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第二章 地底騒乱

第八百九十八話 いたずら好きのレイスたち

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「暗いけど早く行こうよ。目的地からどんどん遠ざかっちゃうよ」
「本当ですわ。わたくし、せっかく美味しい食材に出会えると思いましたのよ。特にあの、血の滴るような
真っ赤なお野菜。大変気に入っていますのよ。ですからわたくしのお口に合う赤いものを求めて同行してい
るといいますのに」
「お前の目的はトマト以上の何かかよ……この車両、明らかにおかしい。俺には見えるんだよ」
「えっ? 光が時折差し込む以外何も無いじゃない。私が先に行くからね」
「だから待てって!」

 静止を聞かずに歩き出すベルベディシアとタナトス。
 ベリアルもやれやれと言わんばかりに俺の肩で羽休めを始める。
 ……俺には見えているのにこいつらには見えていないというのか。
 あの白い塊共が。
 そんなはずはない、これは演技、演技なんだ。俺の反応をみて楽しんでいるに違いない。

「あれ、なんだここ」
「まぁ……あんなに沢山真っ赤な食べものがありますわ! わたくしのために用意したのね」
「何言ってんだお前ら。部屋には何も……」

 真っすぐに次の車両を目指していたベルベディシアとタナトスは、双方ともに道を外れ、左右の
窓際へと向かっていく。
 どちらも正気とは思えない。
 そして……双方とも窓を開けて外に出ようとし始めた! 
 
「ベリアル! タナトスを頼む」
「んだよ、あいつらどうしたってんだ? 面倒くせえな」

 ベリアルは空を飛び、俺は光のスポットが当たる場所を通ってベルベディシアの襟首を
つかんだ。

「ちょ、何をなさるおつもり! わたくしに攻撃なさるおつもりですか? もう少しで届
きそうでしたのに!」
「落ち着け。幻覚だろう。まさか雷帝でも掛かるような術とは恐れ入った」
「おいルイン、こいつはダメそうだ。手伝ってくれ」
 
 ベリアルが頭を突いて止めようとしているが……タナトスは止まりそうにないようだ。
 いや……こいつはもしかして「お前は正気じゃないか?」
「……ばれてた? でもほら、ここみてよ。装置なんじゃない?」

 そういうとタナトスは窓際の隅にある何かを押してみせる。
 パッと部屋の明かりが付き白いふわふわとした奴も見えなくなる。
 少しだけ笑い声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

「次の車両へ行こう。いい加減眩暈がしてきそうだ」

 ……それからは酷かった。
 七車両目で空に吊るされ、車両内をぐるぐるとユーフォーキャッチャーのように行き来
され、六車両目では水攻めにあう。
 ずぶ濡れになってブチ切れた雷帝が雷を放出したせいでもれなく全員麻痺した。
 五車両目は迷路のように座席が組み替えられ、脱出ぎりぎりでタナトスが足を引っ
張り振り出しに戻され……四車両目で大きなミノタウロスの幻影……倒した後に幻影だ
と判別したわけだが、声も姿も実にリアルだった。
 三車両目が休息地点。二車両目で床が抜けた場所を飛び越えさせられ……そしてようやく
一車両目に辿り着いた。
 ……もう相当な時間を食ってしまった。
 まさか、こんなことになるとは。
「はぁ……やっと、やっとだよ。何で真っすぐ進むだけなのにこんなに草臥れたんだろうね」
「冗談じゃないぞ。ここからフェルス皇国に戻るにしても、どれほど時間ロスしてると思っ
てるんだ。ジェネストにアニヒレーションズで切り刻まれるのは確定だろ」
「それどころか女王がこっちに来ちまうかも知れねえな。何せあの性格だろ?」
「それが一番気掛かりだよ」

 俺はメルザにどうにか頼み込んで、時間制限を設けてもらい、その間につゆ払いをしてくる予
定だった。これはもう、再びプンスカメルザになるのは止められようがない。

「それで、この車両は……あれ? 何だここ、前に進む道がないぞ?」
「本当だ。テーブルがあるよ」
「何かテーブルの上にありますわね」
「何だこれ……文字が色々書いてある……ボードゲームの駒か何かか?」
「待ってたよ―。遊ぼうー?」
「ええっと、どちら様でしょうか……」

 白いふわふわしたものに黒い点が三つある。
 聞くまでもなくレイス何だろうが、精神的に疲れ果てた俺はなぜか質問していた。

「僕、レイビーだよ。いっぱい邪魔されたでしょー?」
「ああ、最初にいた……なぁ、あんたの声さ。他の奴に聴こえないみたいなんだけど」
「うーん。だって僕、レイスだから。本当は声なんて聴こえるはずないのにねー」
「そ、そーいう言い方は良くないんじゃないかな。ほら、俺にだけ見えるし聴こえるみたい
な言い方はさ」
「うーん。僕、嬉しいんだー。別のところにある体に入って動いてもね。声も出せないしさ。
見えるようにはなるんだけどね。待っててねー。今持ってくるからー」
「お、おい! 俺たちはここで遊んでる暇ないんだって。頼む、操縦席に……ってあれ」
「おい、だからおめえは一体誰と喋ってやがるんだ?」
「どうしたら先に進めるのかしらね。わたくしそろそろお食事にしたいのですけれど。
雷撃を使い過ぎたので血を分けてくださるかしら?」
「あれ? そういえば君の髪色……銀色から黒色に変わってきてない?」
「わたくし、血を定期的に補充しないと力が失われてしまうのですわ」
「ふーん。面白い種族だね。ヴァンパイアと違って血に飢えてるって感じじゃないし」
「ですからあのような下等の種族と一緒になさらないでくださるかしら? わたくしはね。
血種魔古里の中でも血で詠み取る特異種族なのですわ。血詠が唯一出来る存在としてもっと
崇めてもいいのですわ!」
「血詠魔古里ってそんな希少なものなのか?」
「そうですわね……あら。話している場合じゃありませんわね……何かきますわ!」

 そういいながら青白い顔を更に青白くして奥を指差すベルベディシア。
 その先には……巨大な呪いの人形のようなものがゆっくりと近づいて来た! 

「うわあーーーーーーー! もう勘弁してくれ!」
「ちっ。レイスが憑りついたやばい代物か!」
「け、消炭に……ダメですわ。力を使い過ぎましたわ」
「お、落ち着け大丈夫あれは、そう。マーナ、マーナの大きい奴だ落ち着け俺。平常心だ」
「やあー。体を持って来たよぉー」
「……もしかしてレイビー……なのか」
「うんー。そうだよー。この体、どうかなー」
「……怖いです」
「そうなんだー。僕にはよく分からないからさー。ねぇ、遊ぼうー?」
「さっきも言ったんだけど、遊んでる暇無いんだよ。どうしても遊びたいなら……そうだな。
俺たちについて来い。やることが終わったら一緒に遊んでやるから」
「本当ー?」
「あ、ああ。お前にもっと合いそうな怖くない体を探してやる」
「やったぁ。僕ね、女の子なの。可愛いのがいいな」
「それって女の子じゃなくても可愛い女の子になりたいっていうオジサンフラグじゃないよな……」
「ええー、違うよ。オジサン何て嫌だよ―」

 どうやらこの生霊は子供のような気がする。
 だが、どうやって連れて行けばいいんだろうか。

「なあ。此処から出す方法とか、あるか?」
「うんー。僕、良く分からないけど。君は何か特別なんだよね。だから、君の中にいれ
ば外に出られるかもー」
「ちょっとこっち来てくれ。触れる……か? あ、その人形は置いてってください。連れ歩いたら
明日から俺はネクロマンサー以上のやばい奴として周知されることになるから」
「分かったー」

 再び白いふわふわとしたそれが俺の近くへと来る。
 ……慣れたくないけどもう慣れて来た。
 こいつと意思疎通出来るお陰か……俺の最大の弱点を克服する良い機会かもしれん。
 レイビーに触れようとすると……何か強く精神的に持っていかれそうな感覚に陥る。
 これが……レイスという存在か。
 引きずり込まれそうだが、封印を試みるとどうやら封印出来そうだ。

「お前を俺へと封印しようと思う。リスクは多少あるかもしれないが、骨やら死竜やらタ
ーフスキアーやらが俺に封印されているから愉快な場所だと思う」
「楽しそうー。この列車から出られなかったからー、本当にいいのかなー?」
「いいんじゃないか。お前が行きたいなら俺と共に来い」
「うんー。僕はレイスのレイビー。よろしくねー」

 レイビーを封印すると……直ぐに封印から出て来て挨拶を始める。
 すると少し残念そうな顔をする奴がいた。
 タナトスである。

「君が怖がる仕草が面白かったのになぁ。これじゃもう、怖がることはなさそうだね」
「お前、やっぱ最初から見えてたし聴こえてたんだな。本当良い性格してるわ。だが俺
はもう克服したからな……あれ? どうしたベルベディシア」

 レイビーを紹介して恐れおののいたのかと思ったのだがそんな素振りではなく、俺の後ろを
指差して青白い顔をしていた。

「あれ……動いていますわよ?」

 先ほどまでレイビーの体だった呪いの人形まがいのものは、目が赤く光りを発して俺たち
へと襲い掛かって来た! 
 ……やっぱりホラーの克服って難しいものなんだな。
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