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Trash Land
stage of struggle III
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「それは可能だ。〝結界都市〟にはそのような人々が――例えば四肢だけ機械仕掛けという人々は沢山いる。……知っているだろう?」
「……まぁ、そうね。それは知っているわ。訊いてみたかっただけ。ねぇ、じゃあ〝ハイパー〟を〝サイバー〟に出来る?」
「……なぜ、そのようなことを訊く?」
普段はそのようなことに一切興味を示さないキョウが、珍しく質問しているのを怪訝に思ったのか、振り返って彼女を正面から見据えて訊き返す。それに対してキョウは、
「良いじゃない、ただの気紛れよ。それとも貴方はあたしの気紛れに付き合うことすら出来ないほどに冷たい人なのかしら?」
「私が冷たいのは知っているだろう。……今回だけだぞ」
そう言うと、マーヴェリーは端末を手元に寄せ、キーボードを弾く。画面に〝ハイパー〟と〝サイバー〟の骨格が表示された。
この資料を手に入れるために、この男は一体どれだけそれらを実験体として殺し続けたのだろう?
それを考えると、キョウは吐き気と共にこのマーヴェリーという男を嫌悪してしまう。
何故、社長はマーヴェリーという人物をこのようにしてしまったのだろう?
「まず答えから先に言う、ノーだ。基本的に〝ハイパー〟は本人の潜在能力によってその力量が変化する。そして〝サイバー〟は埋め込まれた人工脳、神経系、骨格、人工筋肉、感覚器、そして各内臓器官によって実力が決まる。機械が使用されていないという点では〝ハイパー〟の方が人間らしいな」
そのどちらでもないのに、人間とは思えない人物もいるのにね……。そう思うキョウだった。
だが当然それを口には出さず、「ふぅん」とだけ言う。それを横目で見つつ、マーヴェリーは続けた。
「〝ハイパー〟はその肉体を常人の数十倍に強化するわけだが、これは多量の薬物を使用する。そして〝サイバー〟は、これは単純に肉体と機械を融合させるだけだ。言うだけは簡単だが、肉体と機械の融合はかなりの苦痛を伴う。だが〝ハイパー〟も薬物によるアレルギーや拒絶反応があることを考慮して、リスクは同等。……本題に入る。一見その二つは一つの肉体に組み込めると思うだろうが、それは素人の考えること。実際はそうはいかないのだ。〝ハイパー〟になるために使用した薬物が、〝サイバー〟になるための機械を腐敗させるからだ。如何に防腐処理を施したとしても、短くて半月、長くて半年と保たない」
「……へぇ……よく、調べたわね……」
呟く様に、キョウ。それを調べるために、この男は一体どれだけの殺戮を繰り返したのだろう。
そう再び考えると、彼女の双眸に宿る哀しみが更に深くなる。だが此処に在籍する限り、自分も同罪だ。そして、罪深い此処にしか、自分の居場所が存在しない。
治療を必要としない自分は、どのような病院にも移ることが出来ないから。
「そろそろ良いかな? 私は中央公園に行かなければならない。……その前に寄る所もあるしな」
「ええ、いいわ。それじゃ……bon voyage……」
そう言うキョウを一瞥し、口の橋を吊り上げて嗤う。それは、キョウが考えていることを見透かし、なお且つ此処でしか存在出来ない彼女を嘲ているかのようだった。
「バグナスの〝調整〟も直に終わる。まぁ、その前に方が付いているとは思うが。残念だったな、お前の思惑通りに事は進まない」
言い残し、マーヴェリーは立ち去った。
それを一瞥だけして、キョウは笑った。だがやはり、その瞳は愁いを含んでいる。
「あたしの思惑……ね。解っているですって? 自惚れないで、コピーの分際で。あたしの思惑……考えていることは誰にも解らないのよ……。残念だったわね」
テーブルから降りてICUを見回し、もう一度自分が横たわっている〝バイオ・カプセル〟を見る。
誰も、自分を見ていなかった。
治療を必要としない自分は、誰からも診て貰えない、誰も看ない。
そして――精神体となった自分をまともに見てくれる人も、いなかった。
今まで自分のことを諦めずに見てくれた人は一人だけ。
〝天才〟と呼ばれた生体機械工学者ラッセル・V。
そして彼が残した言葉を、自分は今でも信じている。
「早く……〔良い妖精〕を目覚めさせて……〝Daoine-Sidhe・Ricket〟」
それが叶わぬ願いだということは……実は解っている。
〝彼〟が〝彼〟である限り……〝サイバー〟である限り、その願いが叶うことはない。
〝サイバー〟は、後戻りの効かない一方通行の道。
一度其処に足を踏み入れてしまったら、もう二度と元には戻れない。
そして生涯オイルの臭いを漂わせて戦い続ける、冷たい身体と心の持ち主となる。
「解っているの……解っているのよ……でも……でも……」
キョウの顔が、泣き出しそうな表情を作る。
だが、精神体である彼女が泣くことはない。
泣くことが、出来ないから……。
「……涙も出ないのね……当たり前だけど……。そう、これも解っていたことなのに……」
呟きながら、眼を擦る。その行為ですら意味を成さないことなのに。
だが、それが解ってはいても、そうせずにはいられなかった。
彼女も――感情のある「ヒト」なのだから。
「……まぁ、そうね。それは知っているわ。訊いてみたかっただけ。ねぇ、じゃあ〝ハイパー〟を〝サイバー〟に出来る?」
「……なぜ、そのようなことを訊く?」
普段はそのようなことに一切興味を示さないキョウが、珍しく質問しているのを怪訝に思ったのか、振り返って彼女を正面から見据えて訊き返す。それに対してキョウは、
「良いじゃない、ただの気紛れよ。それとも貴方はあたしの気紛れに付き合うことすら出来ないほどに冷たい人なのかしら?」
「私が冷たいのは知っているだろう。……今回だけだぞ」
そう言うと、マーヴェリーは端末を手元に寄せ、キーボードを弾く。画面に〝ハイパー〟と〝サイバー〟の骨格が表示された。
この資料を手に入れるために、この男は一体どれだけそれらを実験体として殺し続けたのだろう?
それを考えると、キョウは吐き気と共にこのマーヴェリーという男を嫌悪してしまう。
何故、社長はマーヴェリーという人物をこのようにしてしまったのだろう?
「まず答えから先に言う、ノーだ。基本的に〝ハイパー〟は本人の潜在能力によってその力量が変化する。そして〝サイバー〟は埋め込まれた人工脳、神経系、骨格、人工筋肉、感覚器、そして各内臓器官によって実力が決まる。機械が使用されていないという点では〝ハイパー〟の方が人間らしいな」
そのどちらでもないのに、人間とは思えない人物もいるのにね……。そう思うキョウだった。
だが当然それを口には出さず、「ふぅん」とだけ言う。それを横目で見つつ、マーヴェリーは続けた。
「〝ハイパー〟はその肉体を常人の数十倍に強化するわけだが、これは多量の薬物を使用する。そして〝サイバー〟は、これは単純に肉体と機械を融合させるだけだ。言うだけは簡単だが、肉体と機械の融合はかなりの苦痛を伴う。だが〝ハイパー〟も薬物によるアレルギーや拒絶反応があることを考慮して、リスクは同等。……本題に入る。一見その二つは一つの肉体に組み込めると思うだろうが、それは素人の考えること。実際はそうはいかないのだ。〝ハイパー〟になるために使用した薬物が、〝サイバー〟になるための機械を腐敗させるからだ。如何に防腐処理を施したとしても、短くて半月、長くて半年と保たない」
「……へぇ……よく、調べたわね……」
呟く様に、キョウ。それを調べるために、この男は一体どれだけの殺戮を繰り返したのだろう。
そう再び考えると、彼女の双眸に宿る哀しみが更に深くなる。だが此処に在籍する限り、自分も同罪だ。そして、罪深い此処にしか、自分の居場所が存在しない。
治療を必要としない自分は、どのような病院にも移ることが出来ないから。
「そろそろ良いかな? 私は中央公園に行かなければならない。……その前に寄る所もあるしな」
「ええ、いいわ。それじゃ……bon voyage……」
そう言うキョウを一瞥し、口の橋を吊り上げて嗤う。それは、キョウが考えていることを見透かし、なお且つ此処でしか存在出来ない彼女を嘲ているかのようだった。
「バグナスの〝調整〟も直に終わる。まぁ、その前に方が付いているとは思うが。残念だったな、お前の思惑通りに事は進まない」
言い残し、マーヴェリーは立ち去った。
それを一瞥だけして、キョウは笑った。だがやはり、その瞳は愁いを含んでいる。
「あたしの思惑……ね。解っているですって? 自惚れないで、コピーの分際で。あたしの思惑……考えていることは誰にも解らないのよ……。残念だったわね」
テーブルから降りてICUを見回し、もう一度自分が横たわっている〝バイオ・カプセル〟を見る。
誰も、自分を見ていなかった。
治療を必要としない自分は、誰からも診て貰えない、誰も看ない。
そして――精神体となった自分をまともに見てくれる人も、いなかった。
今まで自分のことを諦めずに見てくれた人は一人だけ。
〝天才〟と呼ばれた生体機械工学者ラッセル・V。
そして彼が残した言葉を、自分は今でも信じている。
「早く……〔良い妖精〕を目覚めさせて……〝Daoine-Sidhe・Ricket〟」
それが叶わぬ願いだということは……実は解っている。
〝彼〟が〝彼〟である限り……〝サイバー〟である限り、その願いが叶うことはない。
〝サイバー〟は、後戻りの効かない一方通行の道。
一度其処に足を踏み入れてしまったら、もう二度と元には戻れない。
そして生涯オイルの臭いを漂わせて戦い続ける、冷たい身体と心の持ち主となる。
「解っているの……解っているのよ……でも……でも……」
キョウの顔が、泣き出しそうな表情を作る。
だが、精神体である彼女が泣くことはない。
泣くことが、出来ないから……。
「……涙も出ないのね……当たり前だけど……。そう、これも解っていたことなのに……」
呟きながら、眼を擦る。その行為ですら意味を成さないことなのに。
だが、それが解ってはいても、そうせずにはいられなかった。
彼女も――感情のある「ヒト」なのだから。
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