10番目の同級生

ジャメヴ

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菖蒲の花

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  試合後、皆で控え室へ向かう。小牧さんが日吉さんに駆け寄る。
「日吉!  大丈夫か?」
「ええ、なんとか。窒息死するかと思いましたよ」
「日吉さんお疲れ様でした。良い試合見せてもらいました」
俺が笑顔で言うと日吉さんも笑顔で答える。
「ありがとう。折角来てくれたのに勝てなくて申し訳無い」
「いえいえ、日吉さん格好良かったです」
三橋さんも笑顔で日吉さんを労った。そこに対戦相手の佐藤選手がやって来た。
「日吉さん、ありがとうございました」
「参った、完敗だよ。強くなったな」
「お前のパンチは世界を狙えるよ。負けた日吉の為にも勝ち続けてくれよな」
野々村さんは佐藤選手のグローブに拳を当てて言った。
「ありがとうございます。頑張ります。では、失礼します」
佐藤選手は控え室を出ていった。小牧さんがその背中を見ながら言う。
「なんと礼儀正しい。1年前、手に負えない札付きの悪だったとは想像出来ないな」
「そうですね。負けたけど、嫌な気分では無いですね。でも、悔しい……右に頼りすぎた……」
悔しがっている日吉さんを横目に、控え室に綺麗な紫の花が飾られてある事に気付いた三橋さんが言う。
「これ、凄く綺麗な花ですね」
日吉さんは答える。
「それは『ショウブ』の花なんです。今日、良い勝負が出来るように、知り合いの花屋に1番良い『ショウブ』を贈ってもらったんですよ」
俺は日吉さんの験担ぎの凄さに再び驚かされた。
「そうなんですか。綺麗ですね」
「日吉、その花『ショウブ』じゃないぞ」
その時、野々村さんが意外な事を言ったので全員が驚いて野々村さんと花を交互に見る。
「その花は多分『アヤメ』だ」
『ショウブ』じゃないと言い切ったのに多分という曖昧な言い回しに疑問を持ちながら、俺はスマホで『ショウブ』を調べる。
「でも、『ショウブ』を贈ってくれって言いましたよ?」
日吉さんは納得いかない様子で野々村さんに言った。
「言った訳じゃないだろ?  SNS か何かで送ったんじゃないか?」
「そうですね」
「漢字で『ショウブ』って送ったんだな?」
「そうですね。勝手に変換してくれるんで」
「『ショウブ』と『アヤメ』は同じ漢字で違う花なんだ」
「同じ漢字で違う花?」
三橋さんが不思議そうに聞く。
「どういう事ですか?」
理解出来ないといった日吉さんに、俺はネットで調べた画面を日吉に見せた。
「どちらもこの漢字みたいです」

『菖蒲』

「これはショウブって読むんじゃないのか?」
日吉さんが不思議そうに言うと、三橋さんも画面を見て発言する。
「私はアヤメって読むと思ってました」
「どっちとも読めるみたいですね」
俺が言うと、野々村さんが話す。
「俺もこの花が『アヤメ』だとは断言できないんだが、『ショウブ』でない事は分かる。多分『アヤメ』なんだろう。花屋さんが間違う訳無いしな」
「……そうか、試合ではパンチのタイミングを間違えて、験担ぎでも花の種類を間違えたのか……。負ける訳だ……」
日吉さんは残念そうに言った。
「まあ、今日の事は忘れな。相手が強すぎただけさ」
小牧さんが日吉さんの肩に手を置いて言った後、野々村さんも続ける。
「佐藤が世界チャンプに成った日には、ボディー1発で倒した事があるって自慢してやるんだな」
「そうですね……」
日吉さんはまだ立ち直れていないようだ。俺はスマホで調べた事を伝える。
「え~っと、因みに『ショウブ』の花言葉は『諦め』みたいです」
「そうか……諦めか…… 今の俺にピッタリだな!」
単純な人で良かったよと俺は思った。そもそも、贈られた花は『アヤメ』なんだけど……。
『アヤメ』の花言葉は『希望』。日吉さんにも希望が湧いてきたようだ。
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