妖のツガイ

えい

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妖と仙2

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 蓮の体調は3日経っても変化は見られない。おかしいと思った宝凛が、師である宝禄を呼んだ。
 その際には火焔とハクノも同行し、宝禄の診断を待った。
 宝禄は仙術を使い蓮の体内を確認する。じっと何かを読むように瞳が動くので蓮は居心地の悪さを感じた。単に仙術に慣れていないだけかもしれないが。
 宝禄は淡々と感情を見せずに言った。
 
「大したことはない。しかし、根本を排除せねば悪化する」
「というと?」
 
 宝凛が尋ねれば、宝禄は髭を撫でて言い直した。
 
「病に見えるが、これは呪の類。呪力を持ってしての作用だろう。宵藍大師の守護により呪の力は半減している。よって、大したことはない。だが、このままでは生気を削られる」
 
 宝禄は全て言い終わり、ツカツカと、退室しようとする。
 
「師父、お待ちください!」
「宝凛、お前は蓮殿の側にいることを許されている。朝と晩、白湯を飲ませることを忘れずにな」
「わかりました。しかし、原因も突き止めなければ」
「それは、我らがしよう」
「師父自ら?」
「仙人側に関しては仙人に任されよ」
 
 その言葉は宝凛でなく、火焔に言った言葉だった。火焔は頷く。
 
「それは助かるな。人に関しては人の方が上手くいく。必要なものがあればハクノに言ってくれれば手配しよう。――七生、お前もしばらく奥院に止まれ」
「それは良いけどよ。蓮はこのままで平気か?」
 
 蓮は目を開けてにこりと笑った。
 
「それほど辛いわけではないよ。寝ている分にはね。宵藍はしばらく帰って来ないって言ってたし、好きにして良いと思う」
 
 それを聞いた宝禄と火焔はお互い目配せをした。
 火焔は七生の頭を撫でた。
 
「今、蓮に対して何かできることはない。寝てろとしか言えないな。ハクノ、お前もここにいろ。僕は、将の行方を探る」
「承知しました」
 
 火焔は炎に包まれて姿を消し、宝禄もお辞儀をして足早に去っていった。
 
「宵藍に、先に術者を見つけられたくないみたいだね」
「……まぁ、蓮に呪術をしかけたとなれば、間違いなく殺すだろうからな」
 懸念しているのは瘴気だろうか。
 
「宵藍の具合はそんなに悪いの?」
 
 七生が蓮の額に乗せた冷布を変えながら言う。
 
「……噂に聞くと、相当ヤバイらしい。見たやつはいないだろうし、単なる噂だからな。火焔も、何も言わねぇし。お前が一番良く知ってんじゃねぇか?」
「宵藍ね、隠すの上手いから」
 
 こほこほと咳き込んだ。
 
「風邪って、大変なんだね。見たことはあるよ、看病したことも。あーでも、風邪とは違うのかな、呪?風邪程度に治ってるのは宵藍のおかげかな。感謝しないとね」
「あーもう、おまえ、喋るな。酷くなる。声もガラガラだし。呪だと薬も効かないだろうしどうしたものか」
 
 そこでどこかに出かけていたハクノが戻ってきた。手には青いウサギのぬいぐるみだ。随分可愛らしい。
 
「こちらを抱いていて下さい。呪いであれば身代わりにできる何かがあれば移るかと思います。こちらはうちで作っている、ただのぬいぐるみではございますが、売れ筋商品でして、肌触りもいいので落ち着くかと」
「可愛いウサギに呪いが移ったらかわいそうだけどね」
 
 蓮は大人しくぬいぐるみをもらい抱き込んだ。
 
「うん、ちょうどいい」
「ようございました。呪いと言っても多種多様。わたくしはその辺り全くの専門外でございますし、火焔様はなんでも燃やせば良いと思ってるので、あまり当てにはできず、宝家の人脈が要ですね」
 
 宝凛は腕を組んで悩むが「うちにそんな人脈あるか?」と呟いた。七生が「ねぇのかよ?」と、突っ込むとイラッとした様子で言う。
 
「ゼロじゃねーけど、あんまり聞いたことないな。人探しとか人脈関連得意なの影派じゃね?こう言う時影派の長がいねーのは痛いな」
「影派でございますか。彼等は何か掴んでいるようでございますね。最近動いているということを小耳に挟みました」
「……影派も怪しいな。銀之丞たちコソコソ嗅ぎ回ってたし」
 
 宝凛はハクノが一緒に持ってきた菓子をパクパクと食べているのを七生が見つけ「太るぞ」と言えば宝凛の拳が七生の腹にヒットした。
 
「頭使ったし良いんだよ、ぼくは。おまえ、なんもしてねーだろ。働け」
「っテメー、マジそのうちボコすかんな。手加減しろや」
「七生様、宝凛様。蓮様の枕元で如何かと」
 
 蓮はそのやりとりにくすくす笑った。


 ◆


 呪は間違いなくかかったはずだった。だけれど、効きが明らかに弱い。じわじわと気を削いでいく呪ではあるが、気が弱まる気配はない。
 杏里は爪を噛み、寂れた部屋の床と天井に描かれた陣の中で丸まっていた。
 
「……どうしよう。どうすれば……」
 
 ぶつぶつと独り言が多くなる。かと言って何か思いつくわけでもなく。施し用がないとわかると、次はどうすれば殴られずに済むかを考えた。
 
「なんで、おればかり……みんな死なないかな。そうだ、死ねば殴られない。そうだ、そうだ」
 
 床に呪い人形がいくつか転がっていて、呪い人形を作るための釘も、転がっている。それを腕に叩きつけようとした所で外が騒がしくなった。
 師の叫び声が聞こえた。
 
「俺じゃねぇ!俺は何もやってねぇよ!」
 
 小物にも程がある。
 思っていたよりも随分早く見つかったらしい。それはそうだろう。大師父のお気に入りに手を出そうとしたのだから、これは目に見えていたはずだ。まだ番になっていない今手を出さなければ二度とこんなチャンスはない。人が妖を超えるチャンスは……。
 
「なんだこれ。おれはそんなこと思ったことない。妖を超える?大師父を地に落とす?そんなこと、俺は望んでない」
 
 杏里は釘を落として、頭を抱えた。
 誰かの、何かの意識が入り込んでいる。
 シュン、と刃が風を斬る音が聞こえた。
 
「待って、待ってくれ、その人は違う!」
 
 足をも連れさせながら、部屋の外へ出る。小さな家だ。2、3人入ればいっぱいになってしまうほどの家。使用人もいない。そこに、2人の男と大きな犬の妖獣が二頭いた。
 
「おや、やっとお出ましか。さっきまで1人の気配しかなかったが、いつからいたのか。希助、お前は気づいてたか?」
「いんや。このオレでも気づかなかったぞ。呪家には1人天才がいるって話しは聞いたことある。この身なりだと噂止まりかと思ってたが、ホンモノか。呪暗児、よく隠してたな」
「か、隠していたわけでは。おい、お前は奥に行け!杏里!」
 
 暗児は肩から胸にかけて血を流していた。銀之丞の刀に浅く斬られたようだ。
 
「お、叔父上!違う、その人は違うんだ。全部、おれがやった。その人には、奥院に近づく力もないんだ……!」
 
 杏里は勇気を振り絞って言った。ここまで声を出した事がないので、すぐに呼吸が乱れる。
 
「おいおい、何ビビってやがる。殺さねぇよ。知ってる事全部吐いてくれりゃ良いんだ。俺らは宝家とお犬様に借りを作れりゃ良いからな」
「それに、今、藍仙郷での殺生は御法度だ。例外はあるが、宵藍大将以外はそれを守っている。言ってしまえば、大将に目ぇつけられたら、一呼吸で殺されるぞ、お前」
 
 杏里は床にへたり込み、杖を握った。
 
「話す、俺が知っている事であれば。その前に、う、アイツ、蓮、を解放する。あと叔……師父を動けないように、術が使えないようにしてくれ。チ、頭が」
 
 頭の中を混ぜる奴がいるが、それでも蓮の解放だけはしなければと解呪を唱えた。己の呪を解呪すれば、しばらくは無能になる。無能になるだけならまだ良い方だ。
 解呪を唱え終われば、体の力が抜けた。薄青の毛の犬に支えられる。
 
「いいか、簡潔に言う。俺が気を失ったら、俺と叔父貴を牢屋に入れて、封じろ。意識が保たない」
 
 それで自分の役目は終わりだ。
 銀之丞が刀を肩に担いで頷き、希助は二本の刀を手に持ち、一本を口に咥えた。
 

「――窮奇が、戻ってきた」
 

 瘴気が杏里を中心にぶわりと広がる。それに引き寄せられたかのように妖魔がわらわらと出現した。
 希助が襲いかかってきた妖魔を全て瞬時に切り落とし、犬二匹が炎を吐いて焼き尽くす。銀之丞が刀を杏里の肩に突き刺して、瘴気を吸った。刃は瞬時に黒くなり、杏里の身体が動かなくなる。
 
「一匹は呪杏里と呪暗児を連れてけ。犬の大将のとこが良いだろう」
「承知しました」
「一匹は伝えな。できる限り多くの仙にな。奴が帰ってきた」
「わかったよ」
 
 犬二匹は人型を取って、双方に分かれた。
 銀之丞がガリガリと頭を掻いた。
 
「希助ェ、平気か?」
「問題ない。多少斬りすぎた気はするがな」
「ウチの爺さまは耄碌してなかったってことか」
「異世界に逃げたあいつが戻ってきたってね。眠っているはずの爺様が、わざわざ夢枕に立つんだから、まぁそうだろ」
 
 希助がよろけたところを銀之丞が支え、腕を肩にかけた。
 
「狙いは、間違いなく蓮坊だ。ウチも忙しくなる」
「オレとしては田舎で作物育ててる方が良いんだけどな」
「それは引退してからの楽しみに取っておけよ」
「一生来ないな」
 
 銀之丞と希助はケラケラ笑って、影に消えた。
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