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学園にて
キャラが違う
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相変わらずのお婆様には、わたしが学園に旅立ってからの不在期間の嫌味を多少言われた。それからその後の近況と、情勢把握を簡潔に話し合った。
表裏両方とも、今のところ取り引きは問題なく続いてるようだ。帳簿を見比べ、売り上げの推移を頭に入れる。
「で、いい男は見つかったのかい?」
「あー、居るいる。めちゃくちゃ居る。今の子たちってラフネスの名前に全然ビビってないから、どの子選んでも大丈夫っぽい」
「確かにね、あんたが“お友達”なんて連れて帰ってくるくらいだ。時代が変わったんだろうて」
「親世代はさすがに気にしてくるけどね」
フィーユのとこは当然、アンバーのとこもエルサのとこも、ご挨拶の時にはラフネスの名前にちょっとだけ戸惑ってらした。嫌悪とか敵対とかはしないけど、なるべく関わりたくはないって感じで。
苦労するとしたら、婚約を打診した時に、そこがネックになるくらいか。
(まぁ卒業までには何とかするつもりだし、そもそもまず王太子一派を攻略しなきゃ、学園で婚活する雰囲気にもならないしね)
わたしはもっと遊びたいんだ。
お婆様にご挨拶した後は、寝所の老伯爵のもとへ行く。
半年ぶりに見たお爺さまは、相変わらず意識があるのかないのか、同じ姿で横たわっていた。
わたしはベッドの横の椅子に座り、胸の上で組まれたお爺様の手を握ってさすって、いつもしてたようにお顔をじっと見つめながら、とりとめなく他愛ない事を語りかけた。
微かに動くまぶたを確認して、お爺様の額に口づけする。
友達たちを待たせてる応接間に戻ると、アンバーが興奮したように、応対してたアビゲイル侍従長への礼讃を並べた。
「あんな素敵な、洗練された淑女初めて見たわ!王都でだって見た事ないよ!あんな方が教育係だったなんて、サリーが羨ましい!サリーの立ち居振る舞いとか知性とか、あの女性の影響だったんだね!あぁもっとお話ししてみたい!上品なマナーの手解き受けてみたい!一度サリーから頼んでみてくれない?!ねぇ、お願いだよ!」
あまりの熱量に圧倒された。エルサやフィーユまでもが一緒になって、うんうんと頷いてる。
何これ、ちょっと引くわぁ…。
その日のディナーは、ウチの地産品の他に滞在先で仕入れた特産品も使ったメニューになってて、それぞれの食材の新しい使い方にアンバーもエルサも驚きながら楽しく味わってくれたみたいだった。あとで料理長を褒めに行っとこう。
その食事の間もその後も、アビゲイルがわたしの専属侍女みたいに細々と動いてて、それを三人娘たちがお勉強も手がつかずうっとりと憧れの表情で見つめていた。
━━アビー、アビー!あんたをわたし付きに戻した覚え無いんだけど?自分の仕事いっぱいあるでしょ!そっちやってきなさいよ!
と、顔が近づいたタイミングで小声で叱責したら、わたしにだけ分かるように「ふふんっ」と笑って、何事もなかったように侍女の仕事を続けた。
コイツ、わたしがお友達たちの手前、大声出さないの見越して無視しやがったゾ。
お友達たちは、そんな主人に反抗的なアビゲイルの仕事ぶりをキャッキャと褒めそやし、アビゲイルが淹れた紅茶を口にして芳醇な味わいに驚き、ますます傾倒していくようにアビゲイルがいかに素晴らしいか、彼女の世話を受けてるサリーがどれほど恵まれてるかを、わたしに語り尽くしてきた。
あの子を使い物になるようここまで仕込んだの、わたしの方なんだけどなぁ……。
イラっとなりながら頬杖ついてたら、アビーがこれみよがしにわたしの視界で専属侍女として振る舞い、ニコッと微笑みを向けてきた。腹立つ~!
お勉強に戻ったフィーユが、「経世学に出てくる『メルクリウスプリティ』って用語の『メルクリウス的』ってどういう意味?」とエルサに尋ねてた。
「普通に現象を見つけた人の名前とかじゃないの?メルクリウスさん?」
(違うんだよなぁ)と思って口を出そうか思案してたら、
「ドン・キホーテ的、つまり『軽はずみ』という意味でございます」
フィーユの手元にハーブティーを置いて、アビゲイルがニコリと微笑みかけてた。おいおい、フィーユまでもがドギマギして照れてるぞ?
「そしてメルクリウス・プリティとは、簡単に言えば当家のサリーお嬢様のような性質の動きを、市場がみせる現象の事を指しますわ」
いや、合ってるけどさ、なんか言い方おかしくない?
なるほど~とうなずく三人娘たちも、理解したというより教養深く博識な憧れの淑女に話しかけられた事に絆されてるって感じだ。なんでじゃ。
翌日、ウチには観光名所が無いため市場や工場見学の社会学習、これくらいしかやる事がない。
こんなの貴族のご令嬢たちが見ても面白くないだろなぁと心配だったけど、フィーユが将来あの過酷な王太子妃にまでなるつもりあるなら必要だと思い、学ばせる。オススメはしないけどね。
「どんな事業でも、持続的にやるためには市民に努力を期待しちゃダメよ。正義感振り翳して無理を強いたのは絶対につづかないわ。
普通に生活することで自然に出来ちゃう体制を、施政者であるわたしたちが作るの」
ウチは産廃処理まで、全部流れ作業で出来る体制を揃えてる。“無駄をなくす”なんて考えより、人々の動線を考えて余計なことをやらなくても済む、を前提に物事は決める。
意外にも実家が商家だからか、理解が早く楽しんでもらえたようだ。
「これ全部管理するとこに入り婿する男子を探してるの?」
と、エルサがわたしの袖を引いて訊いてきた。そうだよ~。原料の生産から運搬、工場加工、製品化、流通、販売、経理その他もろもろ一貫してウチがやってるから、社交性そんなに無い大人しい子でも頑張るだけでやれる簡単なお仕事だよ~。
「それは…、かなり難しいと思うよ…」
アンバーが呆れたように言って、フィーユが唖然としてた。なんでじゃ。
黙ってついてきてたアビゲイルがふふんっと得意げに笑ってた。なんでじゃ。
その日は最終日なので、わたしたちは夜更けまでおしゃべりをした。また会えるのは、一月後の新学期。
わたしの事、忘れないでねー!とおいおいと泣いたら、アンバーから「キャラが違う」と笑われた。バレたか。
翌朝、街道途中まで見送った。
アンバー、エルサ、フィーユ、それぞれ従者と馬車で戻る。ここからだと全員方向が違うから、ここで解散だ。皆んな元気でね。
一応、ウチが持ってる商隊を各家に同行させる。旅の荷物持ちと警備を兼ねてだけど、フィーユのシャルマン男爵家は一番遠いからラフネス伯爵家の私兵も護衛につけた。
「サリーから愛されてる!」とフィーユが感激してたけど、いや、単に事務的な事なだけだからね。キミに何かあったら困るし。だからフィーユだけじゃなくアンバーとエルサも同じくらい愛してるよ(笑)
夏休み残り期間はゆっくり出来ず、伯爵領の滞ってる雑務を消化させられた。
休みなのにヘトヘトになるわ!
というかアビゲイル侍従長、なし崩しにわたしのお世話係に収まってるけど、早よ相手決めなきゃわたしの侍女には戻さないって言ったよね?
……お茶は美味しいけども。
表裏両方とも、今のところ取り引きは問題なく続いてるようだ。帳簿を見比べ、売り上げの推移を頭に入れる。
「で、いい男は見つかったのかい?」
「あー、居るいる。めちゃくちゃ居る。今の子たちってラフネスの名前に全然ビビってないから、どの子選んでも大丈夫っぽい」
「確かにね、あんたが“お友達”なんて連れて帰ってくるくらいだ。時代が変わったんだろうて」
「親世代はさすがに気にしてくるけどね」
フィーユのとこは当然、アンバーのとこもエルサのとこも、ご挨拶の時にはラフネスの名前にちょっとだけ戸惑ってらした。嫌悪とか敵対とかはしないけど、なるべく関わりたくはないって感じで。
苦労するとしたら、婚約を打診した時に、そこがネックになるくらいか。
(まぁ卒業までには何とかするつもりだし、そもそもまず王太子一派を攻略しなきゃ、学園で婚活する雰囲気にもならないしね)
わたしはもっと遊びたいんだ。
お婆様にご挨拶した後は、寝所の老伯爵のもとへ行く。
半年ぶりに見たお爺さまは、相変わらず意識があるのかないのか、同じ姿で横たわっていた。
わたしはベッドの横の椅子に座り、胸の上で組まれたお爺様の手を握ってさすって、いつもしてたようにお顔をじっと見つめながら、とりとめなく他愛ない事を語りかけた。
微かに動くまぶたを確認して、お爺様の額に口づけする。
友達たちを待たせてる応接間に戻ると、アンバーが興奮したように、応対してたアビゲイル侍従長への礼讃を並べた。
「あんな素敵な、洗練された淑女初めて見たわ!王都でだって見た事ないよ!あんな方が教育係だったなんて、サリーが羨ましい!サリーの立ち居振る舞いとか知性とか、あの女性の影響だったんだね!あぁもっとお話ししてみたい!上品なマナーの手解き受けてみたい!一度サリーから頼んでみてくれない?!ねぇ、お願いだよ!」
あまりの熱量に圧倒された。エルサやフィーユまでもが一緒になって、うんうんと頷いてる。
何これ、ちょっと引くわぁ…。
その日のディナーは、ウチの地産品の他に滞在先で仕入れた特産品も使ったメニューになってて、それぞれの食材の新しい使い方にアンバーもエルサも驚きながら楽しく味わってくれたみたいだった。あとで料理長を褒めに行っとこう。
その食事の間もその後も、アビゲイルがわたしの専属侍女みたいに細々と動いてて、それを三人娘たちがお勉強も手がつかずうっとりと憧れの表情で見つめていた。
━━アビー、アビー!あんたをわたし付きに戻した覚え無いんだけど?自分の仕事いっぱいあるでしょ!そっちやってきなさいよ!
と、顔が近づいたタイミングで小声で叱責したら、わたしにだけ分かるように「ふふんっ」と笑って、何事もなかったように侍女の仕事を続けた。
コイツ、わたしがお友達たちの手前、大声出さないの見越して無視しやがったゾ。
お友達たちは、そんな主人に反抗的なアビゲイルの仕事ぶりをキャッキャと褒めそやし、アビゲイルが淹れた紅茶を口にして芳醇な味わいに驚き、ますます傾倒していくようにアビゲイルがいかに素晴らしいか、彼女の世話を受けてるサリーがどれほど恵まれてるかを、わたしに語り尽くしてきた。
あの子を使い物になるようここまで仕込んだの、わたしの方なんだけどなぁ……。
イラっとなりながら頬杖ついてたら、アビーがこれみよがしにわたしの視界で専属侍女として振る舞い、ニコッと微笑みを向けてきた。腹立つ~!
お勉強に戻ったフィーユが、「経世学に出てくる『メルクリウスプリティ』って用語の『メルクリウス的』ってどういう意味?」とエルサに尋ねてた。
「普通に現象を見つけた人の名前とかじゃないの?メルクリウスさん?」
(違うんだよなぁ)と思って口を出そうか思案してたら、
「ドン・キホーテ的、つまり『軽はずみ』という意味でございます」
フィーユの手元にハーブティーを置いて、アビゲイルがニコリと微笑みかけてた。おいおい、フィーユまでもがドギマギして照れてるぞ?
「そしてメルクリウス・プリティとは、簡単に言えば当家のサリーお嬢様のような性質の動きを、市場がみせる現象の事を指しますわ」
いや、合ってるけどさ、なんか言い方おかしくない?
なるほど~とうなずく三人娘たちも、理解したというより教養深く博識な憧れの淑女に話しかけられた事に絆されてるって感じだ。なんでじゃ。
翌日、ウチには観光名所が無いため市場や工場見学の社会学習、これくらいしかやる事がない。
こんなの貴族のご令嬢たちが見ても面白くないだろなぁと心配だったけど、フィーユが将来あの過酷な王太子妃にまでなるつもりあるなら必要だと思い、学ばせる。オススメはしないけどね。
「どんな事業でも、持続的にやるためには市民に努力を期待しちゃダメよ。正義感振り翳して無理を強いたのは絶対につづかないわ。
普通に生活することで自然に出来ちゃう体制を、施政者であるわたしたちが作るの」
ウチは産廃処理まで、全部流れ作業で出来る体制を揃えてる。“無駄をなくす”なんて考えより、人々の動線を考えて余計なことをやらなくても済む、を前提に物事は決める。
意外にも実家が商家だからか、理解が早く楽しんでもらえたようだ。
「これ全部管理するとこに入り婿する男子を探してるの?」
と、エルサがわたしの袖を引いて訊いてきた。そうだよ~。原料の生産から運搬、工場加工、製品化、流通、販売、経理その他もろもろ一貫してウチがやってるから、社交性そんなに無い大人しい子でも頑張るだけでやれる簡単なお仕事だよ~。
「それは…、かなり難しいと思うよ…」
アンバーが呆れたように言って、フィーユが唖然としてた。なんでじゃ。
黙ってついてきてたアビゲイルがふふんっと得意げに笑ってた。なんでじゃ。
その日は最終日なので、わたしたちは夜更けまでおしゃべりをした。また会えるのは、一月後の新学期。
わたしの事、忘れないでねー!とおいおいと泣いたら、アンバーから「キャラが違う」と笑われた。バレたか。
翌朝、街道途中まで見送った。
アンバー、エルサ、フィーユ、それぞれ従者と馬車で戻る。ここからだと全員方向が違うから、ここで解散だ。皆んな元気でね。
一応、ウチが持ってる商隊を各家に同行させる。旅の荷物持ちと警備を兼ねてだけど、フィーユのシャルマン男爵家は一番遠いからラフネス伯爵家の私兵も護衛につけた。
「サリーから愛されてる!」とフィーユが感激してたけど、いや、単に事務的な事なだけだからね。キミに何かあったら困るし。だからフィーユだけじゃなくアンバーとエルサも同じくらい愛してるよ(笑)
夏休み残り期間はゆっくり出来ず、伯爵領の滞ってる雑務を消化させられた。
休みなのにヘトヘトになるわ!
というかアビゲイル侍従長、なし崩しにわたしのお世話係に収まってるけど、早よ相手決めなきゃわたしの侍女には戻さないって言ったよね?
……お茶は美味しいけども。
応援ありがとうございます!
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