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第10話 文化祭と幽霊とゾンビとSP
しおりを挟む文化祭――それは、学生たちが一年で最も浮かれるイベントであり、ある意味、学校が最もカオスと化す二日間でもある。
久遠女子高でもその例に漏れず、文化祭の準備が佳境を迎えていた。
澪の所属するクラスも活気に満ちており、出し物は「お化け屋敷」に決定していた。
そして、その流れの中で――
「えっ、わたしが幽霊役……ですか?」
困惑する澪の声が、教室に響いた。
「うんうん、氷室さん、雰囲気ぴったりだし! 黒髪ロングだし、無口でミステリアスだし!」 「白装束絶対似合うって!」
クラスメイトたちが勢いよく押し切る。
「……無口は地です……でも、ミステリアスって……」
さすがに断りたい気持ちもあったが、澪は結局、うなずいてしまった。
「分かりました……頑張ってみます」
そして、当然のように視線はふたりのSPにも向けられる。
「で、もちろん倉子さんと真子さんも参加ですよね?」
「え……あの、私たちは警備担当で……」
「お化け屋敷で“幽霊のボディーガード”って超新しい!ゾンビとかどうですか?」
「……ゾンビ……?」
倉子が眉をひそめた。
「布面積が多いなら、まあ……いいけど……」
「先輩、また新たな羞恥任務来ましたね……」
こうして、ふたりのゾンビSP出演が決定した。
*
文化祭前日。
教室はお化け屋敷仕様に改造され、カーテンは黒く張り替えられ、教壇の上には手作りの棺桶、壁には蛍光塗料で書かれたお札や手形が貼り付けられていた。
澪は試着中の白装束に身を包み、化粧班の生徒に幽霊メイクを施されていた。
「澪さん、静かに立ってるだけで怖い……」 「歩かなくていいから、目だけで追いかけるの! それだけで充分怖いから!」
その一方で――
「ゾンビメイク完成でーす!」
真子と倉子は、顔に血糊と傷メイクを施され、ボロボロに裂けたスーツを着せられていた。
「これ……予想以上にガチじゃないッスか……」
「おまけに、この格好で“護衛”って、ギャップがすごいわね」
「ギャップどころか、SPの尊厳が消し飛ぶ寸前ッス……」
「先輩、歩き方はどうします? やっぱゾンビっぽくのろのろと?」 「警備上、速やかに対応できるよう、足運びはリアルで行くわ」 「“俊敏なゾンビ”って逆に怖いッスよそれ!」
*
文化祭当日。
開場と同時に、お化け屋敷の前には長蛇の列ができていた。
「『ゾンビに守られる幽霊』って何これ!?」「ネーミングセンス意味わからんけど気になる!」
そして入った者たちは、無言で立つ澪の白装束姿と、その背後に控えるゾンビSPふたりの姿に絶句する。
「やばい、目だけで威圧してくるゾンビSP」「幽霊が一番守られてるやつ……」
澪の幽霊演技は予想以上にハマり、ゾンビSPたちの無言の圧がそれをさらに引き立てた。
観客は恐怖と混乱と笑いの入り混じった反応を見せ、話題は一気に校内中へ広まっていく。
――だが、その盛況の裏で、SPたちの本能はふとした違和感を察知し始めていた。
観客に紛れていた、一人の男。視線の動き、手の仕草、そして――澪に向けられる興味の質。
倉子と真子は、顔では笑い、足元では警戒の構えに切り替えていた。
ゾンビ姿のまま、ふたりは静かに位置をずらす。澪の背後を、決して見せることのないように。
今度の敵は、幽霊でもゾンビでもない。だが、確実に“人間”の中にいた。
お化け屋敷の奥に潜む影に、ふたりのSPは、ゾンビの皮を被ったまま――本能を研ぎ澄ますのだった。
10-2:ゾンビSP、任務を遂行せよ
文化祭初日の朝、久遠女子高の校門前は開場前から賑わいを見せていた。保護者や地域住民、卒業生に加え、他校の生徒も多く詰めかけ、まさに“学園の祭典”といった様相である。
そんな熱気をよそに、お化け屋敷ブース前の控え室では、まったく別種の緊張感が漂っていた。
「先輩、顔色悪いっスよ……ゾンビだからってレベルじゃない」 「布面積はあるのに、なぜかいつも以上に恥ずかしいのよ、この格好……」
倉子は、着古されたようなボロスーツに血糊をまとい、頬には不気味な傷メイク。真子も同じく、ゾンビ化粧を施され、完全に“歩く脅威”と化していた。
「SPって“見えない盾”じゃなかったっスか……見えてるどころか、インパクト強すぎる盾……」 「仕方ないわ。今回は“警備”じゃなく“演出の一部”なのだから」 「いや、こっちはいつもどおりガチ警備モードなんスけど……」
演出チームの指示では、澪の“幽霊役”の護衛をするゾンビ警備員として、客を誘導しつつ威圧感で空気をつくるのが任務だという。
「要するに、無言で立ってろってことッスよね?」 「そう。無言、無表情、無慈悲でいきましょう」
まもなく、最初の来場者グループが入場する。
暗幕の中、白装束を纏った澪が静かに立つ。その背後左右に立つふたりのゾンビスーツSP。
動かない。
しかし、ただそれだけで十分だった。
「……こ、こっち見てるゾンビの人、絶対生きてる……けど逆に怖い……」 「なんか……すごいリアルだよね……演技? これ演技?」
観客の中には震え上がる者もいれば、笑い出す者もいた。だが、誰もが口を揃えて「忘れられない」と語ることになるだろう。
澪はと言えば、完璧に“幽霊”だった。無表情、無言、ほのかに漂う儚さと不安定な存在感。 そしてその後ろに控える“地獄の門番”のようなふたり。
「……あれは役者の域を超えてる……本物じゃないの?」
という噂まで飛び出した。
警備対象が無事であり、かつ観客の満足度も高い。任務としても興行としても完璧だった。
「先輩、なんだかんだ盛り上がってますね」 「そうね……このまま何事もなく終われば、言うことなしだけど」
だがそのとき、倉子の目にひとりの男の姿が映る。
校内関係者ではない。 服装も目線も“客”とは明らかに違っていた。
「真子、6時方向、チェック。灰のスーツに黒シャツ、ノーリボン」 「確認。挙動不審ではないけど……視線が泳いでる」
ふたりはゾンビメイクのまま、ほんの数歩だけ澪の側へ詰めた。
「ゾンビに見えて、実はセンサーばりの警備体制。これが最新式ってやつっスね」 「ふざけてるようで、本気。これが私たちの任務よ」
ゾンビSP、任務継続中。 敵か観客か、それを見極める眼光だけは、どんな演出よりも鋭く光っていた。
10-3:幽霊とゾンビ、他クラス見学ツアー
お化け屋敷の当番時間がひと段落し、澪とSPふたりは小休止を兼ねて校内の見学に出ることになった。
もちろん、服はそのまま。 白装束の幽霊・澪。 ゾンビスーツのSP・倉子と真子。
「……先輩、これで校内歩くの、罰ゲームにしか見えないんスけど」 「いまさら制服に着替える時間もないし、ここまで来たら開き直るしかないわ」
澪は申し訳なさそうに振り返った。 「ごめんなさい……おふたりまで巻き込んでしまって……」
「いえ、お嬢様が目立っている以上、私たちも目立つのは当然です」 倉子はプロ意識全開で返す。
「目立ちすぎっスけどね……」真子がぼやいた瞬間、通りすがりの生徒たちがざわめいた。
「見て見て! あれ幽霊SPトリオだよ!」 「なんでまだゾンビなん!? 校内ツアーもそのままいくの!? めっちゃ推せる!」
無言で歩くだけで視線を集め、通りすがるたびにスマホが構えられる。
「……逆に警備妨害になってる気がしてきた……」真子が小声でつぶやいた。
*
そのまま一行は、校内各所を見て回った。 射的や喫茶、展示系のクラスを巡るたびに周囲の注目は増していく。
そして、軽音部のライブ会場へと足を運んだときのこと。
薄暗い視聴覚室の中、観客たちはステージの音に酔いしれていた。 その後方、壁際に立つ幽霊とゾンビ。
「えっ……」「えっ……!?」「あの3人……マジで来てる……」
バンドが曲のMCに入ったタイミングで、ボーカルの子がステージから気づいてしまった。
「え!? なんか……ホンモノいるんだけど!? え、すごくない!? てか怖っ!」
観客たちが振り返り、ざわざわと笑いと歓声が混じる。
だが、当の本人たちは至って冷静だった。
「動かないでいれば、きっと風景になるはずです」 「そもそもSPが目立つ時点で任務として破綻してる気が……」
倉子は腕を組んだままステージを注視していた。 音の反響、窓の構造、出入口の導線――すべてを確認する目。
真子はリズムにわずかに足先を合わせながらも、目線だけは常に澪のそばを離さない。
澪はというと――
「……いい歌ですね」 小さく、呟くように言った。
幽霊の姿のまま、誰よりも楽しそうに微笑んでいた。
「……なら、護る価値はあるってもんスね」
真子の声に、倉子もうなずいた。
ゾンビのふたりと幽霊の少女は、観客の笑いの中でも、確かに“SP”としてそこにいた。
10-4:ゾンビと幽霊、買い食いと後夜祭
校内ツアーを終えた澪とSPふたりは、少しだけフリータイムを許されていた。
「文化祭の定番といえば――買い食い、ですね」 澪がそう言ったときには、もう真子は屋台へと駆け出していた。
「先輩、あれ見てください! フランクフルト100円ッス!」 「……ゾンビの格好で買い食いって、どこか間違ってる気がするけど」
だが、すでに澪も並んでいた。
数分後、三人はベンチに腰かけ、フランクフルトを手にしていた。
白装束の幽霊がフランクフルトをほおばり、左右には血糊ゾンビのふたり。
周囲の生徒はもはや慣れきったのか、写真を撮る者、指をさして笑う者、黙って敬礼して通り過ぎる者までいた。
「……不思議と、いつもどおりって感じするわね」
倉子がフランクフルトをかじりながらつぶやく。
「文化祭って……楽しいんですね」 澪の頬に、フランクフルトの油がきらりと光る。
「澪さん、それ口元……幽霊に生活感出すと“成仏しきれてない感”増すから拭いて」
真子の的確すぎるツッコミに、澪は小さく笑った。
そして夕方。
更衣室で衣装を脱ぎ、三人はようやく制服姿に戻った。
「……なんか、落ち着く」
倉子は自分のスカートの裾を整えながら、深く息を吐く。
「逆に、制服着てるのが新鮮に感じるくらいッスね」
澪も同じ制服に身を包み、鏡の前でそっとリボンを整える。
「じゃあ、後夜祭……行きましょうか」
その声に、ふたりは同時にうなずいた。
陽が落ち、キャンドルの光が灯り始めた中庭へ。
かつて幽霊とゾンビだった三人が、普通の女子高生として、最後の文化祭の時間を楽しむ準備をしていた。
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