61 / 72
菖蒲の花
しおりを挟む
試合後、皆で控え室へ向かう。小牧さんが日吉さんに駆け寄る。
「日吉! 大丈夫か?」
「ええ、なんとか。窒息死するかと思いましたよ」
「日吉さんお疲れ様でした。良い試合見せてもらいました」
俺が笑顔で言うと日吉さんも笑顔で答える。
「ありがとう。折角来てくれたのに勝てなくて申し訳無い」
「いえいえ、日吉さん格好良かったです」
三橋さんも笑顔で日吉さんを労った。そこに対戦相手の佐藤選手がやって来た。
「日吉さん、ありがとうございました」
「参った、完敗だよ。強くなったな」
「お前のパンチは世界を狙えるよ。負けた日吉の為にも勝ち続けてくれよな」
野々村さんは佐藤選手のグローブに拳を当てて言った。
「ありがとうございます。頑張ります。では、失礼します」
佐藤選手は控え室を出ていった。小牧さんがその背中を見ながら言う。
「なんと礼儀正しい。1年前、手に負えない札付きの悪だったとは想像出来ないな」
「そうですね。負けたけど、嫌な気分では無いですね。でも、悔しい……右に頼りすぎた……」
悔しがっている日吉さんを横目に、控え室に綺麗な紫の花が飾られてある事に気付いた三橋さんが言う。
「これ、凄く綺麗な花ですね」
日吉さんは答える。
「それは『ショウブ』の花なんです。今日、良い勝負が出来るように、知り合いの花屋に1番良い『ショウブ』を贈ってもらったんですよ」
俺は日吉さんの験担ぎの凄さに再び驚かされた。
「そうなんですか。綺麗ですね」
「日吉、その花『ショウブ』じゃないぞ」
その時、野々村さんが意外な事を言ったので全員が驚いて野々村さんと花を交互に見る。
「その花は多分『アヤメ』だ」
『ショウブ』じゃないと言い切ったのに多分という曖昧な言い回しに疑問を持ちながら、俺はスマホで『ショウブ』を調べる。
「でも、『ショウブ』を贈ってくれって言いましたよ?」
日吉さんは納得いかない様子で野々村さんに言った。
「言った訳じゃないだろ? SNS か何かで送ったんじゃないか?」
「そうですね」
「漢字で『ショウブ』って送ったんだな?」
「そうですね。勝手に変換してくれるんで」
「『ショウブ』と『アヤメ』は同じ漢字で違う花なんだ」
「同じ漢字で違う花?」
三橋さんが不思議そうに聞く。
「どういう事ですか?」
理解出来ないといった日吉さんに、俺はネットで調べた画面を日吉に見せた。
「どちらもこの漢字みたいです」
『菖蒲』
「これはショウブって読むんじゃないのか?」
日吉さんが不思議そうに言うと、三橋さんも画面を見て発言する。
「私はアヤメって読むと思ってました」
「どっちとも読めるみたいですね」
俺が言うと、野々村さんが話す。
「俺もこの花が『アヤメ』だとは断言できないんだが、『ショウブ』でない事は分かる。多分『アヤメ』なんだろう。花屋さんが間違う訳無いしな」
「……そうか、試合ではパンチのタイミングを間違えて、験担ぎでも花の種類を間違えたのか……。負ける訳だ……」
日吉さんは残念そうに言った。
「まあ、今日の事は忘れな。相手が強すぎただけさ」
小牧さんが日吉さんの肩に手を置いて言った後、野々村さんも続ける。
「佐藤が世界チャンプに成った日には、ボディー1発で倒した事があるって自慢してやるんだな」
「そうですね……」
日吉さんはまだ立ち直れていないようだ。俺はスマホで調べた事を伝える。
「え~っと、因みに『ショウブ』の花言葉は『諦め』みたいです」
「そうか……諦めか…… 今の俺にピッタリだな!」
単純な人で良かったよと俺は思った。そもそも、贈られた花は『アヤメ』なんだけど……。
『アヤメ』の花言葉は『希望』。日吉さんにも希望が湧いてきたようだ。
「日吉! 大丈夫か?」
「ええ、なんとか。窒息死するかと思いましたよ」
「日吉さんお疲れ様でした。良い試合見せてもらいました」
俺が笑顔で言うと日吉さんも笑顔で答える。
「ありがとう。折角来てくれたのに勝てなくて申し訳無い」
「いえいえ、日吉さん格好良かったです」
三橋さんも笑顔で日吉さんを労った。そこに対戦相手の佐藤選手がやって来た。
「日吉さん、ありがとうございました」
「参った、完敗だよ。強くなったな」
「お前のパンチは世界を狙えるよ。負けた日吉の為にも勝ち続けてくれよな」
野々村さんは佐藤選手のグローブに拳を当てて言った。
「ありがとうございます。頑張ります。では、失礼します」
佐藤選手は控え室を出ていった。小牧さんがその背中を見ながら言う。
「なんと礼儀正しい。1年前、手に負えない札付きの悪だったとは想像出来ないな」
「そうですね。負けたけど、嫌な気分では無いですね。でも、悔しい……右に頼りすぎた……」
悔しがっている日吉さんを横目に、控え室に綺麗な紫の花が飾られてある事に気付いた三橋さんが言う。
「これ、凄く綺麗な花ですね」
日吉さんは答える。
「それは『ショウブ』の花なんです。今日、良い勝負が出来るように、知り合いの花屋に1番良い『ショウブ』を贈ってもらったんですよ」
俺は日吉さんの験担ぎの凄さに再び驚かされた。
「そうなんですか。綺麗ですね」
「日吉、その花『ショウブ』じゃないぞ」
その時、野々村さんが意外な事を言ったので全員が驚いて野々村さんと花を交互に見る。
「その花は多分『アヤメ』だ」
『ショウブ』じゃないと言い切ったのに多分という曖昧な言い回しに疑問を持ちながら、俺はスマホで『ショウブ』を調べる。
「でも、『ショウブ』を贈ってくれって言いましたよ?」
日吉さんは納得いかない様子で野々村さんに言った。
「言った訳じゃないだろ? SNS か何かで送ったんじゃないか?」
「そうですね」
「漢字で『ショウブ』って送ったんだな?」
「そうですね。勝手に変換してくれるんで」
「『ショウブ』と『アヤメ』は同じ漢字で違う花なんだ」
「同じ漢字で違う花?」
三橋さんが不思議そうに聞く。
「どういう事ですか?」
理解出来ないといった日吉さんに、俺はネットで調べた画面を日吉に見せた。
「どちらもこの漢字みたいです」
『菖蒲』
「これはショウブって読むんじゃないのか?」
日吉さんが不思議そうに言うと、三橋さんも画面を見て発言する。
「私はアヤメって読むと思ってました」
「どっちとも読めるみたいですね」
俺が言うと、野々村さんが話す。
「俺もこの花が『アヤメ』だとは断言できないんだが、『ショウブ』でない事は分かる。多分『アヤメ』なんだろう。花屋さんが間違う訳無いしな」
「……そうか、試合ではパンチのタイミングを間違えて、験担ぎでも花の種類を間違えたのか……。負ける訳だ……」
日吉さんは残念そうに言った。
「まあ、今日の事は忘れな。相手が強すぎただけさ」
小牧さんが日吉さんの肩に手を置いて言った後、野々村さんも続ける。
「佐藤が世界チャンプに成った日には、ボディー1発で倒した事があるって自慢してやるんだな」
「そうですね……」
日吉さんはまだ立ち直れていないようだ。俺はスマホで調べた事を伝える。
「え~っと、因みに『ショウブ』の花言葉は『諦め』みたいです」
「そうか……諦めか…… 今の俺にピッタリだな!」
単純な人で良かったよと俺は思った。そもそも、贈られた花は『アヤメ』なんだけど……。
『アヤメ』の花言葉は『希望』。日吉さんにも希望が湧いてきたようだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる