「羊男」

秋空ハレ

文字の大きさ
6 / 26
2章

眠り姫の憂鬱②

しおりを挟む
何が起ころうと、また一日は始まる。
朝田は授業に出席するため大学へ向かっていた。

あの後、黒木花純が消えてから朝田は茫然と血だまりを眺めていることしかできなかった。

気付けば羊の頭のままだ。朝田は慌てて変身を解く。血だまりの前で佇む羊頭の男など出来の悪いホラー映画のワンシーンのようだ。

このままにしていいのか。
しかし朝田には、一つしか選択肢がなかった。

人に見られる前にこの場を去ること。
周りには幸い誰もいない。

花純は気になるが、血だまりのことを人に説明する自信はなかった。

大学の構内に入る為に門をくぐる。門というには簡素な作りだが南側の出入り口になっているため、学生からは『南門』と呼ばれていた。

門を抜けて、講堂に向かう並木道に入ったところで朝田の足は止まった。驚きと恐怖と不安。そんなものが朝田の足を前には進めてくれなかった。

そこにいたのは、黒木花純だった。

授業に向かう学生が横目で彼女の方をチラチラと見ながら、通り過ぎて行く。彼らが花純を見る感情は朝田とは全く違うものなのだろう。

朝から姿を見れてラッキーとでも思っているのかもしれない。彼女の前を通り過ぎた3人組の学生が何かを言い合っている。

花純は朝田の顔を見ると、不安そうな顔でこちらに向かってきた。

朝田の頭の中では昨日の出来事がフラッシュバックしていた。昨日は羊男の姿だった、だから正体がバレているということはないだろう。もちろん服装も違う。

通り魔が言っていたように、正体を隠すという一点においては優れた能力だった。だから、花純の向かっている相手は自分のはずがない。

「あの」

「はい?」
話しかけられて朝田は声が上ずる。
願いは虚しく、花純は朝田に声をかけた。

「お話したいことがあって、えっと」

「ここは目立つから、一旦人気のないところへ」

周りには野次馬が遠巻きに見つめていた。ほとんどは面白半分の者だが、数人からは強い嫉妬を感じる。こんなに目立ってしまっては、落ち着いて話すこともできない。

「本当にごめんなさい」

食堂の外にあるテーブルに腰かけると同時に花純は頭を下げた。

この時間は食堂もまだ開いておらず、学生もなかなかこちらまでは来ない。
名前を聞かれ名乗り合うが、やっぱり目の前の人間は黒木花純だった。

花純から話し始める。
やはりと言うべきか昨晩の出来事のことだった。

「こちらこそ、助けられなくてごめんなさい」
目の前で元気にしている相手に助けられなくて、というのも変な話だが一応言っておかないといけないような気がした。

「傷は、大丈夫?」

「はい、まったく問題ありません」
花純は元気さをアピールするために両腕で握りこぶしを作るようなポーズを取る。

「いや、そんなわけが……」

言いかけて目の前の花純を観察する。
昨日腕や顔にもついていた痛々しい傷跡は全く残っていなかった。
「…あるんだね」

「朝田先輩に今日お話したかったのは、私の身体のことなんです」

「傷がなくなっていること?」

「正確には傷がなくなっているわけではないんですが、まぁそうですね」
花純は困った顔をする。

「それで、朝田先輩には見てもらった方が早いと思いまして」

「えーと、見てもらうって…何を?」
嫌な予感がする。

「私と一緒に病院行きませんか」
花純は明らかに無理に笑顔を作って、そう言った。

~~~~~

電車で二駅の場所にこの地域で一番大きい病院がある。

花純は大学を出る前にマスクと眼鏡をかけて変装した。それでも目立つ存在らしく電車の中で何度か好奇の目を向けられる。

病院に着いてから、花純は受付で何かを話した。
それから朝田を病室の方へと誘導していく。

「今から見せるのは私の秘密なんですけど」
花純の声は少し震えていた。

「あんまり驚かないでくださいね」

「約束はできないけれど、頑張るよ」
人から頼まれると朝田は断れない。
花純からは祈りにも似た懇願が感じられた。
何かよっぽどの事情があるのだろう。

「ここです」

花純が立ち止まる。そこは個人病棟の一番奥の部屋だった。扉のネームプレートには『黒木花純』と書かれている。

「ここからは私、入れないんです。
 だから朝田先輩だけで行ってきてくれませんか」

朝田はこの扉を開けてはいけないような予感がしていた。ここに入ったら、厄介ごとが増えるような感覚。目の前の花純に目をやるが、黙ってこちらを見つめてくる。

「わかった」
それ以外、朝田には言えなかった。

病室に入ると、そこはかなり広い作りになっていた。部屋代かなり高いだろうなと何となく考える。お見舞いの品がいくつも置かれていて人が出入りしていることが伺える。

朝田は驚かないという約束を守ることが出来なかった。ベッドにいたのは、黒木花純だった。

病室の外にいる花純と同じ顔をしている。腕につけられた点滴の様子から、長期間目覚めていないのだろう。その姿は、おとぎ話の白雪姫を想起させる。

その時、外で声がした。
お姉ちゃん待って、と花純が慌てる声が聞こえてくる。何かを言い合った後、病室のドアが開いた。

長身の女性が腕を組み、仁王立ちしている。
彼女は朝田を睨みつけ、言った。

「あんた、誰よ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...