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本編
労働環境
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カーマが放り込まれた穴倉は、劣悪といっていい環境だった。およそ、人間が過ごす事など想定していない場所だった。
そこでカーマには、苛酷な労働が与えられた。
圧倒的特権階級といっていい高級貴族出身のカーマの人生では、あり得ないほどの底辺肉体労働だった。
いくら身体的能力に優れているカーマといえど、18の青年には、正直に辛い。
やる事は主に三つ。
・つるはし振るって岩盤を砕く事
・掘り出した炭石を荷車に載せて運ぶ事
・鞴を使って坑道内に風を送る事
つるはしで硬い岩盤を叩くと、全身をビリビリと衝撃が走り、腕だけでなく脳髄まで揺らされる感覚になる。それだけでも身体を傷めるが、疲労でつるはしを岩盤から滑らせてしまうと、自分の脚を傷つけ、怪我をしてしまいかねない危険があった。破傷風にでもなれば致命傷だ。
粉砕した岩石を運び出す荷車は、トロッコのように線路を整備したわけでない悪路を、男たちの身一つで押し曳きして運ばなければならない。ガタガタな坑道は勾配もあり、気を抜けば坂道を、大量の岩を積んだ質量の台車が滑り落ちる危険がある。轢かれでもしたら死も否定出来ない大怪我だ。
鞴は身体全体を使い、疲労感が断トツだ。しかも何の意味があるのか、まるっきり仕事の意義が見出せないから、精神的な苦痛が他と比べてハンパない。坑道内のポイントごとに配置され、ひたすら内部に向けて風を送る。
確かに坑内は地熱でクソ暑い。が、こんな程度の送風などまさに焼け石に水だろう。それに、風を送る要員自体も暑い坑内で全身運動しているのだ。一体何の意味があるのか、無駄の極致にしか思えない。
その上で、サボってるところを見つかると、監視員にしこたま殴られる。理不尽極まりない仕事だった。
そして最もカーマの健康を悩ませたのは、採掘による細かい砂の粉塵だった。
岩盤を割る時も、台車で運ぶ時も、鞴で風を送る時も、細かい砂塵が舞い上がって、目や鼻や口からジャリジャリと体内に入ってくる。
皆それぞれ汚れたボロ布を口元に巻き、気休めのマスクにしてしのいでいる。だがそんなもの、どれほどの効果があるものか。
数週間もすれば、カーマはあまりの労働環境の悪さに我慢ならなくなった。即座に、月一の視察に来た炭鉱主を捕まえ、労働の不満をぶち撒けた。
近づいた途端、用心棒顔した警護兵に胸ぐら掴まれた。しかし平民堕ちしたとはいえ、カーマの出自に配慮した炭鉱主がそれを制し、顎でしゃくってカーマに言葉を促した。
カーマはゴホンとひとつ咳払いしてから襟をパンッと叩き、容儀を正して演説のような口調で要求の提示を始めた。
「この炭鉱の産出物は、王国の政権運営に欠かせない資源だろう?安定して供給されるのを期待されているはずだ。それには適切な労働力が要る。
だが、現状ではどうだ?過酷な労働と環境の悪さで、体調を崩す者が後を絶たない。そうなるとどうなるか?不安定な労働力で不安定な産出量では、求められている量を賄えないんじゃないか?」
「で?だから何だというんだ?」
「あんたには、俺らの体調管理をする責務もあるはずだ。じゃなきゃ、要求される数の燃石炭を掘り出せなくなるからな」
炭鉱主が、かすかに鼻で笑ったような気がした。気にはなったが、カーマは大仰に手を振りながらそのままつづけた。
「俺らは酷い環境で働かされてる。それぞれが汚い布を口元に巻き、砂埃を吸わないようにあれこれしている。その改善をしてもらいたい。
要は清潔な布と水と、そして粉塵を防ぐマスクだ」
「戯言はそれで全部か?」
「あ?」
なんだコイツ、真面目に取り合わない気か?
「効率が落ちようが問題ない。自分が社会に貢献しているとでも?ここはお前たちを苦しめるための場所だ。炭石を掘るのはその副産物に過ぎん。
ノルマに達しなければ、体調悪かろうがなんだろうが、お前らを痛めつけて規定量まで徹夜で掘らすだけのことよ」
「それで結果死人が大量に出れば、酷使する労働力すら無くなるぞ」
「ふんっ、お前らのようなクズはいくらでも王都から運ばれてくる。労働力?代わりなぞ、なんぼでもあるさ。どれだけ死のうが、知った事ではない」
せせら笑われた。
「……だが囚人が死ねば、事務手続きや死体の処理にコストがかかるだろう?腐るから放置するわけにもいかないはずだ。それなら安価なマスクを支給し、擦り切れない程度には休みを与えた方が、トータルの経費はかからない」
「死体など、崖から棄てるだけだ」
立てた親指で、肩越しに向こう側の崖をクイッと指す。くっくっと、用心棒の男も笑う。これまでも力尽きた何人もが、そういう敬意の無い弔われ方をされてきたのだろう。
それに対し、カーマは顔を歪めた。
「そんな事をしてきているのか!?それこそ崖下から、どのような瘴気が上がってくるか分からないではないか!なにせここは魔窟域のすぐそばだ。魔物と病を呼び込むような事を、本気でする気か?!」
カーマは王国の施政者側だった青年だ。モンスターのスタンピードは防ぐべき懸念のひとつと認識している。まさかこんな杜撰な事を僻地がやらかして、その後始末尻拭いを政治がやらねばならぬ羽目になっていたのか、と腹が立った。
「べちゃくちゃべちゃくちゃ五月蝿えガキだ。お前はカスのような罪人だ。偉そうな事をぬかす資格なんざねーんだよ」
カーマより頭二つは身体のデカい用心棒に胸ぐら掴まれ、額が当たりそうなほど顔を近づけて睨まれる。
「新入りは下っ端らしく黙って働け。てめぇはもうお貴族さまでもなんでもない、最底辺のクソガキだ」
腹に響くような声で凄まれ、そのまま放り投げられた。
「魔窟のスタンピードなぞ、そうそう起きるわけがない。現に今までも何も無い。王都のお坊ちゃんは、実に臆病者で可愛いものだな」
カッカッカッと笑い、炭鉱主は用心棒を引き連れ、帰っていった。
残されたカーマは壁にしこたま体を打ちつけたが、さほどダメージは無い。強面の用心棒に脅されたのも、王都で不良少年たちと悪の限りを尽くしてきたカーマにとっては、ビビるようなものではない。
だが、この炭坑では、新参の自分に何の権力も発言力も無い事を理解して黙り込んだ。
今のままでは、炭鉱主には相手にしてもらえない。
(━━━━ならば自分の身の回りは、自分で改善していくまでか……)
神の寵愛から見放されたカーマは、もはや自らの力を信じるのみだ。自分さえ良ければいい、自分のためだけに働こう。
この頭脳を、それのみに特化して使ってやる。
悪人は悪人らしい方法しか、生き方を知らないのだ。
そこでカーマには、苛酷な労働が与えられた。
圧倒的特権階級といっていい高級貴族出身のカーマの人生では、あり得ないほどの底辺肉体労働だった。
いくら身体的能力に優れているカーマといえど、18の青年には、正直に辛い。
やる事は主に三つ。
・つるはし振るって岩盤を砕く事
・掘り出した炭石を荷車に載せて運ぶ事
・鞴を使って坑道内に風を送る事
つるはしで硬い岩盤を叩くと、全身をビリビリと衝撃が走り、腕だけでなく脳髄まで揺らされる感覚になる。それだけでも身体を傷めるが、疲労でつるはしを岩盤から滑らせてしまうと、自分の脚を傷つけ、怪我をしてしまいかねない危険があった。破傷風にでもなれば致命傷だ。
粉砕した岩石を運び出す荷車は、トロッコのように線路を整備したわけでない悪路を、男たちの身一つで押し曳きして運ばなければならない。ガタガタな坑道は勾配もあり、気を抜けば坂道を、大量の岩を積んだ質量の台車が滑り落ちる危険がある。轢かれでもしたら死も否定出来ない大怪我だ。
鞴は身体全体を使い、疲労感が断トツだ。しかも何の意味があるのか、まるっきり仕事の意義が見出せないから、精神的な苦痛が他と比べてハンパない。坑道内のポイントごとに配置され、ひたすら内部に向けて風を送る。
確かに坑内は地熱でクソ暑い。が、こんな程度の送風などまさに焼け石に水だろう。それに、風を送る要員自体も暑い坑内で全身運動しているのだ。一体何の意味があるのか、無駄の極致にしか思えない。
その上で、サボってるところを見つかると、監視員にしこたま殴られる。理不尽極まりない仕事だった。
そして最もカーマの健康を悩ませたのは、採掘による細かい砂の粉塵だった。
岩盤を割る時も、台車で運ぶ時も、鞴で風を送る時も、細かい砂塵が舞い上がって、目や鼻や口からジャリジャリと体内に入ってくる。
皆それぞれ汚れたボロ布を口元に巻き、気休めのマスクにしてしのいでいる。だがそんなもの、どれほどの効果があるものか。
数週間もすれば、カーマはあまりの労働環境の悪さに我慢ならなくなった。即座に、月一の視察に来た炭鉱主を捕まえ、労働の不満をぶち撒けた。
近づいた途端、用心棒顔した警護兵に胸ぐら掴まれた。しかし平民堕ちしたとはいえ、カーマの出自に配慮した炭鉱主がそれを制し、顎でしゃくってカーマに言葉を促した。
カーマはゴホンとひとつ咳払いしてから襟をパンッと叩き、容儀を正して演説のような口調で要求の提示を始めた。
「この炭鉱の産出物は、王国の政権運営に欠かせない資源だろう?安定して供給されるのを期待されているはずだ。それには適切な労働力が要る。
だが、現状ではどうだ?過酷な労働と環境の悪さで、体調を崩す者が後を絶たない。そうなるとどうなるか?不安定な労働力で不安定な産出量では、求められている量を賄えないんじゃないか?」
「で?だから何だというんだ?」
「あんたには、俺らの体調管理をする責務もあるはずだ。じゃなきゃ、要求される数の燃石炭を掘り出せなくなるからな」
炭鉱主が、かすかに鼻で笑ったような気がした。気にはなったが、カーマは大仰に手を振りながらそのままつづけた。
「俺らは酷い環境で働かされてる。それぞれが汚い布を口元に巻き、砂埃を吸わないようにあれこれしている。その改善をしてもらいたい。
要は清潔な布と水と、そして粉塵を防ぐマスクだ」
「戯言はそれで全部か?」
「あ?」
なんだコイツ、真面目に取り合わない気か?
「効率が落ちようが問題ない。自分が社会に貢献しているとでも?ここはお前たちを苦しめるための場所だ。炭石を掘るのはその副産物に過ぎん。
ノルマに達しなければ、体調悪かろうがなんだろうが、お前らを痛めつけて規定量まで徹夜で掘らすだけのことよ」
「それで結果死人が大量に出れば、酷使する労働力すら無くなるぞ」
「ふんっ、お前らのようなクズはいくらでも王都から運ばれてくる。労働力?代わりなぞ、なんぼでもあるさ。どれだけ死のうが、知った事ではない」
せせら笑われた。
「……だが囚人が死ねば、事務手続きや死体の処理にコストがかかるだろう?腐るから放置するわけにもいかないはずだ。それなら安価なマスクを支給し、擦り切れない程度には休みを与えた方が、トータルの経費はかからない」
「死体など、崖から棄てるだけだ」
立てた親指で、肩越しに向こう側の崖をクイッと指す。くっくっと、用心棒の男も笑う。これまでも力尽きた何人もが、そういう敬意の無い弔われ方をされてきたのだろう。
それに対し、カーマは顔を歪めた。
「そんな事をしてきているのか!?それこそ崖下から、どのような瘴気が上がってくるか分からないではないか!なにせここは魔窟域のすぐそばだ。魔物と病を呼び込むような事を、本気でする気か?!」
カーマは王国の施政者側だった青年だ。モンスターのスタンピードは防ぐべき懸念のひとつと認識している。まさかこんな杜撰な事を僻地がやらかして、その後始末尻拭いを政治がやらねばならぬ羽目になっていたのか、と腹が立った。
「べちゃくちゃべちゃくちゃ五月蝿えガキだ。お前はカスのような罪人だ。偉そうな事をぬかす資格なんざねーんだよ」
カーマより頭二つは身体のデカい用心棒に胸ぐら掴まれ、額が当たりそうなほど顔を近づけて睨まれる。
「新入りは下っ端らしく黙って働け。てめぇはもうお貴族さまでもなんでもない、最底辺のクソガキだ」
腹に響くような声で凄まれ、そのまま放り投げられた。
「魔窟のスタンピードなぞ、そうそう起きるわけがない。現に今までも何も無い。王都のお坊ちゃんは、実に臆病者で可愛いものだな」
カッカッカッと笑い、炭鉱主は用心棒を引き連れ、帰っていった。
残されたカーマは壁にしこたま体を打ちつけたが、さほどダメージは無い。強面の用心棒に脅されたのも、王都で不良少年たちと悪の限りを尽くしてきたカーマにとっては、ビビるようなものではない。
だが、この炭坑では、新参の自分に何の権力も発言力も無い事を理解して黙り込んだ。
今のままでは、炭鉱主には相手にしてもらえない。
(━━━━ならば自分の身の回りは、自分で改善していくまでか……)
神の寵愛から見放されたカーマは、もはや自らの力を信じるのみだ。自分さえ良ければいい、自分のためだけに働こう。
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