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事件
しおりを挟むそれは一人の妖仙の慌ただしい報告から始まった。
その男は縦にも横にも大きな、でっぷりとした風体の男で、視察官として各地を飛び回っている仙の一人だ。火焔に報告をしに来たところ、蓮と出会した。
蓮を指差し、後ろに倒れ込んだ男は、大声で言った。
「ここここの男が、村人を焼き殺したのだ……!わ、儂は見たぞ!笑いながら殺す様を!おそろしや!何故このようなところに!?なぜ誰も捕まえぬ!?」
蓮は「ハテ?」と首を傾げ、七生は睨みつけ、宝凛は口を開いた。
「何言ってんだおまえ。こいつは、この方は、あー、ずっとここにいた。ひと月以上、ぼくらと共にいる。おまえの見間違えだろ。失礼にも程がある。失せろ」
歯切れが悪いのは、宵藍の番であることは伏せろという緘口令、もとい蓮からお願いがあったからだ。広まって危険に身を晒すようなことにならないため、蓮が過ごしやすいように、だ。いちいち番様だのなんだの言われていたら、面倒にも程がある。
――だって嫌じゃない。自由に遊べなくなるのは。今だって変に絡まれて鬱陶しいのに。
今は妖からは普通の人間に見えるように術がかかっている。だから妖仙である男も、蓮が何者かは察知せずに喚いた。
「見間違ったりするか!儂は何度もこの容姿を見ている。色素の薄い髪は珍しいし、赤目も珍しい、どこをどう見間違えるってんだ!」
「ふむ。拙の偽物でも出たのかな?」
「その話し方!その声、間違いない!儂は何度となく其方と相対し。間違えるはずがない。ここでケリをつけてやる!覚悟しろ!!」
重たそうな体にしては素早く、七生と宝凛の合間を突破して蓮に剣を向けるが、蓮はひょいと避ける。何度も男が立ち向かってくるが、その攻撃は一つも当たることはなかった。
男がゼーハーと息を乱したところで、炎とともに火焔が現れる。
「何をしている、お前たち」
「火焔」「火焔様」
七生と男の声が被り、男は大きな体を丸め膝をつく。
火焔は腕を組み、蓮と息を乱した男を見た。男は焦るように話した。
「火焔様!この土門、西南より一時帰還しました!火急のご用命。悪鬼により複数の村々が撲滅……その……この優男の手により、撲滅しており、討伐隊の派遣を何卒!」
火焔は無言で真顔だ。
「だーからー、蓮じゃないってば」
宝凛が男に向かって声を荒げ、七生が説明した。
「コイツ、蓮を見るなりいきなり剣を抜いてきたんだ。話を聞くに、その村々を滅ぼした悪鬼とやらが蓮に似ているらしい。蓮が藍仙郷から出ていないのは俺たちが知っている。どういうことだ?」
火焔は頷いた。
「そのことなら話は聞いている。蓮の偽物だろう。将が追っているはずだ」
土門と名乗った男は、晴れやかな顔を見せる。
「大将が!?それは百人力!どころではなく百万力。いやぁ、安心しましたぞ。本物殿、勘違いして申し訳ない。にしても見れば見るほど似ている」
まじまじみてくる男に蓮は顔を背けた。七生は剣に手をかけたので男も悪気はないと両手を上げた。
「拙、何も聞いてないんだけど」
「悪いな。君にいう必要はないという判断だった」
「ふぅん」
蓮はそっけなく頷いたものの、七生と宝凛は嫌な予感がするとお互い目配せした。
蓮にはその偽物の当てがあった。宵藍を模して蓮へと姿を変えた化け物、窮奇だ。
蓮は意気揚々と言った。
「拙が思うに、その拙の偽物はただ拙を模しているだけではないと思うよ。なにか理由があるのではないかな」
ふむ、と頷いた男、土門は思い出しつつ話す。
「たしかに、奴は蓮殿の姿に執着しているようでした。模倣する妖は5万といるんですが、1人の、しかも人間も精巧に模倣するなんざ、よほどの執着があるに違いない」
土門と蓮はお互い頷きながら会話をしていたが、七生は気が気でなかった。
土門が火焔に全て報告を終えたあと、村に戻るところを蓮が声をかけたのだ。
『拙の偽物であれば拙の力が役に立つやも』
土門は少し頭が足りてないところがある。蓮があの手この手で言いくるめ、ついに村へと同行することになった。七生はもちろん止めようとした。が、異常に強い力で蓮に口を抑えられ、文句を言えないようにした上で土門が作り出した転移に乗せられた。宝凛は唖然としているうちに「バレたらいやだから、誤魔化しておいてね」と言い残されて、取り残された。――鮮やかな手口だった。
「蓮、ほんとどうすんだよ。ここ僻地だぞ。空気も悪い。俺、土地勘ない」
思ってた以上に痩せた土地で、ほぼ砂漠である。人通りはなく、荷を引いた車跡があるくらいだ。
「西南の最前線。ここは魔境との境目。戦の耐えない地だ。おい、土門。俺たちをこんなところに連れてきてどうするんだよ。俺はともかく、こいつは――ただの人間なんだ」
「いまやこの辺りじゃここが1番安全だ。智将と名高い氷雨様と紫水様がいらっしゃる。それに、あの身のこなし立ち居振る舞い、蓮殿はただの人間ではないように思うぞ」
七生はちっと舌打ちした。勘は良いようだ。
「氷雨と紫水がいるなら、マシか。土門、いいか。俺らを死ぬ気で守れよ」
「市民を守るは我が役目。半妖殿、殊勝な態度を取るよう心がけよ。儂は気にせんが、古城には多くの妖仙がおる」
「俺を、半妖だと侮る奴は片っ端からぶっ殺してやるから安心しろ」
蓮は七生に釘を刺す。
「喧嘩はだめだからね?」
「う……わぁったよ」
七生は渋々頷いて蓮の後ろを追いかけた。
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