婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚

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第三話 秘めた怒りと決意

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第三話 秘めた怒りと決意

 舞踏会を後にしたヴェルナは、最後まで背筋を伸ばしたまま屋敷へ戻った。
 婚約破棄を告げられ、会場中の視線を浴びた屈辱。背後から聞こえた嘲笑と同情の声。それらは、今になって遅れて胸を締めつけてくる。

(……冷静でいなさい)

 アルヴィス侯爵家の令嬢として、取り乱すことは許されない。
 どんな時でも優雅であること。それが、この世界で生きるために叩き込まれてきた掟だった。

 馬車に揺られながら、ヴェルナは何度も深呼吸を繰り返す。
 窓越しに伝わる夜の冷気は、頬を撫でるだけで、心の奥で渦巻く怒りと悲しみを鎮めてはくれなかった。


---

 屋敷に到着すると、使用人たちが静かに頭を下げた。
 いつもなら微笑みで応じるところだが、その夜のヴェルナは何も言わず、自室へと向かう。

 扉を閉めた瞬間――張り詰めていたものが、一気に崩れ落ちた。

「……どうして」

 声が震え、足から力が抜ける。
 ベッドの縁に腰を下ろしたまま、涙が溢れた。

 セザールの笑顔。未来を語り合った夜。
 あれほど当たり前だと思っていた日々が、すべて嘘だったのだと突きつけられる。

「私を……愛しているって、言ったじゃない……」

 顔を伏せ、嗚咽を堪えきれなくなる。
 完璧な令嬢であるために積み重ねてきた努力。社交界で笑顔を崩さないための忍耐。
 それらすべてが、無価値だったかのように踏みにじられた気がした。


---

 どれほど時間が経ったのか分からない。
 やがて涙が枯れた頃、ヴェルナはゆっくりと顔を上げた。

 胸の奥で、別の感情が静かに燃え始めている。

(……泣いて終わり? そんなわけ、ない)

 鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。
 赤く腫れた目。涙の跡。――けれど、その奥に宿る光は、確かに変わっていた。

「私は、アルヴィス侯爵家の娘よ」

 そう呟き、唇を引き結ぶ。

「こんな形で、終わるわけがないわ」

 深紅のドレスを脱ぎ捨て、着替えを済ませると、ヴェルナは机に向かった。
 感情ではなく、理性で考えるために。


---

「……どうして、リリアンなの?」

 冷静に思い返す。
 リリアン・ハーヴィーは確かに華やかな美貌を持っている。だが、その家が多額の借金を抱えていることは、社交界では周知の事実だった。

(単なる恋愛なら……不自然すぎる)

 さらに、セザールの態度。
 手を取る仕草は完璧だったが、あの表情に温もりはなかった。

「……やっぱり、何かある」

 裏がある。
 直感が、はっきりとそう告げていた。

(なら、確かめるしかないわね)


---

 深夜。
 ヴェルナは机に向かい、行動計画を考え始めた。

 家族の協力は期待できない。父は冷淡で、母も社交界の体面を優先するだろう。
 頼れるのは、自分自身と――慎重に選んだ人脈だけ。

(使用人の中に、信頼できる人がいるはず……)

 母の交友関係から探れる情報もある。
 焦る必要はない。必要なのは、正確さと冷静さ。

「私は、泣いて捨てられる女じゃない」

 ペンを取り、ノートに文字を走らせる。

「必ず真実を暴いて――彼らに、相応の代償を払わせる」

 その瞳には、もはや涙はなかった。
 あるのは、冷えた覚悟だけだ。


---

 翌朝。
 ヴェルナは何事もなかったかのように朝食の席についた。

 父と母が向かいに座る中、昨夜の出来事に触れることはない。
 今は感情を共有する時ではなかった。

(……これからが、本番)

 一口、パンを口に運ぶ。
 背筋は真っ直ぐに伸び、表情に迷いはない。

 昨夜、涙を流した令嬢は、もういない。
 ここから先は――反撃の時間だ。


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