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6章
羊男の狼退治②
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月曜日。
秋穂は病院で七海がいなくなったことを聞いた。
退院予定はまだ1か月以上先だった。
また勝手に七海はどこかへ行ってしまった。
最初から七海は勝手だった。
新歓の時期、勧誘もしていないのに猫のように部室の中へ入ってきて、ここが気に入ったから入部しますと言った。
その時の古書研は秋穂ともう一人の同級生、そして今はもう卒業してしまった先輩の3人だけ。3人ともこれ以上このサークルを大きくしたいという野望もなかったが、このままだとこの場所がなくなってしまうことには寂しさを感じていた。
七海が来てからは4人でサークル活動を楽しむことが出来た。男の子がいるとやっぱり違うね、と先輩は言っていたけれど七海は男とか女とか関係なくいい後輩で、こんな日々がずっと続けばいいなと秋穂は思っていた。
学年が上がって先輩は卒業して、また3人になった。同級生は別のことで忙しくなり、あまり部室には顔を出さなくなった。秋穂はそれでもいつものように部室へ行った。今日は誰も来ないだろうと思うが、予想に反して、七海は毎回ふらっと部室を訪れた。
私がいることを分かって来ているのは知っていた。はじめは寂しい先輩への同情心で来ているのだと思っていたが、七海もまたこの部室の空気が好きなんだと分かって、更に居心地が良くなった。秋穂はまた、同じような願いを持った。
それなのにあの日、通り魔に襲われてから部室で過ごす時間に時間制限がついてしまった。外が暗くなり始めると動悸がしてくる。暗くなっていく風景がたまらなく怖かった。
どうしても耐えられなくて明るい内に帰るようになると、七海は部室にあまり来なくなった。影で何かをしているのは知っていた。けれど、私にはどうすることも出来なかった。
「七海くん、またふらっと帰ってくるよね」
空っぽになってしまった病室を見ながら、秋穂は呟いた。
~~~~~
火曜日。
朝から雨が降ったことでバスはいつもより混んでいた。七海がいなくなってしまったことで、昨日は部室に行く気にもなれなかった。
窓の外には色とりどりの傘が我先にと横断歩道を渡っている。
歩きにくそうだなとぼんやりと考えている。
「雨は嫌いですけど、雨音は好きです」
七海は雨が降るたびに、そんなことを言っていた。
私もそれには実は同意していた。
本を読みながら、外の雨音を聴くのが好きだった。
本を買いに来てみたものの、今日の雨音にはなぜか心が躍らなかった。
やっぱり七海のことが気になる。
バスの中からじっと街を観察する。
どこかで雨に濡れているんじゃないかと心配になる。これじゃあ、いなくなったペットを探す飼い主だな、と少しだけ笑ってしまいそうになる。
「あれ…?」
一瞬、窓の外を歩く人の中に七海を見たような気がする。
マスクをつけ、レインコートを着ていたが背格好が似ている。
それにあの明るい髪は他にはなかなかいないだろう。
背の高い女性と二人で歩いている。
もっとよく確認しようとするが、バスは秋穂の気持ちとは裏腹にどんどんと前に進んでいってしまう。距離がぐんぐんと離れていく、もう二度とその姿を見ることが出来ないような予感がする。
「ダメだ、こんなモヤモヤするの私らしくない」
秋穂は次の停車駅で降りることを決めた。
七海には友だちは多いが、親しい人はそんなに多くない。
多分、自分。それと、朝田くん。
もしかしたら朝田くんは何かを知っているかもしれない。
連絡先は知らないが、大学でなら会えるのではないかと思った。
「黙っていなくなるのは許さないから」
秋穂は誰に言うでもなく呟いて、降車ボタンを押した。
~~~~~
秋穂が大学に着くと、部室に電気が点いているのに気付く。
この時間に部室に来る人なんていない。
雨が跳ねることも気にせず、駆け出してしまう。
部室はやはり鍵が開いている。
鍵の開け方を知っているのは部員だけのはずだ。
『他の人に鍵の開け方は絶対に教えない』
それが古書研の鉄の掟だ。
「七海くん―――!」
勢いよくドアを開くが、中にいたのは七海ではなかった。
「朝田、くん?」
「秋穂先輩、こんにちは。勝手に入ってごめんなさい」
朝田は申し訳なさそうに頭を下げる。
「あの、七海の代わりにここに来ました。
あいつ急にいなくなっちゃいましたけど…無事なので」
「ほんとうに……?」
「はい」
秋穂にはそれが真実だとは思えなかった。なんでわざわざ朝田くんがここで待っていたのかも不可解だ。考えれば考えるほど疑いが募っていく。無言の秋穂を見かねた朝田が口を開く。
「ちゃんと戻ってくるから待っててよ、秋穂さん」
秋穂はそれを聞いて、ふふっと笑いだす。
「朝田くん、七海くんの真似上手いね~
本物みたいだったよ」
「え、まぁ、ずっと一緒にいますからね」
朝田は少し照れくさそうにしている。
意外とフランクな人かも知れない。
「それにしても朝田くん、ずっと待っていたの?
ここの鍵は部員にしか開けられないはずなのにな~」
秋穂はいじわるそうに笑っている。
朝田は少し考えてから、七海に教えてもらいましたと答える。
「もう、悪い後輩だな!帰ってきたら説教してやる」
「ええ、こてんぱんにしてください」
外から聞こえる雨音が心地よい。七海が戻ってきたらたくさん怒って、それからいつものように二人で本を読もう。
空が暗くなるまでずっと。
秋穂は病院で七海がいなくなったことを聞いた。
退院予定はまだ1か月以上先だった。
また勝手に七海はどこかへ行ってしまった。
最初から七海は勝手だった。
新歓の時期、勧誘もしていないのに猫のように部室の中へ入ってきて、ここが気に入ったから入部しますと言った。
その時の古書研は秋穂ともう一人の同級生、そして今はもう卒業してしまった先輩の3人だけ。3人ともこれ以上このサークルを大きくしたいという野望もなかったが、このままだとこの場所がなくなってしまうことには寂しさを感じていた。
七海が来てからは4人でサークル活動を楽しむことが出来た。男の子がいるとやっぱり違うね、と先輩は言っていたけれど七海は男とか女とか関係なくいい後輩で、こんな日々がずっと続けばいいなと秋穂は思っていた。
学年が上がって先輩は卒業して、また3人になった。同級生は別のことで忙しくなり、あまり部室には顔を出さなくなった。秋穂はそれでもいつものように部室へ行った。今日は誰も来ないだろうと思うが、予想に反して、七海は毎回ふらっと部室を訪れた。
私がいることを分かって来ているのは知っていた。はじめは寂しい先輩への同情心で来ているのだと思っていたが、七海もまたこの部室の空気が好きなんだと分かって、更に居心地が良くなった。秋穂はまた、同じような願いを持った。
それなのにあの日、通り魔に襲われてから部室で過ごす時間に時間制限がついてしまった。外が暗くなり始めると動悸がしてくる。暗くなっていく風景がたまらなく怖かった。
どうしても耐えられなくて明るい内に帰るようになると、七海は部室にあまり来なくなった。影で何かをしているのは知っていた。けれど、私にはどうすることも出来なかった。
「七海くん、またふらっと帰ってくるよね」
空っぽになってしまった病室を見ながら、秋穂は呟いた。
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火曜日。
朝から雨が降ったことでバスはいつもより混んでいた。七海がいなくなってしまったことで、昨日は部室に行く気にもなれなかった。
窓の外には色とりどりの傘が我先にと横断歩道を渡っている。
歩きにくそうだなとぼんやりと考えている。
「雨は嫌いですけど、雨音は好きです」
七海は雨が降るたびに、そんなことを言っていた。
私もそれには実は同意していた。
本を読みながら、外の雨音を聴くのが好きだった。
本を買いに来てみたものの、今日の雨音にはなぜか心が躍らなかった。
やっぱり七海のことが気になる。
バスの中からじっと街を観察する。
どこかで雨に濡れているんじゃないかと心配になる。これじゃあ、いなくなったペットを探す飼い主だな、と少しだけ笑ってしまいそうになる。
「あれ…?」
一瞬、窓の外を歩く人の中に七海を見たような気がする。
マスクをつけ、レインコートを着ていたが背格好が似ている。
それにあの明るい髪は他にはなかなかいないだろう。
背の高い女性と二人で歩いている。
もっとよく確認しようとするが、バスは秋穂の気持ちとは裏腹にどんどんと前に進んでいってしまう。距離がぐんぐんと離れていく、もう二度とその姿を見ることが出来ないような予感がする。
「ダメだ、こんなモヤモヤするの私らしくない」
秋穂は次の停車駅で降りることを決めた。
七海には友だちは多いが、親しい人はそんなに多くない。
多分、自分。それと、朝田くん。
もしかしたら朝田くんは何かを知っているかもしれない。
連絡先は知らないが、大学でなら会えるのではないかと思った。
「黙っていなくなるのは許さないから」
秋穂は誰に言うでもなく呟いて、降車ボタンを押した。
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秋穂が大学に着くと、部室に電気が点いているのに気付く。
この時間に部室に来る人なんていない。
雨が跳ねることも気にせず、駆け出してしまう。
部室はやはり鍵が開いている。
鍵の開け方を知っているのは部員だけのはずだ。
『他の人に鍵の開け方は絶対に教えない』
それが古書研の鉄の掟だ。
「七海くん―――!」
勢いよくドアを開くが、中にいたのは七海ではなかった。
「朝田、くん?」
「秋穂先輩、こんにちは。勝手に入ってごめんなさい」
朝田は申し訳なさそうに頭を下げる。
「あの、七海の代わりにここに来ました。
あいつ急にいなくなっちゃいましたけど…無事なので」
「ほんとうに……?」
「はい」
秋穂にはそれが真実だとは思えなかった。なんでわざわざ朝田くんがここで待っていたのかも不可解だ。考えれば考えるほど疑いが募っていく。無言の秋穂を見かねた朝田が口を開く。
「ちゃんと戻ってくるから待っててよ、秋穂さん」
秋穂はそれを聞いて、ふふっと笑いだす。
「朝田くん、七海くんの真似上手いね~
本物みたいだったよ」
「え、まぁ、ずっと一緒にいますからね」
朝田は少し照れくさそうにしている。
意外とフランクな人かも知れない。
「それにしても朝田くん、ずっと待っていたの?
ここの鍵は部員にしか開けられないはずなのにな~」
秋穂はいじわるそうに笑っている。
朝田は少し考えてから、七海に教えてもらいましたと答える。
「もう、悪い後輩だな!帰ってきたら説教してやる」
「ええ、こてんぱんにしてください」
外から聞こえる雨音が心地よい。七海が戻ってきたらたくさん怒って、それからいつものように二人で本を読もう。
空が暗くなるまでずっと。
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