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第一章 シャラ
十一、便利屋のふたり
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神社の隣に、小さな小屋ができました。ナナシの村の人たちが作ったものでした。そこに、シャラとミタマは移り住んでいます。
ついでと言わんばかりに、神社も建て直されています。ぴかぴかです。
「シャラさん、ミタマさん」
村人が、小屋でのんびりしているシャラとミタマに声を掛けました。
「畑仕事を手伝ってほしいんだけど。うちの人がね、急にぎっくり腰になっちゃって」
「わかったわ」
シャラは立ち上がって小屋から出ました。ミタマも後に続きます。
「シャラ、今日も『便利屋さん』するの?」
村に来ると、傘を差したナナシが嬉しそうに駆け寄ってきます。秋にもかかわらず、シャラがあげた朝顔の着物を着ています。
「ええ。稲作の手伝いや家の補修、怪我人の治療、なんでも頼まれたらやってあげるわよ」
「やってるのほとんどミタマじゃん。シャラはお箸よりも重い物は持てないお姫様だから」
「お姫様じゃないってば!」
聞き慣れたやりとりに、村の人は笑います。ミタマだけが仏頂面でした。
「人には向き不向きがあるのよ」
「そんなに肥溜めに突っ込んだのが嫌だったのか」
「当たり前じゃない!」
「ま、でもいいんじゃない? ミタマはシャラの言うことならなんでも聞くし。村のみんな喜んでる」
頼まれた畑仕事の手伝いを、ミタマは黙々とこなしています。シャラとナナシは、木陰でその様子を眺めることにしました。
「それはミタマのだよね?」
ナナシがシャラの持つ刀を指差しました。シャラは得意げな顔をして頷きます。
「重たくないの?」
「私が持てているのよ?」
頬を刀に寄せると、紫色の紐にくすぐられます。
「たまにミタマに頼まれるのよ。作業をするのに邪魔だから、預かっててって。あの子の大事なものだから、きっちり任務をこなさないとね」
ナナシはフーンと言って、シャラとミタマを見比べました。
「聞きそびれてたけどさ、シャラとミタマは姉弟なの?」
シャラは首を横に振ります。
「じゃあどういう関係?」
「……主人と僕」
シャラがそう答えると、ナナシはケラケラと笑いました。
「そんじゃあやっぱり、シャラはお姫様なんだ」
「違うわよ」
シャラは口を尖らして反発しました。
「でもさあ、この辺の女はみんなシャラのこと、羨ましがってるよ。ほらミタマってさ、力もあるし割と博識だし、加えて文句ひとつ言わないじゃん。あんな人旦那にできたらってみんな言ってるよ」
「それは知ってるわ。でもね、あの子は私のミタマよ」
以前、ミタマが数人の女に囲まれているのを見たことを思い出したシャラは、顔をしかめました。
そんなシャラを見て、ナナシが目を丸くしました。それから、ニヤリと笑みを浮かべます。
「シャラはミタマのこと好きなんだな?」
しばらくの沈黙の後、シャラは頬を真っ赤に染めました。
「そんなわけないじゃない! 違うわよ!」
耳まで赤くなったシャラを見て、ナナシは愉快そうに笑います。
「そりゃあんだけ特別扱いされてたら好きにもなるわなー。告白しないの?」
「こっ、告白だなんてそんな!」
「えー。だって、ミタマもシャラのこと、好きなんじゃないの? 好きでもない奴に、そこまで尽くす人いるかなあ」
ナナシに言われて、シャラもそんな気がしてきました。どきどきと胸が高鳴ります。
「ほんとにそう思う?」
「思う思う」
シャラは目をきらきらと輝かせました。
「わ、私、伝えてみようかしら、私の気持ち」
「うん! 駄目でも慰めてあげるから!」
「さっきと言ってることが違うじゃない!」
ふと、ナナシの母親が、遠くからナナシを呼ぶ声が聞こえました。
「じゃあな、ちゃんと結果報告しろよ」
ナナシが去ってしばらくしてから、ミタマが戻ってきました。
「終わったぞ」
シャラはミタマの刀を持ったまま、立ち上がりました。
ミタマが帰ってきたら、すぐにでも告白しようと意気込んでいました。が、ミタマを目の前にすると、その勢いが萎んでしまいました。ぎゅうと刀を握りしめます。
「どうした? 具合でも悪いか?」
ミタマが顔を覗きこんできました。シャラはびっくりして、思わず後ずさりをしてしまいました。
「なっ、なんでもないわ!!」
ミタマは眉をひそめています。シャラは小さな頭で一生懸命話題を探しました。
ふとミタマの額に目が吸い寄せられました。いつも通り、黒い布が巻かれています。その下には、鬼の証である角が生えていることは、シャラしか知りません。
ナナシに背中を押されて舞い上がっていましたが、ミタマはシャラを殺しに来たのでした。シャラの魂を食べて、人に戻るために。
ミタマはどうして鬼になったのか。人だった時は、どんな暮らしをしていたのか。
ひとつ疑問が見つかると、それをきっかけにして、どんどん疑問が湧いてきます。
その時初めて、シャラはミタマのことを、何も知らない自分に気が付きました。
むくむくと欲求が湧いてきました。ミタマのことをもっと知りたい。ミタマの全部を知りたい。そうしたら、ミタマの全部が自分のものになるような気がします。
「ミタマは、私の言うことならなんでも聞くんだよね」
「そういう約束だからな」
「ミタマはどうして鬼になったの?」
ミタマの視線がじっと、シャラと、シャラが抱えている刀に注がれます。
「知りたいか?」
シャラはうなずきました。
「じゃあ戻ろう。ここじゃ話したくない」
ミタマは踵を返して、小屋へ向かいます。シャラも刀を抱えたまま、後に続きました。
ついでと言わんばかりに、神社も建て直されています。ぴかぴかです。
「シャラさん、ミタマさん」
村人が、小屋でのんびりしているシャラとミタマに声を掛けました。
「畑仕事を手伝ってほしいんだけど。うちの人がね、急にぎっくり腰になっちゃって」
「わかったわ」
シャラは立ち上がって小屋から出ました。ミタマも後に続きます。
「シャラ、今日も『便利屋さん』するの?」
村に来ると、傘を差したナナシが嬉しそうに駆け寄ってきます。秋にもかかわらず、シャラがあげた朝顔の着物を着ています。
「ええ。稲作の手伝いや家の補修、怪我人の治療、なんでも頼まれたらやってあげるわよ」
「やってるのほとんどミタマじゃん。シャラはお箸よりも重い物は持てないお姫様だから」
「お姫様じゃないってば!」
聞き慣れたやりとりに、村の人は笑います。ミタマだけが仏頂面でした。
「人には向き不向きがあるのよ」
「そんなに肥溜めに突っ込んだのが嫌だったのか」
「当たり前じゃない!」
「ま、でもいいんじゃない? ミタマはシャラの言うことならなんでも聞くし。村のみんな喜んでる」
頼まれた畑仕事の手伝いを、ミタマは黙々とこなしています。シャラとナナシは、木陰でその様子を眺めることにしました。
「それはミタマのだよね?」
ナナシがシャラの持つ刀を指差しました。シャラは得意げな顔をして頷きます。
「重たくないの?」
「私が持てているのよ?」
頬を刀に寄せると、紫色の紐にくすぐられます。
「たまにミタマに頼まれるのよ。作業をするのに邪魔だから、預かっててって。あの子の大事なものだから、きっちり任務をこなさないとね」
ナナシはフーンと言って、シャラとミタマを見比べました。
「聞きそびれてたけどさ、シャラとミタマは姉弟なの?」
シャラは首を横に振ります。
「じゃあどういう関係?」
「……主人と僕」
シャラがそう答えると、ナナシはケラケラと笑いました。
「そんじゃあやっぱり、シャラはお姫様なんだ」
「違うわよ」
シャラは口を尖らして反発しました。
「でもさあ、この辺の女はみんなシャラのこと、羨ましがってるよ。ほらミタマってさ、力もあるし割と博識だし、加えて文句ひとつ言わないじゃん。あんな人旦那にできたらってみんな言ってるよ」
「それは知ってるわ。でもね、あの子は私のミタマよ」
以前、ミタマが数人の女に囲まれているのを見たことを思い出したシャラは、顔をしかめました。
そんなシャラを見て、ナナシが目を丸くしました。それから、ニヤリと笑みを浮かべます。
「シャラはミタマのこと好きなんだな?」
しばらくの沈黙の後、シャラは頬を真っ赤に染めました。
「そんなわけないじゃない! 違うわよ!」
耳まで赤くなったシャラを見て、ナナシは愉快そうに笑います。
「そりゃあんだけ特別扱いされてたら好きにもなるわなー。告白しないの?」
「こっ、告白だなんてそんな!」
「えー。だって、ミタマもシャラのこと、好きなんじゃないの? 好きでもない奴に、そこまで尽くす人いるかなあ」
ナナシに言われて、シャラもそんな気がしてきました。どきどきと胸が高鳴ります。
「ほんとにそう思う?」
「思う思う」
シャラは目をきらきらと輝かせました。
「わ、私、伝えてみようかしら、私の気持ち」
「うん! 駄目でも慰めてあげるから!」
「さっきと言ってることが違うじゃない!」
ふと、ナナシの母親が、遠くからナナシを呼ぶ声が聞こえました。
「じゃあな、ちゃんと結果報告しろよ」
ナナシが去ってしばらくしてから、ミタマが戻ってきました。
「終わったぞ」
シャラはミタマの刀を持ったまま、立ち上がりました。
ミタマが帰ってきたら、すぐにでも告白しようと意気込んでいました。が、ミタマを目の前にすると、その勢いが萎んでしまいました。ぎゅうと刀を握りしめます。
「どうした? 具合でも悪いか?」
ミタマが顔を覗きこんできました。シャラはびっくりして、思わず後ずさりをしてしまいました。
「なっ、なんでもないわ!!」
ミタマは眉をひそめています。シャラは小さな頭で一生懸命話題を探しました。
ふとミタマの額に目が吸い寄せられました。いつも通り、黒い布が巻かれています。その下には、鬼の証である角が生えていることは、シャラしか知りません。
ナナシに背中を押されて舞い上がっていましたが、ミタマはシャラを殺しに来たのでした。シャラの魂を食べて、人に戻るために。
ミタマはどうして鬼になったのか。人だった時は、どんな暮らしをしていたのか。
ひとつ疑問が見つかると、それをきっかけにして、どんどん疑問が湧いてきます。
その時初めて、シャラはミタマのことを、何も知らない自分に気が付きました。
むくむくと欲求が湧いてきました。ミタマのことをもっと知りたい。ミタマの全部を知りたい。そうしたら、ミタマの全部が自分のものになるような気がします。
「ミタマは、私の言うことならなんでも聞くんだよね」
「そういう約束だからな」
「ミタマはどうして鬼になったの?」
ミタマの視線がじっと、シャラと、シャラが抱えている刀に注がれます。
「知りたいか?」
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「じゃあ戻ろう。ここじゃ話したくない」
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