「羊男」

秋空ハレ

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6章

羊男の狼退治③

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水曜日。
朝田は有馬の家を訪れていた。
久しぶりに組手をしよう、と誘われたのは日曜日。この三日間、そわそわとした気持ちが治まることはなかった。

「まだ甘い」

有馬の拳が朝田の目の前で止まる。
有馬が寸止めしてくれることは分かっていても怖い。朝田の頬には久しぶりの組手によるものだけではない汗が流れる。

「陽、お前の動きは単調なんだよ。
 もう少し、変化を入れるんだ」

「師匠はどんなフェイントも見透かすじゃないですか」

有馬の強さはその揺るがなさにあった。何をしても冷静に相手を観察して、隙を見つけてしまう。朝田がどんなに意表を突いたとしても、次の瞬間には形勢逆転しているだろう。有馬は出会ったころから圧倒的に強く、朝田にとって数少ない尊敬できる大人だった。

「お前は怯えすぎなんだよ」

有馬は朝田にタオルを投げてよこす。
こういう会話も久しぶりだな、と朝田は懐かしく感じていた。

「それにしても、ちゃんとトレーニングは続けていたな」

「まぁ、他にやることもなかったですし……」

有馬がいなくなる前に毎日欠かさずやれ、とトレーニングメニューをもらっていた。その後、有馬と会うことはなかったがいつか有馬が現れてちゃんとやっているか抜き打ちでチェックされるのではないかと思って毎日続けた。

有り体に言えば、有馬を尊敬していると同時に恐れていたのだ。有馬が自分のことをずっと烏を通じて見ていたと知ったとき、最初に思ったのはトレーニングをちゃんと続けていて良かったという安堵だった。

「明日、陽には都市伝説に襲われてもらう必要がある」

「はい、この前も聞きました」

有馬は3日前ファミレスで次の木曜日が最後のチャンスだと言った。そこで都市伝説をどうにか出来なければ、誰かが犠牲になる。朝田にも、また襲われた時に一人で凌ぎ切れる自信はなかった。

「この前の作戦はうまくいくでしょうか?」

「さぁな、全部お前次第だ」

「そんな、勝手な」

この人はいつもそうだ。大切なところをちゃんと言わない。だが、有馬が何かを提案するときは勝算があるときだと朝田は知っていた。それに無謀な賭けで他人を危険にさらすような真似は絶対にしないはずだ。

「陽、もう一回手合わせしないか?
 次は変身してやってみろ」

有馬の提案に朝田は驚く。今まで何度も稽古をつけてもらったが変身は禁止だと言われ続けていた。もしかして、変身したら能力が上がるとかそういう秘密が隠されているんじゃないかと密かに期待する。

「少なくとも、身体能力は変わらないからな」

「あ、そうなんですか……」

朝田の考えを読んだかのように釘を指す。この人はもしかして心を読める妖怪なんだろうか。

朝田は羊男の姿へと変わる。道着に羊頭とはまた変わった組み合わせだなと思う。変身といってももう少しかっこいい姿が良かったと子供のころ何度か思ったことを思い出す。

「では、はじめ!」

有馬の声に構えを取る。目の前の有馬はいつものように隙がなく、隙が―――

ここで朝田は変化に気付く。いつもだったらどこを攻めていいか分からない有馬だが、右側にほんの少しの隙が見える。

有馬が攻撃を仕掛けてくる。右、動き出すより早く朝田には有馬が何をしてくるかが分かった。次は左に。有馬が何を考えているかが分かるようだった。フェイントも本当に撃ち込んでくるときとそうではないときの微妙な違いが朝田には実感として読み取ることが出来た。

これなら有馬に勝つことが出来るかも知れない。朝田は先ほどよりも大きくなった右側の隙を狙って、攻防を繰り返す。

ここだ――!
有馬の焦りが少し見え、朝田はその動きに合わせて拳を振るう。次の瞬間、朝田の喉に有馬の手刀が突き刺さった。

「ごほっ、ごほ」

「悪い、やり過ぎた……」

咳き込む朝田に有馬は謝る。手加減が出来ないくらい有馬を追い詰めていたと考えると嬉しさも感じる。それに、焦りを見せる有馬を見たのは5年以上稽古をつけてもらった中で初めてのことだった。

「なんでこのことを黙っていたんですか?」

変身をすると人の感情を読む力が強まるようだ。いつもは見えていなかった有馬の心の動きが見えた。

「能力に頼っても、基本的な身体能力がなければ活かすことが出来ない」

確かに有馬の動きが見えても、最終的に攻撃を受けたのは自分だった。
ただ、動きが見えるだけでは駄目なのだ。
それに、と有馬は言葉を続ける。

「弟子の前で焦る師匠は見せたくないだろう」

その言葉に朝田は笑った。この人は最初に会った時から朝田の前では良き師匠であろうとしてくれていた。最初に会ったとき有馬は17歳だった。あの時は高校生はすごい大人なんだなと思ったが、自分もなってみて分かる。あの時の有馬は必死に自分の道しるべになろうとしてくれていたんだな、と。

次に襲われた時はすぐに変身するように有馬から念押しをされる。これならばいくらかは時間が稼げるだろう。

「そうだ、陽。猫は好きか?」

帰りがけに有馬は朝田を呼び止めて言った。

「ええ、好きですよ?」

「堂森さんから預かっているんだが、もしこの事件が終わったら少しの間俺はここを離れないといけない。面倒を見てくれないか?」

有馬は今回の顛末を報告しに行かなければならないと説明をした。有馬が猫を飼っているなんて知らなかったが、そういう事情なら断る理由もない。幸い自宅もペット禁止ではないし、部屋も余っている。

「ええ、分かりました。
 責任を持って面倒を見させてもらいます」

「任せたぞ」

朝田にとってその約束は自分ならば打ち勝てると言ってくれているように聞こえた。有馬が朝田の勝利を信じてくれている。それだけで十分だった。

明日は木曜日。『木曜日の怪人』との直接対決はすぐそこに迫っていた。
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