自分が読みたいタイプの追放悪役令嬢のやり直しモノ

じょるでぃ

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 まだ結論じゃない。
 でもその前提で、一から洗い直してみる。



 ━━━━エルサがホスタイル教諭に侮辱されたというのは、学園祭後少ししてからの放課後だ。

 元々の朗らかな性格から、エルサは同じクラブの先輩や内部生からも可愛がられてた。その親しくしてた内部生クラスの先輩女子に誘われ、必要機材を取りに内部棟の資材室までお供した時の事らしい。

 和気藹々と申請書を書いて必要な物品を受け取りしていた所を、応接室からヌルリと現れた件のホスタイル教諭に見咎められた。


 ホスタイル教諭へ淑女の礼を執る先輩につづき、エルサもスカートを摘んで頭を傾げ、同じ姿勢での挨拶をした。しかしホスタイル氏はそのエルサを、
「やはり田舎の山猿では、貴族の礼儀も猿真似以下の貧乏臭い野暮ったさだな」
 見るなり嘲笑した。

 いきなりの事にエルサは戸惑うも、かろうじて平静を保ちつつ、
「王国の恩情をいただき、ありがたくも学園で高水準の王国マナーを学ばさせて頂いております」
 深々と頭を下げて、上位への礼節を表明した。


「ふっ、やはりどう言い繕おうが、下っ端田舎貴族は王都貴族の作法を知らぬと見える」
 エルサの立ち居振る舞いを、あからさまに鼻で笑う。

「どこが駄目なのでございましょう?何が足りていないのか、ご指摘のところをどうか先生、ご教示お願いいたします」
 (どうやら喧嘩を売られてるらしい)と、温厚なエルサでも理解したようだ。普段の彼女に似合わず、ホスタイル氏に毅然と言い返したという。



(━━━━もしかしたら気づいた?)

 バヴァルダージュ嬢からの話を聞いてて、わたしはそこに思い至った。
 学園祭での劇の脚本をメインで書いたのはエルサだ。当然、ロジャー&ジュリーの物語を読み込んだ。当時の日記なんかの資料も調べた。

 そしてエルサは知ったんだろう、スーフィフル・ホスタイルという男の存在を。その男が、目の前にいる。



「足りない足りない、何もかもが足りない。王国貴族として身につけるべき気品というものが、全く足りていない。やはり王都の中央貴族でなければ、どれだけ表面ばかりを模倣しても、優美なる所作は身につかないのだろうな。生まれは争えんのだよ」
 ホスタイル教諭は、学園の教師にあるまじき言い様で嘲笑した。

 エルサはグッとこらえつつ、
「たしかに私の家は地方貴族です。でもこうして王都学園に、貴族に相応しい子女となるよう学びに来ています。学園で、王国貴族として、教えを受けています。━━━━その栄光ある学園の生徒を認めない、みたいなお言葉は、学園の先生として如何かと思います」
 動揺を押し殺し、それでも頭を下げながら、はるか目上の内部生担当上級教諭に懸命の抗議をする。


「はっはっ、賢しらな口答えをするものだ。栄光ある学園は、あくまで“慈悲”で、地方貴族にも門戸を開いてやってるだけだ。キミたちは王国に感謝こそすれ、それを笠に着て権利を主張し振る舞うなど、烏滸がましくも恥ずかしい事だとは思わないのかな?」
「……一王国貴族として、恥ずかしくない淑女たらんと、日々学んでおります」
 エルサが言葉を搾り出す。いきなりの出会い頭で、ここまでの侮辱をされる理由も分からない。でも、外部生全体を否定するような言われ方をするのは、到底看過出来ない。

 対してホスタイル教諭は、
「河原芸などにうつつを抜かす下賤な者らしい戯言だな。よもや勘違いしすぎて、名誉ある王国貴族の一員になったつもりでいるとは……」
 と、心底馬鹿にしたように、口の端を歪めてクックッと呟いた。



「先生、失礼ながらお言葉が過ぎます!彼女は優秀な一年生です。賢いし、素直な良い子です。たとえ外部生であっても、爵位のある貴族令嬢として正しく学んでいます!」
 ホスタイル教諭の侮辱に、上級生がたまらずエルサを庇ったという。内部生の女生徒が上級教諭に意見するなんて、相当の覚悟だったろう。それほど腹に据えかねたのかもしんないけど、


(━━━━外部生で、“あっても”?)

 バヴァルダージュ嬢から当時の様子を聞いてて、伝聞ながらカチンッときた。ナチュラルに階級意識が出てる。でもまぁ腹は立つけど、殊更先輩女生徒を責めるほどのものじゃないか……。
 話の腰を折る気もないし、ツッコミ入れるの我慢して、黙って続きを促した。わたし偉い。

 バヴァルダージュ嬢の取材は、そこからも詳細だった。





「優秀?そういえばどこのとは知れないが、一回生には集団カンニングの疑いが提起されている組があったね。勿論私は信じていないよ?栄誉ある王都学園で、そのような卑怯な振る舞いをする者たちがいるなんて事は、無いと信じている」
 さも信頼厚い教師が生徒たちを憂うような顔を作りながら、

「━━━━だが、日々の行いでそのような疑義を呈される事態を招くような真似は、慎しむべきだと、そう思わないかい?」
 嫌味ったらしくつづけたという。



「…………何を仰りたいのでしょうか?」
「上への不平不満を口にしつつ、その実、上位者の庇護の陰に隠れ、王国の権威を借りて貴族の権利だけを主張する。今のその姿が、王国貴族に相応しい振る舞いだとでも?」
 エルサの抗弁には一顧だにせず、下級貴族を皮肉る囀りを止めない。

「いくら表面を取り繕うと、偽物は真の青い血脈たりえないのだよ。いくら学んだところで、猿真似は猿真似。その姿勢も、視線も、そもそも上位者に侍って立つ時の位置も、全て格式ある仕来たりで決められている事を、外の者は理解出来ておらんのだ。
 ━━━━心が、理解出来ていない」
 しみじみとした詠嘆。全ての言葉が外様の下級貴族を、それを通してのエルサ個人を、馬鹿にし嘲ける意思で満ちている。

「上位者が親しくしてくれた?それに甘えて馴れ馴れしく並んで歩く事自体が、“はしたない”事に気づかない。下の者には、上位の者に対し示すべき礼節がある。所詮は創作物などに誑かされるような享楽的で幼稚な精神だから、キミらには本質というものを知れないのだ。まぁ……」
 と言って、わざとらしく呆れた風な顔でフーッと鼻から一息つき、
「土いじりが本分の田舎豪族に求めるだけ、酷というものかな?」
「……」


 ねちっこくて不快な空気が周囲でまとわりつく。
 言葉なく黙り込むエルサと、不安げに戸惑う先輩女生徒。そのふたりを侮蔑的に舐め回す、スーフィフル・ホスタイル教諭。
 およそ健全ではない対峙は、さながら威圧的な男の独演会じみていた。
「血は偽れない。気品と教養とは、代々の高貴なる血で培われるものだからね」
 肩をすくめ、やれやれ呆れた、とばかりに嘲笑うのだ。

 まさかこんなのが標準的な王都貴族か、と思うとウンザリしてしまう。清々しいまでに純然たる階級意識。その高圧に押し潰されそうになりながらもエルサは、屈辱に抗う声を絞り出した。


「……下級といえど、私たちの家はロワイヨーム王家によって正式に叙爵されています。それを貶すような先生の発言は、王家に対する不敬とは言えませんか?」
「王都貴族と地方貴族が受ける爵位の明確な“格”の差は、言わずとも王国の常識だ。鍍金、張りぼて、紛い物……。外様の体裁を調えるだけのものと我々とを、一緒にしてはもらいたくないね」
「……剥がれなければ、メッキだって金です。譜代外様の差はあったとしても、私たちも等しく王家に仕える臣民だと、心得ております」
 それを聞き、さも「分かってないなぁ」といった風なジェスチャーで肩をすくめ、ホスタイルは首を振った。


「比重が違う。重みが違う。━━━━伝統、文化、格式、生まれながらの血統、造詣の深みが違う。我々は全くの別物だ。その優秀だとかいうおつむで、正しい判断がなされる事を期待するよ」
 大仰に両の手を振り翳して、女先輩から擁護されたエルサの評価をあげつらった。ホスタイル教諭にとっては、ハナから外部生徒など評価に値しない者たちなのだ。むしろそんなのが、同じ貴族面をしている事の方が腹立たしい。

(ましてや、演劇なんていう下賤な形をとって上位者批判をするような者など……)



「私たちもロワイヨーム王家に属して数代つづき、等しく王国貴族として仕えた歴史を持っています。王家からも認められた、誠忠なる臣下です」
 という生意気な口答えすら、癪に障る。

「あくまで外様として、だ。習わなかったかね?貴族とは人民を率い、導く者だ。土をいじり、根を引く者ではない。こんな言葉は出来れば使いたくないんだが、地方貴族なんてものは似非貴族だ。どれほど着飾り社交界の真似事をしようとも、芝居の真似事どころかままごとにすらなっていない。最初から、キミらは貴種では、ない」
 地方貴族の想いを、一刀の下に切り捨てる。

「━━━━歴史?そもそもそんなものは、歴史とは言えないだろう。ましてや誇るなど、むしろ惨めすぎて可哀想になってくる」
 完全なる全否定。

「衣装ばかり背伸びして似たような格好をしているが、内面から出てくる卑しさは消せない。河原芸人のようにどれだけ演じて取り繕ってもね。臭うんだよ、田舎の家畜臭が。栄えあるロワイヨーム王国の貴族は、もっと厳選されるべきだ。選ばれし家門だからこそ、高潔な魂と誇りある精神が宿るのだ。キミたちのその田舎臭い佇まい自体が、既に野暮ったい。
 それでもなお、土を捏ねる下級貴族どもが王都で生きていくというのなら、身の程をわきまえ、邪魔にならぬよう、道の端っこで縮こまってひっそりとしていて欲しいね」
 学園の教師が学園の生徒に対し、あり得ないほどの侮辱を浴びせた。あまりにも露骨な悪意にあてられ、エルサと先輩は青ざめ、言葉を失う。

 その様子を見て、ホスタイルは急にしおらしく「あぁ、すまない」と、申し訳なさそうに詫びる。


「これは言葉が過ぎたね。悪くは取らないでくれよ?君たちが居てくれて王国はとても助かっている。それは間違いない。━━━━だがもっと助かるんだ、」
 言葉を切り、


「君たちが居なければ」


 トドメとばかりに、エルサの矜持を踏み躙った。




 この時のエルサの心中は、察するに余りある。
 ラフネスのように、周囲が敵であることに慣れてるなら、どう言い返してやろうかと手ぐすね引けたりもする。が、控えめでお淑やかで理想的なお嬢様然としたエルサに、そんな免疫があるわけない。
 本来尊敬すべき対象の王都学園の教諭に、理不尽な暴言をぶつけられたのだ。心は千々に乱れただろう。

 そのエルサちゃんを気遣い、庇う先輩にも、ホスタイルは唾を吐き棄てた。


「君も君だ。学園の教師として忠告しておく。なにも下級貴族と関わるなとは言っていない。上位下位をしっかり理解して、相応しい付き合い方をしたまえ、と言っている。付き合う相手はきちんと選び、上に立つ者の矜持と品位を保つようにしなさい。相手はただでさえ虚構と現実が区別ついていない者たちだ。わからせるために、しっかり躾けてケジメをつけなさい。これは我々上級貴族に課された責務だ。でなければ君たちだけでなく、彼らの教育にも、悪影響が出てしまうのでね」

 ━━━━そう、ホスタイル氏は言い棄て、去っていったらしい。



 この出来事から少しして、例の問題が立て続けに起きた。そこから急激に、エルサと内部生たちとの間の亀裂が、大きくなったようだ。


 まるで、何らかの見えない力が、意図的に作用したかのように。







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