「羊男」

秋空ハレ

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2章

眠り姫の憂鬱②

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何が起ころうと、また一日は始まる。
朝田は授業に出席するため大学へ向かっていた。

あの後、黒木花純が消えてから朝田は茫然と血だまりを眺めていることしかできなかった。

気付けば羊の頭のままだ。朝田は慌てて変身を解く。血だまりの前で佇む羊頭の男など出来の悪いホラー映画のワンシーンのようだ。

このままにしていいのか。
しかし朝田には、一つしか選択肢がなかった。

人に見られる前にこの場を去ること。
周りには幸い誰もいない。

花純は気になるが、血だまりのことを人に説明する自信はなかった。

大学の構内に入る為に門をくぐる。門というには簡素な作りだが南側の出入り口になっているため、学生からは『南門』と呼ばれていた。

門を抜けて、講堂に向かう並木道に入ったところで朝田の足は止まった。驚きと恐怖と不安。そんなものが朝田の足を前には進めてくれなかった。

そこにいたのは、黒木花純だった。

授業に向かう学生が横目で彼女の方をチラチラと見ながら、通り過ぎて行く。彼らが花純を見る感情は朝田とは全く違うものなのだろう。

朝から姿を見れてラッキーとでも思っているのかもしれない。彼女の前を通り過ぎた3人組の学生が何かを言い合っている。

花純は朝田の顔を見ると、不安そうな顔でこちらに向かってきた。

朝田の頭の中では昨日の出来事がフラッシュバックしていた。昨日は羊男の姿だった、だから正体がバレているということはないだろう。もちろん服装も違う。

通り魔が言っていたように、正体を隠すという一点においては優れた能力だった。だから、花純の向かっている相手は自分のはずがない。

「あの」

「はい?」
話しかけられて朝田は声が上ずる。
願いは虚しく、花純は朝田に声をかけた。

「お話したいことがあって、えっと」

「ここは目立つから、一旦人気のないところへ」

周りには野次馬が遠巻きに見つめていた。ほとんどは面白半分の者だが、数人からは強い嫉妬を感じる。こんなに目立ってしまっては、落ち着いて話すこともできない。

「本当にごめんなさい」

食堂の外にあるテーブルに腰かけると同時に花純は頭を下げた。

この時間は食堂もまだ開いておらず、学生もなかなかこちらまでは来ない。
名前を聞かれ名乗り合うが、やっぱり目の前の人間は黒木花純だった。

花純から話し始める。
やはりと言うべきか昨晩の出来事のことだった。

「こちらこそ、助けられなくてごめんなさい」
目の前で元気にしている相手に助けられなくて、というのも変な話だが一応言っておかないといけないような気がした。

「傷は、大丈夫?」

「はい、まったく問題ありません」
花純は元気さをアピールするために両腕で握りこぶしを作るようなポーズを取る。

「いや、そんなわけが……」

言いかけて目の前の花純を観察する。
昨日腕や顔にもついていた痛々しい傷跡は全く残っていなかった。
「…あるんだね」

「朝田先輩に今日お話したかったのは、私の身体のことなんです」

「傷がなくなっていること?」

「正確には傷がなくなっているわけではないんですが、まぁそうですね」
花純は困った顔をする。

「それで、朝田先輩には見てもらった方が早いと思いまして」

「えーと、見てもらうって…何を?」
嫌な予感がする。

「私と一緒に病院行きませんか」
花純は明らかに無理に笑顔を作って、そう言った。

~~~~~

電車で二駅の場所にこの地域で一番大きい病院がある。

花純は大学を出る前にマスクと眼鏡をかけて変装した。それでも目立つ存在らしく電車の中で何度か好奇の目を向けられる。

病院に着いてから、花純は受付で何かを話した。
それから朝田を病室の方へと誘導していく。

「今から見せるのは私の秘密なんですけど」
花純の声は少し震えていた。

「あんまり驚かないでくださいね」

「約束はできないけれど、頑張るよ」
人から頼まれると朝田は断れない。
花純からは祈りにも似た懇願が感じられた。
何かよっぽどの事情があるのだろう。

「ここです」

花純が立ち止まる。そこは個人病棟の一番奥の部屋だった。扉のネームプレートには『黒木花純』と書かれている。

「ここからは私、入れないんです。
 だから朝田先輩だけで行ってきてくれませんか」

朝田はこの扉を開けてはいけないような予感がしていた。ここに入ったら、厄介ごとが増えるような感覚。目の前の花純に目をやるが、黙ってこちらを見つめてくる。

「わかった」
それ以外、朝田には言えなかった。

病室に入ると、そこはかなり広い作りになっていた。部屋代かなり高いだろうなと何となく考える。お見舞いの品がいくつも置かれていて人が出入りしていることが伺える。

朝田は驚かないという約束を守ることが出来なかった。ベッドにいたのは、黒木花純だった。

病室の外にいる花純と同じ顔をしている。腕につけられた点滴の様子から、長期間目覚めていないのだろう。その姿は、おとぎ話の白雪姫を想起させる。

その時、外で声がした。
お姉ちゃん待って、と花純が慌てる声が聞こえてくる。何かを言い合った後、病室のドアが開いた。

長身の女性が腕を組み、仁王立ちしている。
彼女は朝田を睨みつけ、言った。

「あんた、誰よ」
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