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第二話 新たな婚約者の発表
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第二話 新たな婚約者の発表
「私はこの度、リリアン・ハーヴィー嬢と婚約することを決めました」
セザールの声が大広間に響いた瞬間、舞踏会の空気は凍りついた。
つい先ほどまで流れていた軽やかな音楽も、華やかな笑い声も、嘘のように消え去る。
代わりに集まったのは、ざわめきと――好奇心に満ちた視線だった。
それらはすべて、一人の人物へと向けられる。
アルヴィス侯爵令嬢、ヴェルナ。
彼女はその場に立ち尽くしたまま、セザールの隣にいる少女を見つめていた。
リリアン・ハーヴィー。勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、堂々と彼の腕に寄り添っている。
(……どうして?)
頭が追いつかない。
愛を誓い、未来を約束したはずの婚約者が、別の女性との婚約を公の場で宣言する――そんな展開、想像すらしていなかった。
---
「リリアン嬢との婚約は、我が家同士の友好関係をより強固なものにするためです」
セザールは何事もなかったかのように語り、リリアンの手を取った。
その仕草は洗練されていて、まるで用意された演劇のワンシーンのようだった。
ぱちぱち、と拍手まで起こる。
「まあ……素敵ですわ」 「お二人、とてもお似合いね」 「リリアン嬢は華があるもの」
称賛の声の裏で、別の視線がヴェルナに向けられているのが分かる。
――彼女が、どう振る舞うのか。
(……なるほど。私は、見世物というわけね)
---
「セザール様……どういうことですの?」
ヴェルナは、必死に声を整えて問いかけた。
胸の奥で怒りと屈辱が暴れていたが、それを表に出すわけにはいかない。
セザールは振り返り、穏やかな――あまりにも軽い笑みを浮かべた。
「ヴェルナ、君には感謝しているよ。君との婚約期間は、悪くなかった」 「……悪く、なかった?」
「でもね、これからはリリアン嬢と新しい未来を築く。それだけのことだ」
胸を、鋭い刃で貫かれたような気がした。
これまで支え、尽くしてきた時間が、たった一言で切り捨てられる。
「……そう」
ヴェルナは、ゆっくりと微笑んだ。
「お楽しみいただけたようで、何よりですわ」
その瞳には、氷のような冷たさが宿っていた。
---
「ヴェルナ様……お気の毒ですわ」
リリアンが、わざとらしく眉を下げて口を開く。
「でもご安心ください。セザール様のことは、私がきちんとお支えしますから」
その言葉は、同情を装った挑発だった。
だが、ヴェルナは表情一つ変えない。
「ご丁寧にどうも」
一礼し、静かに一歩下がる。
「どうか――お二人で、お幸せに」
それ以上、何も言わずに背を向けた。
---
視線が突き刺さる中、ヴェルナは優雅な足取りで会場を後にした。
背後から、遠慮のない囁きが聞こえてくる。
「婚約破棄なんて……」 「アルヴィス侯爵家も面目丸つぶれね」 「やっぱり若い方がいいのよ」
拳を握りしめながら、ただ歩く。
今は――耐える時だ。
---
外に出ると、夜風が頬を撫でた。
待機していた馬車に乗り込み、窓の外を眺める。
「……どうして」
答えは出ない。
けれど、涙は長くは続かなかった。
自然と、ある感情が胸の奥で形を成す。
---
「……見返してやる」
ヴェルナは小さく呟き、拳を握った。
「私は、ただの捨てられた令嬢じゃない」 「アルヴィス侯爵家の娘として――誇りを取り戻してみせるわ」
顔を上げたその瞳には、もう迷いはなかった。
この夜は、終わりではない。
――反撃の、始まりなのだから。
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「私はこの度、リリアン・ハーヴィー嬢と婚約することを決めました」
セザールの声が大広間に響いた瞬間、舞踏会の空気は凍りついた。
つい先ほどまで流れていた軽やかな音楽も、華やかな笑い声も、嘘のように消え去る。
代わりに集まったのは、ざわめきと――好奇心に満ちた視線だった。
それらはすべて、一人の人物へと向けられる。
アルヴィス侯爵令嬢、ヴェルナ。
彼女はその場に立ち尽くしたまま、セザールの隣にいる少女を見つめていた。
リリアン・ハーヴィー。勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、堂々と彼の腕に寄り添っている。
(……どうして?)
頭が追いつかない。
愛を誓い、未来を約束したはずの婚約者が、別の女性との婚約を公の場で宣言する――そんな展開、想像すらしていなかった。
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「リリアン嬢との婚約は、我が家同士の友好関係をより強固なものにするためです」
セザールは何事もなかったかのように語り、リリアンの手を取った。
その仕草は洗練されていて、まるで用意された演劇のワンシーンのようだった。
ぱちぱち、と拍手まで起こる。
「まあ……素敵ですわ」 「お二人、とてもお似合いね」 「リリアン嬢は華があるもの」
称賛の声の裏で、別の視線がヴェルナに向けられているのが分かる。
――彼女が、どう振る舞うのか。
(……なるほど。私は、見世物というわけね)
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「セザール様……どういうことですの?」
ヴェルナは、必死に声を整えて問いかけた。
胸の奥で怒りと屈辱が暴れていたが、それを表に出すわけにはいかない。
セザールは振り返り、穏やかな――あまりにも軽い笑みを浮かべた。
「ヴェルナ、君には感謝しているよ。君との婚約期間は、悪くなかった」 「……悪く、なかった?」
「でもね、これからはリリアン嬢と新しい未来を築く。それだけのことだ」
胸を、鋭い刃で貫かれたような気がした。
これまで支え、尽くしてきた時間が、たった一言で切り捨てられる。
「……そう」
ヴェルナは、ゆっくりと微笑んだ。
「お楽しみいただけたようで、何よりですわ」
その瞳には、氷のような冷たさが宿っていた。
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「ヴェルナ様……お気の毒ですわ」
リリアンが、わざとらしく眉を下げて口を開く。
「でもご安心ください。セザール様のことは、私がきちんとお支えしますから」
その言葉は、同情を装った挑発だった。
だが、ヴェルナは表情一つ変えない。
「ご丁寧にどうも」
一礼し、静かに一歩下がる。
「どうか――お二人で、お幸せに」
それ以上、何も言わずに背を向けた。
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視線が突き刺さる中、ヴェルナは優雅な足取りで会場を後にした。
背後から、遠慮のない囁きが聞こえてくる。
「婚約破棄なんて……」 「アルヴィス侯爵家も面目丸つぶれね」 「やっぱり若い方がいいのよ」
拳を握りしめながら、ただ歩く。
今は――耐える時だ。
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外に出ると、夜風が頬を撫でた。
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「……どうして」
答えは出ない。
けれど、涙は長くは続かなかった。
自然と、ある感情が胸の奥で形を成す。
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「……見返してやる」
ヴェルナは小さく呟き、拳を握った。
「私は、ただの捨てられた令嬢じゃない」 「アルヴィス侯爵家の娘として――誇りを取り戻してみせるわ」
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この夜は、終わりではない。
――反撃の、始まりなのだから。
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