形式だけの妻でしたが、公爵様に溺愛されながら領地再建しますわ

鍛高譚

文字の大きさ
4 / 20

1-4 契約結婚の条件と、公爵の影

しおりを挟む
1-4 契約結婚の条件と、公爵の影

二度目の公爵邸。
重厚な門の前に立ったクラリティは、胸の奥につかえた不安を飲み込むように、静かに息を整えた。

――形式的な結婚。
――干渉しない夫婦。
――愛のない契約。

夢見た結婚とはかけ離れた未来。
それでも、今の彼女には他の選択肢がない。

気持ちを奮い立たせ、鼓動を抑えながら扉を叩いた。

客間で待っていたガルフストリームは、前回と同じ、氷のように静かな瞳でクラリティを迎えた。

「来たか。座ってくれ」

淡々とした声。
温かさはないが、冷たさだけでもない……そんな不思議な距離感だ。

執事に椅子を勧められ、クラリティが腰を下ろすと、ガルフストリームは前置きもなく切り出した。

「では、結婚契約の詳細について話そう」

その声音は、婚姻の話とは思えないほどの事務的さだった。


---

■ 契約の条件

テーブルに置かれたのは分厚い書類。
まるで官僚が作る政策資料のような堅苦しさに、クラリティは目を瞬かせた。

ガルフストリームは一枚、また一枚と指で押さえながら説明する。

「まず――我々の結婚は形式的なものとする。
愛情は求めない。夫婦として振る舞うのは外向けだ。
実生活は互いに独立し、干渉しない」

淡々と語られる“愛なし宣言”に、クラリティの胸がひりついた。
しかし、黙って聞くしかない。

「社交界での活動は君の自由だ。ただし、公爵家の名誉を損なう行動を取れば契約は破棄する」

「……理解しました」

声は震えなかった。
それだけで、少しだけ自分を褒めたい気分だった。

「経済的な自由も保証する。年間の手当はこの額だ」

提示された金額は、伯爵家時代よりはるかに多い。
生活に困ることはない――むしろ、余裕すぎるほどの額だった。

「必要であれば増額にも応じる。ただし正当な理由がある場合のみだ」

あくまで合理的。
彼という人間そのものを表すような条件ばかりだった。


---

■ 最も厳しい条件と、公爵の“影”

そしてガルフストリームは、一瞬だけ言葉を止めた。
空気がわずかに沈む。

「最後に――互いの私生活には、一切干渉しないこと」

その言葉には、他の条項とは異なる重さがあった。

クラリティは気づく。

(まるで……これは彼にとって、最も譲れない条件?)

思わず問いかけた。

「……この条件は、とても強調されているように思えます。
理由を伺っても?」

わずかに――ほんのわずかに。
ガルフストリームの瞳に陰が差した。

すぐにそれは消え、彼はいつもの無表情に戻った。

「私は自由を重視している。それだけだ。
君にも同じ自由を与える」

とても簡潔な言葉。
しかし、言葉の奥に“何か”があることだけは分かった。

彼女は追及しなかった。
この男が見せた一瞬の影を、無遠慮に踏み込むのは正しくない気がした。

「承知いたしました」


---

■ サインと、静かな決意

全ての条項に目を通し、クラリティはペンを手に取る。

――本当にこれでいいの?

胸の奥で何度も問い直した。
だが、答えは出ない。

婚約破棄で失った名誉、家族からの冷たい視線、貴族社会での嘲笑。
すべてを覆すには、この選択しか残されていない。

覚悟を決め、彼女は署名欄に名前を記した。

ペン先が紙を離れた瞬間、ガルフストリームは小さく頷いた。

「これで君は私の妻となる。準備が整い次第、式を挙げる」

淡々とした声。
それなのに、ほんの僅か――安堵の色があったように思えた。

クラリティは胸を押さえる。
不安、緊張、そして微かに灯った決意が、心の中で渦を巻いていた。


---

■ 新たな人生の幕開け

公爵邸を出る頃には、空の色が薄紫に染まっていた。

これまでの人生が終わり、
これからの人生が静かに始まるのだと、胸の奥で感じていた。

「……私は、私のやり方で進む」

彼女はそっと呟いた。

形式的な結婚。
冷たい契約。
しかし、その冷たさの奥に、どんな未来が待っているのか――

クラリティはまだ知らない。

だがその足は、確かな決意とともに前へ踏み出していた。


-
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】冷酷陛下はぬいぐるみ皇妃を手放せない~溺愛のツボはウサギの姿?それとも人間(中身)の私?~

りんりん
恋愛
「これが私ということですか? まさか冗談ですよね」 レイン様との初めての夜。 私は鏡の中の自分にかわいた笑い声をあげた。 真っ白なフワフワの身体。 丸い虹色の瞳。 なぜか私はお父様からいただいたぬいぐるみの姿になっていたからだ。 「何を企んでいるんだ。魔法でぬいぐるみになって、俺の寝首をかくつもりなのか」 レイン様は凍り付いた瞳を私にむけた。 レイン様の正式な名前はレイン・ファン・バルバドで、バルバド帝国の若き皇帝陛下でもある。 冷酷な事でしられるレイン様の二つ名は【血の雨】という。 そんな美しくも恐ろしい皇帝陛下にウサギ村の貧乏令嬢である 従姉妹に婚約者を奪われた私はひょんな事から嫁ぐことになった。 私はお金の為に。 陛下は政治的な立場をまもるための契約結婚だったけれど。 「皇妃がウサギになった事がばれるときっと大騒ぎになるだろう。 しばらくは俺達だけの秘密にしておくんだ」 そう言ってレイン様は私をポショットにいれて連れ歩く事にした。 貴族会議や公務にともなわれた私がポショットの中から見たのは、 レイン様の孤独や思いがけない温かさだった。 そしていつしかぬいぐるみの分際で、皇帝陛下を愛し始めていたのだ。 レイン様のお役に立ちたい。 その一心で聖獣ラビと契約を交わし不思議な魔法を使えるようにも なった。 なのにレイン様の反勢力派に捕らえられてしまう。 私はレイン様の弱みになりたくなかった。 だから彼らと一緒にこの世から消えるつもりだったのに。 騎士達を率いたレイン様が反勢力のアジトへ突入してきたのだ。 これは私、キャンディラビットがぬいぐるみになって冷酷皇帝陛下レイン様に溺愛される、ちょっと不思議なお話です。 (土曜日曜の二日間で一気に完結まで更新いたしますので、安心してお楽しみください。 よろしくお願いいたします)

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...