白物語

月並

文字の大きさ
9 / 19
第一章 シャラ

九、嵐の夜

しおりを挟む
 シャラはひんやりと冷えた床に寝転がっていました。少しだけ空いた扉から、外の景色が見えます。視界に入る木々は、赤や黄色に装いを変え始めていました。

 鳥居をくぐって、ひとりの女が現れました。青い傘を差しています。
 彼女の髪は、シャラやミタマと同じく真っ白で、それを短く切りそろえています。肌は抜けるような白さで、赤い目が際立ちます。
 女は一生懸命に、シャラに向かって拝んでいました。
 いや違う、とシャラは思い直しました。ここは神社で、シャラが寝起きしているこの建物は、神様が住んでいるはずのものだと、ミタマに教えてもらいました。女は神様に拝んでいるのです。

「ミタマ、またあの子、来てる」

 シャラは部屋の隅に向かってそう話しかけました。ミタマはおもむろに身を起こし、扉の隙間からそっとその様子を眺めます。


 シャラがその女を最初に見たのは、蝉が鳴きはじめた頃でした。
 最初は風景の一部としてぼうっと眺めていたシャラですが、その子が毎日やってくることに気が付き、以来ずっと気にかけています。


「あの子、何しに来てるんだろう」
「そりゃ願掛けだろう。ここ神社だし」

 女は背中を向けて、鳥居をくぐって帰っていきました。

「毎日よ。飽きないものなのね」

 シャラは呆れたようにため息をつきました。
 冷たい風が、扉の隙間から吹き込みました。思わず身体を縮こまらせると、扉がぱたんと閉じました。





 その日は嵐でした。風が喧しくうなり、大粒の雨が大地にあるすべてのものを激しく叩いています。
 寝転がるシャラの頬を、天井から降ってきた雫がぴしゃりと叩きました。

「この雨漏り、どうにかならないの!?」

 サラは濡れた頬を膨らませました。ミタマは肩をすくめます。

「扉開けるから奥に行け。濡れるぞ」
「開けるって、何する気よ」
「屋根の補強」
「今から?」

 シャラは眉をしかめました。

「濡れるの、嫌なんだろ」
「嫌だけど……」

 シャラはもやもやとしていました。濡れるのは嫌ですが、ミタマがこんな風の強い外へ出ていくのも嫌でした。どっちも嫌なので、どうしたらいいのか分かりません。
 答えあぐねていると、ミタマはさっさと扉を開けてしまいました。激しい風と雨の音が一気に中へなだれ込んできました。
 外へと踏み出したミタマの足は、すぐに止まりました。

「どうしたのよ! 出るんならさっさと出て、閉めてよ!」

 嵐の音が強すぎて、大声を出さなければ自分の声すら聞こえません。
 ミタマは足元の箱を飛び越えてしゃがみました。それからなにかを担いで中へ戻り、ぴしゃりと扉を閉めます。嵐の音が遠ざかりました。
 ミタマが抱えているのは、毎日神社へ来ていた女でした。髪の先や着物から、ぼたぼたと水が零れ落ちています。

「その子、今日も来てたの?」

 ミタマは女をゆっくり下ろしました。着物を絞ると、水がたくさん流れ落ちました。
 サラは奥の戸棚から、朝顔の着物を取り出しました。コマダの店から逃げる時、握りしめたままだったのです。衿の血はミタマに落とさせましたが、着る気になれず、ずっとそのままにしていました。

「これに着替えさせなさいよ。いや待って、私が着替えさせるから、こっち見ないでよね」

 奥に押しやると、ミタマは壁とにらめっこを始めます。
 その間に、シャラは女の濡れた着物をはぎ取り、乾いた布で拭ってから自分の着物を着せました。
 天井からぽとりと雫が落ちてきます。
 水滴が当たらないところに女を横たわらせて、じっと様子を見守っていました。

 シャラが女を眺めることに退屈してきた頃、女が目を覚ましました。ふたりを見て目を丸くします。

「えっと……ここは……あの世?」
「どうしてそうなるのよ!」

 シャラは目を三角にしました。

「神様の使いじゃないの?」
「違うわ」
「でも、髪が白いし」
「あなただってそうじゃない」

 そっかぁと女は納得したように呟きました。

「じゃあ俺、生きてるの?」
「当たり前じゃない。ここ、あなたが倒れてた神社の中」
「助けてくれたの?」
「そう、なるのかしら」

 シャラは戸惑いながらもうなずきました。

「ありがとう!」

 女は満面の笑みを浮かべました。その笑顔はきらきらと輝いて見えて、シャラの心がむずむずします。

「あなた名前は?」
「俺はナナシ。ふもとの村で暮らしてる」
「ナナシ、あなた、毎日ここに来てたでしょ」

 ナナシはぎくりと体を強張らせました。

「ここから見てたのよ。いったい何をお願いしてるわけ?」

 ナナシは困ったように眉を下げました。着物の裾をぎゅっと握りしめます。

「春に起きた火事に、商売に出てた親父が巻き込まれたんだ。倒れてきた梁に脚をやられて、動けなくなっちゃって。代わりに稼ぐって出ていった姉さんも、夏頃から音沙汰なくなっちまった。だから俺が稼がないとだけど、俺は天気の日に外にいると火傷しちゃうから、鍛えるついでにこの体を治してほしいってお願いしに来てたんだ」

 しゃべり終わった後、ナナシは周囲をキョロキョロ見回します。

「今何時なんどきだ? 俺、帰らないと。夕飯の支度もあるし……」

 そう言って立ち上がろうとするナナシを、ミタマが止めました。

「嵐が止むまで待った方が利口だ。死ねば元も子もない」

 ナナシは目に焦りの色を浮かべていましたが、その場に腰を落としました。
 嵐はまだ、神殿を激しく叩いています。ナナシは疲れが残っていたのか、再び眠っていました。
 その寝顔を見下ろしながら、シャラは眉間に皺を寄せました。

「ねえミタマ、ナナシの体を治してやれない?」
「無理だな。外傷なら治せるが、生まれつきの体質は無理だ」
「外傷は治せるの? じゃあナナシのお父さんは治せる?」
「程度にもよる。それは命令か?」

 シャラはうなずきました。ミタマは「わかった」と、小さく言いました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...