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敵意1
しおりを挟む蓮は内心やれやれと思いながら窓の外を眺めた。
夕暮れ時で空が赤く染まっている。それは、異様に赤く見えて蓮は首を傾げた。
「聞いているのか?」
蓮の心ここに在らずな態度に、怒った男はガミガミと声を荒げる。七生がそれを全て突っぱねた。
「てめぇら、何の権限があって蓮に自分達の事情を押し付けてんだよ!?」
「蓮殿が来てからというもの妖が絶えない。まるで蓮殿を狙っているかのようだ。だから、しばらく守らせて頂きたい、と言ってる。あなたのためを思って」
「余計なお世話だバーカ。火焔は蓮囮にして妖魔を炙り出せって言ってたぞ」
頭に血が上った七生はふんぞり返って言うので、蓮はおやと首を傾げた。
「それは聞いてなかったな」
「あ」
七生は口を抑えた。
「だから、妖仙には任せておけないんだ!大師父が知ったらさぞ驚かれるだろう。大師父のツ……お客人を危険に晒すようなこと我々はできない。大師父に代わって我々がお守りする」
大師父というのが宵藍の呼び名の1つであることを思い出す。仙人たちは宵藍のことを大師父と呼び、妖仙は大将、もしくは将と読んでいるようでややこしい。
蓮は仙人らの言い分を聞き、立派な正義感だ、と感心しつつ、迷惑だとも思った。
七生が飛びかかろうとするのを止めて、蓮は静かに言う。
「お気遣い感謝するよ。でもお構いなく。拙はやりたいようにやるよ。囮にされたところであまり困ってないから別に良いよ」
仙人たちはぐっと苦虫を潰したような顔をする。
無言となった男たちの間から、別の若い男が訪ねた。
「大師父の力が弱まっているのはご存知か」
蓮はすっと目を細めた。
蓮は宵藍が弱っていたことを知っている。出会ったときに宵藍は身体を起こすのもやっとなほど弱っていた。しばらく一緒に過ごすうち回復はしたものの、最後は蓮が突き放す形で分かれた。今もそれを引きずっているのだとしたら。
七生の目が泳いだので、宵藍が弱っていることは事実なようだ。
だとしても。
「何故、宵藍が弱っていることが、拙を守る理由になるのか」
「蓮殿が、唯一大師父を支えることができるお方だと思っているからです」
男の顔は真剣だった。
蓮は諦めるように言った。
「わかったよ。護衛は勝手にすると良い。七生は拙の友人だから、今まで通り。奥にはできるだけ引っ込むようにはするけど、釣りには付き合ってくれると嬉しいかな」
蓮は極力奥院にいるようにはしたが、暇なものは暇なので七生を誘い、入り口にいる護衛を誘って釣りに行く。護衛は持ち回りのようで新鮮でそこそこ楽しかった。蓮に対して興味がない者もいれば、人懐っこい者もいる。たまに宝凛が嫌そうな顔をして立っていたが、宝凛は真面目なので手を抜くこともしない。「出るな」「じっとしてろ」とガミガミとうるさいが。
「なぜ師父たちが、お前を保護するって言い始めたか教えてやろうか?」
仁王立ちで意気揚々と上から目線で宝凛が言い、川沿いで魚を食べていた七生は呆れる。
宝凛はお坊ちゃま気質があるので、釣った魚を焼いただけの質素な食事は口に合わないかと思えばそうでもないようで、蓮が渡せば眉を寄せたもののそのまま口にした。
「なんで、オマエ、そんな偉そうなの?」
「ぼくは首席だからな。偉いからに決まってる」
「ウゼェ」
「教えてやろうかって言ってんの。聞くのか?聞かないのか?答えろよドアホ」
「言いたいなら勝手に言えよバカ」
言い合っている二人に蓮はくすくす笑う。顔を見合わせるたびに言い争いをしているので慣れてきた。
「宝凛くん、教えてくれないかな」
「宝凛で良い。仙人側できな臭い動きをしてる奴らがいるんだ。反妖派っての。妖仙をよく思ってない奴らが、あんたに対して何かするんじゃないかって。大師父に直接何かってのは出来ないだろ?だから弱みになり得るあんたに、危害を加えるかも……てのがこっちの懸念。もし、あんたに危害を加えようとした奴がいたら、潰す算段さ。下手して大師父の怒りに触れたくないんだよこっちは」
宝凛は思ったより素直に話した。
「オマエ、それ重大なやつじゃね?言って良いのか?」
「あ?知ってることを言って何が悪い。別に隠しておくことでもないだろ。だから、おまえらも協力しろってこと。あんたは絶対一人になるなよ」
宵藍のことを神聖視している者がほとんどではあったが、中には面白くない者もいるらしい。
(仙人だろうが、人間だもんね。色々いるよね)
蓮はそれについては納得する。
(拙は、宵藍の弱みにはなりたくないかな)
弱みになりうると、思われているのは非常に由々しき事態だ。のらりくらりと釣りをしている場合ではない。
「宝凛、知っての通り拙は、何も知らない。妖仙側は七生がいるからわかっては来たけど、仙人側は全く持って知らない。だから教えて欲しいんだ」
宝凛は得意気な顔をして七生を見た。
「何でも聞け。そこの半妖が知らないこと教えてやるよ」
実に頼もしく、扱いやすい。
愛染郷には数十の仙家が存在する。宝家はその一つであり、藍仙の中では四大家に入る名家である。仙人は師弟の縁で成り立つ。宝家は皆同じ血筋であり祖先である宝禄が宝家の師であり、宝凛の師だった。
「宝家はでかいさ。師父の弟子も23人いる。兄弟子の何人かは弟子を持ってるから、宝家はもっとだ。基本各地に飛んでるから藍仙郷には数名しかいねーけど。宝家は藍仙の中でも上位。下位の家なんか何をやってるかいまいちわかんねー。いるかいないかもな。交流がない家がほとんどだ」
「こうさ、家の長が集まって会合とかはしないの?人間なら好きでしょ?会合」
「昔はしたこともあったらしい。けど、人間だからな。考え方が合わないとどうなる。大体殺し合いだ。ってことで各々家に閉じこもるようになったわけ」
「妖仙も同じだな。火焔がなんとかまとめてはいるが。あんなの、力でねじ伏せてることがほとんどだ。あいつ、妖はいくら死んでも構わないと思ってるし」
「仙人側も、大師父に泥を塗るくらいだったら、平気で殺る。こないだ、紛れた人間いただろ?火焔が焼き殺した。あいつも本当はウチでとっとと殺すつもりだったんだ。おまえの邪魔が入らなければな」
宝凛が七生を見下ろした。
「チ、悪かったよ。結局火焔が殺しちまったし」
「今の藍仙郷でただの人間を殺すのはご法度ってのは知ってる。だけど、そうも言ってられない。多少は瘴気の穢れを負う覚悟だ。妖仙と違って仙人は妖魔化に怯える心配はないが、負担はかかる」
「拙、その辺よくわからないのだけど。妖仙は殺しすぎると瘴気が溜まり、理性を失い妖魔化する。仙人や人間も同じ?」
七生と宝凛が揃って首を振る。
「いいや、仙人は妖魔にはならない。人間は瘴気が溜まると鬼になる。仙人は、瘴気がたまりにくい。決してならないわけじゃないが、鬼になる要素が少ないと思ってくれ。ただ、瘴気がたまらないわけでもないから定期的に浄化しなきゃなんねーのよ。人助けとか、座禅組んで心を無にするとかそういうの」
蓮は頷いた。それであれば、火焔に燃やされた人間は鬼の症状だったのだろう。
「瘴気をわざと溜める方法は?」
「殺しまくること。特に人間をな」
「瘴気をてっとり早く昇華する方法は?」
2人は各々別の方を見た。
まず、宝凛が答える。
「人間は鬼になる前であれば、徳を積むなりすれば昇華できる。鬼になれば手遅れだ。理性のある鬼であれば、別にほっといてもいい。けど、理性のない鬼はだめだ」
次いで七生が答えた。
「妖にとっては番がいれば良い。妖にとって番は万能薬だからな」
「随分違うんだね」
蓮は宵藍の万能薬に成りえると思われていた。もし、宵藍の力を削ぎたければ、間違いなく蓮を殺る。宵藍の力が弱っているところに現れた番なんて邪魔でしかない。本当に番か、番ではないかなんてどうでも良い。とにかく排除するだろう。
「この間の、人間が鬼になったときの首謀者、捕まえたはずだよね?どこの誰?」
「与家の、名前なんだったかな。捕まえたあと自害している。そこの仙家はそいつが勝手にやったことだとか。ま、家長は監督不足ってことで老師らから7日間の謹慎を食らってたはずだな」
蓮は頷いて立ち上がる。
「その与家に案内して」
「おい、まさか」
「その余家の仙人が犯人と決まったわけではないけど糸口は何かあるでしょ。それに、直接動いた方が敵もボロを出してくれそうじゃない?捕まえようよ。ねぇ?」
宝凛と七生は真面目であるがまだ若い。手柄というものに弱いし、好奇心も旺盛だった。
「これで内部犯行者を洗い出せば、宝家にハクが付く。いいぞ。ぼくは協力しよう」
「蓮。オマエは手を出すなよ。戦闘になったら俺がやる」
蓮はふわりと笑い「善処するよ」と答えた。
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