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第五部 主と建国せし道 第一章 ジャンカの町 闘技大会

第八百七十話 奈落のショートカット術

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 奈落……この場所は言うなれば、無限にも続くと思われるような螺旋回廊だ。
 最下層中央部分はぼっかりと開き、さながら上部に限りの無い闘技場のようだ。
 そこで先ほどまでベルーシンと対峙していたわけだ。
 そして俺は、バネジャンプを駆使してびよーんと上空部分を上手く飛び跳ねて登ってい
る。
 ベリアルで飛んだ方が早い? いや、あいつが上手く空を飛べるとは限らないし、それ
にきっと嫌がるだろう。
 存外鳥サイズのベリアルは大人しそうでいい。

「痛っ! おい何するんだベリアル」
「おめえ、変なこと考えてたろ。顔がにやけてやがるぞ」
「そんなことは……おい、それよりタルタロスの部下全員寝かせられると思うか?」
「恐らくな。ヒュプノスがいりゃ平気だろ」
「そーいやヒューメリーって基本寝てるか眠らせるかの二択行動なんだけど」
「その二つ以外ねえだろ。眠りの支配者だぞ。おっかねえ存在だが頭がちょいとあれだから
な。こいつがタナトスと同じ性格だったら震えあがるぜ」
「ただの睡眠だけじゃないのか?」
「魂から切り離されることが無い永遠の眠りは個の完全なる死を意味する」
「それが可能な存在か……確かに怖いな……っとバネジャンプ!」
「キシャアアアアアアアアア!」

 この螺旋回廊、当然何もいないわけじゃない。先ほどからアルケーとは違う恰好をした鎧マ
ニアみたいな連中が襲って来る。
 鎧にひたすらこだわりがあるのだろう。全身鎧ずくめで色とりどりだ。
 動きは……ベルドより遅くファナたちよりは早い程度。
 しかし色に合わせたような妖術を多用してくる。
 おまけに会話は通じないようだ。
 回避しつつ睡眠させつつを繰り返し、ひたすら上を目指し飛び跳ねる。

「ありゃあ相当強く支配されてやがるな」
「つまり手を出すな、殺すなってことだろ?」
「ああ。交渉の余地が減る。無傷で離脱出来そうか?」
「多分いけるだろ。その階層までしか襲って来る気配がない。数は多いけどな……バネジャンプ!」
「にしてもおめえのその技……せっかく名前変えてやったってのに」
「なんか愛着があって。格好悪い名前だとは思うんだが、気にしないことにした」
「クックック。おめえらしいな」

 ベリアルと話しながら移動を続けていると、鎧軍勢は徐々に数が減っていく。
 とはいえ最下層から一体何名部下がいたのか分からない。
 奈落ってのはこんなに鎧武者が必要な場所なのか? 
 出来れば二度と来るのはご免こうむりたい。

「ふう。ようやく最上層が見えて来た。タナトス、ちゃんとついてきてるか?」
「私は襲われないからねえ。狙われてるのは君だけだよ」
「おいルイン。いい考えがある。ここから奴に向けて唾をはきかけるのはどうだ?」
「やめとけって。あいつが後から嫌なことをするのが増えるだけだろ」

 ここまで来る間に、タナトスの性格は大分把握したつもりだ。
 あいつは笑いながら嫌なことを平気で出来るタイプだ。
 しかし根っからの嫌な奴とは少し違う。
 自分が傷つくことをいとわない嫌な奴だ。

「……ふう。下らないことを考えてたら、最上階まで着いたか。ここは……」
「何で私の方を見ながら言ってるのかなー?」
「いや別に。奈落ってのはよく言ったもんだな。底は真っ暗にしかみえない」
「この門先に奴がいんだろ。此処で念入りに準備してこうぜ」
「そうだな。まずタルタロスの特徴や能力について教えてくれないか」
「いい質問だね。冥暗のタルタロス。文字通り彼は冥府の番人であり奈落の支配者だ。闇
の賢者との違いを説明しながらはなそうか」
「ついでに言うと、魂の選定者であり魂を作り替えられる唯一の存在としてネウスーフォ
が産み出した怪物だな」
「その能力は妖魔界にいるだけあって、封印術、封ずる力に特化している。それに……」
「それに?」
「あいつは紫電級のアーティファクトを所持してんだよ。いや、手にしちまったと言う方が
いいか」
「それって、世界を変える理を持つようなものじゃなかったか?」
「そうだ。魂の器。こいつは対象に閉じ込めた魂を砂に変えちまう。相手が神だろうと効果
があるらしい。そいつに捕まったら最後だ」
「後はね……」
「まだあるのかよ。聞くだけで絶望の感じがひしひしと伝わってくるんだが」
「そうだね。彼の生体はネウスーフォに由来する。最初に造られたゲンドールへの生命体と
いえる原初の者だ。絶対神側のね。つまり……」
「あらゆる実験を加味して作られた存在ってことかよ……」
「そういうこと。特にさぁ、君も絶対神を一人よく知ってるから分かると思うけどさ」
「あいつのことはなるべく思い出したくないな。冷徹さというか、人の血が通ってないとい
うか何というか」
「そんなもん流れてるのは人間だけだぜ、ルイン。魔族にもモンスターにもそんなものは流
れてねえ。人間だって極一部。さらにいうならおめえの考えは人間とかけ離れてやがる」
「それは、きっとこの世界のものじゃないからだろ?」
「おめえの星は海の中のどっかの星だろ。繋がってるんだよ、それらはな」
「つまり、地球にも帰れるのか!?」
「さぁな。それこそどこぞの星を創造してる、絶対神にでも聞いてみな」
「ほらそれよりも。タルタロスの力についてでしょ? これ以上聞かなくてもいいの?」
「もういい。ただ戦っても勝てないってのは分かった。だが、俺たちならどうにか出来る。
だからお前が俺たちを選び、此処へ連れて来たのだろう? タナトス」
「ふふふ。私の意図をちゃんと読んでくれたね。その通り。君たちでなければどうにも出来
ない。そう考えた。それじゃ行こうか」

 巨大な門をゆっくり開くと、そこにずっといたのか、或いは中身は抜け殻なのか。
 目の前には触角のようなものを頭につけ、目を閉じ、黒色の長髪をなびかせる長身の男がいた。
 ぴくりとも動かず、ただじっと佇んでいるが、周囲には白いモヤのようなものがみえる。

「やっぱり……マガツヒに支配されたのか」
「神の進化って、知ってる?」
「いいや。聴きたくもない話だろう」
「そうだね。今はいいか。いい? 時間は五分。それ以上経てば魂の器が発動する。それ
に飲まれれば君は器の中に閉じ込められるだろう。さぁ、最初から全開でいくよ!」
「ああ!」
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