語られる事もなき叙事詩(バラッド)

伊東 馨

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第3部 天の碧落

第1章 北剣のカルデロン 1

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 冬を前に木々の葉が赤く染め抜かれていくこの季節。空は澄み、空気は射抜くような冷たさを帯び始める。
 月が冴え冴えとした光を放ち、出歩くには十分な明るさだったが、この世界に夜出歩く愚かな人間はいない。
 ネリス最北の国境線、カルデロン山脈は北剣の異名を持つ。
 まさにその異名の如く空高く聳え、そのいただきは夏でも白い冠を脱ぐ事が無い。続く尾根は壁のごとく、切り立つ嶺は剣の切っ先のごとく、と称される。
 そのカルデロンから西に進めば、巨大な砂丘を抜けた先に海岸線にたどり着く。そこが、西の国境だ。ネリスでは地続きの東や南の国境沿いが、しばしば他国との衝突を繰り返していた。

 その麓。

 夜だというのに畑に鍬を入れる細い影があった。
「もう止めとけよ。エドリス」
 口調は大人びて生意気そうだが、まだ十歳位の少年が小屋から出てきた。少年もまた、頓着なく夜間の屋外へと足を踏み出す。
 鍬をふるっていた少女が手を止めた。額の汗を拭う。
「あと少しだから」
 少女の言葉に、少年は溜息をついて鍬を取り上げた。
「オレがやってやるよ」
「いいの。汚れちゃうわ、タヴィ。どうせあと少しだから、ついでにあたしがやる」
「ついで、ついでって。夜中やる気かよ?」
 少年の脅すような口調にも係わらず、少女は微笑んだ。少女の年は十七か八……といったところだろうか。
「今度こそ本当よ。心配要らないわ。──霜が降り始める前までに種を蒔いておきたいの。……どうせここは夜中外にいても大丈夫なんだから」
 少女の言葉に、タヴィと呼ばれた少年は神妙な顔で頷いた。
 エドリスの言葉は正しい。春の収穫を望むなら、今、この季節に種をまいてしまわなければならなかった。今年は冬が早そうだった。この冷え込みからすると、明日の朝には霜が降りそうだ。
 北の大地に一度霜が降りれば、春まで解けることなく地面はその固さだけを増してゆく。地面が固く掘り起こせなくなる前に、すべての作業を終えなければ、春には食べるものがなくなるのだ。
「きっと村の方が大変よ。あたしたちは夜でも無理して作業できるけど、村はそうじゃない。犠牲者を出すのを覚悟の上でも種蒔をすませるほど村人が多いわけでもない。かといって、種蒔が出来なければ春には飢えが村を襲う……」
 エドリスは空を見上げた。晩秋に澄みきった月が輝いていた。
 視線をずっと南の方へ向けた。ここから半日は離れた場所に、ネリス北端の村があった。
 タヴィは冷めた目で吐き捨てるように答えた。
「あいつらがどうなろうと、オレの知った事じゃないね」
「タヴィ!」
 エドリスにたしなめられたが、タヴィは頑なな態度を崩そうとはしない。
「あいつら! エドリスに何をしやがった!」
「あたしは──平気よ。気になんてしないわ。だからタヴィだって気にする事なんか……」
「気になんてしてねぇ! けどっ、あいつら、絶対に許さねぇ!」
 拳を握り締めて震わせるタヴィをエドリスは困ったように見下ろした。口だけは大人並で一人前だが、タヴィはまだ十歳の少年だ。その少年が自分の為に怒り、彼らから自分を守ろうと必死なのだ。
 エドリスは優しい笑みを浮かべてそっとタヴィの頬に手を寄せた。見上げた少年の瞳に涙が光っていた。こんなに月が明るくては、どんな表情をしているのかさえも見えてしまう。少年は気恥ずかしげに横を向いた。
「あいつらなんてっ!」タヴィの頬に、堪えきれない涙の粒が落ちた。「兄貴がいれば、あんな奴らなんて、手も足も出ないのにっ! あいつら──兄貴がいま居ないのを知ってて……っ」
「大丈夫」エドリスは穏やかに微笑んで、タヴィの肩を抱いた。「さ。後もう少し。やりましょう……手伝ってくれる? タヴィ?」
 タヴィは涙を拭いながら頷いた。
「まかせとけ──エドリスよりオレの方がずっと力が強いんだぜ!」



 ネリスは他国との交易が少ない。
 それはネリスという国が成り立ちから悪魔と係わりの深い国だからだ。
 天使イシリはネリス建国に大きく寄与したが、地上に留まった天使はやがて堕天し悪魔となった。
 ネリスは小国ながらよく栄えたが、近隣諸国からは悪魔が建国した魔の国と敬遠された。
 ……建国と亡国を繰り返しながら周辺地図が塗り替えられていく中で、ネリスは建国当初からその領土も国名も変えることなく在り続けた。それが人々の羨望と嫉妬を買ったのかもしれない。悪魔となった元天使を今なお公然と女神と崇める国への嫌悪もあろう。

 近隣諸国におけるネリスの立場は危うい。

 貧しい小国の上に、天使と悪魔の戦の活性に伴う近年の天候不順。そして悪魔の国よと忌み嫌われる孤立無援の国。


 天使と悪魔の戦の余波は地上に等しく影響を与えたが、世界の存在そのものが不安定になるこの時期。ネリスのような立場の国は、近隣の人々から一層憎まれた。
 悪魔の国など滅ぼしてしまえ。今こそ我らが国の正当性を、あの国を滅ぼす事で立てよう。──そんな声も珍しくはなく、それはしばしば行動に移された。
 続く国境周辺の戦。
 疲弊する国土と国民。
 国民の数は減り続けたが、あまりの貧しさに人口は増えず寿命も延びない。豊かな大地もなく、誇れる産業もない。聳える山脈の麓に張り付いて、これ以上、北へも西へも進めない。
 追われるだけ追われた人々が寄り集まって作ったような国。
 それがネリスだ。
 それがネリスという国の──全てだった。


  
 ネリスの東の国境沿いの町。他国との交易があまりないとはいえ、町は比較的潤っていた。ネリスの平均的な宿場や柵砦よりは大きな町並みに、幾つかの宿屋が軒を連ねる。
 その部屋の一つの扉が叩かれた。
「どうぞ」
 声に答えて、部屋の中に入ってきたのは従者風の青年だった。室内には数名がいて、いずれも騎士らしい雰囲気の男たちだったが、一人だけは深緑色のローブを着ていた。
「失礼します。クリスター卿」
「どうしましたか」
 クリスター卿と呼ばれたのはローブを着た三十代半ばの男で、人好きのする笑顔を入ってきた従者に見せたが、従者の様子がただ事ではない事を見て取ると言葉の先を促した。
「それが、町で不穏な噂を聞いてきました」
「不穏?」
「はい」従者は頷いた。「ネリス国内で反乱が起きているそうです」
「反乱」
 他の騎士達が口々にその言葉を口にし、互いに顔を見合わせた。クリスター卿は眉を顰めた。
「確かこの国は歴史に残る限り、反乱など起きたことの無い国だったと思いますが……。それに現在の国王は辣腕家で、なかなかの善政を敷いていたはず。──まあ、反乱が起きないことの方が可笑しなことなのですから、起きたって別段不思議はありませんが……。それで、その反乱が何か問題でも?」
 従者は居心地が悪そうに頷いた。
「なんでも──『魔王軍』と呼ばれているとか、いないとか」
 クリスター卿の目が意味深げに光った。
「興味をひかれますね。続きをどうぞ」
「あくまでも町で聞いてきた噂の範囲ですが」従者はそう前置きをして話し始めた。「『ネリスの呪われた第一王女』が魔王ブラックファイアの手に堕ちたのだそうです。王女は長年に渡って自分を虐げてきた王家や国を恨み、魔王の力を借りて国を滅ぼそうとしているのだとか」
 恐ろしげに語る従者だったが、クリスター卿は笑った。
「まさか。本当に伝説の魔王が国を滅ぼそうというのなら、反乱を起こすまでもなく国は滅んでいるでしょう」
「ですが」従者は町で余程の噂を聞いてきたのか、かなり気味悪げに言った。「すでにかなりの町や村が滅んだのだそうです。首都に向かう街道沿いの村が全滅で……王の命令で発った討伐軍も殆ど全滅に近い状態だったとか。生き残った僅かな兵士が言う事には、恐ろしい魔法を使う悪魔の姿を見た……とも」
 従者は思わず身震いした。
「町の噂はそれで持ちきりです。国が新たな討伐軍を編成するための兵士を募っているとか。国王は悪魔に魂を売った第一王女に討伐令を出したとか」
「今度は自分達の町が滅ぼされるのではないかと人々は噂しています。……怯えているのです」
 最初は馬鹿にした調子で聞いていた卿だったが、従者が町で見聞きしてきた様子に余程の事を感じたのだろう、神妙な表情で考え込んでいた。
「いまこの国は大変な時期なのですね。──それは困りましたね。ですが私としましてはぜひとも──」
 卿は自分の胸元を押さえ、次いでテーブルの上の布にくるまれた細長い品物に目をやった。
「国王から預かってきたこの書状と、あの剣を渡さなければならないのです」
 部屋に居た卿以外の一同は互いに顔を見合わせた。そして頷きあう。
「国の重大事である事は、私たちも変わりません。ネリスの国王には立て込んでいるところ申し訳ありませんが、私はぜひ今回の交渉を上手くまとめ上げて国へ帰らなければならないのです」
「その通りです」
 卿の言葉に、年配の騎士が答えた。クリスター卿は顔をあげて立ち上がった。
「あなたは出発までに出来るだけ詳しい情報を集めてください」
 従者が頷いた。
「あなた達は旅の万全な準備を」
 騎士達が頷いた。
 緊張が高まる。不穏な噂に包まれた、見知らぬ土地での旅が始まるのだ。

 クリスター卿は胸元で両手を合わせて握り締めると、愉快そうに微笑んだ。
「さあ──謎と暗黒の国、ネリス。どんな国なのか……楽しみですね!」
 卿の後ろで全員ががっくりと肩を落とし、さも嫌そうに首を横に振った。

(続く)




+-----------------------------+
|        「語バラ(裏)」            
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トリニティ:「アレク……」
アレクシス:「すまないトリニティ。オレは……」
   (二人とも顔を見合わせて、すごくいい雰囲気ですね。ドキドキ)
トリニティ、アレクシス:「…………」
   (なんでしょう、やけに間が長いですね。続きはやらないんですか。続きは)
トリニティ:「……アレク……次のセリフ」
アレクシス:「──。──。──。っだ、ダメだッ! これ以上は勘弁してくれっ」
トリニティ:「ええっ! また? いい加減にしてよ、アレク!」
アレクシス:「しかしだなっ。おまえ、このセリフ、本気でオレに読めって言う気かよ? 出来ると思ってるのかっ」
トリニティ:「……」
アレクシス:「なんだっ。その無言はっ!!」
ルイス:「え~。どれどれ?」
アレクシス:「あっ。こらルイス! 台本を取り上げるんじゃない!」
ルイス:「まあいいじゃないか。かたいこと言わなくても……。おお! すごいじゃん、これ! すごいラブシーン! お前ら、これ本当に次でやるの?」
アレクシス:「……うっ……」
トリニティ:「もう……(嘆息)。そうなのよ。それで、二人で練習してたんだけど……。何べんやっても、アレクったらこれ以上は出来ないって駄々をこねるのよ」
アレクシス:「誰が駄々だっ」
トリニティ:「こねてるじゃないの」
ルイス:「いやぁ」
アレクシス:「なんだ。ルイス。その意地の悪そうな、意味ありげな笑いは?」
ルイス:「や。なんでも。ただ──お前ら、ラブラブだなって思ってさ」
アレクシス:「だから!」
ルイス:「照れるなって! いいじゃないか、ラブシーン! オレも相手が欲しいね! じゃ、邪魔しないから、ゆっくりやってくれ!」
アレクシス:「あっ。おい、ルイスっ。行くな。行かないでくれっ!」
トリニティ:「ねえ──」
  (おや、怒るのかと思いきや、拗ねる様にアレクの服の裾を引っ張ってますよ?)
トリニティ:「続き……」
アレクシス:「だから、このセリフだけは勘弁してくれ!」
トリニティ:「本当にもう、しょうがないわね。じゃ、セリフはいいから演技だけでも……」
アレクシス:「そ、それは更に勘弁して欲しいんだが」
トリニティ:「いいじゃない。ルイスは行っちゃったし。どうせ誰も見て無いんだから」
アレクシス:「そんな事をいっても。いつもそう言って演技の練習だ台本の読みあわせだとお前と二人きりで過ごしているような気が」
トリニティ:「それもいいじゃない。細かい事は気にしない、気にしない」
アレクシス:「細かくはないぞ」
トリニティ:「もうっ。ほら──」
  (あっ。あああっ。私、そんなこと台本に書いてませんよ!)
  (ちょっと二人ともっ。そこ、演技違いますっ!)
  (聞いてますっ? てーか、それ。本当に演技です?)
  (ちょっとっ!)
  (ねえってば!)

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