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第二章 地底騒乱

第九百十一話 お化粧の頼みごと

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 俺は今、フェルドナージュ様とニンファに頼みごとをすべく、ジオが掘り進めたという
幽閉場所裏手に来ている。
 地面を掘り進めてから上に抜けて、そこから更に掘り進め……ってこれ手作業でやったのかよ、こいつ。
 壁際に指で開けたのかボコリと確かに覗き穴のようなものが見て取れた。
 これはまずい。犯罪の片棒を担いでいる気分だ。

「あまりジロジロ見ないで欲しいねぇ……ここを壊すときがついに来たんだ」
「シーッ。聞こえたらどうするんだ。合図を送って喋らないようにニンファだけ呼び出す
んだ」
「二人は何をしているか気になるねえ。まさか、き、着替えたりしてないだろうねえ? 
だとしたら君には後ろを向いていて欲しいねえ!?」
「もういい。お前が前にいろ。俺は後ろにいるから」
「い、いいのかねえ? では喜んでその役をやろう」

 狭い穴だし俺には穴の位置が低くていまいち分からない。
 交代してジオにやってもらった方が良いに決まっている。
 しかし交代した途端ジオがへばりついて穴に近づいた瞬間……。

「……えいっ!」
「どうじゃ!? 覗き変態妖魔は撃退出来たか?」
「か、硬いです、ナージュお姉様」
「どれ、こういうときは、こうじゃ!」
「熱っ熱、あつあつあつあつあづーー!」

 ……どうやら声が聴こえたようで、打撃攻撃からの熱湯攻撃をくらったようだ。
 自業自得、文句は言えまい。
 危うく俺がああなるところだったわけだが。
 二人がこちらへ近づいたのなら好都合だ。
「フェルドナージュ様、ニンファ様。お静かに……俺です。ルインとジオです」
「なんじゃと……お主まさか覗きを?」
「いえ。それはお察しの方です。話すと長くなりますが、今は依頼を」
「ひ、酷いねぇ。姫を助けに来た王子なのに……」
「どうにも馴染みのある悪寒がすると思いましたの……やはり、ジオ様が覗いていらっし
ゃったんですの……」
「ご、誤解だねぇ!? ほら君も!」
「はい。覗き……ではなく見守っていたようですよ、ニンファ様」

 そうだ。こういうのは言い方一つで随分と印象が変わるのだ。
 助け船は出したぞ、ジオ。

「そ、そうなんだよねえ。僕は覗いていたんじゃなくて、来る日も来る日もお二人の美し
い女性を見守っていたんだよねえ。悪い虫がつかないようにしたり、大きい虫がいたら困
るからねえ」
「来る日も……じゃと? まさか毎日来ておったのか」
「それは当然だねえ」
「……バカ野郎」
「そうですの。毎日ですの。つまりお着替えも覗いたりしていましたの?」
「ど、どうだったかねえ」

 俺は船を二つ所持していない。
 船はもう手元にないのでこれ以上助け船は出せないようだ。

「お二人とも。少しお願いが。ジオのことは後で煮るなり焼くなりして頂いて結構なので
どうか……今少し穴を広げます。塞ぐ方法はあるのでご心配なく。ジオ、頼む」
「少し抵抗があるんだけどねえ……仕方ない」

 ジオがボコリと壁をえぐると、丁度俺の顔が入る位の穴が出来た。
 直ぐに……フェルドナージュ様の手が伸びて来た。

「よく……無事であったのう。心配、したぞ」
「俺もです……フェルドナージュ様。積もる話は全て解決してからにしましょう。
俺は一足先にフェルス皇国に戻り、彼の地を取り戻してあなたたちを待っているよう
にします」
「何と立派になったことか。気になることは多い。じゃが一つだけ教えてくれ。メルザ
は、元気か?」
「はい。とても元気です」
「そうか、何よりの知らせじゃ……ならば他は何も聞かぬ。童はお主を信じておるから。
それで、願いは何じゃ? 今の童には力が無い。お主の役に立てるかどうか」

 フェルドナージュ様は変わらず、メルザを愛してくれている。
 それが……何よりも嬉しく感じた。
 そしてメルザもきっと、フェルドナージュ様のことを好きだと思っている。

「化粧をしてもらえませんか。道具はこちらに」
「化粧……じゃと?」
「俺は嫌なんですが、女装して忍び込む必要があるんです」
「それならニンファに任せて欲しいですの」
「童も手伝おう。お主は良い男じゃが……果たしてどうなるか」
「腹はくくったので覚悟は出来てます。準備にも抜かりなく、数時間程抜け出せるように
して来ましたから」
「お化粧って結構大変なんですの。この道具だけで上手くいくか分かりませんの」

 化粧道具は宮女から借りたものだ。
 水などはちゃんとパモから出せる。
 そして俺の顔が入るサイズの穴ならパモはギリギリ通れるのだ。

「パモ、頼む」
「ぱーみゅ!」
「まぁ可愛い。ずっと、可愛いものが無くて辛かったですの!」
「ぱ、ぱぎゅ……」
「ニンファ、程々に。パモが潰れてしまう」
「ご免なさいですの。それじゃ早速……」

 俺は顔面だけ穴に入れて目をつぶり……しばらくニンファたちに顔へメイクをされ続けた。
 いや、化粧なんて生まれて初めてのこと。
 しかしフェルドナージュ様もニンファも真剣にやってくれている。
 これは大事なミッション。そう、大事なミッションなんだ……。

「ふむ、これでよい。しかしお主……女性に生まれて来た方がよかったのではないか?」
「本当ですの。顔だけなら女性ですの」
「妖魔っぽくないのがここで役に立ったのか? 分からないが上手くいったんだな?」
「はいですの。でも喋り方を変えないとダメですの。パモちゃんみたいに可愛く声を出し
て欲しいですの」
「……女性言葉か」

 俺はそう言われて思案した。
 まず真っ先に浮かぶのはメルザだ。
 にはは! と腕を組んで笑うメルザ。
 一人称は俺様だ。
 これじゃ男と何も変わらない。
 次にファナ。
 ファナは暖かく包み込むような喋り方だが、最初は結構冷たかった。
 サラは押しが強く最初から強引だった。
 タイプは似ていて一人称は私だ。
 この二人がいいのか? だが直ぐ喧嘩を始めるな。
 あれ、女っぽいといえるのか? 
 次は……レミだ。キャハハハ! と猛烈な笑い方をする。
 そして裏があるし腹黒い部分が割と見て取れる小悪魔的な奴だ。
 いや、サラも十分小悪魔なんだが……これも普通の女性として見られるのだろうか。
 いや待て。結婚していない女性を視野に入れるべきか。
 そうすると誰だ? ブレディー? 毎回猛毒を吐いて対称を煽る毒刺しっ子だ。
 盛られた奴は可愛いがゆえに反論出来ず可愛死にすること請け合い。
 これが正解か? 
 
 ……と頭の中を悩ませていると、ニンファがこうやるのと言わんばかりに声を出し
ている。

「こ、こうですの?」
「そうですのそうですの!」
「くっ……ルインよ。お主も可愛げがあるのう。まさかニンファと同じく、ので締めくく
るとは」

 笑いを堪えるような仕草を取るフェルドナージュ様。
 安心した、かなり元気な顔が見れたようだ。

「どうすればいいのか分からないんだ……いや、です」
「なぁに。少し声を高くして喋ればお主なら平気だろう」
「そうそう、君用の衣類なんだけど、大きいものが無いんだよねえ」
「ならば童の服に手ほどきを加え渡そう。待っておれ」

 そんな恐れおおい! とは思ったが、確かに俺の体格程となるとフェルドナージュ様の
ような高身長女性のものでなければ合わない。
 これは仕方ないか。

「……ふむ。よし、持っていけ。よいな、必ず生きてまた再会するのだぞ。童はお主を失
いとうない」
「私もです。フェルドナージュ様」
「まぁ……熱いお言葉ですの。ニンファにも投げかけて欲しいですの」
「そ、それはこのジオめに……」
「ね、ルイン様」
「あはは……隣の奴に殺されそうなので、それは言えないかな。なんだかんだでこうして
二人にお目通り出来たのも、こいつのお陰だから」
「君……そ、そうだよねえ。君はそういう良い奴だったよねえ。その通り、僕がここへ導
いたんだったねえ!」
「まぁ。やっぱりルイン様はお優しいですの。覗き魔を庇うなんて」
「……あっ。俺支度して直ぐ向かうんでこれで。ジオ、壁は任せたぞ」
「ちょ、ええっ!?」
「さてジオや。何分自由な身では無いが、何か申し立てることがあろうな?」
「い、いけない。見張りが来るといけないねぇ!? そろそろ時間だから、穴を塞ぐ
しかないねぇ!?」
「ニンファ、言うてやれ」
「覗きする方なんて気持ち悪くて最低だと思いますの!」

 ……お前の愚かさを考えると、俺は最難関ダンジョンの攻略を補助するという約束をし
てしまった気がするよ、ジオ。 
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