やめろなんだその言い方は。
俺が訂正を入れる前に、プルートゥス・サンドストレームが俺の前にひざまづく。
「ありがとうございます。僕に新しい生き方を与えてくれたきっかけとなった姉上の趣味を、命を賭して守ってくれて……貴方は素晴らしい人だ」
俺を見上げるその目には、アイテール・イェーゲルフェルトに似た熱が籠っていた。
血の気が引いていく。俺はまたやらかしてしまった。プルートゥス・サンドストレームもまた、俺に恋をしてしまったようだ。いや、なんでそうなるんだよ!?
道中の花壇には色々な花が植えてあった。俺はそれを、窓越しにしげしげと眺める。
「気に入る花でもあったか?」
俺の隣に座るアイテール・イェーゲルフェルトが尋ねてきた。俺はとっさに首を横に振った。あるとでも言えば、こいつはその花を溢れんばかりに俺の部屋に置くに決まっている。
そうこうしているうちに、サンドストレーム公爵家の玄関に着いた。アイテール・イェーゲルフェルトが先に降りて、俺に手を差し出す。仕方なしにその手を借りて、俺は馬車から降りた。そうでもしないと、慣れないドレスにつんのめって転げ落ちてしまうからだ。
「うんうん、やはりそのドレスはよく似合っているな」
白いスーツを纏うアイテール・イェーゲルフェルトが、目を細くしてそう言った。
今日はディアーナの弟である、プルートゥス・サンドストレームの誕生日パーティの日だ。俺は『青天の愛を受け止めて』の筋書きどおり、アイテール・イェーゲルフェルトに誘われて、このパーティに参加することになった。だいぶ参加拒否したのだが、聞き入れてもらえなかった。「お前のために用意した」とドレスや宝飾品を見せられては、断り続けるわけにもいかなかった。
別の馬車から降りてきた黒いスーツを纏ったオグマ・カウッピネンが、俺を頭からつま先まで眺めて言った。
「彼女には白が似合うと思いますけどね。黄色のドレスに宝飾が青だなんて、まるで王子の色に染まってるみたいじゃないですか」
本物の南大林玉依ならここでときめきを覚えるのかもしれないが、俺は全くだ。そんな独占欲丸出しされても困る。俺はお前のものではないのである。どうせ染められるなら紫がいい。ていうか婚約者どうしたよ。
アイテール・イェーゲルフェルトに連れられて、屋内に入った。大きな広間に通されて、思わず目を見張る。どこを見ても煌びやかしかない。
「義弟の誕生日パーティにおいでくださりありがとうございます、アイテール様、ミタマ、オグマ」
ぼけらったとしていたせいで、ディアーナが来ていたことに気が付かなかった。
彼女を見れば、いつもは長く垂らしている髪をひとつにお団子状に結い上げて、夜を落とし込んだかのような深い紫色のドレスを身にまとっていた。大きく開いた首元やドレスの裾を飾るのは、彼女の目と同じ銀色の宝飾。まるで月の女王のような佇まいに、呆然と見惚れてしまう。
「ああ、招待ありがとう、ディアーナ」
アイテール・イェーゲルフェルトは愛想笑いを浮かべた。いやもっと言うことあるだろ、ドレスがとてもよく似合っているねとかさ!
と内心で憤慨していると、ディアーナの後ろから青色の髪の男が現れた。見覚えがある。ディアーナの義弟、プルートゥス・サンドストレームだ。桃色のスーツを着ている。
彼はアイテール・イェーゲルフェルトに向かって恭しく頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、アイテール殿下」
「ああ、誕生日おめでとう、プルートゥス。お前は来年、魔法学校に入学するんだったかな?」
「はい」
「お前と勉学に励めることを楽しみにしているよ」
「もったいないお言葉をありがとうございます。次期公爵として、アイテール殿下を支えられるよう粉骨砕身するつもりです」
その言葉を聞いて、オグマ・カウッピネンが意地悪げな笑みを浮かべた。
「おや、プルートゥス様は公爵家を継ぐことを嫌がっていると記憶しておりましたが、今の態度を見る限りそうではなくなったようですね?」
プルートゥス・サンドストレームはにっこりと笑顔を返した。
「ええ、もうそんな気はありませんとも。これも全て、義姉上のおかげです」
それを聞いた俺は、拍手喝采したくなるのを堪えた。プルートゥス・サンドストレームのディアーナへの好感度は、とても高い様子だ。きっとディアーナが俺の見ていないところで頑張ったのだろう。
「義姉上、もしよければ彼らにも、あのマンガとやらを見せては?」
続けて出されたプルートゥス・サンドストレームの言葉に、俺は息が止まった。ディアーナが漫画を描いている? え、見たい。ぜひ見たい。何が何でも見たい。
「うーん、そうね……」
ディアーナが迷う素振りを見せたその時、短い音楽が広間に響いた。ディアーナとプルートゥス・サンドストレームがぱっと正面を見る。
「失礼、パーティの始まりの挨拶に行かなければ。アイテール殿下、失礼します」
そう言って、プルートゥス・サンドストレームはディアーナを連れて行ってしまった。
三日尻月の最新作を読む機会を失ってしまい、俺は非常に残念な気持ちになる。それはプルートゥス・サンドストレームの挨拶中も、アイテール・イェーゲルフェルトとのダンス中もずっとそうだった。
アイテール・イェーゲルフェルトとのダンスが終わった後、彼の周りに人、主に女たちがわっと集まった。
「殿下、次は私と!」
「いえ、私とぜひ!」
恐らく婚約者であるディアーナと踊らず俺と踊ったせいで、女たちは「自分にもチャンスが!」と思ったのだろう。自然と、俺は端の方にはじかれた。女の勢い怖い。
しかしこれはチャンスだと、すぐに気付いた。ディアーナの書いた漫画は、恐らく彼女の部屋にあるはずだ。こっそり忍び込めば読める。仮にディアーナの部屋に忍び込んだことがバレても、「ディアーナに嫌がらせをしようとした」という悪役っぽい理由をつければいい。
そうと決めた俺は人目を盗んで、パーティ会場を抜け出した。ディアーナからいつも香る、スミレのような匂いが濃い方へと足を運ぶ。いちばん濃く匂う部屋がディアーナの部屋に違いないと推測しながら。
「どこに行くんだ?」
誰もいないと思っていた廊下で声をかけられ、俺はびっくりして飛び上がった。声を出さなかったのは自分でも偉いと思う。
恐る恐る振り返ると、そこにはオグマ・カウッピネンがいた。
「なななななんでここに?」
「俺はお前の護衛だし。で、何しに行くつもりだ?」
俺は悩んだ。さすがにここで「ディアーナに嫌がらせをしようとした」なんて言えば、会場に連れ戻されるのは火を見るよりも明らかだ。正直に言うのがいちばんだろう。
「ディアーナ様が描いたという漫画が読みたくて……」
「へぇ、聖女はマンガとやらを知ってるのか? 気になってたんだよな、そのマンガってのがどんなのか。よし、行くか」
「は?」
「ほら、見つかる前に」
なぜかオグマ・カウッピネンは乗り気だった。都合がいいしまあいっかと、前を歩き出した彼に深く考えずついていく。
「ところで、ディアーナ様の部屋がどこにあるのか知ってるのか? 迷いなく進んでいたようだが」
「いえ、スミレみたいな匂いがする方に行けば、そこがディアーナ様の部屋かと」
「スミレみたいな匂い?」
オグマ・カウッピネンは鼻をひくつかせた。そして眉をひそめる。
「炭みたいな匂いはするが」
「炭じゃなくてスミレですよ。……って炭?」
俺も改めて周囲の匂いを嗅いだ。確かに何かが焼けている匂いがする。
嫌な予感がして、俺はその匂いが濃い方に向かった。
「ん? おいあそこ、もう日も暮れたっていうのに明るくないか?」
オグマ・カウッピネンが指さした先は、窓の外だった。駆け寄って覗き見れば、公爵邸の傍にある小屋が燃えていた。その炎は、公爵邸に飛び火している。息を呑んだ。
「オグマさん! 消防車を呼んでください!」
「何だそれ知らん! 水魔法が得意なやつを呼んでくる!」
そう言ってオグマ・カウッピネンは駆け出して行った。魔法って便利だなと思った。
俺は飛び火している部屋へ向かった。万が一誰かいてはまずいと思ったのだ。
扉を開くと、誰もいなかった。ほっと安堵すると同時に、その部屋からスミレの匂いを濃く感じた。ここがディアーナの部屋らしい。
ディアーナの部屋が焼けてしまえば、ここに置いてあるであろう漫画原稿も燃えてしまう。そのことに瞬時に気が付いた俺は、慌てて原稿を探した。
しまうなら書き物机の引き出しだろうと開けると、案の定そこに原稿があった。
「三日尻月の生原稿……」
間近で見ると、線が生き生きとしているのを感じた。それが輝いて見えて、熱いものが喉からぐっとこみ上げてくる。
その時、部屋の端の柱が燃え落ちる音が響いた。気付けば部屋の半分が焼けている。俺は原稿を抱えると、急いで部屋を出た。
「こっちだ! 水を!」
外からオグマ・カウッピネンの声が聞こえた。廊下の窓から見ると、彼がパーティの招待客を数名連れて、燃える小屋を指さしているのが見えた。招待客たちは銘々に魔法で水を出し、消火活動に励む。
これで火は消えるだろうと安堵していると、廊下の向こうから足音が聞こえた。そちらに顔を向けると、ディアーナを先頭にプルートゥス・サンドストレームとアイテール・イェーゲルフェルトが走ってきていた。
「私の部屋が!」
さっと顔を青くしたディアーナが、燃えている自室に飛び込もうとした。慌てて彼女の体にしがみついて止める。ディアーナは俺の腕の中で激しく暴れた。
「離しなさい! あそこには描きかけの原稿が!」
「原稿ならここにあります!」
俺はディアーナに、持っていた原稿を見せた。ディアーナの動きが止まった。呆然とした表情でそれを見下ろす。それから、大粒の涙を落とし始めた。原稿を大事そうに抱え、嗚咽を零しながら泣く。
ディアーナに手を伸ばしかけて、やめた。アイテール・イェーゲルフェルトが俺の傍に立った。
「タマヨリは無事か? 怪我は?」
「ありません」
「それはよかった」
アイテール・イェーゲルフェルトは大きな息を吐いた。そこに、プルートゥス・サンドストレームが近寄ってくる。
「僕たちは、オグマから小屋が火事だと聞いてここに来たんです。義姉上の部屋に近いところと聞いたら、義姉上が飛び出して行ったもので……。もしかして貴方は、義姉上のマンガを守ってくれたのですか?」
「え、ええっと、あのですね」
「きっとそうだろう。タマヨリは誰よりも心が美しいからな」
ここでさっき考えていた「ディアーナに意地悪しようとしていた」という理由を出すのは不自然かと思い、どう言い訳をすべきか迷いあぐねていたら、アイテール・イェーゲルフェルトがしれっと口をはさんできた。やめろなんだその言い方は。
俺が訂正を入れる前に、プルートゥス・サンドストレームが俺の前にひざまづく。
「ありがとうございます。僕に新しい生き方を与えてくれたきっかけとなった姉上の趣味を、命を賭して守ってくれて……貴方は素晴らしい人だ」
俺を見上げるその目には、アイテール・イェーゲルフェルトに似た熱が籠っていた。
血の気が引いていく。俺はまたやらかしてしまった。プルートゥス・サンドストレームもまた、俺に恋をしてしまったようだ。いや、なんでそうなるんだよ!?
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